ls situation
三日目の朝。
結局よく眠れてしまった。なんて気持ちの良い目覚めだろうか。
いい加減疲れているワケでもない、というか、疲れる筈もないのだが。……機械だし。
思えば、入院中、それこそ死ぬ直前は寝てばかりだった。寝慣れた、なんて、あるのかな……。
今日も、足場の上にはオルガさんが居る。
「結局、昨日も身辺調査に進展は無し、だ。まあ、動きがあれば逐次伝えるよ」
「はい、よろしくお願いします」
進展なし……やっぱりショックだけど、まだ三日目だし、これからだよな……。
「――それで、だ。何だかんだと立て込んでしまっていたが、君には色々と教えておくべき事がある」
「教えて、おく、べき……?」
「ああ。いい加減、自分の意思が、まあ、平たく言うところのロボットの中にある事は把握してくれたろう?」
「そう、ですね……」
いざ言葉にされてしまうとやはり認めがたいが、そう表現する他無いのだから仕方がない。
「サナト君。そもそも何故、こんなロボットが開発されているのか、君は気になってはいないかい?」
「……!」
言われて漸く気付き、自分の鈍感さに呆れそうになった。確かにそうだ。
死んだり。
生き返ったり。
時代が違ったり。
ロボットになっていたり。
……そう、ロボット。それこそ、アニメやゲームでしか見たことがないような大きさの。
あれこれ衝撃が大きすぎてそこまで気が回っていなかった、なんていうのは、ちょっと鈍感が過ぎる。
「言われてみれば、そうですね……混乱していて……」
「それは私もそうだ」
「えっ」
「いやあ、私も動転していて言い忘れていた。本当なら先に説明すべきだったろうに」
「えっ」
あっけらかんと言い放たれた。こ、この人は……。
「まあ、ともかく。順序が逆転してしまって申し訳ないが、それも含め、色々と教えておかなければならない事がある。少し長くなるかもしれないが、聞いていてほしい」
「は、はい、分かりました」
さっきのおどけた雰囲気からの切り替えにすこし戸惑いつつ、返事をする。
こんなロボットが必要な状況って何だ?この世界には、いま一体何が起きている?オルガさんも言った通り、知っておかなければならない事がある。
何せこの姿だ。きっと、傍観者じゃ居られないのだろう。
「まず、君の『宿った』――いや、『転移』もしくは『転生』かな?ともかく、そのような現象の起きた、この機体が存在している理由について」
転生。その言葉が頭に残った。なるほど、この状況って、そう言う事も出来る、のか……?
「何となく察しはついているかも知れないが、敢えて言わせて貰おう。――戦う為だ」
「……ッ!」
やっぱり。
そうかもしれない。そうでなければ良い。そう思っていた、最悪の想定。
「……だ、誰と?何処とですか!?」
「なるほど、良い質問だ。現在我々は、所属不明の兵器に無差別な攻撃を受けている」
「所属不明……?」
「ああ。巧妙な電磁迷彩を用いて軍事施設などに突如現れ、破壊行為を行う。無差別と言った通り、現れる場所に一貫性は無く、主要な国家はどこも被害を受けているような状況だ」
「テロリストとか、そういう事ですか?」
「所業だけを見れば、そうなるな。だが、言ったろ、所属不明の『兵器』と。襲撃を行っているのは全て、人の乗っていない兵器、いわゆる無人機なのさ」
「無人機……」
「そう。鹵獲出来た機体を調査したが、操縦者はおろか操縦スペースすら無い。機体を構成するパーツは何処の生産物とも一致せず、おまけに何らかの思想に依った犯行声明の類も一切無いときている」
「じゃあ、本当に正体不明、と……」
「現時点では、ね。テロと言うより天災、テロリストと言うより怪獣の趣さえあるよ、まったく……」
苦虫を噛み潰したような顔でオルガさんがぼやく。
「とは言え、勿論手をこまねいて見ている訳では無い。各国もこれを重大な問題と認識し、国家の垣根を越えた組織『E.O.S』を結成し、この件への対処に当たっている」
「エオス……」
「そう、エオス。エレ、じゃない、エク、あー、何の略だったか――まあ、いいか、さほど大事なことでもない」
いいのか。大事じゃないのか。口に出さないツッコミをよそに、話は続く。
「ともかく私らはそのエオスで、現れた無人機に対抗する為の機動兵器、総称『Altered Arm』の開発を行う部署に所属し、今や君の体と呼んでも良い、その実験機を造っていた、という訳だ」
「……なるほど」
謎の襲撃。対抗する為の兵器開発。この世界は、想像以上に大変な事になっている。
その為の、この機体。「自分の体だ」なんて言われるのには、まだまだ抵抗があるけれど。
慣れなきゃいけない。世界にも、自分自身にも。
「一旦、説明は以上だ。――その上で、君には協力をお願いしたい事がある」
「協力……」
身が凍るような感覚に襲われる。この姿で、この状況で、俺に出来る「協力」。
それは、つまり。
言葉に詰まる。分かっていてもその結論には至りたくない。
だが、それでも。この状況では、それを承服する他に選択肢は残されていない。
決めろ、覚悟を。絞り出すんだ、このケーブルを繋がれた架空の咽喉から。その言葉を。決意を。
「……戦え、って、コトですよね……」
「違う」
「……そう、ですよね……分かりました戦いま、って、うぇ!?『違う』!?」
覚悟だの決意だのをバッサリ一太刀で斬り捨てられ、思わず妙な声が出た。
「それはそうだろう、自称とはいえ、つい最近まで病に臥せっていた少年を、そのまま戦場に送り出せるほど、私は外道ではないよ?」
軽く笑いながらオルガさんは言う。しかし、再び口を開くと、その表情は憂いを帯びる。
「――でも、ありがとう。そして済まない。意図した事で無くとも、君にそこまでの覚悟をさせなければいけない状況にさせてしまっているのは、確かな事実だからね」
……頭の良い人だ。しっかり読まれて、かつ配慮までされてしまった。やはり最初にこの人に出会えたのは不幸中の幸いだったのかも知れない。
「まあ、当たらずとも遠からず、かな。君に協力をお願いしたいのは、この機体のデータ取得だ」
「データ取得?」
「そう。先程も言った通り、この機体は実験機、つまり、様々なデータを取得し、実戦用の機体を開発する為に作られた機体だ」
なるほど、「実験」って、そういう事なのか……。
「そして君はこの実験機の補助AIとして『転生』した。色々とスタッフに調査を進めてもらったのだが、どうやらその補助システムとしての機能は、君が『来た』後も残っているらしい」
「えっ、そうなんですか……?」
「どうやらね。もっとも、元々のAI部分は今や完全にブラックボックスと化してしまって解析不能、コピーさえも出来やしないと報告が来ている」
知らない間にそこまで調べられていた事に、驚きと、少しの恐怖を感じる。正直、この説明だってピンと来ていないのだが、本当に、今どうなってしまってるんだ、俺……?
「これ以上調査して、――その、まあ、『取り返しのつかない事』になるのは避けたい。君の搭載されたハードウェアを交換しようにも、これもワンオフで今は代わりの調達が難しい。という訳で、君に協力を頼みたい、という事なのさ」
取り返しのつかない事。言葉を選んでくれたのだろう。確かに、下手に弄られて消えてしまう、なんてのはゾッとしない話だ……。
「事情は分かりました。でも、具体的に何をすればいいのか、俺には……」
「それはこちらも同じだ。正直、色々と試しながら考えていくしか無い、かな」
「はあ……」
空返事になってしまう。そんなコト、本当に俺に出来るのだろうか……。
「――不安かい?」
「……」
「そう、だろうね。だからこそ、ゆっくりと。何が出来るのか、出来ないのか、一つ一つ確かめていく。それだけで良い。勿論私たちも、その不安を出来る限り払拭できるよう、フォローはさせてもらうよ」
……参った。さっきからどうも見透かされている。そんなに分かり易いのだろうか、俺。表情は出ないようになっていると思うのだけど。顔面、鉄だし。
「一応補足しておくと、基本的にこれまで襲撃を受けているのは各軍の拠点や基地が中心だ。そも、ここの存在は秘匿されて、表向きは重機メーカーの工場という事になっている。確約は出来ないが、とりあえず危急の事態に苛まれるような事は無いと思うよ」
少しの無言の後、オルガさんは神妙な面持ちで問いかける。
「――さて、どうだろうか。受けては貰えないかな?」
考える。
正直、不安は山程ある。こんな得体の知れない兵器に襲われるような世界、逃げ出せるのなら逃げ出してしまいたい事は間違いない。
だが、それが直ぐには不可能だってコトくらい分かる。出来るコトがあるのなら、その方がこの不安を振り払うコトに繋がるかも知れない。
それに。きっと俺は、この人の厚意に応えたいのだ。俺を人間と呼んでくれた、この人の想いに。
「……分かりました。やります。やらせてください」
素直に、今度は淀み無く、そう言い切れた。
「正直、そうは言っても分からないコトだらけです。けど、それでも俺が少しでも力になれるのなら。出来るコトがあると言うのなら、今はそれをします。そうするべきだと、思いますから」
「そうか、ありがとう。――本当にすまない」
目の前の女性は、嬉しいような、苦しいような、複雑な微笑を浮かべた。
怜悧で不敵な人なのはきっと間違いないが、もしかしたら、あまり嘘や隠し事が得意な人では無いのかもしれない。
少しだけ、申し訳ないけれど、ホッとしたような、そんな気持ちになった。
「とは言え体、というか機体は全く動かないんですけど、コレで何とかなるものなんですか?」
「それはそうだろう、君、というか、元々搭載されていた『Ātman』の仕事は、あくまで『操縦支援』であって、『操縦』ではないからね」
「と、いうと?」
「――サナト君。君、自分の体にコクピット、つまり操縦席がある自覚はあるかな?」
「………………へ?」
こ、コクピット?それって、つまり……。
「今回の協力を承諾して貰えたのなら、伝えなければならない事があってね。――OKだ、来たまえ」
こちらではない何処かへ、オルガさんが声をかける。
少しして、足場を上ってくる足音が聞こえ、視界に別の人間が入ってきた。
「紹介しよう、彼女が『君』のパイロットだ」
「初めまして、サナト……さん。リリィ・ヴィリアーズと申します」
現れた華奢な少女は、そう言うとこちらに向けて一礼した。短めの銀髪が動きに合わせて揺れ、きらきらと光る。頭を起こした彼女の曇りのない瞳が、真っ直ぐにアイセンサーを見つめている。
「………………………………はへ?」
ホッとした気持ちは何処かへ凄まじい速度で吹き飛び、またも困惑と混乱とが俺の心に充満していく。
コクピット?パイロット?女の子?俺の?
本当に、本当に。この世界は分からないコトだらけだ……。