*** プロローグ 涅槃部 部長 師蔵 円真
受付である初七日係の10番カウンターへ行くと、そこにいたのは喪服姿の茶髪の女の人だった。
光の入っていない死んだ魚の目がなければ可愛いのに、という感じの人だ。年の頃は俺より5歳くらい上だろうか?
「それでは、そちらの椅子におかけください。
では、この度はご愁傷さまでございます。
ご逝去されましてから、今後の流れはお聞きされていると思いますが、こちらではまず今後の裁判前の登録をしていただきます。
私、担当させていただきます菊岡と申します。」
淡々としゃべりながらペコリと頭を下げる菊岡さんに俺も頭を下げる。
「では、こちらのタブレットの流れに沿って入力をお願いします。入力方法はフリック入力・・・・・携帯入力方法とパソコンキーボード式がございますが、どうされますか?」
「・・・・・フリック入力で」
「かしこまりました、それではわからないことがありましたら声をかけてください。
更新前に確認致しますので、終わったら教えてくださいね」
受け取ったタブレットには【死後裁判受審登録申請】と書かれており、名前や住所、親の名前、死因を入力するらしい。
ペン代わりに渡されたタッチペンを手の上でくるりと廻す。
件数も少ないので、すぐに登録は終わった。
「すみません、終わりました。」
「はい、ありがとうございます。
・・・・・藤 市類様ですね。
それでは形式質問になりますが、こちらに記載されていることは虚偽・・・・・嘘はございませんか?」
「間違いないです。」
「裁判の内容には過去視で氏名なども確認する為、裁判中に虚偽が判明した場合には地獄行きが確定致しますのでご注意ください。」
無表情のまま淡々と話す菊岡さんはこの世のものじゃないんだ、と発言の物騒さにあわせて背筋がぞわっとする。慌てて首を縦に振って肯定の意志を示す。
「それでは、次の登録に移ります」
菊岡さんは話しながら登録ボタンを押した後に、カウンターの中に手を突っ込み筒状の台座にコードがつながった機械と手のひらの絵が書いてある機械を取り出した。
表情変わんないなーなんて考えながら、ぼーっと眺めていると、準備を、終えたらしい菊岡さんがこちらを見ていた。
「こちらは指紋、静脈を登録する機械です。まずは指3本の指紋と静脈を登録いただきます。その後、こちらにある手のひら全体の静脈の登録と罪測定を致します。どちらの手のどの指でも良いですよ」
罪測定・・・・・どの程度の罪から測定されるんだ?万引きとかは確実に罪だろうけど、拾った小銭を交番に届けなかったり、悪口を言ったりとかは?
「あのー・・・・・」
「どうされましたか?」
「質問、いいですか?」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます、えっと・・・・・罪ってどの程度からカウントされるんですか?」
きょとんとした感じてこちらを見た菊岡さんは、口角を少し上げた。
「良い質問でございます」
なんと、声が楽しそうだから笑っていたのか。
笑っても目が死んだ魚の目なのはどうにかなんないかな…
「罪としてカウントされるのは、刑法に引っかかる行為はもちろんながら、大雑把に言えば人に悪影響を与えた行為について・・・・・ですかね」
悪影響?と首を傾げれば更に言葉は続く。
「藤様で言えば・・・・・そうですね、お亡くなりになった時に御両親はご存命でしたか?」
「え?はい」
「ならば罪のカウントとしては1
親より先に死んだ親不孝の罪ですね。ただ、病気や災害などのその人自身ではどうしようもなかった場合はカウントされません。」
菊岡さんのその言葉に襟ぐりを掴みながらそっと息を吐く。握りしめている指が冷たい。
けど、あれ?と気がついた。
「あのぉ・・・それって、もし悪いことをしていて罪が暴かれることに暴れる人もいるんじゃないんすか?」
「えぇ、もちろんいらっしゃいます。でも・・・ほら・・・うちは死後の受付ですから、死者相手ですし多少の粛・・・罰は可能なんです。余罪が増えるだけっていう、ね?」
右手を頬に添えて、首をこてんと傾げる姿と言葉の間にぞわりという悪寒、反対の腕を擦る。
逆らうのはやめとこう。
「それでは、始めてもよろしいでしょうか?」
そんな言葉にコクコクを首を縦に振った。
まずは指の指紋・静脈登録を行うことになった。
どの指でも良いとのことから、左手の薬指、右手の親指と中指を登録することにした。
指を差し込む機械に三本の指を入れて、登録を待つ。青い光が指をなぞるように動き、指の情報を読み込んだ。
「・・・あら?」
小さくつぶやいた菊岡さんが机に並んだ二つのランプのうち赤色に一つ点滅しているのを見ているのに俺は気がつかなかった。
もちろん、連動して点いたらしい後ろの壁のランプが点いた瞬間に俺の方に目線をやる職員が増えていることにも。
次は、手のひらの絵が描いてある機械に左手をのせる。
青い光が手のひらをくすぐっていく様子に体の中を探られているように多少の不快感に眉間にシワが寄る。
「・・・あららぁ?」
不快感に目線を下げていたが、菊岡さんのどこか驚いたような間の抜けた声に顔を上げる。
菊岡さんは俺を見るでも、タブレットを見るでもなく、顔自体を後ろの職員机が並んでいる壁に取り付けられている点灯している赤と青のランプを目を見開いて見つめていた。
「えっと、あの・・・き、菊岡 さん?」
そんな俺の声にぐりんと顔を戻した菊岡さんはすごい勢いで卓上にある備え付けの電話のプッシュボタンを叩き始めた。
その間、俺は完全無視である。
「もーしもーし、秘書さんですかー?受付の菊岡です。お探しの方がいらっしゃいましたのでそちらにご案内致します。
お迎え寄こしてくださいねぇ。」
言いたいことはいったとばかりにガチャンと切られた電話が肩が跳ねる。
恐る恐る勢いに押されて閉じてしまった目を開ければ、こちらを見つめる光のない目、目、目
「っひぃ!!」
後ろにいる人たちもなんか見てる!みんな見てる、みんな目が死んでる!なんで!?
自分の身を守るように首元を手で掴み、体を縮める。
「お迎えが来ますか、待っててくださいねぇ・・・」
その目が笑っていない笑顔が怖いです、菊岡さん!!
「お迎えにあがりました。
菊岡さん、その無駄に不気味な笑顔引っ込めてください、不気味です。」
なんの説明もないまま、光がない目で笑う菊岡さんと向かい合う事、5分程度で救世主はやってきた。
榊さんと似た喪服スーツをきた鋭い目の茶髪の男の人、でも目に光はない。
「あらぁ、秘書さん自ら来たの?」
「えぇ、まぁ・・・それではご案内がてら説明しますので。菊岡さん、資料。」
「はいはぁい、わかりましたよ。・・・はい、死後IDと登録内容。
じゃあ、がんばってねぇ、藤くん」
そのまま、手を取られて歩き出した俺に菊岡さんは手を振って見送ってくれた。
やっぱり、あの人ちょっと怖い。
さて、一難去ってまた一難。
俺、秘書さんという方に腕を掴まれたまま、ずんずん歩かれてます。
ファイル受け取っていくんじゃねーのかよ?
秘書さんは受け取った資料を読みながら歩いており、こちらを見る気配はない。
一応、足の長さが違うからか、スピードは配慮してくれているらしい・・・ちくしょう。
俺だって173㎝あるんだぞ、兄ちゃんより8㎝でかいんだぞ、そんな俺よりも10㎝近く身長差がある。
足が短い?ほっとけ!
とりあえず、どこいくのか聞かなきゃ安心できない!!
「ちょ、その、あの!」
「・・・・・・・」
「ねえ!だから!ちょい!!」
「・・・・・・・」
「あのさ、っておい、こら!秘書さん!!」
「・・・え?あぁ、呼びました?」
集中して読んでいたのか気がついてもらえたのは声をかけ始めてから2〜3分程してだった。
「ファイル!俺!受け取ってないし、他の人と行く道違うんですけど!!」
「ファイルは必要ありません。他の方は試練の道を歩く事が供養になりますが、あなたは条件が特殊なので、特別処置です。」
「条件?特殊?」
「その説明はこれからしますので・・・あぁ、この部屋です」
「へ・・・ぎゅ!」
突然止まった秘書さんの背中に体当たりするように止まったけれど、秘書さんの体は揺らぎもしなかった。
変な悲鳴を上げた俺を気にしないまま、立ち止まった扉に2回ノックをする。
「部長、お連れしました」
『・・・・入れ』
くぐもった声がわずかに聞こえる。
「失礼します」
そんな言葉とともに、開かれた扉の先にいるのは・・・
「子供?」
扉の先にいたのは、赤い三つボタンスーツのジャケットと黒い半ズボンを着て、どう見ても体の大きさに合っていない机の前に立つ男の子の姿だった。校長室のような室内に対してひどくミスマッチだ。
どう見ても、10歳くらいにしか見えないんだけど・・・
不安に駆られて秘書さんがいるはずのところを見れば、すでに姿はなく少し離れたところでお茶の準備をしていた、いつの間に!?
「ほう・・・わしの本当の姿を見通すか。」
「本当?姿?」
混乱しきりで立ちつくす俺に忍び笑いを漏らすと、斜め前に置いてあるソファを指差した。
表情が子供とは言えず、ひどく違和感を覚える。
「とりあえず、茶でも飲みながら説明してやろう、座れ」
ソファに腰を下ろした俺の姿を見て、男の子も向かいのソファに腰を下ろした。
「まず、わしはこの涅槃部 部長の師蔵 円真という。お主には子供に見えているみたいだが、部長を務めて300年程経っている。」
「は?」
「本来、わしの姿は深層心理に隠れた怖いものがミックスされた大人の姿に映るようになっとるんだが、お主には本来のわしの姿が見えとるようだな」
「はぁ」
「お主、どのように見えとる?」
「えっと、10歳くらいの男の子が赤いジャケット、黒い半ズボン姿でいるようにしか・・・」
「やはり、空間干渉の幻影が効かんか」
「へ?」
「っと、ここで本題に入らせてもらうぞ」
なんかよくわかんない事言い出したと思ったら、真面目な顔でこちらを見てくる。
ソファの上で多少崩れていた姿勢をまっすぐに直す。
「名前は藤 市類でよかったかの、今回お主をこちらに呼んだのは、わしらが条件に合う人物を探しとった為じゃ。」
「条件?」
こくりと首を縦にふると、菊岡さんが秘書さんに渡した資料を俺の方に見えるように並べ始めた。
「魂に刻まれた罪のレベルが善行寄りである事、指紋と静脈にそれぞれ特定のパターンに一致する事・・・でお主が該当した。」
「えっ、でも俺親より先に死んだから親不孝の罪が加算されているはずじゃ・・・それに善行と言えるような人間じゃないんだけど・・・」
納得がいかないと眉を寄せる俺に、資料の一部分を示してくる。
指された箇所を見れば確かに「親より先に死亡」の欄に丸が付いている。その下に米印と相殺と書かれている。
注意点が書かれていて人命救助による事故により相殺と記載がある。
「ここにある通り、お主の死因が善行であった為、相殺されとるようじゃ。相殺ゆうんはお主が知っとる言葉じゃと、プラマイゼロって感じかの?」
「・・・はぁ」
なんか脳内処理が追いつかない。説明される言葉が滑っていく。
頭が真っ白になった状態で何を考えれば、何を声を出せばいいのかわからない。
親不孝で心痛めたけど、兄ちゃんかばって死んだから、良いことしたから罪なくなったよ、てなんじゃそりゃ。
親父とも母さんとも、兄ちゃんとも離れたくなかったのに、兄ちゃんが怪我するよりって思ったから体が勝手に動いたのに
やりたいこともまだまだあって、死にたくなんてなかったけどしょうがないから今いるだけなのに。
そんなことをぐるぐると頭の中で考えていると、不意に視界の隅でコトリと音がして意識が引き戻される。
顔を上げれば、お茶を入れていた秘書さんがお茶を置きながら俺を見下ろしていた。
「つまり、部長が言いたいのは、良い事したし、こちらの条件にも合っているから次の人生に刺激をあげるよ・・・ってことです。」
「刺激?」
「おい!狐花!そりゃ極論じゃ、わしは次回の転生では世界線の違う世界で今の知識を持ったまま過ごしてみんかちゅう」
「何が違うんですか、同じですよ。同じ」
あーはいはいとでも言うように部長さんを真顔であしらう秘書さん、いや狐花さん強い
「世界線が違うってどういうことですか?」
俺がした質問に、んー?という様に一瞬悩んで狐花さんがあっと思いつたようだった。
「あれですよ、あれ。あなたくらいの年代に人気のライトノベルでしたっけ、その鉄板の異世界転生。簡単に言えばその権利を贈呈です。」
「・・・・・はぁぁぁぁぁ!!!???」
うるさいって怒られたけど、叫んだ俺、悪くないよね!?
「では、先ほど話した特典をつけて新しい世界線へ転送するぞ。今度の生は長生きできると良いな」
「では、お気をつけて」
そう言って俺は一方的に転生特典を伝えられ、口をはさむ前に部屋の隅にあった光っている円形の魔法陣の上に立たされ、結局詳しい話を聞けないまま、転移装置で送られた。
ふざっけんじゃねーぞ!!ちゃんと説明してから送れー!!!!
そんな叫んだ俺の心の叫びはあの二人に届いただろうか・・・
藤 市類と名乗ったあの少年の姿が全て消えた。最後に何か叫んでおったようじゃが、聞こえんかったのう。
「さあて、これから各世界の涅槃へ連絡を取らんといかんのう。
あやつの探し人ををあの世界へ送ったぞ・・・っちゅーお知らせをとりあえず狐花くん作っといてくれんか?」
「わかりました。作成後は各世界の涅槃へ通知いたします・・・お歳暮の名簿と同じで良いんですよね?」
「いや、一週間後の世界涅槃会議へ持って行って通知することにする。まずはあそこの管理者には伝えとかんとのう。
いやはやめんど・・・大変な事案が一件片付いただけよしとするか」
さあて、やるかと小さな肩をコキコキと鳴らす。
机の上の内線も回せるようの白い電話ではなく、重要連絡用の異世界電話の受話器を持ち上げダイヤルを回し始めた。
「あー、もしもし、こちら地球 日本領 涅槃部 部長 師蔵じゃけど・・・」
これで、プロローグは終了です。
何となく、タイトル詐欺になった気がする。
どっちかというと、涅槃部市民課初七日係 菊岡さんって感じですかね?