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絵師と作家

 執事さんに案内されるままホールの中央の階段を上っていく。

 調度品はあまりきらびやかではないが、落ち着いた高級感を醸し出していた。

 やがて二階の廊下のある扉の前で止まる。

 部屋からはレゲエが聞こえている。

 執事さんはノックを2回すると

 「失礼します。挿絵の絵師様がいらっしゃいました」

 開けたドアの先の書斎の椅子には、立派な髭を蓄えた初老の男性が座っていた。


 「驚いたろう。これは蓄音機といって音を蓄えることができるのだ」

 先生は蓄音機に目を向けるとふむ、といって男性に向き直る。

 「このような魔道具が開発されていたとは知らなかった。なかなか音質がいいものですね」

 先生は瞬きしながら感心する。

 「私の友人が王立魔法研究所につとめていてな、そのツテで手に入れたものだ。

この歌は最近王都ではやりの歌姫が歌っているそうだ。美しい歌声だろう」

 この世界で蓄音機が開発されていたことに僕は驚いた。

 この蓄音機は前世での蓄音機によく似ていたが、蝋管式というのだろうか、円筒が縦に回って音を再生する方式だった。

 円筒の表面では文字があわくひかっている。

 「紹介が遅れた。わたしがエドモンドだ。ミーンも元気そうじゃないか」

 「おかげさまで」

 二人は顔見知りなのだろうか。

 「彼女とは昔からの付き合いでな、私がまだ売れなかった頃に彼女に挿絵を描いてもらっていたのだよ」

 そうだったのか。

 「君がアルフォンス君だね。思ったよりうんと若くて驚いた」

 「アルフォンス・クラインです。よろしくお願いします」

 エドモンド氏はわずかに笑って「よろしく」と言った。


 「今回君に新作の挿絵を頼んだのはほかではない、君の絵柄に感銘を受けたからだ」

 僕は一寸驚いてかえす。

 「僕の絵柄ですか」

 「ああ、そうだ」

 エドモンド氏は続ける。

 「今回の新作は少年、青年の読者をターゲットとしている。リアリティを追求した挿絵もいいだろう。しかしそれでは読者がとっつきにくくなってしまう」

 「そう悩んでいたところで君のこのポスターが目にとまったのだよ」

 エドモンド氏はそういって僕が描いたジョコバさんのところの服飾店のポスターを取り出した。

 もしかしてはがしてきちゃったのか。

 思わず苦々しい顔をしているジョコバさんを想像して心が痛む。

 「この特徴的な丸っこい絵柄、これが新作のイメージにぴったりだと思ったのだ」

 エドモンド氏が身を乗り出して言ってくるので、僕はそれに気圧されて、

 「わかりました。僕にはもったいないくらいです。よろしくお願いします」

 と簡単に言ってしまったのであった。


 エドモンド氏を担当する編集者の人がしばらくしたら来るようなので、それまで屋敷の食堂に集まって執事さんが淹れてくれた紅茶をいただく。

 いつも先生の工房で飲んでいるものとは茶葉からして違い、まろやかで非常に美味しかった。

 ビスケットをつまみながら先生とエドモンド氏の昔の話を聞く。

 どうやら先生がした初めての仕事がエドモンド氏の本の挿絵だったようだ。

 先生はとても懐かしそうな顔をしている。

 先生のこんな顔を見たのは初めてのことであり、普段は割と飄々としている先生を見てきた僕には新鮮だった。

 

 やがて編集者の人がやってきた。

 編集者の人は軽く挨拶すると椅子に向かい合うように座り、原稿を取り出す。

さっそく僕は差し出してくれた原稿の題名を確認する。

 

 「戦闘メイドサラの冒険譚」

 

 え?なんだこれ。

 思わずエドモンド氏の顔を凝視する。

 ライトノベルか?だとしたら色々と頭の中がぶっ飛んでいる。

 べつにエドモンド氏を貶すわけではない。しかしながら転生して初めて家の外を見たときに石畳を馬車が走っているのを見た時と同じくらいの衝撃を感じた。

 こんな中世かビクトリア朝時代かという世界でいきなりのライトノベルである。

 いうなれば戦国時代茶室で抹茶を飲んでいたらお茶菓子にマカロンが出てきたような感覚である。

 筆舌に尽くしがたい。

 ともかくも先を読み進める。

 文章はやや古風な感じだが、充分読みやすいのではないかと感じられた。

 内容を要約すると「青年の主人とそのメイドが貴族社会のあれこれに顔を突っ込んで勧善懲悪する痛快ドンパチチャンバラ冒険ラブコメ活劇」という、前世の記憶を持っている僕からしたらなんだかありがちに思えるものだ。

 近所の書店によく置いてあったのを立ち読みしたり買って友達と回し読んだりしたものだった。

 懐かしい。

 「これは斬新ですね」

 先生が横から覗き込んで言う。

 「そうだろう。このように痛快な戦闘シーンと主人公たちの恋愛を組み合わせて、会話文を増やし文章を読みやすくしてみた」

 「これなら文字を読むのが苦手な人でも本に親しむきっかけを作ることができる」

 

 エドモンド氏は窓のほうを向いて続ける

 「物語は高度な教育を受けた貴族連中のものだけではない。みんなのものだ。老若男女すべてのものだ」

 「私には夢がある。誰もが物語の親しむ世界を作り上げることだ」

 しかし現実は理想からは遠い。

 今は特に、社会が形成されていくに連れ貧富の差が激しくなっていっている時代だ。

 識字率は依然として低い。

 しかし、エドモンド氏の背中には夢を実現してみせるという覚悟がにじみ出ていた。

 窓の外では雲間から一筋の光が差し込み、近くの麦畑を照らしていた。


 

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