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元絵師と異世界

 


 「描け、世界を」


 そう聞こえた気がした。




 それは飛行機に乗っている時だった。

 久しぶりに帰郷して両親に顔を見せてやりたいと思い、故郷へ向かっていた途中だったと思う。

 それは機内でいつもの癖を発揮して趣味の絵の構図をノートにメモっている時だった。何やら放送が流れ機内が騒然となる。

 落ちるぞ! やら 逃げろ! やら騒がしい中、自分はようやく顔を上げて状況を把握した。

 ああ、落ちるのか。

 機外を見てみると山ばかり。

とても軟着陸できそうなところではない。

 機体の角度も急になってきた。こんなとき普通ならば逃げようとあたふたするか状況を詳しく手元のノートに記すかするのであろう。

が妙に脱力感を覚えたのでそのいずれもすることはなかった。

死ぬのか。

まだ成し遂げていないことがあるのに。

そう思った瞬間、意識が途絶えた。



 長いあいだ眠っていた気がする。

 ひどく体が重いが意識は確かだった。

 あの時のことを夢に見ていたらしく、呟いた。

 

 またか。


 まだ早朝らしく窓からの光もそんなに強いものではない。

僕は朝に強いタイプではなかったので多少憂鬱だ。

 枕元の服に着替えながら今までのことを回想する。

 あの事故のあと僕はいわゆる異世界転生したらしい。

生前?よくどこかのサイトで見ていた小説のようだ。

あのたぐいの小説を好む人は自分に不満があることの現れと聞いたことがあるが、確かにその通りだったと思う。

1LDKの汚くて狭いアパートに住みソーシャルゲームの絵を描く仕事で細々と生計を立てていた僕にとっての矜持は、多少絵がかけることのみだったのだから無理もない。

 そして所変わっても自分は変わらない。

 以前の多少根暗な性格は健在であり生まれた家も下流騎士の一人っ子だったというのだからたまったもんじゃなかった。

 唯一の特技は異世界にいっても絵を描くこと。

剣技や馬術は習ったが全くダメで、それでも努力はしたが、その傍らでちまちまと書いていた絵が近所で評判になったことでこの世界でも絵師を志すことになった。

 絵筆一本で右も左もわからない世界を渡っていくしかないというのはいささか残酷ではあるまいか。

だが愚痴を言ってもしょうがない。

なんたって前世でもこの世界でも一番好きなことは絵を描くことなのだから。

 決して裕福ではないのに、僕の絵師の道を応援してくれている、この世界の両親に感謝したところで着替えを終えた。


 早朝だったので寝る前に描いていた絵の続きを描くことにする。

両親が給金をやりくりして買い与えてくれた鉛筆と紙が並べてある立派な机の前に座る。

 手入れはしているつもりだが随分汚れてしまっていた。

 昨日の夜にランプの灯りのもとで描いたアタリがうっすらと見える。

アタリとはイラストを描く前に丸や四角などで形をとる事から来ている。

この世界ではデジタル環境などないのでいわゆるアナログ、紙に直接描く。

アタリを薄く、ごく薄く取ったのは鉛筆を消す方法がパンの切れ端でこするしかないからだ。

 今描いているのは「女騎士」 ソーシャルゲームでよくあるキャラクターをこの中世風な世界に合わせたものだ。

得意分野である。

 これを国がやっている芸術学校の入学試験に持っていくのだ。

絵の評価によって入学できるかどうかが決まる。即ち今描いているこれはこれからの第二の人生を左右するくらいの大事な絵であった。

有名になりたかった。

前世でイラストレーターとしての実力が認められ、ライトノベルの表紙の仕事が持ちかけられていた時の事故だった。

あのまま生きていれば或いは有名になれたかもしれないのだ。

だったらこの世界でも絵で名声をあげてやる。

 そう思うと自然と気合が入る。

日本特有のサブカルチャーとも言うべきデフォルメ、萌え絵と言うには少し硬派な絵が描き上げられていく。

やる気がみなぎってくる。


 

 一時間ほどかけて下書きが完成したところで朝飯ができたと母親が呼びに来た。




 朝飯を食べたあと二階に上がり続きを描く。

  大まかな下描きは出来た。

凛々しい金髪の鎧を着た騎士が剣を地面につきたて、目は何処か一点を見つめている。

僕はなんとなく自分の意志をあらわしているんじゃないかと思う。

これをペン入れをして線画に仕上げる。

慎重に、慎重に線を引いていく。

デジタルとは違う引き心地に毎回緊張してしまう。

 

ようやく全て引き終えたころには昼になっていた。

そのまま色つけに突入する。なんたって明日が試験の日なのだから今日中にやっておきたいのだ。

 引き出しから各種絵皿と筆、一度下に降りて水差しと容器を貰いに行く。

 父親は市中の警備の仕事で家にいないので母親が一人だけでいた。

 僕の顔が心なしかこわばっていたせいか緊張した顔で一式を手渡ししてくれた。

 普段は陽気でいかにもおっかさんといった感じで、生前は厳しい母親に育てられた自分にとって新鮮な感じであった。

 僕も心持ち背筋を伸ばしてそれを受け取るとこぼさないように慎重に自分の部屋に持っていった。

 

 絵の具の種類は透明水彩である。

といっても生前絵の具で絵を書いたのは大学生の時が最後であり確かにそうとは断定できないが使えた技法や特性などから少なくとも不透明水彩ではないことはわかった。

この世界ではルーシャと呼ばれている絵の具だ。

閑話休題。

 滲みやエッヂなどの技法を駆使しながら塗っていく。

鎧の部分は重厚感を出すために重ね塗りし、背景は勢いを演出するためにわざと掠れさせる。

 完全に絵の中に入り込んでいた。


 ようやく完成したと思ったらあたりは既に暗くなってしまっていた。

立ち上がりランプをつけて絵を確認する。

 いいじゃないか。

そう思った。

女騎士はどこまでも力強く見える。

 これぞまさに自画自賛だなと自嘲してからランプを消す。

 ともかくもひどく疲れてしまっていたのでその日はそのままベッドに入って寝た。

 満月が美しかった。



 いよいよ今日が試験の日である。

 いつものベッドで目が覚めた僕は気分が高まっているのか急いで着替えを済ませたあと、細長い箱の中に木の板から剥がした絵を丸めて入れる。

 いつもより冷静さにかけているようだ。気をつけないと。

 下に降りると父親と母親が待っていてくれた。

 「偉い方々に失礼がないようにするんだぞ」

 「頑張ってね、あんたは昔からそそっかしいんだから」

 そういって弁当を手渡してくれた。

 「ありがとう!がんばってきます!」

 そういって家を飛び出した。


王都、この国ビールズの首都である。

様々な国の中枢が集まっており、また有数の芸術都市でもある。

昨年には第一回の万国博覧会も開催されており、まるで前世のパリのようなところである。

僕ら家族が住んでいる借家は王都の中心付近の下っ端騎士が居住する地域にあった。

 家の近くには魔法院という国の魔法使いたちを管理する施設があり、その周りでは食いっぱぐれた魔法使いたちが色とりどりの炎をだしたりマジックをしたりして小金を稼いでいる。

まるで大道芸人だ。

 往来には馬車が行き交いこの国ならではの袖が広いポンチョのような服を着た人たちがせわしなく歩いている。

ところどころ頭に獣の耳をつけた獣人も見受けられる。

 魔法使いの芸にできた人だかりを横目に歩いていく。

 今日はいかにも冬空といった感じの晴れ晴れとした空で空気は冷たいが風は吹いていない。なのであまり寒さは感じなかった。

高ぶる気持ちを抑えながら魔法院の大きなドーム状の建物の前を通りすぎた。


 一時間ほど歩いて会場の芸術院に着いた。

 立派な建物だ。

 魔法院にも負けず劣らずな豪華さを誇る芸術院の前に着いた時に思ったのはそんなことだった。

 この試験に受かれば夢への第一歩が踏み出せるのだ。

 そう自分を鼓舞して門をくぐった。

 自信は充分にあった。

 受付に絵を提出し自らの名前、アルフォンス・クラインの名前と歳を記入し、

展示場へと向かう。

 展示場には花や風景、または人物の絵などが飾ってあったが、いかにも芸術らしい、格式高い感じのものばかりで自分のような絵を描いている人間はいなかった。


 既に審査は始まっているらしく、立派な髭を蓄えた人たちが険しい顔で作品を見て回っており、そこから一歩離れた場所で自分と同じ年くらい、またはそれ以上の人たちが見守っている。全体としてはおしゃべりをするなどして割と緊張していないようだが、中には真剣にブツブツと神に祈っている獣人の少女や審査員に負けず劣らずな険しい顔をしている青年もいた。

 

 やがて結果の発表が始まった。

 一人づつ評価が読み上げられていく。

 固唾を呑んで見守る。

 総じて平凡な文だったが、中には激賞されていたり、反対にひどくこき下ろされている人もいた。

 やがて、自分の番が回ってきた。

 

 おじいさんが朗々とした声で読み上げる。

 「芸術としてふさわしくない」

 

今なんと言ったのだろう。

耳を疑う。

 ふさわしくない?芸術にふさわしいもないもあるかと言いたくなったこらえた。

悔しい。

多少なりとも自信を持って提出した絵が酷評されるのはこたえる。

自分の夢は閉ざされてしまうのか、そう思った。

家の家計の問題などから今回が一回きりのチャンスだった。

 正直言って泣きそうになる、が、今の僕を支配している感情は、悲しみというよりは悔しさであった。

 おもわず拳を強く握り締める。

 

やがてその声は散々に僕をこき下ろしたあとに急に戸惑ったような調子になった。

 「なお、ミーン先生から呼び出しがかかっています」

 急に審査員のおじいちゃん達や周りの人たちが騒がしくなる。

なんだ、何が起こった。

 急激に状況が変わるのを感じた。

 「私だ」

 そういって女性が立ち上がるのが見える。

 すると女性は僕のそばまで来ると呆然としている僕の手をつかみ引いてつかつかと歩き出したのであった。



 



 

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