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午後の強い日差しを避け、大きな眼鏡を掛けた少女は、大きなケヤキの下の木陰に座っていた。

体育館やプールなどの施設を内包した大きい公園は、多くの人で賑わっており、あちこちから楽しげな声が聞こえる。

木陰のすぐ傍では、少年たちが野球で汗を流している。

本当に、『自分の世界』と、殆ど変わらないな……。眼鏡が映し出す世界を見つめながら、真斗は思った。

穏やかにそよぐ風が、短く切り揃えられた少女の銀の髪を揺らす。

軽く乱れた髪を整えながら、リリィが口を開いた。

「それで、サナトさんは、その……『元の世界』では、どういう生活をされていたんですか?」

「どういう……か。別に、普通だよ」

こうなる事が分かっていたなら、もう少し他人と違う事のひとつもしておくんだったなあと

思いながら、言葉を続ける。

「普通の家庭に生まれて、普通の両親に育てられて。それで、普通の高校生になって……って感じでさ。それで……いや、とにかく、普通だったよ。フツー。そう、フツー星から来たフツー人、ってね」

発病と、その後の苦痛と……死と。つい思い出してしまうが、こんな所で空気を悪くする必要は無いと、口を噤んで冗談で誤魔化す。

「フフッ、何ですか、フツー人って」

場繋ぎで放った言葉だったが、言い淀んだ部分を察されなかった事に胸を撫で下ろしながら、真斗は心地よい笑い声を聴いていた。

「……でも、その『フツー』が、少し羨ましいです」

「え?どういうコト?」

一瞬の逡巡の後、おずおずとリリィは答えた。

「ええと、その。……私、戦災孤児なんです」

「!」

戦災孤児。聴き覚えはあるが、馴染みの薄い言葉。リリィが、そうだと?

「その時の記憶も無いのですけどね。その後、エオスの施設で育てられて、そこで適性を見出されたので訓練を積んで、テストパイロットに……」

掻い摘んで説明された何もかもが、あまりにも現実離れしていた。

此処は、どれだけ似ていたとしても『自分の世界』では無い。

その事実を、紡がれた言葉が、この上なく物語っていた。

眩む心。そして、その衝撃が収まるにつれ、芽生えていく感情がある。憤り。

適性があった。それで?

だからって、こんな女の子が間接的にとは言え戦闘に駆り出されていいのか?

「……何ていうか、その、……辛くは、ないの?」

あまりにも直截的な物言い。押し留められなかった感情が、そのままに出力(アウトプット)される。

その言葉に含まれた、無意識の哀れみに気付く間もなく。

しかし、少女はそれすら受け容れ、穏やかに答える。

「そうですね、少し寂しい気はしますけど、辛くはありません。こんな時代ですからね」

リリィは穏やかに、それでいてしっかりと、言葉を続けていく。

「それに、私は『痛み』を知っています。たとえ記憶が無くても、あの、襲われた恐怖以外の何もかも奪われ、無くしてしまった瞬間の感覚を。叫んで、叫んで、何もかも吐き出して、そのまま消えてしまいたくなるような想いだけは、忘れられない」

「『痛み』……」

「ええ。それを知っている。だから、今は普通に生きている方が怖いんです。何も出来ずに、何もせずに。また奪われる側に回りたくない。そういう人間を増やしたくない。その役に少しでも立ちたい。それが、私の今の行動原理です」

言葉も無かった。あまりにも軽率な発言に、あまりにも重い答え。こんなの、俺は何と答えればいい……?


必死に思考回路を回しても答えは出ない。刹那の内に様々な回答を思案する中、稲妻の様に飛び込んできたのは、遠方からの飛来物を感知する警報(アラート)であった。

「……ッ!リリィ!かわせ!」

スピーカーを壊さんばかりの叫びに驚く事無く、リリィは瞬時に反応し、訓練された俊敏な動きで指示通り飛び退く。

ひと呼吸置いて、弾丸のように飛んできた何かが、リリィが涼んでいたケヤキに強かに衝突した。

幹に跳ね返され地面に落ち、二度三度のバウンドの後に運動エネルギーを失ったのは、拳大の白球。

遅れて遠くから、すみませーん、だいじょうぶですかー!という叫び声が聞こえる。声のする方には、バットやグローブを持った少年達の姿があった。

「なるほど……安心しました」

軽く呼吸を整えながら、安堵した風にリリィが呟いた。

「あ、ゴメン、つい大袈裟に……」

「いえ、大丈夫です。それより、ええと……」

視線が下に向く。何ごとかと真斗が意識を向けると、先ほどの野球のボールが転がっていた。

こんなご時世でも野球は野球なんだなあ…と、ささやかな感慨に浸っていると、また遠方から、すみませーん、なげてもらえますかー!という声。

「あの、その……あまり球技には経験が……」

ボールを拾い上げながら、恥ずかしそうにリリィが口を開く。野球少年たちとリリィと真斗(メガネ)の間にはそれなりの距離が開いている。

投げ返すのは不可能でもなさそうではあるが、慣れない人間では直接持って行った方が余程早そうではある。

「それなら、持って行ってあげれば……」

「いえ、しかし、彼らは『投げて貰えますか』と言っていますし……」

真面目か。いや、真面目なんだろうなあ……。と、真斗は呆れる。先程の緊張が一瞬で解れてしまった。

とは言え、何とかして力になりたい。今の自分は彼女の支援システムなのだから。

「……よし、やってみよう」

「はい?あの、サナトさん?」

「リリィ!まず投げ返す相手をしっかり見て!」

「!は、はい!」

即座に情報投影スクリーン(メガネのレンズ)に様々な情報を投影する。

本来は機体の制動を行う為の機能を流用し、投げるまでの工程数、腕や足の目的位置などを事細かに出力していく。

「ボールを利き手に!下から上に円を描くように回して!」

「はい!」

流石に訓練された人間である。急な指令に動じつつも、自分の数少ない経験としっかり照らし合わせながら、リリィは正確に動きのリハーサルを行っていく。

「そのまま胸を張って!上がった手の甲が投げる向きを向くように!」

「はい!」

「最後!全身で投げる!」

「……はいっ!」

全ての指示を確認し、それらを反芻しながら。

静かに、それでいて無駄なく、力強く。

先程まで球技は苦手と狼狽えていた少女の面影は既に無く、マウンドに立つストッパーの姿が、そこにはあった。


次の瞬間。


一人の少年の構えたグローブに、凄まじい球威の白い弾丸が突き刺さった。

衝撃で感覚を失う手を呆然とぶら下げながら何とか口にした「アリガトウゴザイマス」は、公園の騒めきに容易く紛れ込み、投手の耳に届く前に霧消した。


「……凄い……!」

当のピッチャーはと言えば、消えいった謝辞に気付く余裕もなく、一番驚いていた。

「凄いです、こんな投球、これまで出来た事なんて無いのに……!」

「ふふん、凄いだろ?何せ、超高性能の支援システムですから!」

と、真斗はおどけてみせる。それに続く微笑みと楽しい会話を想定しながら。

しかし、リリィはその言葉を聞き、重い息を吐き出しつつ俯く。眼鏡に内蔵されたカメラはレンズの内側を映せない為、真斗は彼女の表情を窺うことが出来ない。

様子を察し、何事か発しようとしたタイミングで、漸く彼女は口を開いた。

「……あの、サナトさん」

「あ、ああ、何?」

「辛くは、ありませんか?」

先程の驚き混じりに喜ぶ様子からは考えられなかった深刻な口調に戸惑いながら、真斗は何とか返答する。

「つ、辛い?なんで?」

「そうして、その、機械の機能を使う自分を、認める事は出来ますか……?」

「……ッ」

真斗は言い淀む。

「もし、まだ折り合いがついていないのなら、無理にそのような振る舞いをしなくても、私は……」

「あ、いや、そうじゃない!大丈夫!大丈夫だから!」

「……本当ですか?」

「まあ、正直、まだ気持ち悪く感じはするよ。俺、勉強だってそんな出来る訳じゃなかったのに、複雑な演算とか、予測とか、当たり前みたくこなせるようになってるんだから」

「なら……」

「けど、けどさ、嫌ではないんだよね、不思議な事に」

「そう、なんですか……?」

「ああ。それこそ死にたくなるような痛みに苛まれながら死を待つだけの頃より、よっぽど希望はあるし」

「希望……ですか」

「うん。それに、こんなでも、皆俺を人間として扱ってくれてる、それだけあれば、俺は大丈夫、だと思う」

「……は、はい!」

「それにしても、『辛くないか』か……くくっ……」

「ど、どうしました?」

急に笑いを噛み殺し始めた真斗に、リリィは困惑する。

「いやさ、二人してお互いの事を辛いと思ってたんだなあ、と思ったら、ちょっと面白くなってさ……」

「あ。……フフッ、そうですね。思っている以上に、ウマが合うのかも知れませんね?」

クスクスとリリィも笑いだす。意外によく笑う子なのだな……と、真斗は思った。

眼鏡の逆側の笑顔が見えないっていうこのデバイスの欠陥点(・・・)についてはきっちり報告して、オルガさんに修正版を作って貰わなければ。


そう真斗がボンヤリと考えていた矢先、けたたましく鳴り響くものがあった。リリィが持っていたエオスの通信機である。

「はい、リリィ・ヴィリアーズです」

「すまない、私だ」

通信の先に居たのは、エオスの技術主任、オルガ・レオノフであった。

その口調はいつもの余裕と悪戯心に満ちたそれではなく、ただならぬ緊迫感が伝わってくる。

「事情は戻り次第話すが、とにかく直ぐに工廠に戻ってくれ」

「あ、あの、一体何が……?」

承服した様子のリリィより先にサナトが横から口を挟んだ。

オルガは硬い口調のまま、端的に言い放つ。


「有り体に言えば」

「緊急事態だ」

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