要望と卒業準備
学園での生活が終わりを迎える頃、卒業生たちは五年も使っていた部屋を片付けを開始していた。
二年、三年課程の卒業生もおり、この時期の学生寮は慌ただしい。実家から使用人を呼ぶ貴族の生徒もいれば、下級生を集めて掃除させる生徒もいる。
ルーデルも同じように、来た時よりも増えた荷物を片付け始めていた。
入学当初は少なかった荷物だが、五年の間に増えていた。
「この本は……持っていこう」
手に取った本は、ドラグーンを紹介する子供向けの本や絵本だった。ルーデルがサクヤに与えた物で、部屋に置いていた物だ。ルーデルが子供の頃に読み、将来の自分の姿を想像し、後にサクヤに与えた思い出の品である。
他にも、思い出の品々がある。
幼い頃から使い続けた剣は、折れたが今でも大事に保管している。捨てようとしたが、どうにも捨てられなかったのだ。使い道は無く、どうすべきか悩む。
「はぁ、意外と増えるものだな。服の類もそうだが、流石に……」
荷物が少ない方であるルーデルだが、他の生徒の部屋の状況を知らないために荷物が多く感じられる。リュークは大量の書物に悩み、ユニアスは女性からのプレゼントや渡しそびれた品々の処理に困っている。
一番の問題はアレイストだろう。
婚約者が五人は確定しており、彼女たちや彼女たちの実家から送られた物が大量にある。アレイストに相応しい物をと、フィナも祝いと称して大量にプレゼントを送っている。
フィナに関しては、この時期を狙って親衛隊の入隊祝いという形の嫌がらせだった。
やたらかさばる物を選び、困らせるために送り付ける。しかしそのせいで、フィナがアレイストを狙っているという噂が囁かれるようになる。
アレイストも災難だが、自爆したフィナはこの時期は大人しくしていた。流石に冷静さを欠いていると、自分で気付いたのだ。
ただ、同じ王女であるアイリーンは、冷静さを欠いたままである。
ルーデルとアレイストがそれぞれ学園から出て来る事で、王宮での勢力バランスが崩れる事を危ぶんだのだ。白騎士と黒騎士という名は、クルトアでは特別な意味を持つ。
そのために、フリッツを三年課程に変更して、近衛隊の隊長に就任させるという力技に出た。これは、二年間も遅れてフリッツが近衛隊に来ても遅いとアイリーンや取り巻きが判断した結果である。
ここに来て、アイリーンはフィナが創設した親衛隊を無視できなくなったのだ。
ルーデルはドラグーンだが、アイリーンの婚約者候補にアレイストの名前は上がったままである。親衛隊で手柄でも挙げれば、それを理由に婚約まで話が進んでしまう。
アイリーンにとっては、追い詰められた状況だった。
戦力という観点から見て、危ぶんでいないのがアイリーンらしくはある。
◇
「はぁ、ルーデル様」
教室で窓の外を眺めながら、フィナは呟いている。ルーデルの名前を、愛おしそうに呟けば周りが勝手に噂を広げてくれるからだ。
実際に、アレイストに恋心を持っているなど知れ渡り、それが王宮まで広がれば取り返しがつかなくなってしまう。王妃はこれ幸いと、アレイストとフィナの結婚を急ぐだろう。
「今、ルーデル様って言わなかった?」
「え、でもフィナ様はアレイスト様が……」
「まさか、三角関係!」
教室では、同年代の生徒たちが騒いでいる。ほとんどが貴族の生徒だが、中には平民出の生徒も興味深そうに聞き耳を立てていた。
(ちっ、変な噂が立ってから本当に不愉快だわ。アレイストと噂になると、本当に取り返しがつかなくなる。最悪、母上が無理やりにでも私とアレイストを結婚させて、師匠には姉上を押し付けるわね。何も苦労していない姉上が、モフ天の最大の壁になるなんて)
内心では悔しいフィナだが、そもそもアイリーンは元から亜人嫌いだ。フィナが我慢を辞めた時から、いつかはぶつかる運命である。
フィナが教科書などと一緒に用意した資料には、親衛隊や近衛隊……各騎士団の今年の新入団員の名前や資料がまとめられていた。
(今年は上級騎士が五名に、ドラグーンは九名……ドラグーンは仕方ないとして、上級騎士はもうすぐ潰れるわね。あの黒髪が入る前に潰したかったのに! それから辺境へは今迄通りで……)
上級騎士たちの抵抗もあり、思う様に組織を解体できていない。フィナにしてみれば、重要な事でもないのですぐに思考を切り替える。
気になる人物は調べており、特に近衛隊の動きには注意していた。思想がアイリーンよりという事で、すでに派閥の貴族の子弟が入り込んでいる。
敵対勢力の動きを見ると、本当にお粗末である。
(あの家も駄目か。この家も姉上に付くの? おいおい、結構な数じゃない)
内心で笑いが止まらないフィナは、この機に貴族の権力を大幅に削ごうと計画する。どうせ血が流れるなら、最大限に利用する。
それがフィナ・クルトアである。
姉であるアイリーンが、国よりも個人を優先した時から決めていた事だった。ただ、妙にアイリーンは運に恵まれている。それがフィナにとって、とても問題だったのだ。
近衛隊結成の時もそうだが、まるで天に愛されているようだった。
(まぁ、私が崇める天は、モフ天意外に有り得ないけどね。にしても……どうして姉上がここまで大きな派閥を持てるのかしら? 私なら姉上には付かないわ。リスクが大き過ぎる。もしかして、姉上の後ろには黒幕がいる? ……はぁ、ないない)
物語の設定という大きな後ろ盾を持つ事は、フィナであろうと知る事は出来なかった。
◇
「卒業式のパーティー? 今年もやるのか?」
男子寮の食堂では、ルーデルといつものメンバーが食事をしている。その日は、珍しくアレイストも同じテーブルで話に参加していた。
「そうなんだよ! 今回は俺たちが主役だろ? なら、楽しまないと意味が無い」
ユニアスは嬉しそうにしている。座学が壊滅的だったが、なんとか卒業できるギリギリの成績を維持してきたのだ。座学から解放されて嬉しかった。
「楽しむと言われてもな。食事に生演奏……それ以外にどうしろと? 学園がそこまで金をかけたら、王宮が五月蝿いぞ」
リュークは経済的な面から、大掛かりなものは出来ないと口にする。アレイストは、デザートを食べ終わると会話に参加した。
「パーティーか……仮装パーティーとか?」
「何だよソレ?」
アレイストが口にした仮装パーティーに、ユニアスが食いついてしまった。ルーデルは興味が無いのか、飲み物を飲んでいた。
「いや、仮装してパーティーに参加するんだ。なんていうか、着ぐるみというか……普段はしない格好をするんだよ。大きなぬいぐるみを着たり? いや、少し違うな」
自分で説明しながら、アレイストは明確なイメージを伝えられずにいた。
「普段しない格好? 男がドレスでも着るのか? 流石に気持ち悪いな」
リュークの感想に、ユニアスは笑顔になる。
「面白そうじゃねーか」
「は?」
「お前……」
「普段しない格好……」
三人が呆れていると、ユニアスは笑い出す。ドレスを男が人前で着る所を想像し、少し嫌な気分になっていた。
「馬鹿、アイデアは多い方が良いだろ? どうせ希望を出すだけだし、面白そうだから要望って形で出してみようぜ。他の奴等も学園に要望は出してるようだしな」
今年も行われると知ると、生徒たちは学園に要望を出していたのだ。主に貴族の生徒がパーティー経験が多く、多くの要望を出している。
「確かに……じゃあ! 僕は美人コンテスト!!」
アレイストもユニアスの口車に乗り、書く物を取り出して希望を書き出していく。美人コンテストを知らない三人が、アレイストに内容の確認をする。
「今度のはどんな物だ? まぁ、美人と言えば女子が絡むんだろうが……」
リュークが考え込むと、アレイストは笑顔で説明した。こうした学園祭前のノリを、前世では経験したくても出来なかったのだ。
「コンテストに参加するのは女子で、その中から一番の美人を決めるんだ。多い方が良いから、在校生も参加が良いよね。なぁ、希望だし……水着審査も加えておこう」
「美人? ならイズミ一択だ! いやまて、美人……サクヤは参加できるか? 流石にそれだと悩むな」
ルーデルが興味を示したが、案の定イズミ絡みである。サクヤも美人だと言い張る辺り、ルーデルにとってイズミはドラゴンと同じくらい大事という事だ。
ただ、男三人はそこには気が付かない。
「いや、駄目だろ」
「ルーデル、流石にドラゴンは……」
「ドラゴンが水着? いや、ないな」
そのままアレイストがまとめると、次はリュークである。去年のパーティーを思い出し、アレイストが騒ぎを起こしていた事を思い出す。
何気に恋愛イベントを消化しているアレイストは、この手の話題に事欠かない。
「去年は面白かったな。アレイストが女子に襲われていたからな。何なら、また会場で告白でもするか?」
「……そのネタはいつまで続けるんだよ」
「残念だったな。俺たちが生きてる限り、周りに伝えていくつもりだ」
ユニアスが真顔で告げると、ルーデルも追い打ちをかける。
「大会で告白するのもそうだが、結構有名だぞ。病室で告白とか、人気のない場所で……あぁ、アレイストが婚約者たちを口説いた場所だぞ。今では人気スポットだ」
「何で心を抉って来るんだよ!! ほとんど間違いとか勘違いじゃん! 卒業しても変な感じで名前が残るだろうが!」
「何を言っている? もう残っているぞ。恋愛神アレイストの告白スポットとして、学園では噂になっている。と、イズミから聞いた」
無理と思われるハーレムを実現し、それでも告白し続けるアレイストは、学園の恋愛神と呼ばれていた。
「お前の情報源はイズミが多いな」
ルーデルがイズミから聞いた情報なら、間違いないとリュークは予想する。女子には人気のあるイズミの事だ。後輩から場所でも聞かれて、そこで確認したのだろう。リュークの予想は的中しており、間違いなかった。
イズミ自身、こうして後輩の女子と繋がりが出来ているのは、実に良い事である。
監督生をした事も、彼女の人脈が広がるいい経験になっていた。
「じゃあ、公開告白も追加だな。さぁ、恋愛神よ、その紙に追加してくれ」
悪乗りしたユニアスは、アレイストに公開告白と記入させる。ここまで来ると、まだ希望を出していないのはルーデルだけとなる。
「ルーデルの希望は無いのか?」
リュークがルーデルの希望を聞くと、少し困った顔をした。
「俺か? パーティーにはあまり参加した事が無いからな。無難な物が分からないな」
「何か無いの? 適当でいいんだよ。希望を出すだけで、どうせ実行はしないし」
アレイストがいくつかのアイデアを出すと、ルーデルはその中の一つを選んだ。
◇
「今年の卒業パーティーの内容が決定したのでお知らせします」
職員たちが会議室に集まると、卒業式後のパーティーの話になる。基礎課程の生徒たちのクラス対抗戦は、今年は無難に収まる事が分かっているので安心だ。
しかし、卒業パーティーは問題が多かった。去年から始まったのだが、そこは貴族の子弟が参加するのでパーティーの内容が問題だったのだ。
食事に始まり飲み物を、高級品で揃えてくれと要望が来る。しかも、美人を呼んで華やかにしろと、多くの希望が舞い込んでいた。
そんな中で、実現可能な物がいくつかあったのだ。希望を出した生徒たちの立場が、他の生徒たちの不満を押さえてくれるという職員たちの希望もあった。
「学生全員に高級食材を揃えるなどできませんから、ここは内容を重視する事にしました」
金があまりかからず、それでいて楽しめる物にするのが職員たちの課題だった。
「では、先ずは仮想して会場に参加する事を認め、次に女子生徒による水着審査……少し寒そうですね。魔法で何とかしましょう。そして公開告白をへて、王様ゲームの流れになります」
全て、ルーデルたちの提案が通る形になったのだ。これは、経済的な面で実現可能だった事が一番の理由である。
「美人コンテストは問題がありませんか?」
女性の職員が少しきつめの口調だが、男性職員からすれば見てみたい気持ちもある。何より、時間的に何かやらないと間が持たないのだ。
「参加は強制では有りませんからね。全く出場者がいない事もあり得ますよ」
女性職員の質問をやんわりと流すと、次は公開告白である。身分的に告白をするのもされるのも困る生徒がいるので、これも問題だった。
「公開告白……これは流石にやり過ぎでは?」
「あぁ、これも同じですよ。酔った勢いも出るかも知れませんが、数百人の前で告白何てしますか? 余興で誰かがする程度でしょうね」
司会を務める男性職員は、最後の出し物の説明に入る。
「最後は王様ゲームです。これは参加者の中から王様を選び、それ以外の参加者は番号を選びます。そして、王様は番号を知らないまま、命令をする訳ですね」
「まぁ、最後はゲームだし問題ないな」
学園長も前の三つより、最後のゲームの方が問題が少ないと思い込んでいた。周りも、美人コンテストはやり過ぎではないかと少し揉めている。
アレイストが持ち込んだ知識に、周りが気付かないのだ。
学園長も問題児たちが揃った世代が卒業を迎えるので、安心と寂しさを感じていた。パーティーの内容よりも、無事に卒業させる事が出来て嬉しかったのだろう。
だから気付かない。王様ゲームの方が問題が大きいと……。