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ls evidence

「――いくらかは落ち着いたかな?」


工廠に横たえられた俺――認めたくないのだが、巨大ロボットになっているらしい――の上には、今や整備用の足場が張り巡らされている。

ちょうど俺――認めたくねえ――の顎下あたりから俺を見下ろしつつ、涼やかな声が降ってくる。

「それでは、今日も挨拶からいこう。おはよう。私の名前はオルガ・レオノフ。いい加減覚えてくれたかな?」

細身の体に白衣を纏った女性。長い金髪を頭の後ろで束ね、すっと通った鼻筋の上に、細いフレームの眼鏡が乗っている。

オルガと名乗ったその人は、青い目で俺――認めざるを得ない――のアイセンサーをしっかり見据え、続けた。

「さて、次だ。君は――相変わらず、『Ātman(アートマン)』ではないのかな?」

悪戯めかして語り掛ける女性に、笑い交じりに悪態をつき返すくらいの落ち着きは戻ってきた。

「だから。相変わらず、そのアートなんとかじゃないですよ、オルガさん。俺は相変わらず、久間真斗です。……だと思います」

自分がロボットに、正確には、ロボットの中のAIになっていると知り、スピーカーを壊すほど絶叫してから、二日ほどが過ぎていた。

その間、この不測の事態――原因たる自分が言うのもアレだが――に対する調査なんかが進められているようで、力の限りの叫びで完膚なきまでに破壊されたスピーカーユニットの応急処置として、豪華なオーディオルームや録音スタジオにでも置いていそうなスピーカーが無造作に1つ、喉元に接続され、現在はそれでオルガさんと会話している。

「そうか。では仕方ない。Ātman(アートマン)改め、サナト君。今日も、お話ししようじゃないか」

「はい。……それで、どうなんですか。何か、分かったんですか?」


昨日、オルガさんと話した時には、ここまで落ち着けてはいなかった。

ここは何処?

どうしてこんな事に?

あんた等がやったのか?

混乱と、不安と、怒りと。そんな子供の駄々にも似たあれこれの問い。

それに対し、この眼前の女性は、怒るでも狼狽えるでもなく、一つ一つ答えてくれた。

規定上細かくは話せないが、ここが日本の関東、茨城県に属する地区であること。

この事態は完全なイレギュラーであり、24時間不休の体制で調査を進めていること。

とは言え自分達が引き起こしてしまった事は事実であり、ひとまずは謝罪するしかないこと。

正直、納得できる答えではなかった。

だが。その気になれば再インストールなり作り直しなりで、この事態を「なかったこと」にだって出来るはずの人が、こんな面倒なヤツの話を真摯に聞き、答えてくれる。

勿論、嘘を言われているかもしれない。適当にはぐらかされているかもしれない。

それでも、この人を信頼してみよう。今はそれが、真相を知るのに一番近い手段だと思った。

そこからは、少しだけ冷静になって、対話の中で少しづつ分からない事を整理し、その調査を依頼した。

あとは、少しの雑談。病気になるまでどんな風に生きていたかを話した。家族と生活し、SNSで友人と連絡を取り合い、ゲームに興じる。そんな普通の生活をしてきた人間だって。


そうしている内に少しは安心できたのだろうか、いつの間にやら眠ってしまい、今日を迎えている。

「そうだね、今日はまず、その調査結果を伝えなければならない」

オルガさんが、少し困ったような表情をしながら淡々と語る。

「隠しだてしても仕方がない、単刀直入に言うとだ」


「――君は、この世界に『いない』」


……なん、だって?

「死んだ、という意味ではない。『存在していない』んだ。そう表現せざるを得ない」

漸く落ち着いた頭を、また酷い眩暈が襲う。下手をすれば、現在日時を聞いた時以上の衝撃だった。

呆然とする中、オルガさんは続ける。

「確かに色々と騒がしかったろうが、流石に百年そこら前に生きていた人間の痕跡が全て散逸する、なんて事はまずあり得ない。

しかし、だ。君に答えて貰った名前や住所等、覚えている限りの個人情報を基に方々を調べたが、君が生きていたことも、君が死んでいたことも、証明する物は何一つ見つからなかったそうだ」

そんな。そんなことって。更に淡々と言葉が接がれていく。

「公的な書類に限った事ではない。昨日話した中で聞いた、君が使っていたというSNSやゲームなど、電子データについても、可能な限りで調査は行ってみたが、君の痕跡は一つもなかった。というか、幾つかに関しては、やはり『存在していない』んだよ」

ありもしない肌が粟立つのを感じつつ、なるべく平静を装いながら、俺は問う。

「存在して……いない……?」

「ああ。かなり過去、それこそ1990年代、インターネット黎明期まで遡って調べても、それが隆盛を誇ったどころか、サービスとして、製品として存在した記録が無いものも幾つかあったよ」

もはや訳が分からない。キツネにでも化かされてたのか?いや、むしろ現在進行形でキツネに化かされてるんじゃないのか?混乱が頂点に達する。

「――ここからは推論、というか、今はそう推定する他無い、という話になってしまうのだが」

疑い始めたら、金髪だの細身だの涼やかな目だの、キツネが化けたように見えてきた眼前の女性が再び口を開く。

「『君の意思はこの世界とは似て非なる異世界からこちらの世界に飛ばされてきた』というのが、現状で最も濃厚な線かな」

いよいよキツネである。そんな、アニメでもあるまいし……。

「そんな無茶な……」

「今のところ一番合点が行くのがこの説だという話さ、なに、ロマンがあって良いじゃないか」

「いや、ロマンて……仮にも研究者なんでしょう?」

「いやいや、研究者にこそ必要なのだよ、こういうのは。私の師匠など、ロマンが過ぎてもはやメルヘンに片足くらいはドップリいっていた」

「ええ……」

「ともかく、存在しないものを追い求めるからこそ、人間の文化というのは進歩してきたと私は思っている。――その意味では、今の君の存在はたまらなくロマンチックだ。そうは思わないかい?」

オルガさんは、悪戯ぽく微笑みながら言う。

……ずるい。美人のこの顔はずるい。

「というか、結局俺を証明するものは無かったんでしょう?……プログラムのバグとして、消すことだって……」

照れ隠し半分で話を変えようとして、とんでもない事を口走った事に気付き、途中で止めた。

ああそうだ消す、と言われてしまったら。その恐れを感じるより先に、呆れたような声が届く。

「まさか。私に『人殺し』をしろと?」

意外だった。ひとごろし。ひと。つまり。

「俺を、人間だ、と?」

「先程も言ったろう?ロマンがあって良いとね。おかしな事になってはいるが、昨日から語ってみて、はっきり断言するに足る証拠は得られたと思っているよ」

もしかすれば、心を覆っていた不安の中で、最も大きかったのは、それだったのかもしれない。

少しの間のあと、不安の霧を晴らす言葉を、オルガさんは事も無げに発した。


「――君は、人間だ」


にんげん。ああ、そうだ。俺はまだ、人間で、良いんだよな?

今はこれで十分だ。


「……ありがとう、ございます」

涙声になっていたのは、きっと気のせいだろう。涙を流す目も、震える喉だって無いのだから。

「当たり前の事を言ったまでだよ。礼を言われる理由は無い」

やはり事も無げに、微笑みながら彼女は言う。

「それに――いきなり絶叫して半日も気絶したり、その後ようやく話せるようになったかと思ったら、話疲れて寝てしまうようなAIなど、私は知らないのでね?」

「……ッ!?」

顔が紅潮していくのを感じる。感じるだけで外には現れていないと思いたい。

「一旦ここまでにしようか。多少退屈だろうが、それこそ――昼寝でもして、ゆっくり寛いでくれたまえ?」

ひと際悪戯っぽく笑いながら、オルガさんは足場の上を歩き、視界の外へ消えていった。


……信じて、よかったのだろうか……。

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