元絵師とマギグラフ
早速開けてみると中に入っていたのは女物の服。
ジョコバさんから僕に宛てた手紙が入っており、納品するポスターの規格と、「同封した服のポスターです。女物ですのでよろしくお願いします」という文が添えられていた。
師匠はまだ起きてきていなかったが気になったので服を広げてみる。
この国特有の袖が肩を頂点とした漏斗状になっている構造をしているが、この国ではワンピースのように上下繋がった服が一般的なのに対して、この服は上下が分かれている男物の形になっている点が特徴的だ。
しかしながらデザイン自体は可愛らしくレースなどを配置しており女物の形をとっている。
この世界ではまだ女性はスカートをはくべきだという風潮が色濃く残っており、このような服の登場は僕に新しい時代の到来を予感させた。
「もう届いたか」
声の方向に振り向くと階段の中段に立って先生がこちらを見ている。
「おはようございます」
と返すと短くおはようと言って僕の横を通り、届いた服を両手でつまみ上げた。
「ふむ、これが今回の服か。女物の服にズボンとはな、ジョコバの奴が言っていた新しい女性とはこういうことなのか」
僕は先生が少し驚いている様子に不安になり、聞く。
「やっぱり難しいですかね」
先生はこちらを向くと
「難しいだろう、頑張りなさい」
と短く励ましてくれた。
朝食をさっと済ませると、ポスターの原画のつくり方について先生から講釈を受ける。
「ポスターを描くのに使うのはマギインクだ」
先生はそばにあった黄色のカラーインクが入った瓶を取り上げて僕に見せる。
「マギインク?」
「マギインクとは魔法的特性が付与されたインクのことだ。これがポスターを印刷する上で重要になってくる」
昨日画材を買いに行くときに渡されたメモにはマギインク印刷用と書いてあった。
「たとえばこの絵をたくさん複製したいとき君ならどうする?」
そう言って先生は手元の紙に先ほどの黄色いマギインクで猫の絵を描いた。
僕は少し考えてから答えた。
「そうですね、木版画にします」
「そうだろう、実際10年前まではそうしていた。だが今ではもっと簡単な方法がある」
そう言って先生はさきほどの紙にさらにもう一枚紙を重ね、そこへ黄色のマギインクを垂らすと、手をかざし唱えた。
「写せ」
すると、2枚目の紙にのっていた黄色のマギインクが素早く流れ出し、先生の猫の絵と寸分たがわぬ形に変形した。
僕は目を見開いた。
こんな魔法があったとは。
「これをマギグラフと言うんだ」
と先生は得意げに言う。
「ポスターの複製はこのマギグラフを使って行われている。マギグラフ専用の印刷所があってそこで魔法技師たちがやっているんだ」
そうだったのか。
ここ数年で急にカラーのポスターや広告が増えたと感じていたがその理由はここにあった。
「とにかく君はこのマギグラフで印刷するための原画を作らなければならない。マギインクの使い方は普通のものと同じだ」
そう言って先生は顔を上げ、
「頑張りたまえ」
と言った。
さて、どうするか。
こういうポスターを作るときはまずモデルを用意しなければならないが、先生にモデルについて聞くと、「どうせ君はモデルなんて必要ないのだろう?」と言われてしまった。
確かにその通りで、漫画絵なり萌え絵なり描く際は、ポーズや衣装などは資料を参照することもあるが、普通はモデルなんて用意しない。
イラストというものは極論してしまうとバランスさえ取れていればそれらしく見える世界なので、前世ではデッサンの勉強をする時さえも教本等を参考にすることが一般的であった。
自分も前世で高校生の頃に、「やさしい人物画」などの本を借りてきて熱心に模写したりしたものであった。
閑話休題。
モデルを用意しない場合はそのキャラクターを一から作る必要がある。
そこで昨日画材屋で買ってきたノートを荷物の中から引っ張り出して開く。
ここにそのキャラクターの設定画を描くのだ。
一度しかしか使わないキャラクターなので簡潔にまとめてゆく。
まず正面から見た図を描く。
さきほどの衣装を自分の部屋の床に広げ観察する。
その通りに正面から見た図にレースや模様などを書き込んでゆく。
顔は二十代くらいで、等身はちょうどいい7等身に設定する。
「新しい女性」がコンセプトということなので、あえて獣人に特有の耳を生やす。
三十分もしたら、「新しい女性」にふさわしいかと思うキャラクターが出来上がった。
「なるほど、モデルを取らない場合はこうして装飾等を決めていくのか」
出来上がった設定画を先生に添削してもらおうと持っていくと、逆に驚かれてしまった。
「え、でも先生の絵だって実際に見て書いたとは思えない形の装飾が多いですよ?」
「私も大まかな構図や装飾はあらかじめ決めて描くが、人一人を設定するようなことはしないな」
先生はノートを閉じ、僕に手渡しながら
「君の描く絵は明らかにバランスがおかしいのに違和感を感じさせないところがすごいんだ。体の各部分を記号化することで違和感を消している」
そういって目を細めると、
「まるで魔法だ」
そうつぶやいた。