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レンズ  作者: オリンポス
第一の事件(放火)
8/15

――第8話――

「事件当日の時間帯、あなたはどこで何をしていましたか?」

 山岸は捜査資料を純平に手渡し、そう訊いた。声が真っ白い壁にぶつかって反響している。

 純平は思い出す間もほとんどなしに、

「1人で残業してました」

 と、答えた。


「1人ですか、それではそれを証明できる人物はいらっしゃらないと?」

 山岸が鋭く切り返す。

「いえ、タイムカードを見ていただければわかりますが、私はその時間この社内にいました」

「タイムカード……なんとも曖昧な道具ですよねぇ。記録さえしなければこのオフィス内にとどまっていたというアリバイ工作にも使える」

 山岸は、まだ手元にある資料に目を落としつつ、上目使いで相手を見やった。しかし、純平の方は顔色一つ変えずに、

「その言い方ですと、私を犯人にしたいようですが残念ながらそれは不可能です」

 純平は資料から目をそむけ、ハッキリと言った。


「受付嬢は毎日、4時間交代で24時間働いています。その時間に働いていた人に訊いてみてはいかがでしょうか?」

「いや、別に疑っているんじゃない、可能性がゼロじゃないと思っただけだ」

「なるほど」

 そうは言ったものの、納得はしていないらしく、どこかぶ然とした表情がうかがえた。


「それでは、誰かに電話をかけたりしなかったか?」

 山岸は、すぐに質問を変えた。下手に疑ってかかると心を閉ざされてしまう恐れがあるのだ。

「電話ですか……」

 純平は片手で頭を支えながら、考え始めた。

「ちょうど、弟さんの幸治クンがバイトを終えたくらいの時間のことだよ。資料にも書いてあるだろう?」

「ええ」

 純平は短く返し、

「その時間は、誰にも電話してなかったですね。仕事に没頭してました」

 その瞬間、山岸の顔に笑みが生まれた。ついに真犯人と考えられる人物のシッポをつかんだのだ。


「幸治クンの話によるとね」

 山岸は、わざと間を区切って言った。

「あなたから電話がかかってきたというんですよ」

 刹那、彼の表情は一変し、

「嘘をいうのはやめてください。送信履歴を見ますか?」

 と、怒鳴ってきた。演技じゃない、本気で怒っているようだ。

「いや、見なくていい。信じるよ」

 見せてくれ、と言いたかったが、どうせ削除されているのだろう。むやみに動くのは避けた方が利口な気がした。


「それでは私はこれで」

 そろそろ潮時だ。山岸は立ち上がった。

「何か思い出したらここに連絡を」

 そう言って彼はポケットからメモ帳の紙切れを取り出し、そこに電話番号とメールアドレスを走り書きし、両手で渡した。




 一方の田沢は、警察署に戻ってきており出火原因についての洗い直しを行っていた。


 現在いる場所は資料室。過去の文献や捜査資料、報告書もここに置いてある。もしかしたら重大なヒントが隠されているのではないか? と、思い至ったのである。


 きっちりと本棚で埋め尽くされているような、この部屋はとにかく書物の量が半端じゃなかった。

 結局、有力な情報は何もなかったので、事件当日の報告書をざっと読み返してみた。


『天気は、くもり空1つない程の快晴』、『午前10時火災発生』、『マル被(被疑者、つまり容疑者のこと)と思われる男性(柴口幸治)がライターを所持しながら、寝室で横になっていた』、『心中自殺と放火殺人両面を視野に入れ、捜査を続ける方針だ』

 ――要約すればこのようなことが書かれていた。おそらく派出所の新人が書いたものだろう。

 ただしもっとよく見ていれば大西署長の旧姓が、加藤だったことにも気づいたはずだが、それは叶わなかった。


「~♪」

 突然、携帯電話が鳴り始めた。マナーモードにしてなかったのかよ、と自分にツッコミを入れ電話に出た。

 すると、恒例のオヤジギャグが聞こえてきた。

「おっ、早いね~。電話に誰もでんわと、言おうと思っていたのだが、それも失敗だな~」

 間違いない、山岸だ。

「どうかしましたか、山岸先輩」

 半ばあきれながら田沢が訊くと、山岸は、

「順調か?」

 と、訊いてきた。

 順調でもなければ、行き詰っているわけでもないので、

「先輩は?」

 と、逆に訊き返してやった。


 すると山岸は、こう言ってきた。

「わたしは何の根拠もなしに柴口純平を疑っていたのだが、どうもまだ気になることがある」

「どうかしましたか?」

 どうせ、しょうもないことで悩んでいるのだろうと思いながらも深刻そうな声で言った。

「彼の兄、純平クンは、あの時間仕事に没頭していて、電話などしていないと言ったのだよ」

 と、山岸が返す。


『あの時間』というのは、幸治がバイト帰りに兄から電話がかかってきたという『あの時間』だろう。

「じゃあ、その純平という人が嘘をついたんじゃないですか?」

「はたしてそうかな?」

 山岸の口調は問いかけるというよりも、試すに近い口調だった。


「違いますか?」

 田沢が問うと、

「私も最初はそう思った」

 と、山岸は言った。

「でも、時間をおいてよく考えたらそうじゃない」

 今度は確信しているかのような口調だ。 

「そう言いますと?」

「だいいち、嘘をつく必要がない」

 と、山岸は落ち着いた声で言った。続けて、

「わたしが犯人だとしたらそこは素直に自白する。もしおかしな供述をすれば、すぐに怪しまれてしまうからな。それにガイシャ(被害者)の証言をつきつけても動じるどころか、逆に怒鳴り返してきたんだ」

「ちょっと待ってください」

 気になったことが1つある。会話を止めてまで言うことでもなかったが、

「ガイシャの証言って、何をつきつけたんですか?」

「ああ、幸治クンの話だとその時間に兄である君から電話がかかって来たらしいんだ。ということを言ってやったが」

「その証言をつきつけたんですか?」

「そうだ」

 なるほど。それなら相手側は自分が疑われていることくらい絶対に気付くはずだ。

 でも、おかしい。

 もし疑われていると思ったのなら、すぐにでも疑惑の目を欺くために山岸に話しを合わせてきたはずだ。


「やっぱり、犯人は他の人じゃないんですか?」

 田沢はおもいきって言ってみた。激しく反論されてしまうだろうか?

「そうかもな」

 意外と、あっさり受け入れられた。しかし彼の声には力はなかった。

「それじゃあ、17時頃にまた警察署に戻るから、そのとき一緒に署長への結果報告を済ませよう」

 と、山岸は言った。

「ハイ! それではまた」

 と、田沢が先に別れのあいさつを述べた。

「おう、またな」

 と、山岸も返してくれた。

 そして通話は終了した。




 ツー……、ツー……、という終話音を少し聞いたところで山岸は電話を切ってポケットにしまった。

 今は、会社から出てきたので外にいる。アスファルトが燃えるような熱気を発し、ビルの合間から差し込む太陽光線も容赦なく振りかかっている。


 しかし、どんなに暑くても腹は減ってくるものだ。


 仕方なく、この熱気に包まれた道路を歩いて、料理屋を探すことにした。

 さほど歩いたようには感じられなかったが、すぐ近くでラーメン屋が見つかった。

 会社から徒歩3分と、極めて近場に設置されていたその建物は外見から内装まで至ってシンプルな構造になっており、店の前には『ラーメン』と書かれたノレンがかかっているだけだし、中はカウンターと畳みだけとなっていた。


 ガラス戸を横に開き、中へ入ると、

「おう! らっしゃい。空いてる席に座っていいよ」

 と、テーブルを拭いている兄ちゃんが元気よく声をかけてくれた。

「どうも」

 と軽く頭を下げ、カウンターの方に席を落ち着けた。

 メニューは? と探していると、先程の兄ちゃんがおしぼりと、水を持って来てくれた。


「決まったら呼んでちょうだい」

 そう言って、奥の厨房に去ろうとする。

 山岸は、それをひきとめると「メニューはどこに書いてあるのか」を訊いた。

 すると彼は「すいません」と言い、メニューを取りに行く仕草を見せた。

 水を飲みながら待っていると、ラーメンの写真がたくさん載っているメニュー表を手渡された。思ったよりも種類が多い。


 山岸が思案し始めるのを見た兄ちゃんは厨房へと姿を消した。

「うーむ、から味噌坦々麺が良いか、王道の醤油ラーメンが良いか」

 なかなか、決めることができなかったので声に出しながら考え始めた。正確には無意識のうちに声が出ているだけなのだが。

「すいませ~ん」

 山岸は大きな声で、厨房に向かって叫んだ。


 ラーメンを食べていた客の少しばかりがこちらを振り向く。

 やはりテーブルを拭いていたあの兄ちゃんが駆け寄ってきた。年齢は20歳前半だろうか、頭にはバンダナを巻いており、当然だが若々しい顔をしている。


「お伺いしま~す」

 きっと好青年とはこういう感じの人を表しているのだろう。

「冷やし中華1つ」

 注文を終えると、その男性は厨房に向かって同じようなことを叫び「では、お待ちください」と、営業スマイルを浮かべ、去って行った。

 山岸が何故それを選んだかというと、理由は単純だ。それは『夏期限定』メニューだったからである。




 食事を終え、外に出るとまた温度差で頭がおかしくなりそうだった。

 どこの店も異常なくらい冷房を効かせているので大きな差が生じてしまうのだ。

 と、急に彼のケータイから着うたが鳴り始めた。

 曲は古い演歌歌手のマイナーな曲である。最近になって歌のダウンロードの仕方を覚えたので適当に曲を入れて、着うたにしておいたのだ。


 宛先を見ると名前ではなく電話番号が表示されていた。

「もしもし」

 警戒しながら電話に出る。保険についてなら断ろうと思っていると、

「刑事さん」

 と、聞き覚えのある声が聞こえた。

「柴口……純平君?」

 山岸がそう尋ねると、

「はい」

 と、威勢のいい声が返ってきた。

「どうかしましたか?」

「はい」

 はい、じゃないだろ。それは知ってるよ! 山岸が心の中でツッコミを入れていると、

「ぼんやりとですが、犯人の使ったトリックが読めてきました」

 と、純平が声のトーンを変えずに言った。


「本当ですか」

 思わず声が大きくなる。

「はい、あくまで予想ですが」

 なんでもいいから早く教えてくれ!

「小学生の頃、理科の時間に、ある実験をしたことがあると思うのですが覚えてます?」

「実験? 何のだ?」

 それよりも早く教えてくれ~。

「たとえばルーペなんかを使って、真っ黒の紙を燃やしたり」

 なるほど、真っ黒の髪か。

「それなら担任の髪の毛とか? やりましたね」

 もちろんギャグだ。

「まっさか~、そんなことやるわけないでしょ」

 彼も、山岸の扱いに慣れてきたようだ。


「で、トリックとは何だったのだ?」

 山岸は話を元に戻した。早く答えが知りたい。

「うちの会社の最寄り駅にあるマクドナルドで教えます。犯人がどこで聞いているとも知れない状況ですので」

 彼はあっさりと言い放った。

「いや、しかし……」

 山岸も何とか食いさがろうとしたが

「それでは、仕事が忙しいので失礼します。時間は21時厳守でお願いします」

「待って……せめてヒントだけでも、もらえないか?」

 権威を振りかざして今すぐにでもトリックを訊きだしたいが、そうしてしまうと後味が悪い。それにもし、彼のオフィス内に犯人がいたとして、トリックを暴かれた腹いせに第2の殺人を実行されたらたまったもんじゃない。ここはヒント程度に押しとどめるのが妥当だろう。


「夏、限定です。日差しが強くない季節には使えないと思われます」

 と、純平が答えた。

 これが事件の謎を解く最大のヒントだった。


『夏期限定』……山岸の脳裏に一瞬、冷やし中華の映像が浮かび上がった。

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