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決着と家族

 激しくぶつかる両者の剣や盾は、火花を散らしてこれまでの試合にはない緊張感を闘技場に与えていた。


 曲がりなりにも鉄の武具は、木剣とは印象が違う。ぶつかり合うと生じる火花や音に、客席からは悲鳴の声も上がり始める。


 互いに木剣とは違う感触を確かめるような、準備運動が終わりを迎えると両者は一度距離を取る。刃貫された剣だが、何度も互いにぶつけたために欠けてのこぎり状になっている。特に、アレイストの剣が酷い。


 二人が戦ったリング上の一部だけ、斬撃の跡が残っている。


 アレイストは左腕の袖で頬に流れる汗をぬぐうと、剣を握りなおす。未だに冗談を言える余裕をルーデルに見せるが、本人は刃貫されたとはいえ鉄の塊が襲ってくる感覚になれていない。


「随分と盾の扱いが上手いよね。本当に去年から始めた?」


「いや、盾の扱いも一通りは学んだ。今までは使う事が無いと思って止めていたがな……猪の奴が盾を用意してくれてな?」


「猪って……まぁ、色々と聞いてたけどさ」


 アレイストは、ルーデルの鎧が猪の牙で作られており、その後に猪自身がルーデルのために形を変えさせたと聞いている。武骨なだけの鎧が、猪のおかげで白竜騎士に相応しい物となった、と……


「あぁ、因みに俺の両目は鳥の魔眼だ」


「なにソレ欲しい!」


 二人の冗談が終わると、ルーデルは左手を突き出して魔法を放つ。牽制のつもりだろうが、当たればただでは済まない火球がいくつも高速で放たれてくる。


 アレイストが強化した脚力で全てを避けると、壁に衝突した火球が大爆発を起こす。ただ、バリアは未だに維持されていた。


 背中に爆風を受けたアレイストが、少しだけ体勢が崩れるとルーデルはすぐに動き出した。風の魔法で高速移動を行えば、そのままアレイストに襲い掛かる。


 しかし、アレイストも黒騎士である。アレイストから伸びた影から槍の形をした影が出現し、ルーデルの動きを封じる。


 アレイストの左手からも、本人の無限とも言える魔力を惜しげもなく使って魔法が放たれる。ルーデルが節約をしている魔力だが、アレイストは無尽蔵で節約する必要が無い。五年間の学園での生活で、アレイストも成長している。


 ルーデルやリュークに劣るものの、魔法の扱いにも長けているのだ。


 ルーデルに襲い掛かる大量の中級魔法は、左腕の盾に発動した光の盾が全て防ぐ。ただ、この魔法での中距離戦ではルーデルが不利である。魔力の少ないルーデルに取れる手段は、短期決戦が最も望ましい。


 持久戦ではアレイストに分がある。


「やれやれ、昔ならここで上級魔法で隙を作ってくれるんだがな!」


 ルーデルが高速移動に入ると、アレイストは影を利用して自分の周りに槍を出現させる。ルーデルが向かって来ると、その個所の槍が破壊されるからだ。


 案の定、アレイストから見て左側の槍がルーデルによって破壊され、砕けた槍は溶けて最後に消えて行った。しかし、構えた途端に槍の破壊が止まり、アレイストはルーデルを見失う。



 貴賓室では、カトレアとリリムがルーデルの動きにかろうじて目が追い付いていた。ソフィーナは見なれない戦闘方法に困惑している。


 ドラグーンが必須とされた技能だが、今では空中でドラゴンから落ちた時に使う緊急用の魔法である。


 リリムなど、エルフの羽を持つために技術すら学んでいない。単独でも空を飛ぶ魔法とでも言えばいいのか、風を暴発させて向きを変えるなり、落下の衝撃を和らげる魔法だと学んでいる。それらを考えると、確かにエルフには不要な技術だ。


 しかし、目の前でその技術の極意を会得しているルーデルを見ると、とても緊急用の魔法とは言えなかった。


 驚いている三人を見て、フィナは興味が出たのかルーデルの魔法について三人に問う。


「あれはどんな魔法なのかしら?」


 ソフィーナは私は知りませんと首を振り、隣に立つ二人のドラグーンへと視線を向けた。ソフィーナの隣に立つカトレアは、簡単に説明をする。


「……ドラグーンの必須と言われている魔法に似ています。緊急用の魔法ですが、あんな使い方は聞いた事がありません」


 リリムも頷くと、フィナはマーティのドラゴンを思い出した。ルーデルが撫で以外の技術も学んでいた事は覚えていたが、撫でに関係ない事を克明に覚えるフィナでもない。


「あの時に練習した魔法かしらね? (それにしても師匠は人間じゃねーな)」


「あの時?」


 フィナの言葉にリリムが食い付いた。ルーデルとのドラゴンの住処での出来事は、ドラグーン二人には知らされていない。


「そう言えば、湖の上で何かしていましたね」


 ソフィーナもルーデルが修行していた光景を思い出し、まさかあの修行の成果が目の前の魔法だとは思っていないかった。


「えぇ、今にして思えば、楽しかったですねソフィーナ……(お、ドラグーン二人の視線が鋭くなってる! このままソフィーナにあの時の事を……まぁ、今は不味いよね)」


 流石のフィナも自重したが、ソフィーナが顔を赤くして俯いてしまう。その反応で、何があったを予想できる大人がいれば、勘違いもするだろう。


「……ちょっと、そこの職務怠慢の上級騎士、何があったのよ」


 カトレアの冷たい言葉に、リリムも参加する。


「是非とも知りたいですね。その場に王女様もおられたなら、それは一大事では無くて?」


「な、何を言っている! やましい事など何もない! ただ、ローションとマッサージを……」


 聞きなれない言葉だが、リリムにすればルーデルの撫で関係だとすぐに分かる。視線をリング上のルーデルに向けると、更に得体のしれない技術を手に入れたルーデルが恐ろしく感じた。


 ただ、カトレアだけは別である。興奮する先輩であるリリムの横で、また分からない話が出てきたと溜息を吐いている。


「まさか、ローション以上の何かがあると言うの!」


「いや、先輩……それよりもマッサージって肩もみかなんか? いくらなんでも気にし過ぎでしょ」


 ルーデルの撫でを軽んじるカトレアに、面白そうだから見ていたフィナが内心でこいつはまだ分かってないなと、見下していた。


 職務怠慢などと言われたソフィーナは、カトレアを見て未だにルーデルの恐ろしさを理解していない事を確認すると、意味ありげな笑顔を向けて忠告する。


「カトレア、貴方もいずれ経験するといいわ……二度と戻れないから」


「そうよカトレア、貴方が夢見る世界とは違う世界が見えるわよ」


 リリムまでソフィーナに加わり、同じように意味ありげな笑顔を向けてくる。フィナもカトレアを見ており、三人の視線を受けたカトレアはまたも悩んだ。


(い、いったい何なのよぉ!!)



 アレイストが見失ったルーデルに気付いた時には、自分の真上に光の盾が出現していた。


 盾でアレイストを真上から押し潰そうと言うのが、ルーデルの考えた作戦である。急降下する盾に、アレイストは影で作り出した槍をしまうと、影の中から大量の腕が出てくる。


 ルーデルの巨大な光の盾を押さえるように伸ばされた黒い腕たちは、盾に触れるとまるで熱に溶けるバターのように消されていく。


「流石にこれは!」


 その場から避けたかったアレイストだが、左手を真上に伸ばして魔力操作をしているのだ。動けばコントロールが困難になり、あっさり押し潰されてしまう。


 次々に影から腕を出して抵抗すると、急降下していた盾のスピードが落ちてくる。逆に押し返す勢いを得たアレイストだが、ルーデル相手に黒騎士の力を使い過ぎてしまった。


 身体中から黒い魔力が溢れ出し、再び意識が乗っ取られそうになる。


 同時に、盾の向こう側にいたルーデルも同じだった。光を放つ魔力が溢れ出すと、去年と同じように黒騎士に……アレイストに勝てると何者かに意識を乗っ取られる感覚を思い出した。


「またか……」


 盾を消して、ルーデルはリングの端へと移動する。すると、同じようにアレイストも大量の魔力を放出しながら苦しんでいた。


 未だに解明されていない二人の力は、大きいが故にコントロールが難しい。


 ルーデルは瞳を閉じると、自分の中にある力の源に意識を向ける。まるで自分の力を搾り取るような存在は、目の前の黒騎士を倒せとルーデルに訴えてくる。


 一瞬だけ、サクヤの言葉が頭をよぎる。自分に最強であれと告げた女神の顔だ……ここで情けない姿を、二度と晒す事は出来ないとルーデルは心に決める。


 瞳を空けたルーデルは心の底から叫んだ。無理やり意志の力でねじ伏せると、ルーデルは白騎士の力を従える。


「俺の力なら、黙って俺に従え!!」


 ルーデルの身体から溢れていた魔力の放出が止まり、今度は身体を覆う様に光の線が皮膚から数センチ離れて浮かび上がる。


 光の模様の鎧が誕生し、ルーデルの身体を覆ったのだ。目の前で苦しむアレイストは、膝をついて頭を抱えていた。


 そんなアレイストに、ルーデルは声をかける。



 暗い闇に囚われたアレイストは、ルーデルと違い意志の力で黒騎士の力を従える事が出来なかった。


 徐々に蝕まれたアレイストの心は、遠い昔の記憶を呼び起こす。


『何見てんだよ屑』

『早く死んでくれたらいいのにな』

『はぁ? 告白とか馬鹿にしてんの。笑われるから止めてよ』


「はぁはぁ、もう、止めてくれよ」


 アレイストが、アレイストとして産まれる前の記憶が、鮮明に思い出されていた。忘れていた心の傷が、昔の痛みを思い出させる。


 もう、自分なんか必要ないと思っていた時の記憶が、アレイストを蝕む。


「あぁ、そうだ。僕がこの世界に転生したりしたから、物語もおかしくなったんだ。僕さえ居なければ……」


 涙を流し、自分を否定するアレイストの背に黒い影が迫る。アレイストを飲み込もうと影は大きな口を開くが、そこにルーデルの声が聞こえた。


『何をしている、アレイスト! 俺との試合を放棄するつもりか!』


 アレイストの背中の黒い影が、アレイストの心に光を照らした白騎士の力の前に掻き消える。だが、アレイストは未だに立ち直れていない。


「で、でも……」


『もういい! 起きないなら叩き起こすまでだ』


「え?」


 次の瞬間、アレイストは吹き飛ぶと現実へと強制的に引き戻された。未だに身体から黒い魔力が放出されているが、意識だけは現実に引き戻された。ただ、無理やり起こされた事で、未だに夢を見ている感じだろう。


 過去に受けた罵声が、未だにアレイストに聞こえてくる。


『あいつと同じクラスとか嫌だよねぇ』

『友達いないとか、人として終わってるよな』

『キモオタの癖に……』


 苦しむように胸を押さえるアレイストは、目の前に立つルーデルが眩しく見える。光を放っており、物理的な眩しさと、揺るがないルーデルの生き方がアレイストには眩しかった。


 リングの上で仰向けに寝そべるアレイストは、自分では勝てないと諦め始める。黒騎士の力にのまれ、心の弱さが仇となった。


 だが、周りからはアレイストに声援が送られる。


「立てよアレイスト! このまま負けて良いのかよぉ!」

「ミリアだって見てるんだぞ!」

「ルーデルにお前の強さを見せてやれ!」


 友人たちの声だ。学園に来て、初めて友達と言える存在を得られたアレイストは、上半身を起こす。


「アレイスト様は、まだ立てますよね!」

「騎士ならば立ちなさい! それでも黒騎士ですか!」

「アレイスト、ルーデルに負けない!」

「が、頑張ってください先輩!」

「アレイストさんなら、きっと勝てます!」


 次はアレイストのハーレムメンバーが声を上げる。苦笑いになりながらも、アレイストは膝に手を乗せて立ち上がる体勢に入った。


 不意に過去に憧れていた女子の顔が思い出される。アレイストと同じように、周りに馴染めない女子だった。数回話した記憶はあるが、自分を馬鹿にしなかった事は覚えている。


(そうか、ミリアはあの子に似てたんだ……)


 霞がかった記憶が鮮明に思い出された事で、アレイストはどうして自分がミリアに恋をしたのかを知る事が出来た。


(情けないなぁ……二十年以上も前の事を引きずって)


 再びアレイストの心の傷を抉るような罵声が聞こえるが、アレイストはそれら全てを無視する。そして、現実に聞こえる声に耳を向けた。


 黒い魔力が放出を止めると、ルーデルと同じように黒くて淡く光る紋様がアレイストの身体を覆った。立ち上がると、その姿はルーデルとは色違いの姿である。


 ルーデルが光なら、アレイストは影……そのように見える光景だった。


「ようやく起きたか、アレイスト」


「ごめん、時間がかかって……でも、殴るのはやり過ぎだろ」


「試合中だ。止めを刺さなかったのは、俺のこだわりだと思え」


「あぁ、そうですか。じゃあ、ここからはお互いに全力で行くんだね」


「馬鹿言うな! 最初から全力だ!!」


 再び二人は向かい合い、互いの得物を構える。



 試合中に増していく二人の破壊力に、リュークは対応に追われていた。


 バリアの運用は、未だに試験的である。急激に破壊力を増したルーデルとアレイストの戦闘に、リュークが必死で耐えているといった感じだろう。


 でなければ、闘技場はすでに破壊されている。


「若旦那、ヤバイって! 少しは休まないと!」


「若旦那と呼ぶなバーガス! それよりも配置を変更する。急いで指示した場所に人員を回せ!」


 バリアを破壊せんとする二人に対抗して、リュークも全力でバリアの維持に尽力していた。試合はしていないが、全試合でバリアを維持しているリュークにも相当な負担がかかっている。


 ハルバデス家の実力を見せている面も確かにあるが、それ以上にリュークは友人たちのために戦える場所を用意したかったのだ。


 照れて絶対に認めないだろうが、ルーデルやユニアス、そしてアレイストの実力を考えると誰かが被害を押さえる必要があった。そして、彼らが全力で戦える場を用意したかったのだ。


 友人が望んだ事を叶えたリュークは、多くの者が評価しない役回りに回ったのである。そんなリュークを傍で見ていたレナは、リュークに提案をする。


「リュークさん、リュークさん」


「な、何だ?」


 忙しくてレナの相手を出来ないリュークが、今までよりも冷たい対応を取る中でレナはバリアの天井を指さす。



 互いに白騎士と黒騎士の力を支配し、行使する二人の戦闘は激しさを増していた。


 影から数百の黒い蛇を呼び出したアレイストに対し、ルーデルは光の盾を出して押さえる。互いに接近すれば手に持った剣や拳を叩き込み、アレイストもルーデルに蹴りを放っていた。


 長距離戦闘が行えないリング上では、すでに試合が見えなくなりつつある。アレイストの黒い影に、ルーデルの眩い光が邪魔をして観客は何が起こっているのか見えていない。


 ルーデルは、接近してきたアレイストに盾で殴りつける。右手の剣は蛇が絡んで振れなかった。アレイストも何度か盾で殴られており、剣の柄で受け止めて衝撃を和らげるとルーデルに蹴りをお見舞いした。


 鋭い蹴りがルーデルの腹に入ると、若干苦しそうな表情を浮かべる。だが、ルーデルは右手の剣を手放すと、そのままアレイストへ拳を叩きこんだ。


 吹き飛んだアレイストに追撃をかけるべく、ルーデルは高速でアレイストへ襲い掛かった。しかし、大量の蛇がルーデルの身体に撒き着くと、移動の邪魔をする。


 魔力を身体から放出して蛇を払うが、その時にはアレイストが体勢を立て直していた。アレイストの剣には黒い雷が宿り、魔法剣を形作る。


「この雷の魔法剣が、一番厄介なんだよね」


 剣を構えるアレイストは、鉄で出来た剣なら木剣以上に耐えると確信している。だから出力は最初から最大だ。


 対するルーデルは盾に光を宿し、自分の周りにも光の盾をいくつも作り出す。雷の特性を付与された魔法剣は、振るだけでいくつもの盾を破壊した。


 その上、魔力で身体を防御しているルーデルが、痺れを感じている。


「お前の十八番だったな。まさかここまで磨いているとは思わなかった」


 アレイストが魔法剣に意識を集中したためか、影から出た蛇や槍は影に戻っている。ルーデルは落ちていた自分の剣を、アレイストの攻撃を避けながら拾い上げる。


 右手に持ったルーデルの剣に、光が宿ると魔法剣が出現した。ただ、今回は白い炎がまとわりついている、どこか青くも見える炎をまとった剣がアレイストの魔法剣と交差すると、ルーデルは痺れ、アレイストは熱に驚いて距離を取った。


「熱っ!」


 距離を取ったアレイストが、距離を取ると影から槍を突きだしてくる。中には、ルーデルを捕えるために腕も数本混ざっていた。


 その全てを、ルーデルは剣を振り燃やし尽くした。


「はは、ルーデルは人外かよ」


「失礼な奴だな。期待に沿えず申し訳ないが、俺は人間だ」


 互いに身体に限界が来たようで、紋様が消えかかる。息の荒い二人は、今にも倒れそうだが笑っていた。


 ルーデルが魔法剣を収束させ、右手には眩い光を放つ剣が出現し、左手には同じように盾が出現する。ただの鉄の塊が、今では聖なる光を放つ。


 アレイストも同じように魔法剣を収束する。このままルーデルのガス欠を待ってもいいのだが、それではアレイスト自身が納得できない。真正面からぶつかって、勝利を得なければならない相手だからだ。


「ルーデル、僕はずっと誰かに認めて貰いたかった。だけど、君にだけは絶対に認めさせる!!」


 踏み込んだアレイストの言葉に、ルーデルは言葉を返さない。ただ、剣を振りかぶる。アレイストの剣を盾で受け止めるルーデルだが、ルーデルの剣はアレイストの影に絡め取られた。


 まるでゴムのようなアレイストの影に絡んだ魔法剣は、その熱を一気に盗られる。アレイストが自分の影に水の特性を付与したのだ。土壇場での行動が、まさに成功した瞬間である。


 だが、同時にアレイストの剣はルーデルの盾に負けて砕けた。アレイストの魔力に、鉄で出来た剣が限界を迎えたのだ。


 互いの剣を封じ、誰もがアレイストの不利を感じる。盾を持ったルーデルの方が、有利に見えたのだ。


 剣を捨てたルーデルが、拳をアレイストに叩き込む。ルーデルの拳に反応したアレイストは、身体をかがめて拳を避けた。


 かがんだ状態で、アレイストとはルーデルのあごに向けて蹴りを放つ。ルーデルは左腕で防ぐが、衝撃で腕に巻きつけていた盾を固定するベルトが千切れ、吹き飛んでいった。


 後手に回ったルーデルに足払いをかけるアレイストは、立ち上がるとかかと落としをルーデルへとお見舞いする。転がるように避けたルーデルは、左腕の鈍い痛みに違和感を覚えた。


「虎族の技だな。痛みに覚えがある」


「あぁ、魔力は肉体強化のみの技だよ。本当に苦労して覚えたんだ」


 以前、アレイストはルーデルのせいで虎族に拉致され鍛え上げられた。数年前は地獄だと思ったが、こうしてルーデルと戦える今は感謝している。


 才能だけでは埋まらない壁を、アレイストは虎族を相手に埋めていた。実戦形式の訓練と、顔の怖い不良な虎族との長期間の訓練成果である。


 以前は怯えて力を出し切れなかったアレイストだが、今は十分に力を出せる。成長した自分の力を、初めて実感していた。


 ルーデルも拳を構えると、口元が笑っている。アレイストがドン引きすると、ルーデルは嬉しいのか左腕が痛むのも無視して拳を繰り出した。


「そうだ! 全力のお前と戦いたかった! あの時とは全然違う、本気のお前と!!」


 ルーデルのラッシュに、アレイストも応える。


「こ、このバトルジャンキーがぁ!!」


 ただ、笑顔のルーデルが怖いのか、少々涙目だ。


 時折混ざるルーデルの高速移動と、滞空時間にアレイストは翻弄され始める。正々堂々という戦いなら、アレイストは有利だったかも知れない。ただ、試合は剣術だろうが魔法だろうが、何でもありの実戦を想定した物だ。


 ルーデルの強みが活かされるルールである。どの分野でも、主席にはなれないが次席を確保している。あらゆる戦場で活躍できる万能型だ。


 対してアレイストも万能型であるが、根本が違う。ルーデルが捨て身であるのに対し、アレイストは受け身である。どちらが良いと言うのではなく、どちらが勝利に貪欲かである。


 ルーデルにとって、強い者と戦う事は強くなるためだ。アレイストに取って、勝つとは相手よりも強い状態である事だ。強い物と戦い勝利する事に、どちらが貪欲かなど分かり切っている。


 チートに頼ったアレイストとは、根本が違うのだ。改心したとはいえ、数年ではルーデルとは積み重ねてきた物が違う。


 ルーデルがアレイストの領域に踏み込んだ時に、勝敗は決していたのかも知れない。白騎士と黒騎士という、同じ領域に……


 ルーデルの右腕が、アレイストの腹に一撃を加えると衝撃波がアレイストを襲う。黒い紋様の光が砕け散り、アレイストは大きく吹き飛んだ。


 同じように、ルーデルの白い紋様も魔力を使い切り消えてしまう。


 立ったままのルーデルは、立ち上がろうとするアレイストを見ていた。追撃しようにも、身体が動かない。その状態でありながら、アレイストに立ち上がって欲しいとルーデルは渇望した。最早戦う力が無い二人は、意地で意識を保っている。


「はぁはぁ、本当に嫌になる。もっと鍛えておけば良かったよ……もっと、もっと……何で気付くのが遅いかなぁ」


 もっと早くに気付いていれば、アレイストは今以上の力を得ていただろう。ゲームの世界だと侮り、無駄にしてきた時間がアレイストは悔しかった。自分にも腹が立った。だが、強さを得たからと言って成長したかは別問題である。悔しさを噛みしめて立ち上がるアレイストには、勝敗など分かり切っている。


 自分を見ているルーデルの目が、立ち上がれと訴えてきているのだ。ここまで来て、立ち上がる事が勝敗に意味などない。ただ、アレイストは立ち上がりたかった。


(最後くらい格好を付けさせてくれよ。本当に馬鹿だったけど、せめてルーデルの前では見栄を張らせてくれよ。こいつにだけは、ルーデルだけには認めて欲しいんだよ!)


 動かない身体に鞭を打ち、立ち上がろうとするアレイストに懐かしい声が聞こえ、背中や手足を支える温もりが感じられた。四人に支えられるようにして、力の入らない身体が支えられていく。


『ほら、友達が待っているよ。待たせちゃ駄目でしょ』

『いいぞ、流石俺の子だ。自慢の子だよ……』


 懐かしい声は、今は聞く事が出来ない前世の両親の物だった。アレイストの頬を涙が伝い、立ち上がったアレイストに拍手が巻き起こる。


 審判に聞こえるように、涙が止まらないアレイストは震える声で負けを認めたのだ。


「ぼ、僕の負けだ。……ルーデルの勝利だ!」


 審判がアレイストの声を聞き、リングに上がるとルーデルの勝利を高らかに宣言した。すでに夕日で空はオレンジ色に染まり、観客たちからは盛大な拍手が二人へと浴びせられている。


 二人は、そのまま勝敗が決まると同時に倒れ込んだ。



 意識を手放したアレイストは、最後に聞いた声を懐かしく思っていた。


 すると、暗闇に懐かしい両親の姿が浮かび上がる。両親の顔は、笑っているがどこか切なそうな顔をしていた。


「あぁ、これって夢かな? まいったな、ここに来ていきなりホームシックとか……」


 不意に暗闇からまた人が現れる。兄弟、そして大好きだったミリアに似た同級生だ。両親が口を開く。先ずは父親だった。


『新しい両親を大事にな。それから、気付いてあげられなくてごめんな。本当に駄目な親でごめんな……』


 涙を流すアレイストは、父に声をかけようとする。だが、母が手で制し、姿の変わった息子を前に涙を流す。


『無理して耐えなくて良かったのに……本当に最後までよく耐えたね。でも、もう大丈夫よね。一杯友達もできたし、一杯彼女も……ちゃんと幸せにするのよ』


 泣きながら頷くと、今度は弟が照れくさそうに頭をかいていた。


『……親父とお袋の事は俺が何とかするよ。だから兄貴は、今度はちゃんとしろよ。もう、迷惑かけんなよ』


 憎たらしかった弟にアレイストは声が出なかった。頷いて涙をぬぐう。そして最後に……


『ちゃんと伝えておけば良かったね。ごめんね。話しかけて貰った時、本当に嬉しかった。人と話すの苦手だし、変な感じになったけど……ありがとう』


 暗闇に家族が消えていくと、アレイストは手を伸ばして追いかけそうになる。それを止めて、伸ばした手を全員に振って笑顔を見せた。


(今更家族を思い出して、僕は何してんだ。こんなに心配してくれてた家族や彼女に情けない姿を見せるのか? 最後まで意地を見せろアレイスト!)


 自分に言い聞かせ、アレイストは家族と彼女を安心させようとした。例え夢でも、夢だからこそ意地を張ったのかも知れない。


 泣きながら笑顔を作ったので、きっと変な顔だとは分かっていた。だが、強がりたかったのである。


「僕こそごめん! 本当にありがとう……今までありがとうございました!!」


 アレイストは、例えこれが夢でも家族や彼女に会えた事がとても嬉しかった。自分があの世界でも、一人でなかったと証明された気がしたからだ。


 アレイストが意識を取り戻し、夢を見ていたと思った。だが、試合で感じた声や温もりは、確かに記憶にある。不思議な体験をしたと思ったアレイストだが、自分自身が転生と言う有り得ない経験をしている事を思い出す。


 不意にこの世界に馴染んで来たと思い、それがおかしかった。


 ただ、担ぎ込まれたらしい保健室の病室には、例年通り三公がベッドの上で寝ていた。ルーデルは窓際のベッドであり、その横にアレイスト、リューク、ユニアスと並んでいる。


 リュークもルーデルとアレイストの戦闘で、バリアの維持に魔力を使い切ったらしい。かなり苦しそうな表情で横になっている。


 リューク以外は全員が包帯を巻かれ、月の光が差し込む病室で寝息を立てていた。


「あぁ、最後はいつも通りなんだな……まぁ、良いけどね」


 再びベッドに横になるアレイストは、目を瞑りまた眠る。明日から騒がしい日が始まる事を、彼はまだ知らない。

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