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眠れない夜に①(短編集 2010~)

『鬼ヶ島』

作者: 裃 左右

「われらを殺す意味を本当に理解しているのか?」





奴は息も絶え絶えにそう口にした。


俺をまっすぐに見つめて。


その眼にどんな感情がこめられているのか、洞察することは叶わない。





「……知らぬか、そうであろうな」





振り絞る力で奴は俺へと手を伸ばすも、それは届かない。


奴のその身には、生きる根源たる血の一滴すらもろくも残ってはいないのだ。





「何とも哀れな……『   』よ」





その言葉が最期。


――『鬼』は絶命した。




















鬱蒼とした山の中。


深く仄暗い川沿いを、ひたすらに歩きつめる。


そうして、いったい今はなんどきであろうか。





俺が里を出発したのは、朝露が滴るような時間であったが……。


こうして空を見上げる事も出来ぬような山奥では、時間を知る事も出来ぬ。


人の手が全く入っておらぬ山を歩くことは今までも、よくあった事だがここまでではない。





しかし、俺はどうしてもこの先に行かねばならなかった。


……そう俺はある縁ある川を遡っていた。





なんとも険しい道であろうか。


思えば、一人で歩くなどいつぶりのことだろう。


ここを遡ると共に鬼を打倒した仲間に宣言した時、灯篭には引き留められたものだ。


灯篭は、<狂犬>と異名を取る剣士だった。





振り返るに、彼に以前の面影はすでにない。


剛の者と見れば、場所時構わず真剣勝負を挑むような男であり。


見定めたものと死合うためであらば、いかなる手段も選ばなかった。





また風に聞けば、飢えた山犬にように恐ろしく、血も涙もない人の皮を被る獣であるとの話。


事実、刃を交え、殺し合いすらしたものだ。





それが、今では俺に対し、彼は『仮の主』と仰ぎ忠義を尽くしてくれている。


仮、とはつくものの、その彼の思いは決して揺らぐものではなかった。





ああ見えて、一度ふところに入れば情が深い。


それが故に、彼は命を落とすところであったのだ。


いったい何の奇縁か。


俺が彼を助ける事になり、共に肩を並べ戦い、今に至るわけだが。





その彼が俺に言ったのだ。





「鬼の言葉に惑わされたものの末路は、誰もが知るところだ」と。





だが、それでも俺は。


誰も連れずに、ここに来たかったのだ。





殺し合い、共に戦い、背中を預けられる最に信頼にたる友。


彼の言葉を切り捨ててでも。





「……ようやく着いたか」





丸一日歩いただろうか。


俺の口からかろうじて零れたのは、かすれにかすれた呟きだった。





目の前に立つは、今までに見たことがない。


ひたすらに真っ白な屋敷であった。















その建物の中も奇妙あった。


伝えに聞く竜宮城ですらも、その物珍しさには勝てぬだろう。


ありとあらゆる物が、俺の知識からはかけ離れている。





だが、俺の魂が訴えかけるのだ。


ここを俺は知っていると。


ここは……であると。





奇妙にひかり続ける球が、壁に埋め込まれ。


何の意味があるのか、目まぐるしく絵と文字が流れる窓があった。


楽器で奏でる事が出来ぬような音が、そこかしこから流れ出て。


先ゆく、俺を惑わせる。





それでも俺は迷うことなく、歩いて行った。


この奥に。


この奥に目的の物はあると。





「よくここに来たな、君はここに来る事はないと思っていたよ」





建物中に響くようにして、その声はした。


それがいったい誰の声なのか。


俺はなぜだかその声を知っていた。





懐かしいのではない。


俺はその声をいつも聞いていた。





「今までに何度送り出しただろうか」





引き返せ、頭のどこかで声がした。





「ここまで来たものはその中でたった二人」





それでも俺は歩みを止めない。





「君が殺した『鬼』と、『鬼』を殺した君だけだ」





俺はその目的の物の目の前で足を止めた。


やはり、か。


これが真実であったのか。





「……なぜ、ここに来る事を思い立った?」


「……ひとつは『鬼』が俺に告げた言葉だ」


「ほう?」


「そして、もう一つは……」





この館の脇に流れる川を下ると、俺の故郷である里がある。


その川にさらに下ればどこにつくか。


海へながれ。


そして……。





「必ず、『鬼ヶ島』に流れると気づいたからだ」





俺は里で拾われた子供だ。


桃のようなものに包まれ、川を下っていたらしい。


だが、もし拾われることがなければ。




そう、あの鬼ヶ島に俺は流れ着いていた。




目の前の巨大な硝子に入った男は。


それを聞いて、薄く笑った。


鍛え上げられた刃のような笑みだった。





「よく来たな、桃太郎。 いや、こういうべきか」





硝子越しにそいつは笑う。


聞き覚えのあるのも当然だろう。





そいつの顔は俺と同じだった。





「おかえり……わが子よ。そして、この世にいる最後の『鬼』よ」






そうだ、あの『鬼』は間違いなくこう言ったのだ。


「哀れな『わが弟』よ」と。

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