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レンズ  作者: オリンポス
第一の事件(放火)
5/15

――第5話――

 事件があった日から、1日が経過していた。

 現在は午前10時、そろそろ優香がお見舞いに来てくれる時間帯だ。

 コンコン、と病室のドアがノックされ、薄い水色のカーテンが開け放たれた。


 目の前に立っていたのは優香ではなく、前日の刑事2人組だった。そして今日は捜査資料を持ってきたようで、山岸の腕には多くの書類が挟まっていた。

「おはよう、柴口幸治くん。昨日はよく眠れたかい」

 と、陽気な顔で山岸があいさつをした。

「おかげさまで、よく寝れませんでしたよ。自分が犯人と疑われているうちは気が気じゃなくなってしまいます」

 ごもっともでと、山岸が相槌をうった。


「で、今日は何の用ですか? 退院するには、もう少し検査が必要だそうですけど」

「一応、事件の概要をお話ししておきたくてね」 

 幸治は一瞬驚いて、目を大きく開けて山岸を見たがどうやら彼は本気で言っているらしい。犯人と思われる人間に事件の説明をして下さるというのだから、間抜けなことこの上ないように思われた。


 山岸は捜査資料を取り出し、ベッドの上に広げた。

 もちろん幸治は、上半身を起しており資料を眺めていた。

「通報があったのは、午前11時。近所の住民が不審な煙に気付いて通報したらしい」

 と山岸は言い、続けて、

「君が倒れていたのが、リビングから20歩ほど離れた母親の寝室。火災があったのはリビングの方だ」


 すると、今度は写真を取り出して見せてくれた。

 リビングの写真だ。中はほとんど焼け焦げていて、残骸しか残っていないように思われたが、不審な点が2つほど発見できた。


 1つ目は新聞紙が束になって置いてある事についてだ。自分は新聞など一切読んでいないにも拘らず、なぜか写真にはそれが映っていた。

 2つ目はラベルのない、いや剝がされたペットボトルである。基本的に自分は飲み物は冷蔵庫に入れておくし、だいいちラベルを剥がすことなど、絶対にしない。

 他にもタンスの焦げ跡や、衣類の燃えかすなどの光景も写真に収められていた。


「何かわかったかね? 日本推理作家協会候補の1人、柴口幸治くん」

 どこからその情報を仕入れたのかは知らないが、確かに山岸の言う通り候補に選ばれていた事もあった。

「ミステリー作家として1ついいですか?」

 現場に残されたあるはずなのにないもの、逆にないはずなのにあるもの、というのは事件解決につながっていると考えたので、念のため新聞紙と、ペットボトルの事を話してみた。


 すると、山岸はこう答えた。

「ということは犯人が実際に使ったものとみていいわけだな。ペットボトルと新聞紙を」

「そうですね、俺はこのアイテムが無関係だとは思えません」 

 う~ん、と男2人で唸っていると、田沢が口出しをしてきた。

「ちなみにペットボトルには水が入っていたそうです。溶けてドロドロになった後のものを調べてみましたが飲料水だったらしいです」

 新人にしては意外と口がまわるな、と山岸が感心したのもすぐそこまでで、知ってガッカリなことに、田沢は資料を朗読し、自分の言葉をつけたしていただけだったのである。

 飲料水も何か関係があるのか、それともないのか。


「そうですか。わかりました、参考にさせていただきます」

 とりあえず礼を言って、

「それでは、捜査の方も頑張ってきてください」

 と、遠回しに帰るよう促した。1人になった方が、考えやすいからである。


「わかった。それでは引き続き、近隣住宅の訊きこみ調査をしてみるよ」

 山岸は資料をかき集めるようにして立ち上がると、田沢を連れて足早に去って行った。





 それから約1時間後、加藤優香は病室に現れた。

「ゴメン、遅れちゃった」

 と、優香。手にはメロンを入れた袋が握られていた。

「いや、気にしなくてもいいですよ。仕事が大変でしょうから」

 とりあえず彼女を気遣った言葉をかける。

「それなら平気。そんなことより、ほらメロン。嫌い?」

 優香はメロン入りの袋を持ち上げて見せてくれた。


「嫌いじゃないですけど、そんなお金どこにあったんです?」

「私も大人よ。それくらい……」

「そうですか」

 幸治は呟き、

「とりあえず、ここに座ってください」

 と、促した。

「うん、ありがと」

 優香は愛想笑いのような顔を見せ、ベッドに座った。


「あの、ちょっといいですか?」

「え?」

 優香の顔がこちらに向けられた。それを確認してから、柴口幸治はこう言った。

「刑事さん2人がこっちに来ました」

 言わなくても別にいいかな、とも考えていたが口をついて出てきた言葉がそれだった。


「ふ~ん、大丈夫だった?」

 来るのは予想できていたのだろう、それほど驚いた様子は見られない。

「心配するほどでもなかったです。それよりも、刑事さんから事件の概要を説明してもらったくらいだですし」

「え? なんで?」

 さっきの反応とは打って変わり、ビックリしたような顔をして訊いてきた。


「よくわからないけど、信用してもらえたんじゃないかな」

「いや~、警察ってそうやってホシ……つまり犯人のことを安心させようとしたりするじゃん?」

 優香は珍しく浮かない表情だ。


「でも実際、俺はホシじゃないし、もし犯人だと思っているのなら自白を迫ってくるだろうし」

「それはできないよ、だって法律であるでしょ。無理な拷問や自白を強要されて述べた、不利益な証言は無効になるって」

「大丈夫だよ。あの刑事さんたちに限ってそんなことは……」

 柴口は少し考え込み、

「とりあえず事件の状況についての説明をしておきます」

 と言って、事件について話し始めた。しかし優香は、あまり乗り気でなかったように思われた。




 柴口幸治と別れて病院を出た後、山岸と田沢はそれぞれ違う行動を取ることにした。


 山岸は容疑者の可能性がある、柴口幸治の兄の会社へ。そして田沢は、引き続き住民への訊きこみと、出火の原因の洗いなおしを行うことに決めたのだった。


 山岸が公用で、タクシーを走らせている頃、田沢の訊きこみ調査はすでに始まっていた。

「火の手が確認された直後でも、少し経過してからでもいいので、火災のあった現場から出てくる不審な人物は見ませんでしたか?」

「いいや、見てないね。電話をかけるために家に戻ったけど、それ以後はずっと現場にいたからね、間違いないよ」

「そうですか」

 田沢は肩を落とし、次の人物への訊きこみに向かう。


 現在は火災があった現場周辺の人達に、片っ端から犯人らしき人物を見なかったか尋ねているのだが、未だ有力な情報は得られていない。

 本当に真犯人は存在するのだろうか? 田沢は少々不安になりつつも取り調べを続けていった。 




「さん……よ。……刑事さん」

 タクシー運転手が何か言っているようだ。

「う」っと唸り声をあげ、両手を天高く伸ばす。どうやら少し眠っていたらしい。


「刑事さん着きましたよ」 

 と、ドライバーの方が教えてくれた。

 山岸は書類を持って外に出ると、ドライバーに向かって軽く頭を下げた。敬礼をしても良かったのだが、それだと堅苦しいあいさつみたいになりそうだったので、やめた。


 タクシーが走り去っていくのを音で確認し、頭を上げようと思っていたのだが、ここは都会だ。数々の騒音にかき消されタクシーがどの辺にいるかなど見当もつかない。


 妥当と思われるところで頭をあげてみると、タクシーはすでに見えなくなっており、代わりに大手企業が所有するビルの羅列や、車の渋滞が視界に飛び込んできた。しかしそれは見慣れた光景である。捜査で何度か訪れたことがあるのだ。


 山岸はまわれ右をするかのようにして、きびすを返すとそのまま歩を進めた。

 そこは柴口幸治の兄、柴口純平が勤務している会社で、地上十階建てもある建物だ。主な仕事内容は電化製品の取扱いに関することで企画部、開発部、運営・セールス係によって異なっている。そして彼、柴口純平は開発部に所属しているらしいとのことだった。


 ――とりあえず入ってみるか。

 山岸は自動ドアをくぐって中に入った。すると、もやもやしていた熱気がことごとく遮断され、寒いくらいに感じる冷気が体を包み込んだ。こんなところで昼寝をしたら風邪でも引くんじゃないかと思ったが、口には出さなかった。


 オフィス内は涼しいだけでなく、だだっ広くなっており、ところどころに客用と見られるソファーが置いてあった。

 すぐ左手には受付があり、若そうな女性が2人並んで立っていた。


「署の者ですが、開発部は何階でしょうかね?」

 警察手帳を見せて、そう尋ねる。しかし女性は表情を一切変えずに、

「地下1階から5階です」

 と、答えた。

「エレベーターは?」

「あなたから見て、ここから右手の方をまっすぐ進んで行き、突きあたりで左手に曲がったところにあります」

 淡々とした機械のようなしゃべり方だ。

「どうも」

 山岸は小さく頭を下げ、さっさとエレベーターに向かった。そういえば柴口純平の居場所を訊いていなかったなぁと今頃になって思いだしたが、すでにエレベーターは地下1階に降りていくところだった。

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