mount date_device_1
騒然とするロボット上の足場周辺。
パーラ・シラハタは理想の展開がまるでネギを背負った鴨が如くやって来た事に目を輝かせ、
久間真斗は到底状況に似合わぬ「デート」の3文字を処理しきれずアイセンサーを白黒させ、
オルガ・レオノフは概ね想定通りの2者の状況を見つつ、満足げに目を細めた。
「……は、はぁあ!?デート!?何言ってんですか!?」
何とか精神的フリーズから復帰を果たしたサナトが、とりあえず用意できた言葉を慌てた大音量で放つ。
「まあまあ。まずは話を聞いてくれたまえよ。サナト君、この間『外部デバイスとのワイヤレス接続』という機能試験があったのを覚えているかい?」
「え?ええ、まあ」
確かにサナトには覚えがあった。外部のカメラユニットへの接続テスト。
アイセンサーに加え、もう一つ眼球が増えたような感覚。左右の違いどころではない、全く異なる視界が自分に追加される感覚。
「あの時は汎用性も考慮して、共通規格のカメラ接続だったが、実は専用のデバイスを開発してみたのでね」
「専用デバイス……?」
訝しむサナトをよそに、オルガは白衣の胸ポケットから何かを取り出す。
「おお!専用デバイ……ス……?」
技術主任自ら開発したと思われる専用デバイスに目を輝かせるパーラであったが、その勢いは取り出された専用デバイスの姿を目にした瞬間、分かり易く失速していった。
満を持して白日の下に晒された専用デバイス。
情報投影スクリーンを兼ねる2つのレンズと、それを繋ぎ、縁取る特殊樹脂製のフレーム。その内側には小型のセンサーが埋め込まれ、簡易的な索敵を可能にしている。人間の鼻と耳に固定する為と思われる、レンズ間のブリッジに、両端から伸びる2本のテンプル。その見た目は、まさに、そう。
「……メガネ?」
「メガネ……っすよね……?」
困惑する2名。そう。専用デバイスなどという仰々しい名前を背負って現れたソレは、どこからどう見てもただのフレームありのメガネであった。
しかも若干野暮ったい感じの。
「――いやあ、突貫作業でデザインまでは手が回らなくてね。どうにもレトロになってしまったのはこの際見逃してくれ」
「い、いえ!レトロ……レトロっすけど、何というか、一周回って、こう……ハイカラっすね!」
困惑しつつもフォローに出るパーラだが、余計に表現が古臭くなる。
……その言葉、まだ生きてるんだなあ。真斗はしみじみ思った。
「まあ、ともかく。テストも兼ねて、これを掛けたリリィを外出させたいと思っていてね。君もいい加減工廠と地下試験場の往復に飽き飽きしているだろうし、久々に――いや、『初めての』外の空気を吸ってくると良い」
昼下がりの街の大通りを、銀髪の少女が歩いている。
かけている大きなリムのメガネはお世辞にも似合っているとは言い難いが、儚げな立ち姿と対照的に主張するフレームのコントラストが醸し出すアンバランスさには妙な魅力がある。かも、知れない。
少女は小声で何事か独り言ちていた。この時代、ハンズフリーの通話機器はもはや珍しくも無い為、すれ違う人々がそれを気にする様子は無い。
「……どうですか、サナトさん。その、機能は正常に使えていますか?」
「うん、見えるし、聞こえる。問題ない。……と、思う」
雲一つ無い空。かつて住んでいた町にも似た、緑と建物が調和した街並み。
見える風景や、周囲の音を一つ一つ確認しながら、サナトは自分の代行者となっている少女、リリィ・ヴィリアーズに、モダン――耳あて部分のカバーのことだと、オルガさんが説明してくれた――に
搭載された骨伝導式スピーカーを使い返答した。
「そうですか、ひとまず安心です。……あの、大丈夫ですか?」
「大丈夫?いや、うん。さっきも言ったけど、機能は」
「そうではなくて、その、違いすぎていたり、しませんか?」
「違いすぎ……?どういうコト?」
「ええと、その……もし、サナトさんが生きていた世界とこの世界があまりにも違ったら、混乱されるのでは、と……」
「あ、ああ、そういう事か、ゴメン。大丈夫だよ、ホントに。微妙に違うとはいえ、まさか百年経ってもこんなに違和感が無いなんて、正直思ってなかったくらい」
久々の外界に心を躍らせるあまり、言葉の意味に気付いていなかった事を密かに反省しながら、真斗は返答した。
それほどまでに、普通の世界。かつて生きていた時と殆ど変わらない、平和で、平穏なように見える世界。
これまで聞かされていた情勢が本当に事実だったのか疑わしくなってしまう程に。
「それなら、良かったです……!」
安堵したのか、顔色――今となってはありもしないが――を窺うようだった声音が明るくなるのが分かる。
「もしかして……心配してもらってた……かな?」
「え、あ、はい。……意外でしたか?」
「いや、意外というか、それ以前というか……どういう人なのか、知る機会も無かったからさ?」
言葉の通りであった。久間真斗とリリィ・ヴィリアーズの間のこれまでのコミュニケーションは皆無に等しい。
単に顔を合わせた回数だけを数えるのならばそこまで少なくもないだろう。しかし、その都度行われるのは、あくまで機能試験であり、私語を挟む余裕などは殆ど無かった。
形式的な挨拶を交わし。
片や操縦に専心し、片やそれに振り回されながらも状況を感知し、報告し。
また、形式的な挨拶を交わし、終わり。
息こそ合うこともあろうが、どれだけそれを重ねようと、互いを知る事など出来ない平行線のような状況が続いていた。
もっとも、パイロットとAIの関係というのは、それで充分であるのかも知れないが。
「それも、そうですね。……おかしいですよね?私達、お互いの事を殆ど知らないのに、命を預け合っているのですから」
笑いながらの言葉に含まれた「命を預けあう」という、爽やかな街に似つかわしくない言葉に一瞬ドキリとしながらも、真斗は安堵した。どうやら、この少女も同じように思ってくれていたらしい。
正直、機械と人間に相互理解の必要などありません!とか、そういう素気無い反応も予想の中には入っていた。このリアクションは、正直、とても、有り難い。
「……だからさ、良かったら、その……話をしない?この世界のコト、リリィのコト……俺はもっと知らなきゃいけないと思ってる」
「ええ、私も、色々お聞きしたいと思っていました。とりあえず今、公園に向かっていますから、そこで少し落ち着いて、話をしましょう」
「ああ、分かった、ありがとう」
「いえ、こちらこそ、その、……ありがとうございます」
いつもの試験のそれとは違う、温かさを含んだ礼の交差。
互いにそれを感じながら、リリィと真斗は、公園に向かっていった。