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評価と家出

【ルーデル・アルセス……評価Dランク】


 評価を通知された書類を見て、ルーデルは真剣な表情だ。


 訓練場ではサクヤも出てきているが、その巨体に似合わず羽やら尻尾を畳んでいる。気落ちしているのか、どことなく暗い表情だ。


『ご、ごめんなさい』


「気にするな。俺は気にしない」


 ルーデルの評価が低い理由は、相棒であるサクヤの責任であった。ガイアドラゴンの亜種であるサクヤは、防御や攻撃力に特化している。


 飛ぶ事は苦手だが、それ以上の特技を持っているのだ。しかし、ドラグーンのドラゴンとしては失格だったのだ。


 いくらルーデルが優秀だろうと、サクヤの評価が低過ぎてランクが上がらないのである。


 サクヤもマーティのドラゴンであったミスティスに鍛えられたが、期間は短い。必要技能全てを習得したとは言えなかった。だが、問題はミスティスがドラグーンから離れていた期間で磨かれた技術である。


 空中でその場に留まるホバリングを始め、編隊飛行などミスティスの時代には必要とされていなかったのだ。


 集団戦闘が一般化している現在では、ミスティスから教わった技能のほとんどが評価外である。


『でもぉ、Cランク? にならないと実戦には出られないって……』


 そう、ギリギリDランクのルーデルとサクヤでは、実戦に出る事が出来ない。それは、新人から抜け出せない事を意味している。


 ドラグーンとして必要技能を持っているルーデルが、サクヤをなんとかDランクにしている状態だ。


「安心しろ。ランクを一つ上げるだけだ。それに、評価なんか気にするな」


 サクヤを慰めるルーデルだが、ここでまたも竜舎の方からドラゴンの鳴き声が盛大に聞こえた。咆哮とは違う事を、何故かルーデルは気になる。


 サクヤがその鳴き声を聞く度に、元気をなくしていくのだ。会話も途切れてしまう。


「どうしたんだ?」


『……何でも無いよぉ』


 契約者同士の意思疎通で、ルーデルはサクヤの語尾が弱々しいのが気になってしまう。すると、余計に気遣うのだ。


「何かあれば言えよ。お前は俺の大事な相棒だからな」


『う、うん』


 元気の無いサクヤを心配するルーデルだが、対してサクヤは余計に沈み込むのだった。



 ルーデルがサクヤを慰めている光景を、エノーラは遠巻きに見ている。


「いい気味よ」


 吐き捨てるようなセリフに、彼女の契約したドラゴンはサクヤを見る。


『ミスティスの所の訳有りか? 随分とお気に入りらしいな。生い立ちには同情するが、そこまで肩入れする気が知れん』


 ドラゴンの住処で最も力のあるドラゴンであるミスティスだが、その縄張りは以外にも小さい。従うドラゴンもいる中で、どうしても反発する者たちもいるのだ。


 エノーラのドラゴンが、その反発するドラゴンだった。


 エノーラは、自分のドラゴンの世話をするために視線をルーデルとサクヤから外す。訓練で使用した道具をドラゴンから取り外しながら、表情は暗い笑みを浮かべていた。


 普段の彼女とは大違いである。


「いくら騎士が優秀でも、あれでは全然駄目ね」


『飛ぶ事がまともでない上に、ブレスが中途半端ではどうにもならんな』


 対地攻撃技術は、正確なブレスによる射撃が必要となる。そんな中で、サクヤは飛びながらのブレスは下手だった。


 威力は多少高くとも、命中率が非常に悪い。ルーデルがコントロールしたとしても、ほとんど命中しないのである。


「三ヵ月時点で評価Dは致命的ね。編隊飛行に加われないもの。次期大公様は落ちこぼれよね。来週には再評価試験だけど、絶対にどうにかなる訳が無いわ」


 基礎的な訓練を終えて、次はお披露目のために編隊飛行を学ばなければならない。しかし、今のサクヤではそこまでの実力に達していないのだ。


『まぁ、ここまで駄目な同族は恥だがな。灰色共も騒いでいた』


「へぇ~」


 最大のライバルと思っていたルーデルとサクヤが、新人たちの中でも最も落ちこぼれている事にエノーラは嬉しそうだった。


 彼女のウインドドラゴンは、灰色共と蔑んだ灰色ドラゴンたちがサクヤにしている事を説明する。


『野生のドラゴンでここまで酷いのはいないからな。よく罵声が飛んでいる。五月蝿くてかなわん』


「いいじゃない。潰れてくれるならありがたいわ。私はこんな所で(ツマズ)いてられないのよ」


 エノーラの中では、すでにルーデルたちには興味が無くなっていた。ただ、比べられてきたカトレアへの対抗心が燃えている。


 ルーデルを多少は評価していたが、ドラゴンがポンコツでは気にする意味が無かった。



 宿舎のベッドで、ルーデルは評価項目を見ながら必死に打開策を探す。


「ホバリング……空中で一定時間留まる事。射撃……飛行時に設置された的を破壊する事。この二つが出来ればCランクなんだがなぁ」


 ルーデルは評価項目が書かれている書類を見ながら、二つの項目を見ている。他にも(ツタナ)い所はあるが、基礎として評価が高いこの二つをどうにかしなければならない。


 正直な話、ルーデルにはランクなどどうでも良い。実戦に出られるのなら、問題が無かった。この際、編隊飛行など出来なくても良かったのだ。


 だが、サクヤがどうにも落ち込んでいる。


「なんとか自信を付けさせてやりたいな。そうすれば……いや、別に問題ないじゃないか! 俺はいったい何を考えていたんだ」


 横になっていたルーデルが飛び起きると、そのままサクヤの下へと駆け出した。



 再評価試験の当日になると、教官や他の新人とドラゴンに囲まれながらルーデルとサクヤは準備に取り掛かっていた。


「よし、作戦通り行くぞ、サクヤ!」


『うん!』


 準備が出来た事を確認すると、教官に向けてルーデルは合図を送る。すると、教官がホバリングを行えと指示を出す。


 興味がなさそうなエノーラよりも、目つきの悪いサースが妙に落ち着きなくルーデルたちを見ている。


「あいつら大丈夫か?」


 すると、隣に立っていた騎士が茶化す。


「見かけによらず心配性だな。まぁ、一週間でどこまで出来る様になったか見せて貰おうぜ」


 軽い性格の騎士は、リラックスをしてルーデルたちを見ていた。最初はホバリングの評価だが、ここでルーデルは思いもよらない行動に出る。


 なんと、自分の得意技である光の盾を作り出したのだ。


「……何してんだ」


 誰かが呟くと、サクヤはそのまま盾の上に飛び乗った。まるで、ドラゴンがボードの上に乗ったような姿に、全員が唖然とする。


 教官の一人が、大声でルーデルに確認を取った。


「な、何をしている! すぐにホバリングをしないか!」


 すると、ルーデルも大声で答えた。


「問題ありません! 評価項目には、『一定時間空中に留まれ』と書かれていました! どうです? 留まってますよね!」


 サクヤは、ルーデルが作り出した光の盾の上で座っているだけである。何もしていない。


「いや、そうだけど! それって思ってたのと違う!!」


 教官の困り果てた顔を見て、周りの新人たちも苦笑いだ。ただ、エノーラだけは悔しそうな顔をしている。


「あんな手を使うなんて!」


 横でその表情を見ていた同性の新人は、エノーラを見て困っていた。


「いや、怒る所かな? 寧ろ、笑う所よね」


 エノーラ・キャンベルも結構ズレている。



 続いて開始されたのは射撃の評価試験である。


 射撃訓練のために用意された場所で、周りにはドラグーンが使う施設しかなかった。


 飛行ルートに設置された煉瓦の壁を破壊するのが目的である。この壁は、強度を上げて作られておりドラゴンのブレスでなも破壊できないようになっていた。


 破壊する事が目的でなく、壁に貼られた的が書いてある板を破壊するのである。ドラゴンが本気で壊しにかからないと壊れない強度であった。


 ある程度のスピードで跳びながら、これらの設置された壁の的を破壊していくのである。


 十枚設置された的の準備が終了すると、教官がルーデルに指示を出す。


 すると、サクヤはスピードを出すために遠くへと飛んで行ってしまう。


 先程のホバリングの件もあり、教官たちはルーデルが何かをしないか心配だった。煉瓦の壁だけでなく、的自体も人が壊すには中々に難しい作りになっているので、安心はしているのだが。


 サクヤが的に当てるのを苦手としているために、教官や見学をする新人たちは普段よりも距離を取っている。


 サースが、今度は前と違った心配をしながら呟いた。やはり、性格の軽そうな騎士が答える。


「今度は大丈夫だよな?」


「いや、俺に聞かれてもね。でも、さっきのは面白かったと思うよ。確かに間違いではない訳だし、もしかしたら合格するかもね」


 すると、スピードを上げたサクヤが指定されたルートをたどり、的へと近付いてくる。


 ただ、通常のブレスの射程に入っても、サクヤはブレスを撃とうとはしない。サクヤの口元は、ブレスを撃とうとしているのか、魔力が集まっているだけだ。


「……なんかでかくね?」


 性格の軽い騎士が呟くと、サクヤは的を狙う事無くどんどんと近付いて来ていた。口元で収束している魔力は、とても強大だったのだ。


 そのままサクヤはブレスを放つ事は無く、的の近くまで飛んできてしまった。


「あいつ、何してんだ!」


 心配したサースだったが、周りの心配をよそにサクヤはルーデルの指示の元、口元から球状の魔力の塊を投下した。


 サクヤは強力なブレスを空中では放つ事が出来ない。それを利用したルーデルは、放つのではなく投下する事を思い付いた。


 ルーデルは、魔力の塊を的に目がけて落とす事で課題をクリアする事を選択したのだ。下手に手加減をして的を外すよりも、強力な一撃に賭けたのである。


 球状の魔力の塊が投下されると、サクヤはそのまま上空へと避難する。高度を上げていくサクヤを見た教官たちは、新人たちに向かって叫んだ。


「た、退避ぃぃぃ!」


 教官たちは、経験から魔力の塊が危険であると判断した。新人たちに向かって退避を命令する。


 全員がドラゴンを呼び出し、その場から逃げようとした時だ。投下された魔力の塊は、的に落ちる事は無かった。


 バラバラに配置された的の、大体中央に投下されると土煙と衝撃が辺りを支配する。続いて、爆発音と共に当りが火の海と化した。


 ……が、爆発を起こして壁に掲げられた的ごと、全てを飲み込んで爆発したのだ。


 訓練場が焦土と化した。


 幸いな事に怪我人は出なかったが、全員がその光景を唖然としながら見ていた。


「やったぞ、サクヤ! これで評価が上がるな!」


 焦土と化した訓練場に降り立ったルーデルとサクヤは、全ての的が壁ごと破壊された事を喜んでいた。サクヤも嬉しそうに咆哮する。



「いや、Dランクのままだから」


「何故ですか!」


 後日、ルーデルとサクヤの評価を話し合った教官から告げられたのは、当然と言えば当然の結果だった。


 ルーデルとサクヤの評価は、Dランクのままだったのだ。


 驚いて上官に詰め寄ってしまったルーデルを、現役のドラグーンが怖がりながらも説明する。


「だってお前、ホバリングでは魔力で作った盾の上に乗るとか、卑怯だろ」


「空中で一定時間、その場に留まりました!」


 確かに留まっていたが、それはサクヤの力ではなくルーデルの力だ。逆にサクヤは何もしていない。ルーデルの作り出した光の盾の上で、のんびりしていただけだった。


「それに的を狙えないなら、訓練場ごと吹き飛ばすとか発想が怖いわ!」


「ですが、どうやって的を狙うかなど細かく指示されてません!」


「何と言われても、これは教官たちの決定事項だ。……頼むから普通に課題をこなしてくれよ。トンチをやってるんじゃないんだからさ」


 肩を落とした教官が評価が書き込まれた書類をルーデルに渡すと、そのまま疲れたように去ってしまう。


「サクヤになんと言えばいいんだ……」


 ルーデルも落ち込むが、サクヤに結果は知らせなければならない。今回の結果を、楽しみにしているサクヤを思い出すとルーデルも気が重かった。


「完璧な作戦だと思ったのに! 今度はどうやって課題をこなすか……」


 更に頭を使うルーデルだが、正攻法で評価を上げる事に思い至らない。


 次の日、結果を知ったサクヤは家出をしてしまう。

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