元絵師と画家
「この、えっと君は」
「アルフォンスです」
「アルフォンス君に今回のポスターを任せると仰るのですか!?」
先生は紅茶を啜りながら、
「いけないかね」
と言った。
ジョコバ氏は面食らって答える。
「いけませんよ!先生のポスターはそれはそれは大人気で貼ったそばからファンに剥がされてしまうほどなんですよ?!」
ジョコバ氏は更に体を乗り出して続ける。
「私は貴女に頼んでいるんです!」
先生は気だるそうに顔をあげ、
「私はとにかくやりたくないのだ」
と言う。
何故だか先生の本音が見えたような気がする。
ジョコバさんは暫くの間身を乗り出して先生を睨んでいたが、先生は全く動じることなくいるので、遂に諦めてしまった。
「わかりました、あの先生のお墨付きだ。今回の件は君に任せよう」
こちらを向いてそう言うと少し表情を緩めて、
「期待しているよ、頑張ってね」
と励ましてくれた。
ジョコバさんは紅茶を一気に飲み干すと
「紅茶御馳走様」
と言って工房の扉を開けて去って行った。
不安だ。
期待をかけられてしまったが自分が果たしてジョコバさんや一般の人たちに認められるようなポスターを作ることが出来るのか。
やはり心の奥底では試験の時の酷評が残っているようだった。
自分の描くような漫画絵は、果たして社会に認められるのだろうか。
考えてみると前世でも萌え絵というものはそれだけで忌諱する人がいたではないか。
頭の中をそんな考えが渦巻き暫くジョコバさんが出て行った扉の方向を向きながら無言で立ち尽くしていた。
「なに、心配することはない。私が保証しよう。今は認められなくてもじきに時代は変わっていく。いや、君や私が変えていくんだ」
先生は力強くそう言って立ち上がった。
「早速君にポスターの原画の作り方を教えようじゃないか。と、その前に君用の画材があった方が良いだろう」
そう言って手元にあったメモになにやら書きつけると僕に渡した。
「ここに必要なものが書いてある。これらを町の北の画材屋で買ってきなさい。ツケは私にしとけばいい」
先生は立ち上がると一瞬カップの中を覗き、キッチンへ歩き出す。
そこでおもむろに振り返ると、
「君のご両親への手紙もまだ出してないのだろう?ついでに出してきたまえ」
しまった、ジョコバさんの事で頭がいっぱいになっていたが、本来なら手紙を出しに行くのだった。
僕はメモを引っ付かむと懐の手紙を素早く確認して工房を飛び出して行ったのだった。
先生の工房があるこの街は王都の西の外れに位置するバニガム地区で、腐っても王都なのか人が多い。
街の中心にある役場に郵便箱はあった。
木の箱に屋根が着いているだけの簡素なつくりで、赤いペンキで郵便とだけ書かれている。
前世の赤くしっかりとした郵便箱を思い出し、少し不安になりながらも手紙を投函した僕は町の北にあるという画材屋へ向けて歩いていた。
立派なレンガの塀には先生の作品と思われるビールのポスターがずらっと貼ってある。
先生がポスター作家としても有名だというのはどうやら本当らしい。
役場から北に進むと程なくして、大通りの右側にわかりやすくジョンの画材屋と書かれた店が見つかった。
恐らくここであろう。
古びたドアを開けるとチリンとベルが鳴り、居眠りしていたらしい店主のおじさんが急いで起きてきた。
おじさんは僕の顔を見るなり眉間にシワを寄せ、
「誰だいお前は。ここはお前のようなボウズがくるところじゃないよ!」
といきなり言ってきた。
「僕はミーン先生に勉強させてもらうために昨日からこの街に来た者です。今はミーン先生のところに置かせていただいてます」
おじさんはそう聞くと顔を和らげ、
「そうだったのか、遂に先生も弟子を取るようになったのか…」
と感慨深げにつぶやき、
「いらっしゃい、ジョンの画材屋に!」
と歓迎してくれた。
必要な物を買い揃えたので店を出ようとすると、店に入ろうとしてきた一人の少女とぶつかりそうになった。
ちなみに店の内側へドアが開くようになっていたので、今度は僕が開くドアに張り倒されそうになった。
「あ、ごめんなさい」
そう言って少女は店の前で謝ってきた。
彼女はほのかなピンクのワンピースの上からエプロンをしており、頭からは可愛く猫耳が張り出していた。
獣人だ。
年は20ほどだろうか。僕よりは年上のようだ。
ちなみに僕は16歳である。
「いやいや大丈夫です。それより貴女こそ大丈夫ですか?」
「大丈夫だわ。それよりこんなところに男の子のお客さんなんて珍しい」
「ああ、ミーン先生のところに先日勉強させてもらうこととなったので画材を揃えにきたんです」
「ミーン先生の所に!?あの先生がそんなことを…珍しい」
「珍しい?それは何でですか?」
「だってあの人食事を取るのがめんどくさいと言って、数日間なにも食べずに絵に打ち込んで倒れたことがあるほどにめんどくさがりやなのよ!」
やはりそうくるか。
まさか画材屋のおじさんに驚かれたのもそのせいなのか。
僕は先生の英雄譚?に愕然としながらも話を続ける。
「ところで貴女は何故ここに?」
そう聞くと待ってましたとばかりに
「実は私は画家なの」
と自慢げに言った。
「ええ!本当ですか!」
僕は心底驚いた。
この僕とあまり年が変わらないような女性が画家だというのだ。
「今度個展を開くので是非見に来てください」
そう言って僕に三日後の開催予定日と王都の中心にある開催地の名前を伝えて彼女、リアは去って行った。
不思議な女性だった。
工房に帰り先生に今日リアという画家を自称する少女にあったということを伝えた。
「それはリア・ロゼットだろう。所謂最近出てきた画家という奴らの一人だ」
「最近出てきた画家?」
「なんだ、画家を知らないのか。画家とはチンケな油絵をアホみたいに高い値段をつけて貴族相手に売り払っている連中のことだ。我々は絵師、主に肖像画などを描いて生計を立てている。といっても写真が発明されてからは数をへらしたがな、まだまだ新聞や広告など需要はある」
なるほど、画家と絵師の違いとはそこにあったのか。
勉強になった。
先生は僕の買ってきた画材を一つづつチェックしながら、
「奴ら画家の絵は悔しいが洗練されている。見るのも勉強になるだろう」
そう言ってキッチンの入り口に立つと振り返えり、
「馬車を用意しておこう。今日買ったノートと鉛筆をわすれるなよ?」
と少し微笑みながら言った。