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レンズ  作者: オリンポス
第一の事件(放火)
2/15

――第2話――

 柴口幸治が目を覚ましたのは自分の家ではなく、病院だった。

 真っ白いシーツのかかった硬めのシングルベッド、同じく真っ白の薄い掛け布団が、よりその雰囲気を醸し出している。その他にも周囲は水色をした薄手のカーテンが視界を遮っており、同じ部屋に病人が何人かいることを連想させた。


 右の方には黒い台座があり、その上に中型テレビがどっしりと構えられていた。そのテレビの隣にはリモコンが置いてある。


 幸治は寝返りを打ってからリモコンを手にしようと試みたが、身体に包帯が巻かれていることに気付き、その動きを一時中断した。


 一体自分が部屋に眠らされた後、何が起きたというのか? 不吉な予感が脳裏をよぎる。

 すると突然カーテンが勢いよく開け放たれ、女性の姿が現れた。


「先生」

 女性は幸治の姿を見つめながら、小さく呟いた。

「あっ、優香さん。おはようございます」

 柴口幸治は元気よく挨拶をしたが、女性の方は唇の前で人差し指をたて、しかめ面を見せた。


「どうかしましたか」

 幸治がきょとんとした顔で尋ねると、彼女は小声で、「ここ病院よ」と言った。

「知ってますよ」

 幸治は慌てる彼女を見て、高らかに笑った。


 すると彼女は鋭い視線で幸治を睨み「他の患者さんに迷惑でしょ」と小さく怒鳴った。

「そうですね」

 ようやく彼女の伝えたいことを理解できた彼は、「ここ座りませんか」と自分の寝ているベッドを指さし小声で言った。


 女性はゆっくりと、頷きながらベッドの端に腰を落ち着けた。

 彼女は柴口幸治の担当編集で、今日中に原稿を受け取る予定なのだ。肩に届くような長い茶髪に、薄い眉毛、目はぱっちりとしていて大きく、化粧をしていなくても充分なくらい美しかった。


「あの、すいません」 

 幸治と彼女は、同時のタイミングに同じことを言ってしまい、少々気まずくなったが、「先にどうぞ」という加藤優香の気を使った発言により、嫌な空気は一掃された。


「はい、では先に」

 幸治は寝たまま話すのは、少し失礼と思ったが起き上がる気力もないので無理せずに、「あの、実は原稿まだ未完なんです。すいません」

 と、口先だけで謝った。

 しかし彼女は「なんだ、そんなこと」と、まるで興味が無いように言った。


「は?」

 思わずそう叫んでしまったが、声はそれほどでもなかったみたいで彼女は一切のリアクションをとらない。

「どういうことですか? 僕が眠っている間に何かあったんですか」

 意味がわからなかったので、加藤優香に訊き返した。

「あの、お袋さん亡くなったことは、ご存知ですか?」

 優香は本気で言っているのだろうが、どうしても話しが読めない。


「誰のお袋さん?」

 幸治がそう訊き返すと、彼女はすかさず「あなたのです」と答えた。

 一体どういうことだ。不運はケガだけじゃないのか?


「と、いいますと」

 幸治は頭の中で、整理がつかぬままにそう言い返した。

「実はね、少々面倒なことに巻き込まれちゃったらしいのよ」

 優香は少し怪訝そうな顔を見せる。

「どうしたんですか」

 幸治も深刻な顔をしてから訊き返した。


「え~っと、どこから話そうかしら」

 優香は少し考える仕草を見せ、話し始めた。

「まず、あなたは放火殺人の罪により、警察に追われる身となっているのよ。そこまで理解できる?」

 唐突に何を言い出すんだこの人は。幸治は苦笑しながら「全く理解しかねます」と冷静に対処した。


「もしかして信用してない?」

 優香はあきれたような声で言ったが、彼は一切気にせず、「はい」と答えた。

「え~っと、あなたは殺人やってないよね」

 恐ろしいことを平気で言う人だな。

「僕が何をしたというんですか? 意味がわからないんですが」

 幸治はさすがに理解できないことに腹を立て、憤りながら言った。


「わかった、それなら昼のニュースで放送されてた事柄をかいつまんで説明するね」

 返事がなかったので、彼女は続けて「あなたは放火のあった家で、病気の女性と2人で寝ていたのよ」

 病気の女性とはきっと、母親の事を遠回しに言っているのだと彼はすぐに察した。

「ちょっと待ってください。え~と放火?」

 自分の家が燃やされたということなのだろうが、たまらずに幸治は訊き返す。


「うん、午前11時ごろ。民家の住民が打ち水しているときに煙に気付いて通報したらしいの」 

 なるほど、濡れ衣を着せられたというわけか。つまり母親は寝たきりなので犯行ができるのは幸治だけと警察は判断したのだろう。柴口幸治はまるで知恵の輪をといた後のようにすっきりとした気分になり、「わかりました」と言った。


 しかし彼女は浮かない顔で、「あなたこれから捕まってしまうのよ」と小さく呟いた。

「どうしようかな? 警察に無罪を主張しないとな」 

 だが幸治は至って楽観的だった。

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