――最終話――(前)
山岸と田沢が、再び病室に現れたのは午後1時を少し回ってからのことだった。
山岸が会議でのいきさつ(審判をくつがえせなかったこと)を説明すると、幸治は落胆したそぶりも見せずに、こう言った。
「じつは俺、犯人をおびき出すトラップを考えたんですよ」
すると山岸は
「どんなトラップだい?」
と、顔色を変えることもなく訊いた。
「これは極秘で行いたいので、田沢さんと俺以外の人がいる場所では、絶対に口外しないでくださいよ」
「任せてくれ、誰にも言わない」
胸を張って山岸は答えた。
「あなたの指揮官にも連絡しないと約束してくださいますね」
と、幸治。
「いいでしょう。どうせ、今日でこの事件にも終止符が打たれるんです」
山岸はそう答えた。
「ありがとうございます。それでは作戦実行に移りましょう」
幸治は言った。続けて、
「もう1人役者をそろえれば準備万端です」
「わかったから、作戦についての説明をしてくれないか」
と、山岸が口をはさんだ。
幸治はまだ、自分が何も説明をしてなかったことに気が付き、急いで作戦を告げた。
時刻は夕方の5時、太陽が西に沈みかけて悲哀に満ちた光景を演出していた。
幸治は、この事件にまつわる役者達を病室に招集し、事件の真相を明らかにしようというところだった。
病室の扉を2回ノックする音が聞こえた。すると薄い水色のカーテンが開き、そこに中年男性が1人で立っているのが確認された。
幸治からしてみても見覚えのないその男性は、大西署長だった。
警官の制服姿で、ピッチリとした着こなしは立派に思えるほどだ。
「すいません、どなたですか?」
と、幸治は訊く。
わきの下からは、嫌な汗がにじみ出ていた。
「怖がることはない。君のこともすぐに、兄と同じ場所に逝かせてあげよう」
そう言って、大西は後ろに手を回す。そしてその手を、ゆっくりとコチラに向けた。
手には、鈍く光る拳銃が握られており、銃口には防音装置がつけられていた。これなら他の入院患者が気づくことはない。
「なんですか、あなたは? そんなものを人に向けたら……偽物でも捕まりますよ」
震える声で必死に言った。
心臓は激しく鼓動し、いつ失神してもおかしくないくらいの、めまいにも似た感覚に襲われた。
「本物だ」
大西は短くそう答えると、壁に1発撃ち込んで見せた。
黒い筒からは煙が立ち上り、壁には穴があく。音こそしなかったが、間違いなく本物の拳銃と銃弾だ。
「では、死んでもらおうか」
大西は、幸治に銃の焦点を合わせた。
「待ってください、その格好から察すると」
幸治は手のひらの汗でびしょびしょになったシーツをつかみながら、
「警察の方ですよね、どうしてこんなことを」
と、尋ねた。
「それは」
男は、さも楽しそうに、間をあけながら答えた。なんとも性格のゆがんだやつである。
「俺がこの事件の犯人だからだよ」
「それは違います」
幸治が反論する。
「黒幕はあなたではありません、もっと頭のキレる……」
言葉の途中だが、心臓の鼓動が頂点に達した。
「加藤優香さんの指図でしょう」
よし、言えた。まずは満足である。
「何を言い出すかと思えば」
大西は嘲笑を浮かべ、
「そろそろ逝っとくか?」
と、言った。
「殺してもいいですけど、事後処理はどうされるおつもりですか? 遺体をこのままにしておくわけにはいかないでしょう」
と、幸治。
いい加減、大西は銃をどこかに向けてくれてもいいようなものだが、それは未だに、幸治の頭部を狙っていた。その手がかすかに動き、
「案ずるな。自殺に見えるように殺してやる」
と、大西は言った。
その動揺を見逃さなかった幸治は、
「それならこの壁の穴、どうなされるおつもりで」
と、背後に撃ち込まれた弾痕を、さし示した。
「どうもしないさ」
気味が悪くなるほど、おだやかな口調で、
「見つけられる前に自首をする」
大西はそう言った。
「だったら今からでも遅くありません。自首をなされては?」
幸治がそう促すと、
「ダメだ! 犯人を特定したんだろう」
大西は、語りかけるようにそう言ったあと、
「それじゃ無理だ」
と、もう1回否定した。
「何故? なんで、そこまで優香さんをかばうのです」
と、幸治は言った。
「君もしつこいな……仕方ない」
大西は、面倒くさそうに喋り出した。
「彼女は俺の、実の娘なんだ。初めて共犯者になってくれと言われた時は驚いたよ」
淡々とした口調で、話していく。
しかしそんなもの、幸治にはどうでもよかった。
「確保~!」
幸治は力の限り、めいっぱいの声を張り上げた。
すると、どこからともなく山岸と田沢が出現し、大西を突き飛ばして、両手に手錠をかけた。
「作戦通り」
幸治はそう呟いた。
そろそろ作戦というものを教えていい頃であろう。幸治が仕掛けたトラップというのは、
『共犯がいるということを自白させるために、病室に幸治だけが残る。警官がいないことがわかれば、簡単に口を割る可能性が高いからだ。しかし、相手が用心深かった場合、警察がいることを考えて、そこまで話してくれるとは思えない。だから、そこを利用したのだ。
純平が殺されたのはおそらくトリックがわかったからだろう。
だったら純平がトリックを解いたのだということを知っていた人物はだれか、そうなると警察内部の、それも山岸の捜査状況を知る人間のみとなるだろう。
それで指揮官が怪しいということに気が付いたのだ。ならばその指揮官に、夕方の5時、柴口幸治が犯人を発表するそうですと告げたらどうなるか。一般人である純平も口封じで殺されたのだ、殺さないはずがない。
「自分で殺すか」、「共犯者に頼むか」この2択になるはずだ。
しかし、のこのこと自分がやってきて殺すというのも芸がない。
だから共犯を使うのではないか、と幸治は考えたのだ。ならば自分の知人で、「犯人らしい人」といえば誰か? そうなると加藤優香に限定される。なぜなら他人との交友関係を持たぬ幸治の、2人しかいない友人の内、2人目の友達なのだから、動機があるとすれば、その人と考えることができる。
もう1人の友達は渡米しているので候補からは除外された、というわけだ。
最後に山岸、田沢の隠れ場所についてだが、真向かいの患者を別の個室に配置してもらう、という方向で話が決まったのである』
「さて、あとは優香さんが来るのを待つだけですね」
と、幸治は言った。
大西はベッドに横になって倒され、おとなしくしている。
「その必要はないよ」
という言葉に、一同は騒然となった。
幸治、山岸、田沢の3人は、立ちながら大西を観察していたのだが、背後から声が聞こえたのですぐさま振り返る。
そこには優香が拳銃を両手に持ち、微笑している姿があった。




