銀の怒り
数刻前まであれほど穏やかだった街が、今は炎に包まれている。
逃げ惑う人々の悲鳴。あちこちで響く爆発音。
その中を悠然と、かつ、傲慢に歩く、2つの巨大な影。
火影に照らされ浮かび上がるその姿は、まさに暴力の具現。
張り出した両肩には打撃攻撃用の武器を兼ねる、スパイクの付いた盾。
半透明のバイザーが被せられた頭部の奥には、一つ目を思わせるセンサーが爛々と輝いている。
無骨なマニピュレーターが握りしめているロケットランチャーは、姿と合わせて棍棒のようにも見え、
さながら神話に現れる、一つ目の巨人のようであった。
2体の鉄巨人は、無慈悲に足元の建造物を踏み潰し、蹴り飛ばし、時には手に持つランチャーから砲弾を放ち行く手を遮るビルを粉々に砕きながら、真っ直ぐに街を、人の営みを、踏みにじっていく。
やがて、破壊の化身達は足を止めた。遂に獲物を見つけ、その一つ目がひと際荒々しく光る。
まるで極上の料理を前に舌なめずりするかのような、勿体付けた緩慢な動作で、その視線の先にある、大きな倉庫のような建物に、ロケットランチャーを向ける。
その時であった。
巨人たちの獲物であった建物を突き破り、「何か」が、目にも留まらぬ速さで、少しだけ先行していた巨人の一体に向けて、真っ直ぐに跳ね飛んだ。
ランチャーの射程距離に入ったとは言え、巨人と建物の間には、数百メートルになろうかという距離があった。
しかし、その「何か」は、まるで瞬間移動でもしたかの如く、一瞬で、巨人の懐に踏み込んだ!
――ガギィィィン!!
大質量の金属が激突する轟音。凄まじい衝撃が大気を震わせる。
破壊し尽くされた瓦礫が粉塵となり、辺り一面に巻き上がった。
数瞬して。
波紋のように広がった衝撃が拡散し、粉塵が再び地に沈んだ時。
呆然と立ち尽くす一つ目巨人の視界に映ったのは、ここまでずっと追随してきた巨人の背中。
だが、次の瞬間。その巨大なシルエットは、腰のあたりから斜めに、ずるり、と滑り落ちる。
支えを失った上半身が轟音を立てて地面に叩きつけられる。
続いて、命令を失った下半身も膝から崩れ、倒れた。
その奥、灼けた大地から立ち昇る陽炎の中に、もう一つの影、いや、「光」が揺らめいていた。
「一つ目の怪物」を一刀のもとに斬り伏せたその姿は「騎士」。
甲冑を思わせる、流線形の外部装甲。諸刃の剣を構えたその姿は、そう言い表す他に無かった。
一点の曇り無い銀色の鎧が、街を包む炎を反射し、怒りを宿したように真紅に煌めいている。
燃える騎士巨人は、残る一つ目巨人に、兜の奥で青く光る視線を向け、その方向に静かに向き直った。
絶対に許さない。
その怒気を全身から、赤い輝きに変え、放ちながら。
「まず1機ッ……!」
銀色の人型兵器――Altered Arm、略して「AA」という総称で呼ばれる――内部、胸辺りにあるコックピットで、銀色の髪の少女は呟く。
「リリィ!もう1機居る!」
焦りと緊張を見せる少女に、俺は注意を促すよう叫んだ。
「はい!サナトさん、周辺の索敵を!あとはこの機体だけですか!?」
「少し待って!」
索敵。集中し感覚を研ぎ澄ます。視界を全方位に広げるイメージを思い描く。
レンダリングされた広域図の中に、眼前の一つ目以外の反応は無い。
「索敵完了!コイツだけだ!」
程なく、俺はメインモニターに索敵結果を表示し、隠れた敵機等の不在を告げる。
「了解です!」
相変わらず少女の表情は強張っている。
初めての戦場。初めての実戦。
気を抜けば今すぐにでも命を奪われる恐怖を感じる。
当たり前だ。この間まで、平和な国の普通の高校生だったんだぞ。怖いに決まってる。
だが、それ以上に。この炎に燃える街を見て。
ありもしない胸の奥から湧き上がる感情がある。
怒り。ただひたすらの怒り。
この世界に来て日は浅いが、こんなのは許されないコトだってくらい分かる。
怒りで恐怖を包み隠し、なるべく冷静を装いながら、俺は少女に告げた。
「リリィ。絶対にコイツを倒そう。倒して、勝って、生き残ろう……!」
「……勿論です。力を貸してください、サナトさん!」
力強く少女が返答すると同時に、咆哮にも似たひと際高い駆動音が響き、銀のAAは再び跳ね飛ぶ。
そうとも、生きてやる。せっかく貰った二度目の命だ、こんなすぐに失ってたまるか。
たとえそれが、巨大ロボットのAIとしての命であったとしても。
ブーストをかけ、強烈な加速で一つ目に急接近していく機体の中で、俺は再び集中する。
敵との相対距離、熱源反応、こちらに対応する為の予備動作から予測される対応パターン。
知覚したあらゆる情報から、必要なものを選び取り、メインモニターに表示した。
守る。今の俺に出来ることの全てで、この少女を。世界を。
遍く「痛み」を、止めてやる――