――第7話――
山岸は柴口純平の案内で、ようやく応接室にたどり着いた。
金色に輝くドアの取っ手を手前に引き、中に入ると、そこには高級そうな黒いソファが2つと、その真ん中に商談用とみられる机が1台設置されていた。
室内の壁は、ほとんど白でコーティングされているので妙に明るく、それでいてどことなく森閑としたイメージを与えていた。窓はどこにも設置されていないが、エアコンのおかげで部屋は完全に冷えきっていた。
「そこに掛けてください」
柴口純平は手のひらをソファに向けながら、山岸に言った。
「失礼」
と言って、山岸はソファのところへ駆け寄った。
座ってから室内を観察してみると、また新たな発見があった。といっても至って普通のことなのだが掛け時計があったのだ。時刻は正午を少し回ったところだ。今頃、社員食堂は人であふれかえっていることだろう。もっともこの会社にそれがあればの話しだが……
そういえば柴口純平の方はなかなか座らないなと思い、入り口を見てみると彼は何者かと電話をしていた。
しばらくでもなかったが、待っていると彼は戻ってきて、
「すいません、黙って席を外してしまって」
と、謝ってきた。
「いえいえ。で、どなたとお話しされていたのですか?」
山岸が訊くと、柴口純平は、
「受付嬢です。コーヒーとケーキを持ってくるように頼みました」
と、答えた。
すると山岸は、
「そうですか。で、コーヒーは甘いのでしょうね?」
と、くだらなさそうな質問をぶつける。
「ええ。お好みに合わせて入れられるように、シュガースティックと、ミルクを持ってくるように言っておきました」
柴口純平は至って真面目である。
「そうですか。コーヒーにはミルクや砂糖は入れる方ですか?」
「私は中学の受験勉強の日を境にブラック一筋の人間になりました。刑事さんはどうです?」
「そうかい、私はカフェオレみたいな甘いやつが好きですがね」
取り調べの前なのに、どうでもいい会話がはずんでいるが、これは作戦でもあった。とりあえず警戒心をとかなければ何も始まらないのだから。
「そうですか。でも珍しいですね、その年齢で女性でもないのにブラックが好きじゃないなんて」
こんな調子で本題に入れずにいると、
コンコン、と応接室のドアが2度ノックされ、何者かが銀のトレーにマグカップとショートケーキを載せてやって来た。先程の電話の相手だろうか?
「ケーキと紅茶をお持ちいたしました」
そう言って女性は、デスクの上にそれを置いて、
「失礼します」
と、足早に去ろうとしたが、柴口純平が、
「あのさ……紅茶じゃなくてコーヒーと言ったんだけど」
と、マグカップを見つめながら言った。
「失礼しました、作り直しましょうか?」
女性が頭を下げ、こちらへやって来た。
「刑事さん、どうします?」
純平が山岸に訊いてきた。一応、客扱いはされているようだ。
「そうだな~……」
しばし『ギャグ』を考えた後、自信満々にこう答えた。
「公費で払うわけじゃないからコーヒーじゃなくていいよ」
少々無理やりすぎたと感じたが、顔では笑って見せた。
「コ……コウヒ?」
女性が首をかしげているのを見ていた純平は、
「公費とコーヒーをかけたんだよ。わかりづらいかもしれないけど」
と、余計な一言を添えて説明した。
兄弟そろって毒舌なところはよく似ている。
「かしこまりました、ではごゆっくり」
そう言って、女性はこの部屋から出て行った。
ドアが閉まるのを確認すると、純平が、
「さっそく良いですか?」
と、取り調べられる気が充分な様子。しかし山岸は、
「食べてからでも遅くはないだろ」
と言い、ケーキにフォークを入れて食べ始めた。
純平も、「そうですね」と適当な相づちを打ち、食べ始める。
「しっかしあれだな」
山岸が言った。
「どうかしましたか?」
と、純平が返す。
「取り調べ中にケーキとはこの会社もずいぶんと景気が良いな」
ケーキと景気をかけたのだ。純平はすぐに理解し、
「全くその通りで。このケーキも、刑事さんのギャグも良い味が出ています」
とまで言った。
「そういえば刑事さん、イチゴ残してますけどお嫌いで?」
純平は空になった山岸のケーキ皿を見て言った。イチゴだけ残っているのも異様な光景である。
「何を言ってるんだ!」
山岸は怒鳴るように
「これは最後まで残しておくべきだろう」
と、言った。
「では最後に食べると?」
「そうだ」
山岸はきっぱりと断言するように言った。
「ひょっとして、大好きなおかずは最後まで残しておくタイプですか?」
と、無邪気に笑いながら純平は質問した。
「当然だ」
と、またもや断言する。
「そう言うキミは、イチゴを食べ終わっている。最後まで残さないタイプだな?」
探るように山岸は言った。
「はい。残しておくと、いつも幸治に取られてしまうので……」
と、純平は答えた。
純平の飲み食いが終わったところで、
「では本題に移ろう」
と、山岸が口を開いた。




