元絵師と初仕事
あのあと先生からアドバイスをもらった。
服を際立たせるために人物の装飾は控えめにして、ポーズ、表情などで「いかにこの服が新しいか」をアピールすることが重要だとのことだ。
なるほどそのとおりだろう。
人物にゴテゴテと服以外のものを身につけさせてしまったらせっかくの服の印象がうすれてしまう。
部屋に戻りそこらへんを修正することとした。
30分後、設定がようやく完了した。
ノートの見開きにびっしりと図柄などが書きこんである。
ポスターのレイアウトも完了した。
人物が中央にくる構図を採用し、背景は黄色で統一。
人物は足を組んで左上に視線をやっており、手には煙が立ち上るタバコを配置した。
「新しい女性」を意識して頭はショートカット、獣の耳を生やした。
足を組んでいるのはズボンだということを強調するため、タバコをもたせたのはやはり「新しさ」を強調するためだった。
ポスターの上部には先生流に変形させた字体で、「新しい女性に」と書き、右側に店の名前を書いた。
ここまで出来て先生にレイアウトを見せに行くと、先生はまじまじとそれを見たあと、
「君の好きなようにやりなさい」
そう一言だけいった。
日が傾き部屋が暗くなってきたので昨日先生に借りたランプをつけ下書き作業に入る。
先生からもらってきたA1サイズほどの厚手の紙に鉛筆で薄く下書きしていく。
先生は天然ゴムで線を消しているようで、少し借りたが、やはり前世で使っていた合成樹脂の消しゴムに比べれば格段に消し心地は悪い。
やさしく、やさしく、筆圧をかけないように描いていく。
2時間ほどで下書きは完成し、その頃には既に夜になっていた。
下に降りて先生が作ってくれていた夕食をとり、自分の部屋に戻り下書きをひと通り確認したあと、ベッドで眠りに就いた。
窓からは星空と、今日は遅くまで稼働しているらしい工場の明かりが見えていた。
朝起きて既に習慣と化した一連の仕事を済ませる。
そして机に向かい、昨日の下書きにマギインクで色をつける作業を開始した。
下書きには筆でマギインクを塗っていく。
まず背景の広範囲を黄色のインクを薄くのばし塗る。
この作業は大変骨が折れる。
細かいところを先行して塗っていき、面積が広いところは平筆で豪快に塗っていく。
背景を塗り終えると人の肌を塗り、ついで服、髪と色の薄い方から塗っていく。
細かい模様などを塗る際は集中しすぎて、筆を洗う容器とまちがえて紅茶の入ったブリキのカップに筆を突っ込んでしまい、慌てて作業を中断して一回に降り、カップを洗わなければならない事態にも陥ったが、なんとか3時間ほどかけて塗りは完了した。
ようやく長かった塗りが終わり、椅子に座ったまま伸びをして、深呼吸すると、インクの匂いがきつい空気がはいってきてむせる。
あらためて完成したポスターを眺めてみる。
それなりにいい出来だ、と思う。
先生には遠く及ばないが、自分の力を出し切った感じはした。
汲み直してきた紅茶をすすりながらポスターを眺めていると、ふと、両親のことが頭によぎった。
どうせ明日には王都の中心地に出向くのだ。
早いような気がする里帰りだが、無事だということを知らせてやらないと。
そうしているうちにポスターは乾いたようで、早速先生に見せに行こうと丸めようとしたところ、インクのせいか紙がひどく硬くなっていた。
仕方がないので両はしをつかみ、一階にいるであろう先生のところへ持っていく。
先生は僕の姿を見るや、
「もうできたのか」
と少し驚いた様子をみせている。
自分は速筆な方なのか。
もしかしたら前世でやっていたソーシャルゲームの絵を描く仕事で鍛えられたのかもしれない。
そう思いながら先生に出来上がったポスターを見せる。
先生は僕のポスターをしばらく見つめていたが、ふっと笑って、
「いいじゃないか」
と、一言だけ言った。