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捜索隊と小隊長

 カトレアは、リリムの指示で王宮の会議室に呼ばれる。


 リリムは、この時点で中隊長を任されている。つまり、カトレアの直属の上司になっていたのだ。


「何ですか先輩。私も忙しいんですけど」


 中隊長用の騎士服を身にまとったリリムは、カトレアの態度に少しばかり腹を立てる。同じように問題を起こしてきた二人だが、新人教育を終えていたリリムは中隊長に昇進できたのだ。


「……カトレア、今の私は上官よ」


「はいはい。で?」


「本当にイライラするわね、アンタ。上からの命令よ。カトレアの小隊は、ルーデル様の……ルーデル団員の捜索に当たりなさい。ただ、今回は人手が欲しいから新人も回すわ」


 リリムが視線を送ると、新人たちがカトレアに敬礼をする。その敬礼を受けたカトレアは、渋々といった感じで敬礼を返すのだった。


「今週はこの三名をアンタに預けるわ」


 そう言われた三人とは、サースを始め性格の軽そうな騎士【ルクスハイト・エギュー】に……エノーラであった。カトレアを前にしても、普段通りにしている。


 しかし、内心では腸が煮えくり返る思いだった。


 アレハンドがオルダートに対抗心を燃やした事で、娘への気配りが疎かになっていたのだ。ルーデルを見つけるために、新人まで駆り出すのを許可したのはアレハンドである。


「一人はウインドドラゴンですね。足が速くて助かりますよ」


 リリムから受け取った資料に目を通すカトレアは、エノーラの資料を見て足の速いウインドドラゴンと契約している事に素直に感心する。


 野生のドラゴンを従える事が出来るのは、実力と運を兼ね備えた者だけだからだ。


 同時に、家名から副団長の娘である事を察する。


「……私の小隊の部下と組ませるわ。ツーマンセルで行動して貰うから、エノーラは私と来なさい」


 カトレアの指示に、新人たちは敬礼をしながら返事をする。エノーラも表面上は真剣な表情だが、暗い感情が芽生え始める。


 カトレアを殺せるのではないのか、と……。


「カトレア、大体の目星はついていると思うけど、何かあったら絶対に退きなさい。いいわね、これは命令よ」


 真剣なリリムに対し、カトレアも一応敬礼をして返事をする。だが、相手は顔見知りのルーデルである。そこまで気にする必要があるのかが疑問だった。


「心配ないと思いますけどね」


「だからアンタは甘いのよ」


 ルーデルを軽視するカトレアに、リリムは心配になるばかりだった。



 ウインドドラゴンの速度に、灰色ドラゴンではついて行けない。


 その事を考慮して、カトレアはエノーラとのツーマンセルを選択したのだ。それに、捜索範囲を広げるといっても、カトレアには心当たりがある。


 サクヤが逃げ出したとして、帰る場所などドラゴンの住処くらいだ。他のドラゴンなら、探しても見つからないように国外にでも逃げるだろう。


 事情を知っているカトレアからすると、今回の任務は非常に楽な物である。


 ただ、連れている新人がカトレア自身を酷く憎んでいる事と、見た目通りの性格ではない事が問題だろう。


「このままドラゴンの住処を目指すわ」


 空を飛ぶ二匹のドラゴンの背に乗り、二人は互いに速度を落として今後の目的地を相談する。だが、カトレアの決めつけた態度に、エノーラは内心で腹が立っていた。


「そんな分かり切った場所にいますかね? (くそっ、命令してんじゃねーよ)」


「あ~、まぁそこしかないのよね」


 カトレアは、部下には他の場所を捜索させている。実際は、あまりルーデルのおかしな行動を広めたくなかったのだ。


 優秀だが、どうにも頭のネジが抜けているようなルーデルは、良くも悪くもマイペースである。


 そんなルーデルが、次期大公で白騎士というクルトアでも目立った存在になってしまった。これは事情を知る者からすれば、非常に問題だったのだ。


 ドラゴンの撫で方を愛読し、マーティ・ウルフガンを崇拝する問題児。これがカトレアのルーデルに対する評価である。


 以前は色々とあったが、今では素直にその努力は評価もすれば称賛もしよう。


 しかし、どうにもぶっとんだあの性格は世間に広める訳にはいかなかった。エノーラと組んだ理由は、代々ドラグーンである家系の娘なら、このような繊細な問題を理解してくれると期待したからでもある。


 すでに報告書から訓練場の破壊は知らされており、小隊長という責任ある立場となったカトレアには頭の痛い問題だった。


 カトレアのレッドドラゴンについて行く形で、エノーラもウインドドラゴンをドラゴンの住処へと向ける。


(いつか、そう……絶対にいつかアンタを超えてやる。どんな事をしても、どんな卑怯な手を使っても!)


 ここでエノーラというキャラクターを説明すると、彼女は物語に大きく関わる事は無い。精々、クルトアのドラグーンとして登場するようなキャラクターだ。


 優秀ではあるが、優秀止まりである。


 それこそ、世界に愛されたようなカトレアとは、立場が全然違うのだ。



 捜索隊が編成された頃、サクヤはミスティスと共に特訓を開始していた。


 ドラゴンの特訓である事から、ルーデルとは一時的に別行動である。そんなルーデルは、ミスティスの縄張りで小さなドラゴンたちと(タワム)れていた。


「こら! それは俺の昼飯だぞ‼」


 自分が湖で獲った魚を小さなドラゴンたちに横取りされると、ルーデルは笑顔で追いかけるのだった。小さいとはいえ、大きさは大人の人間と変わらない。


 湖で生息している影響か、全頭にウォータードラゴンの特徴が出ている。


 そんなドラゴンたちが湖に逃げ込むが、人間離れしたルーデルは容易に逃げたドラゴンたちを追いかけて捕まえる。


「ほら返すんだ。……もう食べたのか?」


 捕まえたドラゴンの口からは、魚の尻尾が見えていた。悪戯(イタズラ)が成功した事を、小さいドラゴンは嬉しそうにしている。


 ドラゴンの住処でサバイバル生活をするルーデルは、ナイフを木の棒に括り付けている。服は湖の近くで生活しており、よく濡れるので今では丈夫な葉で作った腰ミノを付けていた。


 まるで野性児のような格好で、小さなドラゴンたちと(タワム)れている。


「いやぁ、本当に楽しいな」


 湖からドラゴンを一頭抱えて這い上がると、ルーデルは笑顔でそう呟いた。だが、這い上がった先では、レッドドラゴンとウインドドラゴンを引き連れたカトレアとエノーラが待ち構えていた。


「『いやぁ、本当に楽しいな』じゃないわよ! アンタ、ドラグーンになったんだから、もっと自覚を持ちなさい!」


「カトレアさ……小隊長」


 カトレアを様付けして呼びそうになったが、今は自分もドラグーンであると思い出して何とか言葉を飲み込んだ。


「こんな所で何をしてるのよ」


 呆れ顔の同期であるエノーラを前に、ルーデルは恥ずかしそうに抱えたドラゴンを地面に優しく下ろす。すると、小さなドラゴンたちは湖へと逃げるようにその場からいなくなった。


「特訓だ」


「特訓? それよりもサクヤを見つけたの? 早く帰るわよ」


 ルーデルの答えにあまり興味を示さないカトレアは、周りを見渡しながらサクヤを探す。ルーデルの傍にいると思っているのだろう。


「無理です。今は北の海に特訓で出かけていますから」


「海って……いつ帰って来るのよ?」


「さぁ?」


「さぁ! さぁってなによ! こっちは急いでるのよ! お披露目のための編隊飛行だって覚えるのに時間が無いのは知ってるでしょう!」


 カトレアが詰め寄るが、ルーデルは引き下がらない。


「いえ、編隊飛行よりも大事な事があるんです。今のサクヤはそれを覚えようと頑張ってるんですよ。俺はここで信じて待ちます」


「大事な事?」


「竜舎のボスを倒すんです」


「何ソレ! そんな事のために家出したの、アンタのドラゴンは!」


 真剣な表情で語るルーデルに、少しでも期待したカトレアは怒鳴る事しか出来なかった。報告する必要があるので、出来ればもっとマシな理由が欲しかった。


「サクヤならやってくれます! それよりも、竜舎のボスって誰になるんですかね?」


『……今のボスって俺じゃん』


 カトレアのドラゴンが、会話に割り込む。しかし、その内容は倒すべきドラゴンが、カトレアのドラゴンだという新たなる真実だった。


「そんな! ……サクヤ、お前の相手は強力だぞ。頑張れ」


 カトレアのドラゴンとの戦いに、ルーデルはサクヤの身を案じる。しかし、当の相手であるカトレアのドラゴンは事情が呑み込めていない。


『頑張れ、とかなんだよ! あんな巨体に殴られたら普通に終わるわ‼ 大体、何でボスを倒すとかって話になってるんだよ。意味が分からん』


「実は……」


 ルーデルは、これまでの話を簡単にまとめてその場の全員に話す。エノーラ以外は知らなかった事もあり、サクヤがイジメられていた事に同情的である。


「ちょっと可哀想ね。でも、流石に家出はやりすぎよ」


『そうか、あいつイジメられてたのか……でも、俺は関係ないよな? 当分竜舎を使ってないから』


「いえ、ボスを倒すのが目標ですから」


 冷静に関係がある事を知らせ、目標は達成する意思をルーデルが見せるとレッドドラゴンとカトレアは騒ぐ。


『ふざけんな! 俺は知らないっての‼』


「毎回ボコられる私のドラゴンって……」


 カトレアは、新人教育から外された事で任務を与えられていた。竜舎での出来事は知らなかったのだ。そして、中隊長であるリリムのドラゴンの竜舎は別に用意されている。


 運が悪かった。


 エノーラは、カトレアのドラゴンの声を聞く事が出来ない。そんな状態で、会話に入り込む事は出来なかった。自分のドラゴンに通訳を頼み、聞く事が出来るだけだ。


 ただ、どうにも顔が赤い。


 目線がどうしてもルーデルに向けられていた。


 カトレア以上に両親、特に父から厳しく育てられたエノーラは学園でも男子とは距離を置いていた。垢抜けた格好をしているが、それは厳しい教育の反動でもある。


 ただ、男性との付き合いをする余裕が無かった。父がドラグーンでは、下手な騎士は手も出してこない。


 男性に対して耐性が無いのだ。


 男慣れしているような外見は、彼女なりの父への反逆である。エノーラのドラゴンは、ルーデルたちの会話を省略しながら話していたが、契約者の様子がおかしいと気付く。


『どうした?』


「……な、何でもないわよ」


 顔が赤くなったのを悟らせないために、エノーラは意識を違う事に向ける。頭を今後の対応に切り替えると、未だに言い争うルーデルたちに確認を取った。


「お話し中申し訳ありません。それよりも先ずは報告を行った方が良いのではないでしょうか? 上も未だに行方不明では納得しないかと」


 冷静に今後の対応を話し合う姿勢を見せるが、エノーラの視線はルーデルへと向かってしまう。カトレアも仕事の話を振られると、思考が切り替わった。


「そうね。……なら、私が報告するわ。アンタはコイツの見張りをしなさい」


 カトレアは、心配の種であるルーデルを指さし、エノーラにルーデルと二人きりとなるように命令する。女性ではあるが、騎士であるエノーラはこの申し出に従う事にした。


 男だ女だと言っている訳にもいかなかった。寧ろ、ルーデルを一人にする方が問題だったのだ。


 今も、話が終わったと思ったのか、昼食の準備に取り掛かろうとしていた。


「それはそうと、アンタは何で帰ってこないのよ。サクヤが特訓中なら、帰ってきても良かったわよね? なんなら今帰るわよ」


 カトレアが今気付いたようにルーデルに問うと、ルーデルは不思議そうな顔をする。


「え? サクヤが特訓中なら、俺も特訓ですよ。今日も子供のドラゴンたちと遊んでました!」


 遊んでいたと堂々と宣言するルーデルに、カトレアは無言で頭部に拳を振り下ろす。


「……言い訳を聞いてあげる」


「殴る前に言うべきでは? まぁ、ミスティス様が子供たちの面倒は任せると言われたので、ついでにマーティ様の訓練方法を教えて貰っていたんです。俺もサクヤも、帰る頃にはパワーアップを、アダッ!」


 そのまま無言でルーデルに蹴りを放つカトレアを、レッドドラゴンも応援していた。


『蹴れ! もっと蹴れ! 俺をこんな目に会わせるのは、絶対にルーデル関係ばっかりだ! きっとソイツが悪いんだ!』


 しばらく蹴り続けるカトレアだったが、疲れると蹴るのを止める。


「アンタね、もっと自覚を持ちなさいよ!」


「何故! 俺は最強のドラグーンになるために!」


「ウッサイ! 先ずは人として一人前になりなさいよ!」


 団長がいれば、間違いなく笑い出すカトレアの発言が森に響いた。そんな光景を見ながら、エノーラの視線は鋭くなるのだった。

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