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番外編 マーティを超えろ 8

 見事に保健室入院記録を更新しているルーデルは、病室の窓の外を眺めていた。


 豪華な病室には三公が揃い、アレイストも同室である。これは、例年ない規模の個人トーナメントで体調を崩した者が多く、病室の確保が困難となり押し込められたのだ。


 四人それぞれが、大きな怪我と魔力切れでベッドの上で療養中である。しかし、彼らが大人しくするはずもなく……


「結婚してくらひゃい!」

「ふむ、今のは中々に似ていたな」

「いい加減にしろよこの野郎!」


 顔を真っ赤にしたアレイストは、隣でベッドの上で横になっているユニアスとリュークを半泣きの状態で睨んでいる。


 からかわれている内容は、試合中に告白すると言う前代未聞の出来事が原因である。ユニアスの物真似をリュークが採点する形で何度も同じやり取りが続いていた。


 個人トーナメントが終了し、全員の肩の荷が下りて気が抜けた状態だった。学園は大会の片付けで慌ただしいが、入院している四人は暇でしょうがないのだ。


 そうなると、当然のように話題の人物がからかわれる。ユニアスは、笑いながらリュークを挟んでアレイストをからかい続ける。


「いやいや、本当に褒めてるんだぜ。神聖な大会を穢した上に、王族との婚約話が上がっているのに相手を前にして告白とか……一生のネタにしてやるよ」


「馬鹿にしてるじゃないか! し、仕方なかったんだ。誤解を解かないと、僕は前に進めないから……」


 アレイストの言い訳を、リュークは真顔で否定する。


「誤解? 婚約者五人との話が順調に進み、ついでにアイリーン王女との婚約話まで進んでいて誤解? お前が婚約について誤解してるんじゃないか? ルーデルからも何か言ってやれ」


 リュークがルーデルへと話を振ると、全員の視線がルーデルに向けられる。


「……婚約の話はアレイストと相手との問題だろう。けど、少し多い気がするな。このまま増えて行けば数年後には二桁だ。アレイスト、身体に気を付けろよ。真面目な話、女で駄目になる騎士は多いからな」


 騎士と言うよりも、この場合は貴族である。学園での生活を終えれば、学生は大人の扱いを受ける。当然だが、貴族なら家同士の話し合いで結婚となる訳だ。アレイストのような伯爵家では、真面目だった青年が女にのめり込むケースが多かったのだ。


 ケースは違うが、ルーデルの父も女を囲って仕事をしていない。その結果が何を招くかを、四人の中で一番理解していた。


「な、何を言ってるんだよ! ぼ、僕はミリア一筋だから……」


 口ごもるアレイストに、ユニアスはニヤニヤと笑いながら面白い事を聞いたと呟いた。


「じゃあ、ミリア一筋なら他は切り捨てるよな。俺から言っておいてやろうか?」


 からかったユニアスの言葉に、アレイストは顔を青くして止めてくれと叫んだ。その真剣な顔に、リュークもユニアスも少々驚く。


「本当に止めてくれよ! あの子達のその……あ、愛情表現っておかしくてさ。斬り刻まれたり、殴られたりは当たり前なのに、別れ話を切り出されたら何をするか……」


 ゲームでプレイしていた時は笑って済まされる行為が、現実では本当に笑えない。アレイストは身を持って実感していた。照れ隠しで殴られて、壁まで吹き飛ばされた時は本当に恐怖した事を思い出して震えてしまう。 


「まぁ、大変な事は分かったが、責任は取るんだな。責任を取らないのは最低だとイズミが言っていたぞ」


 怯えるアレイストに、ルーデルはイズミから聞いた話を聞かせる。しかし、アレイストにしてみれば、いきなり五人のお嫁さんを貰うのだ。自由なルーデルが羨ましく見えた。


「責任って言うけど、ルーデルは婚約者がいないからそんな事が言えるんだろ? 暴力的な彼女がいたら、そんな事は言えないと思うね」


「そうか? マーティ様は自分の彼女は異常表現が過激だったが、それを乗り越えたらしいぞ」


「マーティって撫での人だろ? 嫁さんよりもドラゴンを愛してそうだね」


 アレイストが思い描くマーティは、家族よりもドラゴンを愛してそうな変人だった。リュークもそれに同意する。


「そうだな。私から見てもアレイストと同じ感想だ。本を見ても家族の事には一度も触れていない上に、ドラゴンに愛を語る人間だからなぁ」


 呆れ顔のリュークに、ユニアスは理解できないと首を振る。しかし、ここでルーデルから驚きの新事実が告げられた。


「……何を言っているんだ? マーティ様の彼女はウォータードラゴンの【ミスティス】様だよ。最初は照れ隠しで水球をぶつけられたようだけど、撫でをマスターした事で最後は……」


「ちょっと待て! じゃあ何か、マーティって奴は結婚はしてないのか?」


 ユニアスがルーデルを止めると、聞かなくてはいけない事を確認する。ドラグーンはクルトアの精鋭であり、憧れの的である。


 平民出の騎士でも、貴族の家に迎えられる事は多いくらいだ。結婚できない理由は、本人にしかないのだ。


「? いや、結婚はしている。ミスティス様と……誰だったかな? 名前は出て来ないけど、確か結婚はしていたような」


 一度、本格的にマーティについて調べたルーデルだが、マーティの一族はすでに過去である祖先の事について詳しくは知らなかった。それこそ、ルーデルの方が詳しかった程だ。


「おかしいだろ! ドラゴンと人間が結婚? 子供なんか出来ないよね! それにマーティって人の奥さん扱い酷くない!?」


 アレイストが頭を抱えていると、ルーデルは優しい目をしてアレイストを諭すように説明した。


「あぁ、だけど両方が納得した結果だからな。こればかりは他人の俺たちがどうこう言う事は出来ない。それに、ドラゴンは結婚と言う概念がないからな。正確には結婚とは違うかもしれないが」


「何を当然の事みたいに語ってんの? 絶対に納得しないからな!」


 アレイストがルーデルに納得できないと抗議するが、ここでユニアスがルーデルの新技に興味が出てくる。


「まぁ待てよ。それよりもルーデル、新しい撫では覚えたんだろ? 何か教えろよ」


「最近は抱き着きとマッサージを覚えたけど、イズミに駄目だと言われたから封印した。今は魔眼で何とかする事にしてる」


 ルーデルの魔眼は、バットステータスを相手に与える黒い鳥の瞳だった。両目をアンデッドドラゴンとの戦いで失ったルーデルは、黒い鳥から魔眼を受け取ったのだ。


「……ルーデル、頭は大丈夫か?」


 リュークが心配そうにルーデルを見ると、ルーデルとアレイストは首をかしげる。ユニアスは、信じられないがルーデルの言う事なので事実である確率も否定できずに考え込んでいた。



『嫌! ルーデルに会いに行くの!!』


 ドラゴンの住処では、サクヤが巨体で地面に横になり、手足をばたつかせてミスティスへと抗議する。しかし、ミスティスは拒否するだけだった。


『いい加減にしなさい、サクヤ! アンタは空もまともに飛べない上に、ドラゴンとしての戦い方も覚えてないでしょう。そのままだと、ルーデルが恥をかくわよ』


『それも嫌ぁぁぁ!!』


 ミスティスの倍の大きさであるサクヤは、身体を起こすと渋々ミスティスに向かって腕を振るう。ミスティスに戦い方を学んでいるのだ。


『だからそれじゃ駄目って言ってるでしょう!!』


 身体を一回転させたミスティスの尻尾が、サクヤの足を払いまたも転ばせる。仰向けに倒れたサクヤは、先程と同じように叫ぶのだった。


『もう嫌ぁぁぁ!! ルーデルに会いに行く!!』


『はぁ、ブレスもまともに撃てないのに、何を言ってるんだか』


『う、撃てるもん! 大きいの撃てるもん!!』


『はいはい、デカイのと小さいのは撃てるのよね。でも、普通のブレスが撃てないのは致命的よ』


『大きいのが撃てればいいもん……』


 白い巨体でいじけるサクヤは、ドラゴンとして転生した子供である。スペックは高いのだが、それを扱いきれていないのだ。


 基本的なドラゴンのブレスでも同じであり、加減をして撃てば火球が途中で弾けて小さな火球が辺りに散らばる。大きいのを撃てば大地が抉れ、舞い上がった土で柱が出来る強力物となり使い所が難しい物になる。


 基本的に、サクヤは扱いの難しいドラゴンである。ガイアドラゴンの亜種の身体を持っており、扱いが難しい上に空を飛べば遅い。地上では力と厚い皮膚で無双出来ても、ドラゴンの価値は空からの攻撃にある。


 大地が抉れる攻撃と言うのは、防衛が主任務であるドラグーンには使い所が難しいのだ。自国の領内を荒らすのはためらわれる。


 故に、ドラゴンのブレスは使用頻度的に普通とドラゴンが言うレベルの物が多いのだ。ミスティスのように、属性がついたブレスは未だにサクヤは撃てない。


 図体の割に、サクヤはドラゴンとしての価値が低いのである。そのために、ミスティスが面倒をみているのだが……


『はぁ、今度連れてこさせるから、少しでも上手にブレスが撃てるようになりなさい』


 ミスティスがリリムのドラゴンを使って、ルーデルを呼び出そうと予定を立てる。すると、サクヤは少しはやる気が出たのかミスティスに突撃してきた。


『甘い!』


 今度はサクヤの首を噛んで、背負い投げの要領で勢いを利用して投げ飛ばす。ドラゴンの住処が、サクヤのせいで徐々に荒れ始めていた。


 巨体を舞い上がらせたサクヤは、辺りを大きく揺らしながら地面へと叩きつけられる。


『うぅぅぅ、もう嫌ぁ』


 泣き言の多いサクヤを前にして、ミスティスは溜息を吐くのだった。



「だから本当だと言ってるんだ!」


「いや、でも魔眼と言われてもな」


「お前たちも基礎課程の野外訓練で受けた事があるだろう! あれを今の俺は使える。だが、これを利用すれば触らずとも相手を気持ちよくできるんだ!」


「なにソレ怖い」


 ルーデルが必死に魔眼の説明をする中で、リュークは納得できなかった。アレイストも、魔眼を相手を気持ち良くするために使うと言うルーデルの考えに、少し引いている。


 しかし、ユニアスは試してみるのも面白いと判断したのだろう、ルーデルに提案する。


「ならルーデル、病室に見舞いに来た女子に試せよ。目の前で実践してくれたら、ここにいる全員が信じるだろ」


「……いいだろう。俺の本気を見せてやる」


 散々否定されたルーデルは、本気を出すと言って目を瞑る。そのまま病室は一時的に静かになるのだが、リュークはユニアスに小声で話しかけた。


「何を考えている。本当だったら被害が出るんだぞ」


「馬鹿、この部屋に来る女子って言ったら、イズミくらいだろ? ならいっその事、イズミとルーデルをくっつけるために利用してやろうと思ってよ」


「成る程な。まぁ、流石に魔眼は冗談だと思いたいが……」


 二人が小声で相談していると、病室のドアがノックされる。時間的に看護婦ではないので、ルーデルは目を開き、残りの三人は女子が来たのかと身構えた。


 確かに女子は来たのだが、相手はイズミではない。フィナを筆頭にソフィーナとミィーがお見舞いに来た。


「皆さま体調は如何ですか?」


 ソフィーナは見舞いの品を持っており、籠に入った果物を部屋に置いていた。ミィーは普段から関わりのあるルーデル以外は、全員が話した事も無い面子である。


 緊張してフィナの後ろに隠れるように立っていた。


 フィナも、無表情だがこの場で暴走する理由も無く、お見舞いの品を置いて行ったら帰るつもりだった。だが、そこにルーデルから声がかかる。


「丁度よかった。フィナ、こっちにこい」


「はい?」


 ルーデルがフィナを呼び捨てにするのは、フィナがルーデルの弟子だからだ。本人たちはそれで納得しているが、周りからしたら別である。


「……お前たち、いつからそんな関係に? こっれて不味いよな」


「あぁ、イズミがこの場に来ない事を祈ろう」


 ユニアスとリュークが顔を見合わせ、イズミがこの場に来て修羅場にならない事を祈る。アレイストだけは気付いていないようで、一人だけ魔眼の効果を確認できるとワクワクとしていた。


「フィナ、俺の目を見ろ」


「はぁ…… (何で目を見るの? 新手の遊びかしら……はぁ、誰かに見つめ合っている光景だけを見られたら、噂として広げて外堀を埋めるのに)」


 内心で腹黒い事を考えながら、フィナはルーデルの瞳を見る。だが、すぐに瞳に吸い込まれそうな感覚を覚えた。立っているのが難しくなり、それでいて胸が苦しく……切なくなる。無表情のまま膝から崩れ落ちると、顔を赤くした。


「はぅ! (ど、どういう事!? まさかこんなに真剣に見つめられるとか思わなかったわ。……ま、まさか師匠が私に欲情してる? ヤバイわ。今日は勝負下着じゃないのに。まぁ、白だから清純さはアピール出来るかしら)」


「だ、大丈夫ですか姫様!」


 ソフィーナとミィーがフィナに駆け寄ると、ルーデルは目を逸らして男三人に目を向ける。


「見たか、これが魔眼の威力だ」


 目の前の光景にユニアスは信じられず、リュークも同様だった。アレイストだけは、ルーデルから目を逸らす。


「……嘘だろ」

「いや、有り得ない」

「……こっち見ないで」


「し、師匠……」


 切なくなったフィナが座りながらルーデルへと手を伸ばす。しかし、ルーデルはハッキリと……


「あぁ、ご苦労だったな。これで俺の魔眼は証明された。帰っていいぞ」


 今度は女性陣二人が理解できないと言った顔をする。フィナだけは、いつも通りだ。


「……え?」

「ルーデル様、流石に酷いです」

「……師匠(な、何よソレ! そんな雑に扱われると…………感じちゃう)」


 ミィーの言葉を受けて、流石に見舞いに来た三人に対する態度では無かったと反省すると、ルーデルはお礼を言う。修行時のフィナへの扱いがなれており、ついつい雑に扱ってしまった。三人に悪いと反省した態度を取る。


 しかし、魔眼の効果は継続中だったのだ。


「そうだな、すまなかった。お見舞いに来てくれた三人には悪い事をしたな。今度何かお礼をしよう」


 謝った後に、ルーデルが微笑むと三人の顔が赤くなる。


 そして、タイミング悪くまたも病室のドアがノックされ、見舞いに来た客が病室へと入ってくるのだった。

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