新たなる仲間と上司たち
王宮では朝早くから多くの騎士たちが集まっている。
皆が整然としており、話し声すら聞こえてこない。
クルトア王国では、精鋭である上級騎士やドラグーン、そして近衛隊の任命式は四月に行われる。これは、伝統であり変わる事が無い騎士にとっては一年の始まりの行事でもある。
学園を優秀な成績で卒業した者、騎士としての実績を評価された者、功績を上げた者たちが精鋭に選ばれ任命式に出席できるのだ。
クルトアを代表する新たなる騎士たちが、そこに並んでいる。
ルーデルもそんな彼らの中に堂々と肩を並べて整列していた。学生の頃とは違い、正式なドラグーンの式典用の騎士服に袖を通している。
少し違う所は、大公家の者であるために整列しても最前列に並び、式典用の騎士服が白を基調にしている事だろう。布地から金細工の飾りまで、職人が仕上げる精鋭たちの騎士服の中でも出来栄えは一番だろう。
特例として参加しているアレイストと並び、目立っているのは確かだった。
アレイストは、親衛隊に入隊する事が決まっている。しかし、国の建国に関わった黒騎士を、任命式に出席させない訳にもいかなかった。
ルーデルとは対になるように、黒を基調として銀細工の飾りが実に美しい騎士服をまとっている。
本人も緊張しているのか、至って真剣な表情だ。
今期の学園卒業者からは、ルーデルを始めリューク、ユニアス、アレイスト、イズミ……そしてフリッツも豪華な騎士服を与えられて並んでいる。
卒業者がその年の任命式に並ぶ事は珍しく、ルーデルたち以外では早くても数年間の騎士としての実績や功績を認められた者たちが並んでいる。
だが、こうして学園を卒業したばかりの者が並ぶのは、意外にも珍しい事ではない。
天才と言われたカトレアは、十七歳の時には任命式で並んでいた。
それも、フリッツの様に無理やり卒業させられて、である。カトレアがレッドドラゴンを手に入れた時は、ドラグーンでも灰色ドラゴンが大半で天然のドラゴンが少なかったのだ。
ドラゴンと契約する事を誇りにするドラグーンの騎士団は、逆を言えば天然のドラゴンと契約している者が少ないのは騎士団の弱体化を疑われる。
時期も悪く、カトレアは天才として祭り上げられたのだ。
ルーデルたちが整然と並んでいる大広間は、巨大な柱に支えられており天井が高い。そして、今日の任命式のために絨毯も新調されている。
朝の空気は少し肌寒い程度で、並んでいる騎士たちには丁度よく感じられていた。ルーデルも、気持ちが引き締まるのを感じていた。
そんな大広間に、楽隊が王の登場を知らせる。
王の後ろを重鎮たちもついて歩き、そのまま騎士たちの前に出た。
精鋭である騎士たちは、何の合図も無いままに忠誠を示すために膝をついて頭を下げる。その見事な動きに王も満足していた。
王は視線だけを動かすと、白い騎士服を着たルーデルを見る。
(とうとうここまで来てしまったな。どうにも頑固者のようだが、そこがいい)
最後まで諦めずにドラグーンになったルーデルを見て、王は表情は変えないまま喜んでいた。大公になるよりも、ドラグーンになり多くの人を救うと王に手紙を出したのだ。
その約束を王自らが破ろうと近衛隊を用意した。だが、娘たちの暗躍により、どうした事か予定は大きく外れてルーデルはドラグーンになってしまっていた。
重鎮の一人が任命式の開始を告げると、任命式は粛々と進められる。
◇
任命式後は、王宮にある各騎士団に割り当てられた部屋に新人たちが集められた。
リュークやユニアスは地位から特殊な立場におり、研修的な扱いで数年を王宮で過ごす事になる。リュークは文官として、ユニアスは武官として通常の騎士団に配属されていた。
ただし、二人とも次期大公である。役職は新人ながら相応のものを与えられている。
ルーデルは、ドラグーンの会議室で他の新人たちと共に椅子に座り団長の到着を待っていた。今年から団長が代替わりをしており、新体制で臨む事が決まっている。
ドラグーンになった新人たちは、落ち着いて団長や副団長の到着を待っていた。すると、会議室の扉が勢いよく開けられる。
全員が驚くよりも前に、椅子から立ち上がると姿勢を正した。
「おう! 中々の反応だな。これは今年も期待できそうだ」
綺麗に整えられた髭をした中年男性は、新人たちの顔を眺めながら頷いている。髪はシルバーのオールバックで、顔は綺麗なままだ。
副団長よりも背が低いが、体は筋肉質だった。
反対に、副団長は顔に傷がある。オレンジのウェーブがかった長い髪を背中辺りでまとめており、背も高く歴戦の戦士を想像させる。
お気楽な団長と、しっかりした副団長というのが新人たちの抱いた感想だった。
「団長、すぐに今後の予定を伝えましょう。私も忙しいので」
声にまで迫力のある副団長に、団長は肩を叩きながら自分のペースで進める事を伝えた。
「堅い事を言うなよ、アレハンド。こいつらとの親睦を深めるのも、俺たちの仕事だぜ! お前の娘もいるんだし、男共には手を出すなって言わないと、喰われちまうぞ」
「オルダート、貴様はその軽い性格をどうにかしたらどうだ」
呆れ顔になる副団長から、団長は顔を新人たちに向ける。白い歯を向けて、自己紹介を開始する。
「俺は【オルダート・ブルムス】。竜騎兵騎士団の団長様だ。今年で四十八歳のナイスミドルと覚えておいてくれ。因みに、俺の相棒は灰色ドラゴンだ」
軽い自己紹介を済ませると、オルダートは副団長を見る。
「……【アレハンド・キャンベル】だ。相棒はウインドドラゴンになる」
簡単に自己紹介を済ませると、アレハンドは持ってきた書類を新人の一人に渡した。近くにいた新人は、書類を受け取ると自分の分を受け取って書類を回していく。
視線が一度だけ女性騎士に向けられるが、特に周りは気にしない。ただ、オルダートだけはニヤニヤと嫌らしい笑みを向けていた。
アレハンドは不機嫌そうな顔をしながら、今後の簡単な予定を伝える。
「新人教育という事で、先代の団長や副団長が教官となり指導に当たられる。他にも教官として現役の者を付ける事になるが、ドラグーンに必要な技能を半年で叩き込む」
オルダートは腕を組んで頷きながら、アレハンドの説明に補足をする。
「まぁ、半年後には民に対してのお披露目がされる。王宮の周りを編隊を組んで飛ぶだけだがな。それまでに下働きを三ヵ月! 残りの三ヵ月でお前たちに編隊飛行をマスターして貰うって事だ。因みに! 教官につく現役のドラグーンは男にした!」
オルダートの言葉に新人たちの反応が悪い。ルーデルは、女性が教官にならないのに理由があるのか? などと考える程だ。
「今年は次期大公様の入団で、ウチの綺麗所が教官を希望しやがったからな……羨ましいから、嫌がらせをする事にした!」
笑顔で本音をぶちまけるオルダートに、アレハンドは溜息を吐きそうになった。
「今年は異例な事が続いているからな。例年通りにいかんだろうから、貴様らもその事を頭に叩き込んで置け。では、教官たちが来るまで休憩をするといい。行くぞ団長」
「もうかよ? まぁいいか。では新人諸君、また会おう」
笑いながら会議室を出て行くオルダートの後を、無愛想なアレハンドが後をついて出て行く。
団長や副団長の足音が遠のくと、一人の青年が騎士服の襟元を緩めながら椅子に座った。栗色の髪をした好青年といった印象だ。
「迫力あるよな副団長は……それよりも、団長が軽い気もするけどな」
二人の感想を述べる青年に、近くにいた女性騎士は椅子に座ると団長について語りだす。
「確かにそうね。灰色ドラゴンで団長で、ウインドドラゴンを持つのに副団長っていうのもおかしい話よね」
会議室にいた九名の新人は、楽な姿勢で椅子に座ると休憩時間という事で会話が始まる。
「それに今年は次期大公様まで入団だしな。お前がルーデルだろ?」
グレーの髪をした目つきの鋭い騎士が、ルーデルを見ながら挑発的な態度を取る。周りの騎士たちは、その態度に驚くがルーデルは動じない。
「あぁ、俺がルーデルだが」
「そう冷たくするなよ。これからはドラグーンの同期になるんだぜ? 堅苦しいのは嫌いなんでね。それに今年はもう一人面白い奴もいる」
目つきの鋭い騎士は、長いオレンジ色のウェーブがかった髪をした女性騎士に視線を向ける。
「お前が【エノーラ・キャンベル】だろ? 親子揃ってドラグーンとか凄いな」
「……関係ないでしょ」
目つきの鋭い騎士に名を呼ばれたエノーラは、特に表情を変える事も無く対応する。この場にいる騎士たちは精鋭であるが、少しばかり個性的だった。
ルーデルはキャンベル家について知っており、代々ドラグーンを出している名門貴族に興味があった。
「キャンベル家は代々ドラグーンを輩出している名門だったね。何か特別な事をしてるのかな?」
「お、興味あるねソレ」
一番最初に口を開いた騎士もルーデルに賛成すると、会議室にある机に上半身を乗り出した。エノーラは、胸は大きく顔立ちは整っている。
同じ制服が支給されたのに、もう一人の女性騎士とは胸囲のせいで違った制服にすら見える。なのに、腰は細く手足も細く優雅だ。
そんな彼女は、微笑むと会議室で自分を見る騎士たちに答える。
「内緒」
「それは残念だ」
肩をすくめるルーデルだが、元から教えて貰えるなどと期待していた訳ではない。ただ、同期となる他のドラグーンと会話をしたかっただけである。
他の騎士たちも、エノーラの言葉に少しがっかりしただけだ。特にこれ以上の詮索をする者も出ずにいた。
流石に精鋭として選ばれるだけあり、全員が落ち着いている。こうして休憩時間は、軽い会話と自己紹介で終わるのだった。
◇
「納得できません! 何故、私が選ばれなかったのですか!」
団長と副団長を廊下で捕まえたのは、カトレアだった。辺境から帰還して、正式に小隊長となった彼女は新人の教育をする資格がある。
今期新人の教育にも、自らが立候補している。
ルーデルがいるという理由もあるが、この新人教育は出世するために必要な経験である。小隊長よりも上を目指すなら、カトレアは新人教育を行わなければならないのだ。
団内でも実力を付けて頭角を現しているカトレアに、オルダートは苦笑いで対応した。
「いや、なぁ……ほら! 今回はお前とルーデルの間に色々あった事を考慮したんだよ。何せ元婚約者でありながら、向こうから婚約破棄されただろ? いやぁ、団長ってこういう空気読まないといけないから、大変だよな」
カトレアは、以前はルーデルの婚約者候補だった。カトレアが問題を起こした事で、その話はアルセス家から破談にされている。
「あ、あれはもう終わった事です。それとも私が復讐するとでも」
カトレアの言葉に、オルダートは内心で笑う。
(いや、そう思うから外したんだよ。お前は数年前の事を忘れてない?)
カトレアが起こした騒動により、竜騎兵団が一時期大変な目に会っている。オルダートも数年前には大隊長だった。
対策会議やら人事で相当に苦労した思い出がある。
すると、今度はアレハンドが疲れた表情でカトレアを諭す。
「今回は上からも大公家の者を丁重に扱えと言われている。教官に選んだ騎士たちは、それなりに気が利く連中を選んだつもりだ。お前はまだ若いからな。来年にでも教官を務めるといい」
だが、カトレアが教官になれない本当の理由はルーデルではない。アレハンドは、ルーデルを理由にオルダートを説得したが、本当の理由はカトレアの若さと娘であるエノーラにある。
天才と言われてきたカトレアは、間違いなく竜騎兵騎士団でも逸材だった。
歳も二十三歳と今期の新人よりも若い。ルーデルが今期の最年少だが、他は二十五歳以上が多い。そして、カトレアはエノーラと同い年だ。
十七歳でドラグーンとなり、六年間の実績もある。なにより、魔剣の使い手でもあるのだ。あと数年もすれば、アレハンドは自分すら超えると確信していた。
ドラゴンはレッドドラゴンの若く力のあるオスと契約し、ドラグーンとしてもカトレアの価値は非常に高い。
そんなカトレアを見てきたアレハンドは、焦りがあった。代々ドラグーンという名門でありながら、娘は良くて優秀止まりだったのだ。
家に帰っても、どうしても見劣りしてしまった。その気持ちは態度に現れ、エノーラにカトレアの名前を出してしまう結果に繋がる。
(……自分の責任とは言え、このままではいかんな)
ドラグーンに相応しく育てたつもりだったが、アレハンドはエノーラの心の闇に気付いている。普段は温和そうに見えるエノーラは、並々ならぬ対抗心をカトレアに抱いていたのだ。
今回は、カトレアと関係のあるルーデルもドラグーンとして入団している。
「な? 今回はそういう事だからよ。まぁ、どうしてもっていうなら、このナイスミドルの団長様と夜間飛行の訓練を……」
「お断りします」
「……お前、駄目と言うとは分かっていても、即答は辛いんだよ。もうちょっと気を利かせろよ。俺は繊細なんだぞ」
「繊細な方は卑猥な事を言いませんよ」
夜間飛行は、ドラグーン内では夜にベッドを共にすると言う隠語である。
「……だからいつまで経っても彼氏が出来ないんだよ」
「おい、団長でも言って良い事と悪い事があるんだよ。また奥方に色々と言われたいんですか?」
「お、お前! それは駄目だろ! それこそやっちゃいけいない事だろう!!」
「日頃の行いが悪いから、こういう時に困るんですよ、ナイスミドル(笑)」
「今後は気を付けるよ。お前みたいに辺境に飛ばされたくないしな、天才(笑)」
互いに睨みあう二人は、そのまま漫才を続けるのだった。
アレハンドが娘の事で悩んでいると、オルダートとカトレアは漫才を始めていた。個性の強いドラグーンをまとめる事が出来るオルダートを、アレハンドは羨ましく見ていた。