正夢
ジリリリリリリリンッ
買ったばかりの目覚まし時計に設定したアラームが正確な時間に耳障りな音をたて私を起こす。
これを買ったのは失敗だったか、あまりのやかましさにそんな事を思いつつ時計を止めるたてに体を起こそうとする。
しかし酷い倦怠感を感じ、アラームを止める為の腕を動かす力すらでなかった。
これ駄目なやつだ、今日は学校休もう。
何時まで経っても起きてこない私を見に来た母にその旨を伝えると、母は学校に連絡する為部屋から出て行った。
その前にアラームを止めて欲しかった。
ジリリリリリリリンッ
眠ろうにも、うるさ過ぎて眠れない。
人を嘲笑うかのように鳴る目覚まし時計に苛立ちを覚えた私は、これを叩き壊してやろうかと思った。
その怒りを糧に、私は動かない身体を無理矢理動かした。
そのつもりだった。
身体を動かすと同時にある事に気付く。
体が軽い、というか透けている。
これは小説とか漫画でよくあるやつか?とか謎の余裕を持ち、少し笑いながら自分の身体があった場所を見てみる。
何度も見た無愛想な顔がそこにあった。
それを見た時の私の顔は真顔だったと思う。
しばらくして若干冷静になり、自分を眺めるという側から見たら奇妙な行動をとった。
まるで体調が悪くて普通に寝ている様にしか見えない。本当に幽体離脱?をしているのだろうか…
自分を眺めるという初めての経験のせいか、少し変な気分になる。
正直言ってあまり見ていて気持ちの良いものでは無い。だが、自分の生死は確認しなければならないと思い、呼吸の有無などを調べる為よく観察してみる。
…………。
顔色は悪いが若干赤みを帯びている、それに普通に息もしている。
これは一応生きているって事なのか?
自分が生きている事に心底安心した。
これからどうすれば良いんだろう…
というかこれどうしよう…
私は幽霊って事で良いのだろうか…
あれやこれやと散々考えた結果これは私の夢だという事で結論がついた。
夢なら何しても大丈夫だろう。
この不思議な感覚なままじっとしている気になれず家の外へと飛び出していった。
読んで字の如く飛んで出て行った。
幽霊って本当に飛んだり壁を通り抜けたり出来たんだな。
夢だと仮説した事を忘れかけていた私は、幽霊体験をエンジョイしようとしていた。
その場の勢いで外に出た私は、即刻後悔する事になった。
まさか外に出て最初に見るものがパンツ一丁の見慣れた顔の変質者だとは思わなかった。
何をしているのだろうか父は。
正直幽体離脱よりびっくりした。
何故父は隣の家の庭にほぼ裸でいるのだろか、せめて自分の家の庭にいてくれ。
顔を赤くしながら息を荒げるのを今すぐやめてほしい。
パトカーのサイレンの音が近づいてくる。
誰かが通報したのだろうか。
サイレンの音を聞いた父は、私が初めて見る様な顔をして硬直していた。
…。
おっちょこちょいなところもあるが真面目だった父に何があったのだろうか。
起きたら話くらいは聞いてあげようと思う。
その場を後にした私は気の向くままにブラブラと空の散歩を楽しんでいた。
知らない街へ行き新鮮であり二度と見る事の出来ないであるだろう空からの景色を脳裏に焼き付けるべく、じっと長い間眺めていた。
どのくらい時間が経ったのか。
世界を赤く染めていった太陽は、私たちの街に長い長い影を残して地平線の向こうへと消えていった。
空は海の底の様な色へと変わり、手の届きそうなところで優しく光る月が夜の街を照らしていく。
いつの間にこんな時間になったのだろうか。
頭がぼうっとして働かない。
私は無意識のまま近くにある光を、より強い光を求め街をさまよっていた。
私はその時、眠りに入る直前の様な心地良さの中で意識が遠のいていくのを感じていた。
気がつくと私はベッドで寝転んでいた。
元に戻ったのか?
それともあれは夢だったのだろうか。
いや、きっとあれは夢だったんだ。
そう自分に言い聞かせ、空いた小腹を満たそうとリビングに向かった。
リビングには誰もいなかった。
母は買い物にでも言っているのだろう、そんな事を考えながら食べ物を探すべく冷蔵庫の中を物色する。
魚肉ソーセージしか入っていなかった。
魚肉ソーセージを貪りながら部屋に帰ろうとするとダイニングテーブルの上に紙が置いてある。
書き置きかな?
そう思い見てみると『お父さんが逮捕されたらしいので警察署に行ってきます』と書いてあった。
夢じゃなかった。
夢であって欲しかった。
プルルルルルッ
電話が鳴る、多分警察からだろう。
プルルルルルッ
プルルルルルッ
電話の呼び出し音と私が魚肉ソーセージを食べる咀嚼音が、家の中で静かに響いていた。