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ライバルと評価

 上級騎士となったイズミの最初の仕事は、上級騎士たちの王宮で使用している部屋の片付けであった。


 すでに組織を維持できる人員ではないため、正式に解体が言い渡されたのだ。上級騎士たちが命を懸けてきた要人警護の任は、今では近衛隊に取って代わられている。


 入団して早々に、イズミは資料整理をする事になったのだ。


「はぁ、流石に思っていたのとは違うな」


 上級騎士たちが使っていた資料部屋で、他の上級騎士たちと書類の片付けをしながらイズミは呟いた。元々、貴族になるために上級騎士となったのだ。


 ただ、今回は貴族から上級騎士になる騎士たちは全くいなかった。


 既に王宮内では派閥争いが起こり始めている。貴族としては大公を担ぐ二大派閥と、両派閥を利用する事を考えているアルセス大公派が動き出している。


 騎士団……軍部では、近衛隊と親衛隊の間で徐々に引き抜き合戦が起きていた。


 関係ないと言えるのは、ドラグーンだけである。その特殊な立ち位置のせいで、うかつに両陣営が引き抜きを行えないからだ。


 ドラグーン同士で争わせ、ドラゴンの数が減るのは軍事力が大きく減る事と同じだった。同時に、ドラゴンがクルトアを見限る事を王族や重鎮たちは非常に恐れている。


 ギリギリの所で、ドラグーンには不干渉という暗黙のルールが出来ていたのだ。


 クルトアの優位性のために、事情を知らない近衛隊も親衛隊もそこには手を出していない。フィナ自身、手を出したかったが最終的に止めている。


 国防の要であるドラグーンは、それだけ重要だったのだ。


 対して、上級騎士はその地位を近衛隊に奪われた。


 数年でここまで衰退するとは、誰もが思っていなかっただろう。アイリーンやフィナに組織解体に追い込まれた結果だった。


 アイリーンは、自分のために。


 フィナは、己の欲望と少しは今後の事を考えて……。


 重要人物の警護を担っていた上級騎士たちに対して、この扱いは酷かった。


 だが、上級騎士はエリートである。知識もさる事ながら、実力もあるクルトアの精鋭たちだ。組織解体後は間違いなく両陣営に引き抜かれる。


 簡単な世間話で、イズミも王宮の事情を知り始めていた。そんな先行きの不安を感じつつも、片付けを続けるイズミに後ろから声がかかる。


「お、イズミもやってるな」


「はい。先輩方はどうされたんですか?」


 イズミの下に来たのは、上級騎士である先輩たちだった。三人組で、貴族になりたての後ろ盾を持っていない。


「いや、この後暇か? 近衛隊の知り合いが声をかけてきたんだ。お前も話くらいは聞いておきたいだろ?」


 ナンパではなく、近衛隊に渡りを付けようとイズミを参加させようとしているのだ。これから激化する引き抜き合戦に、少しでも人数を集めて貢献しようとしている。


「いえ、自分は……」


 否定的な態度を取るイズミだが、すでにルーデルを通してリュークやユニアスに渡りが付いている。二人とも、イズミの一族が派閥に来るなら口を利く約束になっていた。


「そうか、まぁお前も早い内に身の振り方を考えておけよ」


 その場から去る三人組だが、無理に勧誘はしない。彼らも上級騎士に選ばれた人間であり、無理に動くとどうなるかが分かっている。


 ただ、仕事中に勧誘するなどという行動に出るのは、上級騎士団の全体で気が緩んでいるという事だ。


「近衛隊に親衛隊と言われてもな」


 大まかな内容は知っていても、詳しい事はイズミも知らなかった。これが、王宮内での姉妹喧嘩だと知れば、きっと肩を落として落胆するだろう。


 すでに、規模で言えば喧嘩とは言えない。そんな状況の中で、イズミは地味な仕事を続けるのだった。



「では、これより貴様らの評価試験を行う。ドラゴンと契約できたからと言って、それだけでは一流のドラグーンにはなれん。貴様らはスタートラインに立っただけというのを忘れるな!」


 先代の団長と副団長を前に、新人九人は整列して敬礼をする。


 王宮から離れた場所にある訓練場で、式典用ではなく訓練服に身を包んだ新人たちはドラゴンなしで訓練場に来ていた。


「これから貴様らは、ドラゴンの世話をしながら基礎を覚えて貰う。ドラグーンに必要な技能は、ドラゴンを思う通りに導く事だ。いくらドラゴンが強力でも、その力をコントロールしなければ、戦闘では何の役にも立たない」


 副団長は一度高く飛び上がると、そのまま空中で数回の移動を行った。


 何もない空中で、まるで空気でも蹴って移動している姿を見て新人たちは驚く。驚く新人たちを前に、先代の団長は自慢げに説明する。


 かつての自分たちを見ているようで、懐かしさを覚えているようだ。


「これは序の口にすぎん。貴様らには最低でも空中で二回以上は空中移動をこなして貰う。これはドラゴンから振り落とされた時の緊急回避の意味合いが強い。まぁ、戦闘でも役に立つがな。さて、ではこの技能が使えるという者は前に出ろ。他の新人共の手本になってやれ」


 教官たちが見守る中で、ルーデルとエノーラが前に出た。


 これは大体予想していただけに、教官たちは二人の技量を確認する。毎年、ある程度はこなす新人が出てくるのだ。


 だが、大抵は必要とされる技量は持ち合わせていない。


 副団長が手本として見せたのは、あくまでも最低限の物である。新人が自信満々に空中移動を披露した所で、また更に高度な移動方法を見せ付けるのだ。


 ここで、エノーラは空中移動を四回行い、自信満々に着地をする。


 美人が空を跳ぶ姿は様になる上に、男性騎士たちは特にその大きく揺れる胸に視線を注いでいた。


「いかがです?」


 挑発的な微笑を教官たちに向けると、エノーラはルーデルと交代する。少し緊張しているルーデルを見て、エノーラは微笑みながら助言した。


「肩の力を抜いた方が良いわよ」


「あぁ、ありがとう」


 ルーデルとすれ違うエノーラは、ルーデルが失敗するかもと予想する。この中では一番年齢が低い上に、実戦経験もなさそうだ。……そう、思われていた。


 ルーデルが空中移動を物にしていると、報告を受けている教官たちも少し甘く見ている。初めて見るものを、過大評価する事はあると思われているのだ。


 しかし、ルーデルは訓練場で跳び上がると先ずはその高さに全員が驚いた。


「……高いな(いや、ちょっと高くね? あそこまで跳ぶとか、普通は有り得ないよね)」


 先代の団長の言葉に、誰も反応が出来ない。すると、今度はかなり上空でそのまま空中移動を行うのだった。


 小さな点が、地上から見ると有り得ない動きをしている。既に、跳ぶというよりも飛んでいた。


「…………おい、次は先輩として手本を見せてやれ(あれは無理だわ)」


 先代の副団長の言葉に、現役のドラグーンたちが一斉に首を横に振る。


「無理です! あれは無理です!! それに、手本は副団長が見せるって!」


「俺も歳なんだよ。いつまでもお前たちの邪魔をしたくない(おいおい、頼むから空気を読んでくれよ、ルーデル様)」


 先代の副団長と、教官として選ばれた現役のドラグーンが言い争う中で先代の団長は心の中で呟いた。


(こいつ……やりにくいなぁ)


 そんな中で、エノーラだけはルーデルを称賛ではない視線を向ける。そこにあったのは、強烈な対抗心だった。


 誰よりもドラグーンらしくと、育てられてきたエノーラにとって自分以上の実力を持つルーデルは不快でしかない。


 彼女は睨みつけるように、自由に空を飛ぶルーデルを見ていた。



 ドラゴンを飼育する場所は、竜舎と呼ばれている。


 夕方を過ぎた頃に、ルーデルは新人たちと共に竜舎の掃除を行っていた。


 専属の飼育員もいるのだが、新人は三ヵ月を竜舎の掃除をして過ごすのが決まりである。ただ、生き物である事に変わりはない。基本的に臭ければ、汚い場所でもある。


 そんな場所で、ルーデルは鼻歌でも歌いそうな気分だった。


 大公家の嫡男でありながら、雑用を進んでやるルーデルは周りから変わり者として見られている。


「おい、よく嬉しそうに掃除できるな? お前が一番最初に上官に噛みつくと思ってたのによ。はぁ、この賭けは負けだな」


「賭け?」


 目つきの鋭い騎士、【サース・べニア】は他の新人と賭けをしていた事を明かす。


「そうだよ。あの軽い性格の小僧と、女二人も加わって賭けをしたんだ。お前がいつまで耐えるかって、さ。そしたらご機嫌で掃除するだろ? もうエノーラの一人勝ちだよ」


「あぁキャンベル家の……そうすると、耐えると思われたのか。珍しいな」


 これまでの流れであれば、ルーデルは疑われたりする方が納得できる。しかし、あまり知らない人から評価されている事に、若干の戸惑いがあった。


 ただ、賭け事となれば大穴を狙う事もあるだろうと気持ちを切り替える。


「さて、これを片付けたら終わりにするか」


 サースが片付けを終えようとすると、他の新人たちも片付けを開始する。ルーデルは、エノーラの視線を感じた気がしたが、彼女は二人しかいない女性騎士同士で話をしていた。


「俺はこのまま自分のドラゴンの所に行くよ」


「またかよ。まぁあの子は特別だしな」


 サースが竜舎の外へと視線を向けると、一際大きな穴が竜舎付近に掘られていた。そこには、立派に作られた竜舎にも入れなかったドラゴンがいるのだ。


 ガイアドラゴンの亜種であるサクヤは、ガイアドラゴンよりも大きく竜舎に入ろうとすると建物を破壊してしまう恐れがあった。


 そのため、特例としてサクヤは穴を掘ってそこを寝床にする事を許可されたのだ。


 ルーデルが近付くと、洞窟の穴の中からサクヤが顔を出す。これが小動物なら可愛いが、サクヤはドラゴンである。しかも大きさは他のドラゴンの倍はあるのだ。


 一般人が見たら、絶叫するだろう。しかし、ルーデルは自分と契約したドラゴンである。


「待たせたな、サクヤ」


『お腹空いたぁ……。ここってご飯少ないよぉ』


 大量に食べるサクヤのために、王宮もそれなりに食料を用意した。しかし、どうやらサクヤには未だに足りない様だった。


「そうか、それなら教官に知らせておく」


 ルーデルがサクヤに甘やかすような発言をすると、今度は竜舎からドラゴンの鳴き声がする。その鳴き声の内容はルーデルには分からないが、どうにもサクヤが嫌な顔をする。


「どうした?」


『……何でも無いよぉ。今日はもう寝るから、お休みルーデル』


「あ、あぁ、お休み」


 普段なら、ここで会話を楽しむのだが最近のサクヤは元気が無かった。ルーデルがドラグーンになった事で、サクヤも竜舎に住む事が決まっている。


 特例として穴を掘ってそこに住んでいるが、どうにも日に日に元気がなくなっていた。


 ドラゴンの住む森から出てきた時は、元気だった。ルーデルは少し心配しながらも、サクヤが自分で悩みを打ち明けるのを待つ事にした。


 あまり心配しても、逆にサクヤに気を使わせると思ったのだ。


 どうにも、サクヤはルーデルに知られたくないと隠している事は分かっていた。


 ルーデルは、洞窟の前をしばらく片付けるとその場を後にする。ルーデルもサクヤの事に悩んでいるが、今は解決法が分からない。


 特に病気という事でもないので、精神的な物ではないかと予想はしていた。


(環境の変化でストレス? でも、最初は喜んでいたんだがなぁ)


 サクヤの事で頭を悩ませながらルーデルは宿舎へと戻るのだった。



 教官室では、先代の団長と副団長が酒を飲んでいる。


 勤務時間を過ぎ、寝る前に一杯飲んでから寝ようというのだ。新人の監視は、他の現役のドラグーンに任せている。


「はぁ、それにしても今年はやり難いな」


「そうですな」


 互いに少し値の張る酒をグラスに注ぎ、それを飲み干す。テーブルの上に置かれたつまみに手を伸ばし、ルーデルの事を相談し合う。


「大公様は訓練が必要か? もう、本隊に合流させたらどうだ?」


「流石にそれは難しいかと」


 互いに苦笑いをしながら今年の新人の評価をしていく。


「次点でエノーラ、次は若干サースが抜きんでているか? 他は今の所分からんな」


「ドラゴンに選ばれた精鋭ですが、まぁ優劣は付きますな。野生のドラゴンを得た二人は、確実に今後は中核を担うでしょう」


 野生のドラゴンに認められるのは、灰色ドラゴンの何倍も難しく危険である。それを成功させたドラグーンは、まさしく逸材だった。


「明日からは徐々に訓練を厳しくするが、どうにもなぁ……Bランク評価は確実かな」


 ドラグーンの評価は、Eから始まり最大Aの五段階評価だ。騎士としての実力は全員が持っているが、ドラグーンはドラゴンが主体である。


 ドラゴンを自在に操れてからが一人前である。


「まぁ、そうでしょうな」


 ただ、灰色ドラゴンはドラグーンが管理しているだけあって忠実に動く。野生のドラゴンは扱いこそ難しいが、それでも灰色ドラゴン以上の性能を持っている。


 期待されるルーデルとサクヤだが、この日から数週間後に行われた評価試験でDランクと評価された。

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