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System.Threading.Thread.Sleep(XXX)

――重苦しい地鳴りが、地下格納庫まで響いていた。

工廠地下に作られた試験場、その横の整備スペース内に、機械の巨人は横たえられていた。

そのコックピットの中、機体越しにさえ響く衝撃を体に感じながら、リリィ・ヴィリアーズは操縦支援システム『Ātman(アートマン)』――正確には、その中に転生した人間、久間真斗――と会話を交わしつつ、

「万が一」に備えた準備を行っていた。


数刻前。

オルガからの緊急事態の報を受け、工廠まで戻ったリリィと真斗を待っていたのは、信じたくない報告であった。

曰く、遠方の基地に例の機動兵器が攻撃を仕掛けたという。幸い、退けることには成功したものの、離脱を図った数機が、期せずしてこの工廠のある街の方面に向かっているという。

ブリーフィングを終え、足早に持ち場に向かうオルガとリリィ、そして眼鏡(サナト)

「…どうするんですか」

予想外の事態に対して、こんな質問しか出来ない間抜けな自分を嫌悪しつつも、サナトはオルガに尋ねる。

「そうだね、機体類は地下試験場に隠し、やり過ごすしか無いだろう…」

いつになく遊びの無い深刻な口調でオルガが答える。

「奴らの基地や兵器を狙う習性から考えれば、ある程度接近された段階でここが狙われる可能性も無くはない」

「そんな…!」

「『万が一』の話さ。とは言え、逃走中の寡兵が目的を変えるなど、まず無いとは思うがね」

「何故そんな事が言い切れるんです…?」

「簡単な話さ。奴らが『逃げて』いるからだ」

「…?どういうコトです…?」

「つまり、逃げることに意味がある。何をする為かは分からないが、ヤツ等には全滅してはならない何らかの『目的』がある、という事さ」

いつになく冷静な口調。その「目的」を途切れる事無く思考し続けながら、オルガは続けた。

「…それでも。横切られるだけでも、街は無事じゃ済みませんよね」

「サナトさん…」

あの街が燃える。あの日常が壊される。

僅かな時間しか接せていないとしても、その光景を想像しただけで悲鳴を上げそうになる。

「…いかに表面上は平和とは言え、それでも、こんな状況だ。有事の備えはあるさ。事実、既に避難は始まっているよ」

「それに、軍も追撃の為の部隊を編成して向かっているとの事です。被害を最小限に抑える為に、その…皆、一生懸命動いています」

取り乱した声の真斗を励ましたかったのか、おずおずとリリィも口を開く。

「リリィ…」

「君の気持ちも分かる。だが、ここは耐えて欲しい」

「…っ」

やりきれない想いを抱えながら、リリィと真斗は格納庫へ、オルガはオペレーションルームへと向かっていった。


近づいてくる轟音を(センサー)で捉えながら、真斗は吐けぬ息を殺していた。

コクピットのリリィも緊張した面持ちで、両手の操縦稈を握っている。

何もあってくれるな。そのまま過ぎ去ってくれ。工廠内の誰もがそう願っていた。


その祈りを、けたたましい警報音が一瞬でかき消した。


「ッ!?報告を!!」

オペレーションルームに詰めていたオルガが声を上げる。

「は、はい!アンノウンの一団、市街地の破壊を開始しました!」

「無差別攻撃に切り替えたと…?送り狼はどうしている!?」

「撤退中の部隊の内数機が妨害に回ったようで、足止めを受けているとの事です!」

焦燥気味のオペレーターの報告を聞き、オルガは忌々しげに爪を噛んだ。


「サナトさん!リリィさん!大変っす!奴らが街の破壊を始めたって…!」

地下格納庫で整備中の機体のもとに、慌てふためきながら赤毛のメカニック、パーラが通信を入れる。

「!」

「なッ…何で!逃げるだけって…!」

「そんなの分からないっすけど…!今そういう連絡が…」

要領を得ないまま互いに狼狽する真斗とパーラ。

その混乱に巻き込まれることなく、リリィは黙々とコクピットのコンソールを確認する。

「リリィ!今の聞こえて…!」

一言たりとも発さない少女に気付き、真斗はコクピット内に意識をやり、呼びかけ、気付く。

震えている。

コンソールを叩く指や腕。開かれたウインドウを確認する視線、平静を保とうとする息遣い。そのすべてが。

「…リリィ!」

「は、はい!すみません!」

コクピット中に響く強い言葉に、ようやく少女は我に返り、返答する。

「…なあ、リリィ。今、一番何が怖い?」

「怖い…ですか。そう、ですね、怖がっているんですね、私は…」

微かに残る震えを必死に律しながら、リリィはか細い声で呟く。

「私は…怖いです。敵が近づいている事ではなく、このまま、何も出来ずに死ぬことが」

「ああ、そうだ。そうだよな…このままでなんて、いられないよな…」

「ちょ、ちょっと、2人とも?何考えてるんです?」

2人の間に流れる空気が、何か違うものになった事を察したパーラが声をかける。

「…パーラ、お願いがある」

「は、はい?」

「整備チームに戻って、"剣"の準備をお願いします」


オルガ・レオノフは、その頭脳の回転数を上げながら対応策を思案していた。

何が出来る。何をすれば良い?しなければ良い?光明の見えぬ思考の濁流。

「オルガさん!」

それを破ったのは、少年の唐突な呼び声だった。

通信回線に突如割り込む声。発信源は地下格納庫の銀の巨人である。

「俺を!いえ、俺たちを出撃させてください!」

「…ッ、何を馬鹿な!君の独断など…」

「独断ではありません。私も同意しています」

少年に続き、静かな少女の声が響く。コクピットに座る銀髪の少女、リリィ・ヴィリアーズが、オペレーションルームのメインモニターに大映しになる。

「…どちらにせよ、独断の数が1つから2つに増えただけだ。許可など…」

「先程の報告は聞こえていました。ここで追跡部隊を待つより、私達が出撃して撃破出来れば被害は抑えられます…!」

「馬鹿を言え!武器もない状態で的にでもなる気か!?」

「試験用の重斬剣があります!あれさえあれば、この機体の機動力で…!」

「ッ…」

そう。僅かの思案の間に見出した「最良の一手」候補に、確かにこの少年少女の献策の内容は含まれていた。

試験機の機動力を活かした奇襲による早急な目標の撃破。

データの渡っていないこの機体の急襲ならば、いかに謎の機動兵器と言えど数機程度は、という自負は確かにある。装甲同様の特殊コーティングにより強化が施された重斬剣についても、確実に相手の装甲を斬り裂ける事は、設計と実地試験、両方で実証されている。

そして、この工廠に於いて、エオスの兵器の運用権は私にある。

しかし。

モニターに映る、真っ直ぐにこちらを目つめる少女。

そして、姿は無くとも、それと意思を同じくする少年。

彼女らを戦場に送る。

その危険を彼女らに背負わせるのか。

その重責を背負うのか。背負えるのか?

…いや、私が許可さえしなければ良い。ここで握り潰してしまえば…。


「…嫌なんですよ!これ以上は!」

少年の叫びが、またもオルガを思考の泥沼から引きずり出す。

「どういう理由かなんて分かりませんけど、折角蘇れた!また世界に戻って来れた!それなのに、その世界がまた壊れるのは、また理不尽に奪われるのは嫌なんです!」

「…だが…」

「私もサナトさんと同じです!この『痛み』には、もう耐えられません…!」

「それがどうした!痺れを切らしただけの死にたがりなら猶更出す訳にいくものか!」

「勝算はあります!例え倒せずとも、私達が囮になれれば、追撃の到着まで被害は抑えられる筈です!」

「皆の技術が詰まったこの機体なら、いや。俺なら!街も皆も守れるはずです!」

そう、それも次善策候補。逃げ回らせるだけでも時間稼ぎにはなる。だが。

「「技術主任(オルガさん)!」」

「………」

(私も、覚悟を決めなければならないのかな)

「…ああ、ああ。分かった。…リリィ・ヴィリアーズ!他1名!スタンバイに入れ!」

「オルガさん…!」

「ただし!私の指示には従うこと!逃げろと言えば即座に逃げる!」

「はい!」

「良いか、私達の技術と君達の命、どちらも無駄にしてくれるなよ!」

「了解です…!スタンバイに入ります!」

映像通信が切れる。

(…ああ、背負ってやるとも。背負えずして何が大人だ…)

「地上への移送を急げ!出撃タイミングはこちらで判断する!」

「分かりました!各所への発令を行います!」

オペレーターの返答を聞き、深い溜息を一つついた後、オルガは毅然と、的確に指示を出し始めた。


コクピットの2人は静かに猛る。

「行きましょう、サナトさん。こんな『痛み』はもうたくさんです…!」

「ああ、俺たちで止めるんだ、リリィ」

次第に大きくなる蹂躙の音を聴きながら、銀の巨人は、その胸に怒りを燃やしていた。

それは、密かに、烈しく、爛々と。

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