――第12話――
「では、これで捜査会議を終了する」
と、佐貫警視正は立ち上がった。
それに続いて、警視庁直属の警部らも立ち上がり、今回の会議は終了した。
ちょうど正午過ぎの出来事だった。
一方、幸治と田沢は、すでに病室へと戻っていた。
お見舞いに現れた優香に対しても、至って自然にふるまい、『警戒している要素すら』見せなかった。
まさか「犯人はあなたですね」などと、彼女に向かって言ったら、それこそ計画がとん挫してしまいかねない。
――今から3時間ほど前のことである。
「田沢さんでしたよね、名前は」
幸治と田沢は、いまだに休憩コーナーで話しをしていた。幸い、人の気配はなく、もちろん部屋にいるのはこの2人だけだ。
「はい、そうです」
と、田沢が答える。
「少しお願いがあるのですが、良いですか?」
と、幸治。
「可能な限り、ご要望にはお答えします」
田沢はそう言うと、幸治の顔を覗きこみ「なんですか?」と訊いた。
こうも改まった言い方をされると、対処に困ってしまう。
「そんなに深刻なことでもないんですが」
と、前置きしておいて、
「警部さん以外の人には、なるべく事件の話をしないでもらえませんか? そうされると不都合なことが起こりかねないんですよ」
と、幸治は言った。
「例の『トラップ』とかいうやつですね」
田沢は楽しそうな顔をしてそう言った。 続けて、
「もちろん協力します」
「ありがとうございます」
間をあけずに、幸治は礼を述べると、
「これから言うとおりに動いて下さいませんか」
と、さっそく指示を出し始めた。
それというのは、こうだ。
『面会時間になったら幸治だけが病室に戻り、なにごともなかったかのように本を読む。その間、田沢はどこかに隠れて優香が来るのを待つ。彼女が病院にやって来たら、すぐに、そのあとを追い、病室に入ってきたところで姿を現す。
そうすれば、ほぼ同時に、田沢が病院にやって来たと思わせることが可能だからだ。
それを行ったあとは、事件について話し合うしかないだろう。そうしていないと、不自然すぎるからである。しかし、逮捕などの、おだやかでない言葉はなるべく避け、幸治がトリックを解いたんだということだけ、わからせる』
「まずは、それだけでもやってくださいませんか? 俺の考えが全て正しければ、必ず犯人は俺のことを殺そうとするでしょう」
幸治は、たいへんなことを平然と言ってのけた。
「待て、殺すだって?」
田沢は、眉をしかめ、
「冗談じゃない。そんな危険なことできるはずないじゃないか」
と、反論した。
「大丈夫です。作戦通りに動いてくだされば、誰も死なせたりはしません」
幸治は少し、あきれたようにして言った。警察はもともと命がけの職業だろう、と思ったからである。
しかし、よく考えれば彼の言っていることもたいして間違ってはいなかった。警察官というのは一般人の命を守らなければならないのだ。ならば心配してくれるのも道理というものだ。
「お願いできますね」
幸治はもう一度、念を押した。
途中で心変わりされては困るのだ。
「真犯人を捕まえるためだったら協力します」
と、田沢は言った。
そして今に至ったのである。
病室には、幸治と優香、田沢の3人。
一応のところ、田沢には、優香が怪しいのではないかという事を伝えておいた。
「刑事さん、テレビ見ましたよ。今日中に逮捕するって」
そう言いだしたのは優香だ。
「しかし現在では、それについての捜査会議をしている状況なんだ。もしかしたら、くつがえるかもしれない」
田沢はそう返す。
「それならいいけど……」
と、優香。
演技ではなく本当に心配しているようだ、と田沢は思った。
「安心して下さい」
そう言ったのは幸治だ。
「犯人の使ったトリック、それと犯人が誰なのかが、わかりましたから」
『犯人がわかった』というのはウソだ。
「じゃあ、犯人は誰なの?」
優香が訊き返す。
もし彼女が犯人で、そう言ったのだとしたら、すごい度胸だ。
「夕方の5時までには発表します。考えをまとめなければならないので」
幸治はそう言った。
「わかった。その頃にまた、うかがうよ」
と、田沢が言った。
「わかりました。お気をつけて」
幸治が、あいさつすると彼は手を振ってその場を離れた。
もうひと押し、優香も退場させなければ計算が狂う。なぜなら彼女には、共犯がいるはずだからだ。そいつを連れて来てもらわなければ、のちのち困る。
「優香さん。仕事の方は?」
と、退室を促す。
「あっ、いけない」
と、彼女は声をもらした。
「今日は出版社に顔を出す日だった」
「では、夕方に、また会いましょう」
「そうね」
こうして彼女も、この場を離れた。
「会議終わったから、すぐ戻るよ」
そう言ったのは山岸。
「はい、頼みます」
と、田沢。
ケータイで、通話しているのである。
「それじゃきるよ」
「はい、わかりました」
こうして電話をきり、東京の駅のホームにいた山岸は電車に飛び乗った。
捜査会議は終えたが、やはり審判はくつがえらなかった。
こうなれば、もう柴口幸治に頼るしかない。いつもなら自分が解決していたのだが、今回だけは……。
電車に揺られている間、山岸はそんなことを考えていた。




