表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

信行の仕事

 武士とは多忙である。

 所謂『お役目』を大名から与えられている武士は、という前置きがつくか。

 役目を負っていない木っ端侍連中は、それこそ昼間から酒をかっ喰らうなり、武芸の練磨に励むなりしていたが役目を負う武士というものは兎に角多忙だ。

 特に奉行職につくものなどは過労で死ぬことすらある。


 城主を務める信行もまた例にもれず、せっせと文に筆を通す仕事を行っていた。

 信行の仕事は多岐にわたる。

 兵站の準備、城の改修の手配、部下の人員の配置などなど。

 内政を完全に渡している家臣の土地のアレコレは信行には関係のないことだったが、アレコレで発生する問題なんかは場合によっては主君である信行にまわってくる。

 また、信行の大本の役目はこの末森の防衛で、なら攻めてくる敵からの防衛方法を考えねばならないし、常日頃から送られてくる患者への対応もしなければならない。


(ああ忙しい....)


 城内の些細ないざこざですら耳を通さねばならなく、愚痴る暇すらなかった。

 信行は一枚報告書を捲って眉をしかめた。


(権六が喧嘩.....何やってるんだよまったく.....)


 お咎めなしであることを記して溜息をつく。

 今の勝家の立場は信行直参の家老だ。

 家老職にあるものが少ないので筆頭家老と言ってもいいかもしれない。

 それだけの人物なら、主筋信長の家臣でもない限りたとえ斬り殺しても無罪だ。


 実はこの山のような紙を読んで書く中でこういった軽い裁判のようなことも行われていた。

 故頼朝公が制定した御成敗式目を基本とした裁判をするよう幕府から言われていたが、完全に幕府が形骸化したこの時代、所領ごとの揉め事は長が裁くようになっていて、封建制の様相を呈していた。

 乱世である。


 かといって多少の刃傷沙汰こそ問題にならないが、行き過ぎたら厳しく律しなければならない。

 ほとんど信行方としては新参者と言える勝家が問題を起こせば起こしただけ主である信行が胃を痛め頭を痛めねばならない。


(そこのとこをもっと本人に自覚してほしいと思うのは贅沢か?)


 答えはなかった。

 せめて信長が直々に出張ってくることのないように、内々に粛々と始末していた。


 勘弁してくれ、と考えながら。


 次々と案件を処理する。

 寺からの普請の要求。縄張りの裁定。今年信秀の死で自粛させた夏祭りの予算の使い道。


 それらすべてを確認する。


「誰かある!」

「ハッ!」


 呼びかけに応えた人間がすっとふすまを開けて頭を下げたのを確認するとたった今確認した書類の山を指差す。


「各部署へ。俺は少し休む」 

「ハッ!」


 たった今格闘した好敵手が抱えられて去るのを見る。

 ふすまが閉まると同時に深い、深い息を吐いた。


「ああ、まったく城主は大変だ」


 それに加えてたんまりと目下の危機がある。

 常に気を張って何事も疑い続けるというのは疲れるものだ。

 このまま寝てしまいたい疲労を感じながら、ぐったりと倒れ込む。


 しかし、この休憩の時間こそもっとも私的に自分の頭を使える時間だ。

 ぐっと眠気を耐える。

 武士の気の迷い、弱みは死に直結する。信忠の教えだ。

 常に策謀を巡らせ好機を掴まねば戦国の世の武士は早死する。

 狼がぐるぐると喰い付く機会を待って回っているのだ。


「.....信友様が拝謁を希望している、か」


 先程の山の中にあった一枚の気にかかった報告を思い出す。

 信秀の死から一ヶ月が経過しようとしているこの時期に動き出すとは実に機を見るに敏な行動だ。

 何を考えているのかは容易く分かる。

 打倒信長。

 いや、信友の場合は『打倒信秀』か。


 織田信友。

 尾張下四郡守護代、つまりは『弾正忠』である信秀の主家筋にあたる。

 信友からすれば信忠は家臣である。

 信秀がその知勇を持ってして出世していくのを誰より疎ましく思っていた人間で、信秀からしても尾張を統一するのに邪魔な宿敵だ。


 度々争い鎬を削った両者の統一見解は『織田家統一尾張統一』であろう。


 そんな信友であるから、正式に家督を継いだ信長と対抗馬となり得る戦力を持つ信行にはなんとしても唾つけておきたいのであろう。


「まったく。好き勝手に騒ぎおって」


 誰もがそうだ。

 その欲望のために信行を絡め取ろうとする。

 紐を括りつけて都合よく動かそうとする。

 これを利用して信長を倒そうという野望もほとんどない信行からするといい迷惑だ。


「何か....何か手を打たねばな.....」


 しかしいくら頭を回転させても良い手など一切浮かばない。

 目下訪れるであろう信友に惑わされないようしよう、などという考えしか浮かばなかった。


 信行のあての無い思考は次の報告書の山がやってくるまで続いた。


 ◆


「そうですか.....信友が動いたと」

「ハッ....」


 静かな部屋に優しい響きの声と一度聞いたら忘れてしまいそうなほど特色のない声が響く。


「信行様は....お会いになるしか手はありませんね....」

「恐れながら....信長様ならいざ知らず織田家の家臣に過ぎぬ以上信行様が主家筋の訪問を断る事など不可能かと」

「いらぬ反感を買うのも得策ではありませんか.....」


 信行が信友と会った、その事実は信行の立場からして大変に不味い。

 市井の住民の井戸端ですら信友が信長を快く思っていないことなど常識過ぎて改めて語られることなどない。

 だからそんな信友が信行と渡りをつけた、ということは反信長の一員として信行が迎えられた、ということになる。

 町で遊び歩いている信長がそれを知らぬことはありえない。

 そんな信長が早急に行動を起こさないということは.....


(つまりはそういうこと、なんでしょうね)


 気づいたら逃れられぬ蜘蛛の巣に絡められていたのだ。


「怪物、ね」

「.....」


 読めない策ではない。

 逃れられない策を張られるのが一番効果的だ。

 ただし策とは万全ではない。だから万策を用意するものだ。


「食い破る隙はあるはず....」


 奈緒は知っている。

 どんな堅固な策でも破れる、と。

 そう歴史が証明している(・・・・・・・・・)


「狐。何か考えはある?」

「いえ」

「そうよねぇ。これは戦国の侍でなくては考えつかない類の策。私たちには手に負えない」


 悔しいが助言を出したり場を整えて敵の考えをかき回すくらいしか出来ることはない。

 立場的にも。力量てきにも。


「狐は引き続き情報を集めてきて」

「殿には?」

「....混乱させられない。もう少し伏せましょう」


 おそらく言ってもいたずらに心を騒がすだけで、何も変わらないだろうことはハッキリと分かる。


 すべてが終わってからでも遅くはあるまい。


 その言葉は奈緒に甘い安らぎを与えた。


「殿は絡められんと必死です。しかしおそらくその足掻きも無駄に終わります」

「ええ。こちらがあまりに不利だもの」


 先代の怨恨を断ち切ることは不可能で、敵はそれも承知だ。

 信行は甘いお菓子で、集まったアリはすべて殺すだろう。


「死なぬために。死なせぬために」


 呟いた奈緒に影はそっと頭を下げた。

新キャラキター

リアルにいこうと思っているのに.....



※ブクマありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ