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家出と捜索隊

「サクヤが家出した」


 肩を落としたルーデルが、宿舎に戻ると同期に向かって呟いた。


 起床後にサクヤの住んでいる洞窟に向かったのだが、そこはもぬけの殻だった。ルーデルが必死にサクヤを探すと、洞窟の入り口に爪で書いたルーデル宛てのメッセージが刻まれていた。


『帰ります。ごめんなさい』


 とても汚い文字だったが、その文字はかつての人間だったサクヤを思い起こさせる文字だった。癖も似ており、ルーデルは余計に落ち込んでしまう。


 サースは落ち込んだルーデルに、なんと声をかけたらいいのか分からない。その場にいた全員が、ドラゴンが家出をするという状況に驚いている。


「な、何と言ったらいいのか……元気出せ」


 だが、エノーラだけはルーデルを突き放す。


「へぇ、ドラゴンに逃げられたんだ。だったら、アンタはドラグーンじゃななくなった訳よね。もうここにいる理由もないんじゃない」


 冷たい言葉に、周りも流石にエノーラを止めに入る。


「止せよ、エノーラ」


 だが、ルーデルは気にした様子もなく答えるのだった。


「あぁ、だからサクヤを探す事にした。教官には許可を取ったから、しばらくは別行動だな」


「許可が出たのか? まぁ、お前の立場だと出さない訳にはいかないよな」


 ルーデルはドラグーンである前に白騎士である。そんなクルトアでも重要な騎士が、ドラゴンに逃げられたなど恥でしかない。


 ただ、ルーデルは自分の評価よりも、サクヤが家出するほどに悩んでいた事を気づけなかったのが悔しかった。


 落ち込んでいる理由は、サクヤを悲しませたからであり、逃げられた事ではない。


「じゃあ、俺は行くから」


 フラフラとした足取りで、ルーデルはそのまま空中移動を行いながらその場から去る。


「……もう見慣れたけど、あいつ絶対に飛んでるよね。跳んでないよね」


 性格の軽そうな騎士が呟くと、エノーラ以外の全員が頷いた。



 ドラゴンの住処に数日がかりで到着したルーデルは、ボロボロだった。


 急いで追いかけては来たものの、ほとんど手ぶらで来てしまったのだ。持っているのは、ナイフや水筒ぐらいだろう。


 しかし、特に気にした様子もなく、水筒の中身を水の魔法で作り出す。味は美味しくないのだが、喉を潤すのには問題は無い。


 効率も悪いので、非常時にしかしない行動ではある。


 ただ、ドラゴンの住処で野宿を繰り返していたルーデルには、ドラゴンの住処にさえ来れれば問題が無かった。


『アンタ、何をしたのよ。サクヤが洞窟に籠って出てこないんだけど』


 ドラゴンの住処にたどり着くと、真っ先にサクヤが根城にしている洞窟へと足を運ぶ。すると、そこにはマーティのドラゴンであったミスティスが入り口に獲物を持って来ていた。


 その獲物というのが、明らかに湖で獲れるような魚ではない。


 ミスティスよりも巨大で、凶悪な面構えをした生物だった。


「面目ないです。ちょっと評価が悪くて、サクヤがそれを気にして……」


 説明し難い状況で、ルーデルはミスティスにも伝わるように説明した。


『……何ソレ? そんな事をいちいち評価して、ランク付けしてんの? 馬鹿ね』


「全くです」


『サクヤ、ご飯持ってきたから食べよう。アンタの好きな魚を獲って来たから』


「……こいつは魚なんですか?」


 凶悪そうな生物を見ると、確かに背びれや尾ひれがついている。しかし、ドラゴンよりも大きい上に、凶悪そうな面構えをしているのだ。


 魚ですと言われるよりも、怪獣と言われた方がしっくりと来る。


『何よ。結構美味しいのよ。海にいる連中で、ちょっと調子に乗って同族を襲うから食べてやる事にしたの。そしたら結構美味しかったわ』


「それ絶対に魚じゃないですよね」


『良いのよ美味しければ』


 ルーデルすらツッコミを入れるレベルの魚を、サクヤは食べるために洞窟から出てくる。しかし、ルーデルを見つけるとそのまま魚だけを咥えてまた洞窟に戻ってしまった。


『ちょっと! 出てきて外で食べなさい! 行儀悪いわよ!!』


「サクヤ! 頼むから帰ってきてくれ!!」


 洞窟の奥に引きこもったサクヤに、ルーデルは必死に帰ってきてくれと叫び続けるが効果が無かった。



『ふ~ん、ホバリングにブレスの的当てねぇ~』


「はい、どうしてもサクヤが苦手のようで、ランクが上がらないんです」


『それのどこに必要性があるのか、全く理解できないわ。まぁ、普通は大きくなると出来るんだけど、あの子はまだ体格の割に子供だからねぇ』


 ミスティスの住処である湖で、ルーデルは今後のサクヤへの対応を相談していた。


『そもそも的は全部壊して、空中で一定時間留まったんでしょ? 何が悪くて失格になったのよ』


「さぁ? 俺も分からないんですよね。トンチじゃないと言われました」


『そういうのは屁理屈って言うのよね』


 全く価値観が違うドラゴンを相手に、ルーデルも同意しながら頷いていた。周りでは、ミスティスが獲ってきた獲物に小さなドラゴンの子供たちがかぶりついている。


 ルーデルには嬉しい状況であり、すぐにでも近くのドラゴンたちを撫でまわしたかった。しかし、サクヤの事があるので自粛している。


 どうにも解決策が思いつかないルーデルだが、もう一つ気になる事をミスティスに確認を取る。


「あぁ、それとなんですけど、どうにも竜舎ではサクヤが元気が無かったんです。最初は元気だったのに、日に日に落ち込んでいて……何か理由があるんでしょうか?」


『竜舎かぁ、懐かしいわね。普通にしてるなら問題ないと思うけど? 何かあるのかしらね』


「そうですね……俺と会話していると、他のドラゴンがよく鳴くくらいでしょうか? こう、短くギャアギャアと鳴く感じです」


『…………アンタ、それって舐められてるわよ』


「は?」


『舐められてるって言ってんのよ! 馬鹿にしてんのよ! あのど畜生共がぁぁぁ!!』


「な、なんと!」


 ミスティスは、ルーデルから大体の事情を聞くとサクヤが竜舎でイジメに遭っていると結論付ける。ドラゴン同士は同族だが、お互いにある程度の距離を取る。


 しかし、灰色ドラゴンは自然での生活を知らないために必要以上に互いに関わって生きてきた。


 力も知能も野生のドラゴンには及ばないが、扱いやすさは灰色ドラゴンが一番である。ただ、どうしても集団を主とする灰色ドラゴンには、相手に弱さを見せると上下関係から舐められるのだ。


「お、俺はどうしたらいいんですか!」


『……さぁ?』


「え……な、何か解決する方法とかないんですか! 俺がサクヤにしてやれる事は!」


『そう言われてもねぇ。私ってば最初から他のドラゴンを従えてたし、どうすれば良いかなんてやり方は一つしか知らないわ』


「あるんですね!」


 ルーデルは、ミスティスの言葉に希望を見出す。


 しかし、相手はミスティスである。


『簡単よ。今の竜舎のボスと決闘して、ボコボコにすればいいのよ。そうと決まれば早速特訓ね! さぁ、サクヤをここに連れてきなさい』


「は、はい!!」


 ルーデルが洞窟へと飛び出すと、ミスティスはその背中を見送るのだった。


『懐かしいわね。初々しくて、最初の頃のマーティを思い出すわ』



 こうしてサクヤを何とか洞窟から引っ張り出すために、ルーデルは洞窟へと向かう。


 洞窟の奥深くは、元はアンデッドドラゴンが眠っていた場所である。今では、洞窟の奥深くに死臭が充満する事もなく、少し深いだけの普通の洞窟である。


 そんな奥深くで、サクヤは丸くなって眠っていた。


 心なしか、悲しそうにも見える。ただ、周りにはミスティスが差し入れをした獲物たちの骨が転がっているのが、妙にサクヤらしくルーデルには見えた。


「サクヤ、もう外に出よう」


 ルーデルの声に、サクヤは耳を貸したくないのか両腕で頭部を隠してしまう。巨体だが、その動きは悪さをした事で、怒られるのを怖がるペットのようだった。


「……ごめんな。お前が苦しんでる事に気付かなくて」


『……苦しんでないもん』


「ミスティス様に聞いたんだ。お前が灰色ドラゴンたちにイジメられてたって……ごめんな」


『イジメられてないもん‼』


 サクヤが怒鳴り声を上げると、そのままサクヤの咆哮で洞窟内が揺れる。


「サクヤ……」


 ルーデルの悲しそうな声に、サクヤは立ち上がるとその大きな四枚の翼を広げる。


『サクヤはイジメられてないの! 凄っく強いドラゴンで、ルーデルの相棒だもん! だから、だから……サクヤは駄目なドラゴンじゃないもん‼』


 実際には家出をし、洞窟に引きこもったサクヤは駄目なドラゴンであろう。しかし、ルーデルの前で虚勢を張る姿は、訴えるものがある。


 未だに産まれてからの年数は少ないサクヤは、その巨体に似合わず精神が幼い。


 そんな幼いサクヤが、自分のために同族からの罵声に耐えていたのかと思うとルーデルは情けなく思う。


「……俺は駄目な相棒だな」


『なんで? ルーデルは悪くないよ』


 サクヤに近付くと、ルーデルは手を伸ばした。


 サクヤは、頭をルーデルの下に近付ける。すると、ルーデルは優しくサクヤの頭部を撫でるのだった。気持ちよさそうにするサクヤは、広げた羽を畳むとその場に座り込む。


「サクヤ、俺たちは揃ってドラグーンだ。そのドラグーンとしての評価が低いなら、それは俺の責任でもある」


『……周りが言うの。お前は相棒にも劣る、駄目なドラゴンだって。だから、サクヤはいらないって……サクヤはいてもいいよね?』


「劣る? 関係ないな。俺はお前の契約者で、お前は俺のドラゴンだ。お前がいなかったら、俺はドラグーンにもなれなかった。お前はいていいんだ。いや、俺のドラゴンでいてくれ!」


 堂々とそれでいて優しい笑顔を向けるルーデルに、サクヤは瞳を一度閉じる事で応える。


「なら外に出よう。ミスティス様が心配している。それにな、特別に特訓をしてくれるらしい」


『特訓?』


「あぁ、サクヤがイジメられなくなる特訓だ‼」


 こうして、サクヤを鍛えるためにまたしてもルーデルはドラゴンの住処に籠るのだった。ただ、この時点で三ヵ月後のお披露目の件を、すっかり忘れているのは言うまでもない。



 一方、王宮ではサクヤが行方不明となった事で大問題となっていた。


 竜騎兵団の団長と副団長は、王族や重鎮の前に呼び出されている。自分のドラゴンを探すために許可を取ったルーデルだが、そのまま帰ってこないのである。


 王宮では、ただの家出が大問題になっている。


「白騎士のドラゴンが家出など、体裁が悪くて発表できんな」

「全く、管理はどうなっていたのだ!」

「それよりも式典はどうする? このまま白騎士が不参加では、示しがつかん」


 白騎士と黒騎士の誕生は、クルトア中に広まっていた。


 今回のお披露目と呼ばれる式典でも、ルーデルとアレイストは注目度が非常に高いのである。そんな状態で、白騎士のドラゴンが家出して不参加など、発表できる訳が無かった。


「いやぁ、面目ないですな」


 笑いながら重鎮たちの対応を行うオルダートも歴戦の戦士だ。この程度では狼狽える事は無い。


 しかし、この後の対応には頭を痛めている。


(不味いよなぁ。訓練場は破壊されて、ドラゴンが家出とか……経費が削られないか? はぁ、大公様のポケットマネーからなんとかならんかな)


 重鎮たちを前に、今後の経費の事で頭を悩ましている。対照的に、アレハンドは冷や汗を流している。アレハンドの方がドラゴンも優秀で、功績もあるのに副団長である理由がこれである。


 彼は、こうした場を苦手としている。というよりも、余裕が無い。


 気持ちに余裕が無いアレハンドは、どうしてもルーデルに当たりたくなる。


(自分のドラゴンも管理できんとは。このままでは、お披露目に間に合わんではないか! それだけで済めばいいが、ルーデルは評価も低い。このままでは竜騎兵団その物が軽視される!)


 彼の欠点でもある余裕の無さが、彼を副団長にしてしまったのだ。


 実力的には同期であるオルダートに劣る事は無い。しかし、彼の性格を気にして、先代の団長も副団長も彼の団長への就任を見送ったのだ。


「すぐに連れ戻します!」


 オルダートがのらりくらりと重鎮たちと対応する中で、アレハンドは威勢よく答える。彼も一人の男であり、出世に興味が無い訳ではない。


 それも、実力は認めていたとしても、相手は灰色ドラゴンを相棒に持つオルダートである。自分の方が優れているという自負があった。


 どうしても、オルダートを超える機会を手にしたかったのだ。


「そうかね。だが、どこにいるのか分かっているのか?」

「探しに行った白騎士も行方不明では、ドラグーンの品位に疑問がもたれるな」

「本当に面目ない(アレハンド、空気読んでくれよ。ガキじゃないんだから、黙っていれば帰って来るんだしよ)」


 オルダートが視線で訴えるが、アレハンドは気付かなかった。


 数日後、ルーデル、サクヤ捜索隊がドラグーンで編成される事になる。人員には限りがあるため、交代で新人まで駆り出される事になった。

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