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オルガさんの持ちかけて来た「協力」の提案を受け入れてから、だいたい一週間が過ぎた。
「で?どうなんすか。イロイロ上手くやれてるっすか?」
赤い髪のかかる額に作業用のゴーグルを押し上げながら、足場の上の女性が語り掛けてくる。
「質問の範囲が広大過ぎる」
「そんなそんなAIでもあるまいし、分かるでしょう?イロイロったら……イロイロっすよ。慣れたかー、とか、機能試験とかー、稼働試験とかー、あと、リリィさんとの関係とか?」
赤毛の女性は軽い調子で喋りながら、足場に座り込む。
その後、オレンジ色のつなぎの前を開け、腕まくりなどしつつ、手に持つ弁当箱を慣れた手つきで開けた。
「詰め込み過ぎで、まあボチボチ、としか答えられないですよ、ソレ」
「んもう、つれないっすねえ。これでも気ィ使ってんすよ?現場のメンテ担当、特にコクピットやセンサー周りの担当として、文字通り顔突き合わせる機会だって多いんすから。基本的にこんな殺風景な工廠にカンヅメなのは寂しかろうし、ちょっとでも生活にハリをと思って、こうして貴重なお昼休みを使って話に来てるってーのに、サナト君ってばまったく冷たいんすから……もぐもぐ」
まくしたてながら食事を始めつつむくれているこの女性はパーラ・シラハタという。自分でも言っている通り、整備士として、この機体のメンテナンスを担当してくれている。
俺が「転生」したあの日、誤って頭の上に鏡のような鉄板を運んだ張本人であり、つまり、ロボットになっているという事実を叩きつけ、俺が絶叫から気絶の醜態コンボを晒すコトとなった、いわば元凶である。
とは言え、本人に悪気があった訳も無く、寧ろかなり気にしていたようで、オルガさんに協力を承諾し、色々と落ち着いたあたりで謝りに来てくれて以降、よくこうして話に来てくれる。
基本的にオルガさんをはじめとして、調査や整備のスタッフは皆、当たり前ながらオトナって感じの年長者――いや待て、生まれた年的には皆はるかに年下になるのでは?――の中、彼女は気さくで明るく、まるで友達のように接してくれる。そういう存在というのはやっぱりありがたいもので、いつの間にやら悪態も笑って流せるようになっている。
「……わーった、わかりました、とりあえず1個づつ話させてくださいよ」
「お、待ってました!それと、何回だって言うっすけど、『わかりました』とか『ください』とか、別にそんなかしこまらなくても良いっすよ、アタシだって配属されたばっかのぺーぺーなんすから」
「いや、つい。そっちのが年上ですし」
「生まれた年でいけばそっちの方が遥かに年上っすよー」
「うっ」
さっき考えてた事をそのまま口にされ面食らう。
「まあまあ。で、どうすか?ココでの生活。慣れたっすか?」
「いやまあ、うん、慣れました……慣れた。みんな気も使ってくれるし、感謝してる」
「そりゃそうっすよ、ある程度の事情も聞いてますしねえ。難病で倒れて気付いたらAAになってた、なんて事態、みんなで協力しなきゃ乗り越えらんないっすよ……」
「……えーえー?」
「あ、Altered Armの略っすよー。長いんでみんなAAって呼んでるんす、むぐむぐ」
喋りながら器用に弁当をつつくパーラを見ながら、胸に去来するものがある。
「慣れてはきたけど、食事ができないのはちょっと物足りないかな……」
「あー……なるほどー……」
もし治ったらしたい事は沢山あった。見たい。話したい。歩きたい。食べたい。
この体になって、見ることや話すことは出来るようになった。歩くことも……まあ。
だが、きっと食べる事だけは叶わない。この体にそんな仕組みなんて備わっている訳も無いのだから。
ま、生きてるだけで儲けものと思うしかない。余所の体を間借りしている立場で贅沢は言えないし、栄養だけをチューブから貰って生きるのも既に慣れたものだ。耐えられない訳じゃない。
「いやー残念っすねー、近所のお弁当屋さんのこの『絶品プレミアムとんかつ弁当』、分けられたら分けてあげたいトコなんすけどねー」
こっちの悩みもどこ吹く風、弁当をもっきゅもっきゅとやりながらしれっと言い放ちやがる。
「いやー残念だなー、分けてもらえたら分けてもらって少しでもそっちのダイエットに協力できたんだけどなー」
「あー!年頃の娘になんてこと言うんすかー!」
「『年頃の娘』ェー?社会に出といて自分の事を『娘』なんてちょっとおこがましいんじゃないのー?」
「生年換算したらオジサンところかジジイの奴に言われたくないっすー!」
乱れ飛ぶ罵詈雑言。もう慣れっこだ。肩肘張らずに、このくらい軽口を叩き合える関係があるってのは本当に助かる。
これだって、暗くなりそうな雰囲気を察して、自分を悪者に仕立ててくれているのだろう。……だよな?
「そういや、機能試験はどうすか?順調に進んでます?」
「ああ、うん。思いの外順調。しかし、あんな発言がヒントになるなんてなあ。ホント、パーラ様々だよ」
「ふっふーん。若さ故の発想力がウリっすからね!年頃の娘っすから!年頃の!娘!」
「まだ言うか……」
あんな発言。話は数日前、試験の初日に遡る。
「何が出来るのか、出来ないのか、一つ一つ確かめていく」というオルガさんの発言通り、とりあえず元々あったという機能について、ひとつずつ試していったのだが、何せ使い方や呼び出し方が全く分からない。
プログラムモジュールの名前を念じてみたり、読み上げてみたり、もしくは気合い入れて叫んでみたりしたものの、それらの機能はウンともスンともいわず、早くも試験が暗礁に乗り上げかけた時。現場に立ち会っていたパーラが
「手足のようにとはよく言いますけど、それこそアイセンサーやスピーカーみたいに使えないものっすかねー」
と気楽に言い放ったのだ。
それでオルガさんにスイッチが入ったらしく、慌ただしい準備の後、足場の上にホワイトボードを持ち込んでの授業が始まった。科目は「Ātmanの搭載機能と、各機能で使う装置について」。
オルガさん曰く、
「搭載されている機能が使えないと言うのなら、アイセンサーやスピーカーユニットも使えていないはず。とすれば、使える機能と使えない機能の差は『用途と位置の認識』かも知れない。使える2つについてはそれぞれ人間の目と口の位置に近く、それらについては特段意識する必要なく使えていると言うのならば、他の機能についても、装置の用途や位置を把握できていれば、あるいは――」
とのコトで、座学で懇切丁寧にその辺の学習をした後、再度の実践に臨むことになった。
結果は――成功。
使う器官の位置と、機能のイメージ。集中して、周囲の索敵を試みた瞬間、自分を中心とした周囲の情報が、映像化され、データ化され、脳に流れ込んできた。
それは機体に接続された確認用のモニターにも結果として表示されていたようで、その瞬間、周囲からも歓声が上がった。
やった、出来た、動かせる!期待に応えられる!その喜び。
それと。
人間であれば知覚できない異常な感覚。
それが変換された情報の洪水が自分に流れ込んでくるコトへの恐怖。
そして、その「異常な感覚」や「恐怖」を、平然と処理出来てしまった戸惑い。
様々な感情が綯い交ぜになったまま、俺は所在なく、一旦の成功を喜ぶスタッフ達を眺めていた。
「……まあ、ともかく。アレをきっかけにして色々覚えてるところだよ」
「ほうほう。ヒントになったのなら何よりっす。もっと感謝してくれたってアタシは一向に構わないっすよ?」
と、パーラは自慢げに胸を張る。なんというか、その、迫力のあるボリュームが強調されて、ちょっと直視できない……。
「で、もう稼働試験は始まってんでしたっけ?最近整備計画会議に引っ張られっぱなしであんまり実働チームのスケジュール、把握してないんすけど」
「ああ、うん。始まってる……」
「あれ、何か浮かない声っすね」
「もうね……もうね……何て言うかね……超ド級の絶叫マシーン、って感じ……」
我ながら適切な表現だと思った。
最低限の機能が使用可能になったというコトで、満を持して例のパイロット、リリィを搭乗させ操縦させる稼働試験が始まった。
なにぶん最初なのだし、「ちゃんと立てた」とか「ちゃんと歩けた」とかのレベルから始まるのだろうと気楽に構えていたところ、初っ端から「規定のコースを可能な限り早く走破しろ」だの「可能な限り高く跳躍してバランスを崩さず着地しろ」だの、眩暈のしそうな上級者向けメニューが並んでいた。
連日、それをこなす為に縦横無尽にとんでもない速度で動く機体に、病み上がりのありもしない三半規管はこれでもかというほどに振り回されている訳なのである。
言い直そう。「眩暈のしそうな」ではない。「眩暈のする、いや、眩暈どころでは済まない」メニューである。もはや、他人の操縦とは言え、久しぶりに立てたとか歩けたとか、そういう部分に喜びを感じている余裕など何処にも無い……。
「これが続くかと思うと、考えただけでゲロ吐きそうになる。いや、吐けるならいくらでも吐いてる……」
「ちょっと、やめてくださいよ、食事中っすよ今」
「あー……ごめん……」
「まあ、それもさもありなん、って感じっすかね。この機体は運動性・敏捷性特化型っすから」
「一応聞いてはいるよ、それと、特殊合金による装甲と武装の試験機、だっけ?」
「そうっすそうっす。飛んだり跳ねたりは得意中の得意でしょうし、単に歩いたりするだけのデータならもう既存のAAで幾らでも取ってるでしょうから」
「なるほど……。しかし、あんな動きを平然とやってのけるリリィはホントすごいよな……コッチは毎回フラフラなのにさ……」
そう呟きつつパーラを見ると、これ以上無いほどにニヤニヤしている。人の口角というのはあそこまで上がるものか。
「……何だよ」
「いえいえ、べっつにーぃ?もっと彼女との関係はどうなのか聞きたいなーとか、そんなことは思ってないっすよーぉ?」
「なるほど、聞きたいわけね……」
「え、良いんすかぁ?いやあ実は試験の進捗とかよりそこが一番聞きたかったとゆーかぁ!」
この人は何故こんなにいつも楽しそうなのだろうか……。
「って言っても、特に変化は無いよ。あの丁寧な態度のまんま。稼働試験とか、コクピット周りの機能試験の時だけ顔を合わせて、挨拶して、操縦してもらって、また挨拶して、終わり。それだけだ」
「……チェッ」
「舌打ちしたか今。何を期待してんだよ……」
「いや別にそういう事じゃないっすよ?ただ、それこそ自分の操縦桿を握る人な訳で、仲良くなっとくに越したことは無いんじゃないかなと思っただけっすよ」
「いや、まあ……確かに……」
一理あるとは思う。これで色々考えてくれているのは間違いないのだろう。
「ところで『自分の操縦桿を握る』って言い回し、ちょっとえっちいっすね?」
「何がだ」
前言撤回。多分何にも考えてないわ。
「というか、とんでもない能力があるのは分かったけど、それにしたって何であんな子がパイロットやってるんだ?」
「うーん……正直、あんまり接点も無くて、よく知らないんすよねえ……。とりあえず、AAの操縦に関しては、軍学校飛び級レベルのエリートだって話で」
「へえ……」
謎は深まるばかりである。これまで世界情勢について聞いた限り、そしてこの工廠で生活している限りでは、あんな女の子をパイロットにしなければいけない程戦局が悪い、とかでは無いようだし……。
「それこそ、もう直接聞いちゃえば良いじゃないすか」
「確かにそれが一番早い……か。とはいえ、会う機会なんて試験の時くらいだし、流石に空気がなあ……」
「空いた時間にデートでも誘えりゃいいんすけどねえ」
「デートはともかく、この自由の利かない体じゃなあ……」
などと、他愛のない話をしていると、足場を上ってくる足音が聞こえる。
「お昼休み中に失礼するよ、2人とも」
涼やかな声に金色の髪。オルガさんだ。
「あ、レオノフ技術主任。お疲れ様っす!」
「ご苦労様、パーラ。すまないね、気を遣ってもらって」
「いえいえ、おやっさん達とご飯食べるより、こっちの方が気楽っすから!」
「そうか、それは何よりだ。――いや、それはそれで問題かもな、フフッ」
愉快そうに笑うオルガさん。しかし、何でまたこんな時間に?
「何かあったんですか?まだ昼休みですよね?」
「ああ、いや、困り事とかではないよ、安心してくれ。少し連絡事項があってね」
「連絡事項?」
「実はね、君の『転生』によって、スケジュールを組み直したんだが、パーラの助言もあって、順調に前倒せているんだよ」
パーラが嬉しそうな顔をする。なるほど、オルガさんも認める今回の功労者な訳だ。
「そこで、だ。サナト君。君にリフレッシュ休暇を与えようと思う」
「リフレッシュ……休暇……?お休みって事ですか?」
「ああ、存分に羽を伸ばすと良い」
「れ、レオノフ技術主任!アタシ!アタシには無いんすか!?」
ご褒美をねだる犬のようにパーラがオルガさんに縋りつく。パタパタと動く尻尾が見えるようだ。
「すまない、整備チームのスケジュールは据え置きだったのでね。寧ろ、稼働試験の前倒しで整備の方は忙しくなってしまっているのは、会議にも出ている君なら知っているだろう?」
「あー……そうっすよねー……」
先ほどのパタパタから一転、シュンと萎れる尻尾が見えるようだ。
「何処かで埋め合わせはされるだろうから、今回は我慢してくれ」
「分かってますとも!了解です!」
このめげない明るさこそがこの人の武器なのだろうなあ、と、しみじみ思う。
「でも、休暇貰ったところで、する事なんか無いですよ?この体じゃあ……」
「ああ、それについてなんだが、こちらで予定を用意させてもらったんだ」
柔和な笑みを浮かべていたオルガさんの口角が更に上がる。あれ、この表情、何処かで……?
「よ、予定……?」
謎の悪寒を感じながら恐る恐る聞いた俺に、眼前の女性は、口角を上げきった眩しい笑みのまま告げる。
あ、分かった。この笑顔、さっきパーラが……。
「サナト君。リリィとデートしてきたまえ」
でえと。
デエト。
デート。
……デート?
どんな膨大な情報も処理してきたはずの頭が、たった3文字でフリーズした。






