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絵師と列車の旅

 手紙が届いたのは突然のことだった。

 僕が絵師デビューを果たしてから1ヶ月後のことだ。

 送り主はエドモンド・ワイリー、先に述べたように超有名作家で、そんな人から挿絵の依頼が僕に来たのだ。

 どういうことなのだろうか。

 まだ絵師としてひよっこな僕にそんな大家が依頼をしてくるなんて考えられない。

 ともかくも本人に会って真意を確かめなければならない。

 かくして僕と先生は手紙に書いてあったエドモンド氏の逗留地、アムリスへと出発することになった。


 僕と先生は王都の中心の、中央駅のプラットホームに立っている。

 周りは人が行き交っているが、それでも前世の日本の通勤ラッシュと比べれば可愛いものだろうと考える。

 先生は珍しく白のワンピースの上からコートを着て、洒落た帽子をかぶっている。

 その姿はとても綺麗で、結構な数の人がすれ違う際に目を惹かれていたようであった。

 僕から見ても美しく感じて、少しドキッとしてしまったことは間違いない。

 ちなみに僕はといえばコートに帽子、そして手からはトランクを提げている、いたってシンプルな服装であった。

 トランクの中には水彩画を描くためのセット、各種筆や鉛筆、絵皿、固形ルーシャなどと、スケッチブックとわずかな日用品が入っている。

 服などではない分見かけの割には重くない。


 そうこうしているうちに列車がホームに入ってきて、目の前で止まる。

 機関車は立派なもので、先生によると最新の魔法技術を使って効率化を図っているようだ。

 鋼鉄の重厚さに少し圧倒される。

 ホームは密閉式なので少し煙たくなった。

 僕と先生は客車に乗り込み、空いている席を確保して占拠する。

 やがてベルと笛が鳴り響き、列車は動き出した。


 窓の景色はすっかり田舎のそれとなっていて、田園風景が流れていた。

 先生と他愛もない会話を交わしながら二人で外の風景を眺める。 

 そういえばこの世界に転生してから列車には初めて乗った。

 前世ではこうしてゆっくりと列車の旅を楽しむことはなかったような気がする。

 新幹線だと早すぎて景色をゆっくりと楽しめないからだ。

 こういう旅もいいものだ。

 先生は水筒に入れてきた紅茶を飲みながら景色を見ている。

 僕は先ほど先生が機関車の魔法技術について簡単に説明してくれたことを思い出し、以前からの疑問を先生にぶつける。

 「先生は魔法について詳しくて、先生自身も魔法を使えるようですが先生は魔法使いなんですか?」

 先生は僕に写真を撮ってみせた時やマギグラフについて解説してくれた時に魔法を使っていたし、日常会話からも魔法について詳しいことが伺える。

 そもそも魔法を使うということは専門的な教育を受けないとなれないはずで、趣味で身につけられるものではないだろう。

 「ああ、私の一家は代々魔法で名を立てたということもあって魔法を学ばされたんだ」

 「そうだったんですか」

 「うん、私が家を飛び出したのは魔法から離れて絵をとことんやりたいという気持ちがあったせいもあるかもしれない」

 先生は紅茶の水筒を煽って、

 「まあ結局魔法からはなれることはなかったんだがな」

 と呟くように言った。


 「相席よろしいですか」

 そう言ってひとりの女性が客席に入ってきた。

 肩で切りそろえた金髪が特徴的で、青いジャケットに落ち着いた色のスカート、足には軍靴を履いている。

 先生に一応目で確認を取る。

 先生は頷くと荷物をどけてとなりに誘った。

 ありがとう、と礼を言って彼女は席に座る。

 騎士だろうか、と僕は彼女を横目で見ながら考える。

 しかし女性の騎士とは珍しい。

 この国では前世での職業軍人にあたる人たちを騎士と呼ぶ。

 これは現在の王朝の伝統のようなものであり、装備が剣から銃へと変化しても組織の仕組みと名称は変わっていない。

 まあ実際は銃もあまり行き渡っていなく、大抵は未だに剣を使用しているそうだからこの国は大丈夫なのだろうかと心配になる。

 銃の製造に魔法を使用しているそうだから生産量が少ないのが原因かもしれない。

 ちなみに僕の父は騎士の中でも従騎士に当たるので、前世で言う下士官クラスだろうか。

 ヘラヘラしてるようだがその実真面目で情にもろいので、中々出世しにくいのかも。

 話がそれた。


 しばらく客室内は静かであった。

 いつのまにか車窓は森になっている。

 僕は持ってきたノートに思いついた構図をメモっていた。

 列車の客室というのはそれだけで便利な構図となりうる。

 僕は飛行機事故の時と同じようにしてノートに集中して書き込んでいた。

 ガタン

 突然客車が止まり、進行方向を向くように座っていた僕は椅子から投げ出されそうになった。

 何事だ。

 飛行機の時のことを思い出す。

 そして飛行機の事故の時は感じなかった恐怖をはっきりと自覚した。

 先生は落ち着いているようだったが金髪の女性は何かを感じたらしく客室の窓を開けて身を乗り出す。

 「あれは…なんでこんなところに!」

 その瞬間、耳をつんざくような咆哮が聞こえた。

 何に近い声だろう、と少し考えたが、該当するのはゴジラくらいしかない。

 先生は同じようにして列車の進行方向を見ると、真剣な顔つきになって荷物をまとめ始めた。

 「なにがあったんですか!」

 僕が聞くと、金髪の女性が代わりに答えてくれた。

 「君も見てみるといいよ!」

 促されるまま窓から同じようにして見ると、先程より強く咆哮が聞こえた。

 

 僕の視線の先にあったのは、物語に出てくるような典型的な形をした真っ赤なドラゴンだった。

 

 何だあれは。

 森の高めの木くらいの背丈をしていて、典型的に火を噴いてる。

 機関車は急いで車輪を逆回転させて逃げようとしているが、追いつかれるのも時間の問題だろう。

 この世界でのドラゴンというものは昔話か新聞の中の生物であり、個体数も少なく人前に出てこないためほとんどの人がその姿を見たことがない。

 貴族などはまれにドラゴンの素材で作られた調度品を持っていると聞いたことがあるが、せいぜいその程度である。

 昔話の中ではたしかドラゴンは人をくらい街を燃やし尽くす存在だったように思われる。

 こんな列車などひとたまりもないだろう。

 僕は不安になって先生に話しかける。

 「早く逃げないと」

 しかし先生は先程よりも落ち着いた様子で椅子に座って紅茶を飲みながら、

 「大丈夫だ」

 と言った。

 「大丈夫って何でですか!」

 先生は金髪の人の方をさして言う。

 「おそらく彼女が何とかしてくれるだろう」

 金髪の彼女は何やら荷物からケースと小包を取り出し、にぶい金色をたたえるパイプらしきものをすばやく組み立てた。

 出来上がったのは軍用ライフルだ。

 円筒状の古風なスコープがついており、全体が真鍮のような色をしている。

 彼女は小包から銀色の弾丸を取り出し、3発をすばやく込める。

 そして窓から身を乗り出すとコッキングレバーを素早く引いて狙いを定めた。

 僕は突然のことで驚いたが、彼女が何をしようとしているかなんとなく察する。

 あのドラゴンを狙撃しようとしているのだ。

 しかしながらとてもライフル一本で立ち向かえるような敵には見えず、不安に思える。

 ドラゴンは直接見ることはできないが咆哮が大きくなっているようなのでおそらく近づいてきている。

 金髪の彼女は引き金をかちりと引いた。

 ドンッ

 とてもライフルから発せられたとは思えない音がして客室内が青白く照らされ、暴風が吹き荒れる。

 先生は帽子を押さえながら

 「魔法弾か!」 

 と言った。

 僕はかろうじて立ち上がり飛んだ帽子を拾いながら聞く。

 「先生!魔法弾ってなんですか」

 「魔法弾っていうのは要するに魔法が込められた弾のことで、様々な属性を付与することができる」

 先生は乱れた髪を直しながら答える。

 「それよりもう一発撃つようだぞ!」

 先生は椅子に直って僕に注意を促した。

 またさっきの音がして光と暴風が発生する。

 今度は備えたために帽子が飛ぶことはなかったが、代わりに鉛筆が飛んでいってしまった。

 2発目で仕留めたようでドラゴンの凄まじい断末魔が森に響き、ついでズシンという倒れる音がした。

 ドラゴンを倒したのだ。

 僕はただ呆然として片付けを始めた彼女を見ていたのだった。


 「ルーナさんというのですね」

 「はい、王都東騎士団副団長をやっています」

 「ふ、副団長!」

 金髪の女性、ルーナさんと、ドラゴンを倒した後話をしているととんでもないことを聞いてしまった。

 ちなみにルーナさんが最初の一発で線路上からドラゴンを追い出してから仕留めたので列車は普通に通ることができた。

 そして、なんと彼女は王都東騎士団副団長だというのだ!

 王都の守備は王都騎士団という部隊が担っているが、その一つである東騎士団の副団長をやっているというのだから大変な実力であろう。

 ドラゴンを2発で仕留めることが出来たのも納得である。

 「そんなに大したものじゃないですけどね」

 いやいや何を言っているんだ。


 先生は水筒の栓を締めて口を開く。

 「そういえば自己紹介をしてなかったな、私はミーン、絵師をやっている」

 僕も便乗して

 「弟子のようなもののアルフォンスです」

 ルーナさんは先生の自己紹介を聞いて驚いたようで、

 「ミーンさんってあのマギグラフのミーン先生ですか!」

 と聞いてきたので先生は少し得意げになって

 「そうだ」

 と答える。

 「家にカレンダーを飾ってます!とても美しくて気に入っているんです!」

 と嬉しそうに言った。

 先生は嬉しそうにして

 「ありがとう」

 と返した。


 やがて列車はアムリスに到着した。

 アムリス。

 古くはここに都が栄えたが、ペストがさらに凶悪化したような感染症が流行し、ついに王都を移すしかなくなった時に病原菌を滅するために街に火を放ったため、今となっては僅かに堀や橋、地形などにその名残が認められる程度である。

 二百年ほど前に復興し、今は地方都市として、物流の要所として栄えている。


 駅のプラットホームに降り立った僕らはルーナさんと別れ、馬車で郊外のエドモンド氏の別荘を目指す。


 馬車に乗ってる途中御者のおじさんが話しかけてきた。

 「おふたりさんあの作家先生のところにいくんで」

 先生が答える

 「そうだ」

 「そうですかい、あの作家先生にはご贔屓にさせてもらってまして、たまに新作の本をもらうことがあるんですが肝心の文字が読めないもんでして…そんな時に挿絵があると助かるんですわ。絵師先生よろしくおねがいします」

 「なんで僕らが絵師だとわかったのですか」

 僕が少し驚きながら聞くと、

 「勘ってやつですかねえ」

 と、御者のおじさんは赤い鼻をこすりながら恥ずかしそうに笑った。

僕はおじさんの鋭い勘に感服すると共に、気を引き締めた。

挿絵と言うものは文字を読むことに隔たりを感じる人に本を手に取る切っ掛けをつくることもある。

また、おじさんのように文字が読めない人に物語を感じてもらうこともできるのだ。

逆に言うとそれだけ重要だと言うことである。


 やがて屋敷に到着する。

 屋敷は森の中に位置する立派な3階建ての洋館であった。

 馬車から降りると執事の人が、音を聞きつけたのかやってきて

 「失礼ながらどちら様でしょうか」

 と聞いてきた。

 「挿絵の仕事を受けましたアルフォンスです」

 と言って手紙を見せる。

 執事さんは懐から眼鏡を取り出し掛け、手紙を両面確認した。

 そして僅かに微笑むと洋館のドアを開き、

 「ようこそ。先生が首を長くしてお待ちです」

 と言ったのであった。


 

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