表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/167

バトルジャンキーと主人公

 激しくぶつかり合う光を纏った木剣は、木で出来た物がぶつかり合う音を立てていない。


 リングの床は抉れ、斬られ、二人がぶつかり合う度に酷くなる。長さ一メートルの盾を二枚用意したルーデルは、自分の周りに配置した。


 これにより、しなるような動きで襲い掛かるユニアスの魔法剣の被害を減らしたのだ。だが、攻勢に出たいルーデルは、ユニアスの猛攻に守勢に回されている。


 魔法剣を、時には伸ばし、そして縮めるユニアスを前に、間合いを測りかねている。盾で自分を守りつつ、魔法による攻撃も考えたが、先にガス欠になるとルーデルは予想していた。


 光の盾……強力な盾であると同時に、魔力や集中力の消費が早いのだ。未だになれていない盾の扱いに、ルーデルが押されている事が理解できる。


 風の魔法による高速移動術だが、先読みするユニアスの前では移動先に魔法剣が襲い掛かる。ルーデルはもう一歩の所でユニアスへ届かない。


 不利と思っているルーデルだが、それはユニアスも同じだった。


 魔法剣による攻撃が、盾によって防がれている。ルーデルの高速移動は、瞬時に先読みしなければ一瞬で勝負がついてしまう。


 隙を見せれば飛んでくるルーデルに、ユニアスは必死に攻勢を仕掛けていた。


 手数が多いルーデルに比べ、ユニアスは攻めあぐねていた。互いに魔法剣を出してから、時間が立っている。ユニアスの剣術が披露できるのは、木剣が魔力に耐えている間だけだ。


「くそっ! 折角、剣術で勝負を決めたかったのによ!」


 握っている木剣は、特注で作らせている。だが、ユニアスの強力な魔法剣を耐えるには、強度が全く足りていないのだ。ルーデルとの一戦のために作らせた特注品であり、それだけユニアスがこの一戦にこだわっている事が分かる。


 木剣を振った時に感じる違和感が大きくなり、そろそろ限界が近付いてきた。


 ルーデルも、ユニアスの魔法剣が限界に来ている事は分かる。だが、ルーデルが持っているのはただの木剣である。こちらも限界が近い。


 だが、ルーデルは盾を消し、魔法剣に全力で魔力を流し込み、ユニアスに突撃をかける。高速での突撃に、ユニアスも反応するが防御を捨てて飛び込んだルーデルに防ぐ事しか出来なかった。


 次の瞬間、ルーデルの木剣はユニアスの木剣を破壊する。瞬時に爆発的な魔力だけを流し込んで、ルーデルはユニアスの武器破壊を試みたのだ。


「狙いやがったなルーデル!」


 破壊された木剣の柄を放り投げたユニアスだが、ルーデルの腕には木剣が握られている。魔法剣の出力を、常に変化させていたルーデルの木剣は未だに健在だった。


 しかし、高速で移動をしない所を見て、ユニアスはルーデルも限界に来ている事を知る。ルーデルが止めにと振り下ろした魔法剣を、左腕に魔力を纏わせて全力で防いだ。


 下手をすれば、左腕を切り落としてもおかしくない斬撃に耐えた。


 ユニアスの左腕から、骨の折れる音が聞こえる。だが、ルーデルの木剣も破壊された。ルーデルが驚言った一瞬の間に、ユニアスは全力で回し蹴りを叩きこんだ。


 飛んで衝撃を和らげたルーデルだが、勢いを殺し切れずに吹き飛んでリングの上を転がると、受け身を取って瞬時に体勢を整えた。



 互いにボロボロになりながら、笑い合って向き合う二人の青年を見ていた観客たちは歓声を上げる。まさに想像を超える戦いがそこで行われているのだ。


 同時に、バリアを維持しているリュークは忙しそうに盾騎士たちの配置に指示を出している。今はまだいいが、一度弾かれたユニアスの魔法剣にバリアが破壊される危機に直面した。


 額に汗を流しながら、リュークは二人の行動を注視している。


 レナも真剣に二人の試合を見ていた。


 イズミは、控室から出てきたミリアを見かけると、関係者席で空いている最前列にバーガスの許可を貰って手招きをする。


 彼女が観客席に現れた時、周りから祝福するような声が上がったのは、アレイストの責任だろう。


 バジルを挟むような形で、イズミとミリアは試合を見ていた。


「それにしても、ルーデル様は強くなったわね」


 バジルが懐かしむような口調で話すと、イズミも頷いた。一番近くでルーデルを見ていたのは、学園ではイズミが一番だろう。


 一年生の時に悔しそうな顔をしたルーデルが、二年生の時に諦めなかったルーデル。そして、今は夢であるドラゴンすら手に入れたルーデルが、三人の前にいた。


「……ずっと頑張ってきましたから」


 イズミが五年間の事を思い、口から出た言葉には重みがあった。常に全力で生きているルーデルは、傍から見ていると本当に危なく見える。


 実際、ドラゴンを手に入れようとした時には、命を落としかけているのだ。


 そんなルーデルを知るイズミの横顔を、ミリアは睨んだ後に視線をルーデルに向ける。分かっていたのだ。自分がルーデルに意識されていないと……


 今でも最初の出会いが、もう少しまともであればと思う事もある。もう少し自分に勇気があれば……悲しいが、ミリアはようやくルーデルの事を断ち切れた。次に進もうと、心に決めたのだ。



 ルーデルとユニアスの試合は、格闘戦へと移行している。


 魔法を使って遠距離から攻めたいルーデルだが、魔力に限界が近い。両者、次の試合の事など考えていないかのように、全力で殴り合っていた。


 技術があるだけに、本当に性質が悪い二人だ。


 戦い方は、基本的にルーデルは汚い。目潰しは身体に刷り込まれたかのように繰り出す。それを避けて正当な格闘術で迎え撃つユニアスは、左腕の骨折を無視して戦っている。


「おいルーデル! 前に見せたあの技は出さないのか! もっと本気を出しやがれ!!」


 体格に恵まれたユニアスは、それだけでルーデルに勝っていると言えた。そんなユニアスと、渡り合えるルーデルも化け物だろう。互いに魔力で強化した身体が、軋むような攻撃を放ち、耐えている。


「そんなに望むなら!」


 後方へと飛んだルーデルが、高速移動を開始する。一瞬の内にユニアスの懐に飛び込むと、両腕をユニアスの胸に当てて全力で魔力を放つ。


 気功……その話を聞いたイズミから聞いたルーデルが、独自に魔力で再現した技である。数年前にフリッツに繰り出した時よりも、完成度は上がっていた。


 衝撃はユニアスの胸を突き抜けて、後方の壁へと伝わる。激しい衝撃に、バリアは一時的に歪められた。想定していない攻撃に弱いと言う実例を示したのだ。


 だが、ユニアスは笑ったままルーデルを殴り飛ばした。またもリング上を転がるルーデルが、すぐに立ち上がると不思議そうな顔をする。


「その程度か? さっきの方が焦ったな……」


 先程の攻撃を受けた上着は、すでにボロボロだがユニアスの上半身には傷一つ付いていない。全力で振り下ろした魔法剣の方が、ユニアスは脅威だったらしい。


 ルーデル対策として、ユニアスは脅威と思われたフリッツへの攻撃……衝撃破の対策に耐えると言う選択をしたのだ。単純に力技だが、衝撃を受けた瞬間に全力で防御する。それだけの事だが、爆発的な力を生み出す事で防御するので、タイミングが重要となる。


 ためを必要としたルーデルの衝撃波は、ユニアスにとって脅威ではなくなった。


 ボロボロになった上着を剥ぎ取ると、投げ捨てて構えを取る。決して手加減した攻撃ではない。威力も上がっている事から、ユニアスが大怪我をするとルーデルは思っていた。


 だが、目の前の友人には、この程度はどうと言う事はないらしい。……ルーデルも構えると、嬉しいのか笑顔になる。


 互いに獰猛な笑顔を向け会うと、二人は同時に踏み込んで再び激しくぶつかり合う。



「まぁ凄い(師匠パネェ~な。と言うか……ユニアスをどうやって倒すの? あの筋肉馬鹿をどうやって攻略するのかな? まさか、番狂わせでユニアスが勝利してアレイストと戦うとか? 流石にここまでボロボロだと勝負にならないような)」


 フィナが貴賓室から見た光景は、手に汗握る白熱した試合だった。ただ、フィナ自身は興味が無いのか、誰が優勝するのかを思案する。


 結局の所、実力が近い者同士で潰し合っているルーデルとユニアスに比べ、アレイストの次の相手はフリッツだ。


 決勝戦では、有利なアレイストが勝利すると予想していた。周りも同じような事を考えているのか、ソフィーナは難しそうな顔をしていた。


「ソフィーナ、誰が優勝しますかね?」


「……アレイスト様ですかね」


 ソフィーナが呟くと、隣にいたカトレアとリリムも頷いた。ユニアスが勝った場合、左手はすでに折れている。ルーデルが勝ってもガス欠した状態だ。リングの破壊状況から、修復に時間がかかるだろう。修復時間でどれだけ体力と魔力が回復するかが問題だ。


 逆にアレイストは、初戦でも余裕があり、次の試合はフリッツとの試合である。実力から言って、アレイストの負けを予想するのは難しい。


 本人は、闘技場で沢山の観客がいる前で告白して、控室で後悔していた。顔を真っ赤にしながら、恥ずかしさのあまり転げまわっている。


 カトレアがあごに手を当てて思案しながら何かを話そうとすると、フィナたちへ声がかかる。姉であるアイリーンが、フィナたちの会話に興味を持ったのだ。


「あら、貴方たちはもう次の試合の勝者を決めるのかしら? まだ、この試合も終わっていませんよ」


 笑顔のアイリーンだが、表情以上に威圧する雰囲気が出ている。フリッツが負けると決めつけたフィナたちが、許せないのだろう。


 三人の騎士の姿を見ると、アイリーンは記憶したのか一瞬だけ視線がきつくなる。


 ついでにフィナも心の中で、上手く言った事を喜ぶ。


(しゃっ! これでソフィーナとドラグーン二名が、姉上の派閥へ行く確率が減った!! どんどん削ってやるよぉ!!)


 モフモフ成分が欲しくてドラグーンを引き留めたフィナだが、想像以上の収穫に今日の試合観戦は成功だと思い込む。



 互いに決定打に欠ける試合は、ついに力押しの様子を見せる。


 ルーデルが手数で攻めるなら、ユニアスが一撃に賭けて拳を振り回すのだ。リング上は破壊されつくして、足場も悪い。


 このまま互いに殴り合うのも良かったが、そろそろ勝負を決めなければならない。互いに飛び退いて距離を取ると、息を整える。


「ユニアス、次で決める」


「おぉ、奇遇だな……俺も次で決めさせて貰う。名残惜しいが、次の試合もある事だしな」


 互いに勝利を信じて疑わない。負ける事など考えていない。だが、勝者は一人だけである。難しいとは言え、防御面でユニアスが有利である。ルーデルの一撃に耐える事が出来るのだ。


 ルーデルは先に踏み込むと、ユニアスは防御よりも攻撃を優先した。真っ直ぐに突っ込んできたルーデルに、全力の一撃をお見舞いする気だった。


 拳には魔法が宿り、破壊力は非常に高い。振り下ろした先に確かにルーデルがいたのだが、紙一重で避けていた。瞬時に防御をしようと身構えるユニアスに、ルーデルは笑う。


「駄目だよ、ユニアス。そこは攻めるべきだ」


 振り下ろされた腕を掴み、ルーデルはユニアスに背負い投げを行った。宙に舞うユニアスは、床に叩きつけられる時に受け身を取る。だが、受け身を取った瞬間に自分の失敗に気が付いた。


「ルーデル!」


 風の魔法で宙に舞い、ルーデルは上空から一気にユニアスへと急降下していたのだ。ユニアスが気付いた時には、すでにルーデルの蹴りが自分を突き刺すように向かっていた。避ける事が出来ないユニアスは、ただ耐える事しか出来ない。


 突き刺すような蹴りを放つルーデルは、足へ全体重と魔法……そして加速した勢いも乗せてユニアスの防御を突き破る事にしたのだ。


 逃げ場のないユニアスに、ルーデルの全力の蹴りが襲い掛かると、リングは全体にひびが入った。


 想像を超える一撃に、ユニアスは耐えきった。だが、耐えきった代償が魔力切れである。身体に激しい痛みが襲い、立つ事もままならない。


 不意に、リュークが魔力切れを起こしても立ち上がる姿が思い出される。


(あの野郎、こんな痛みに耐えてたのか……少しは見直さないとな……それより、早く立ち上がって構えないと、このままじゃあ負けちまう)


 意識が飛びそうになるのを何とか耐えていたユニアスだが、審判の声がルーデルの勝利を宣言すると、笑顔のまま気を失った。全力を出して負けた結果に、満足した顔をしていた。


 闘技場は、盛大な歓声で揺れそうな勢いだ。



 急いで保健室へと運ばれるユニアスだが、ルーデルは控室で応急処置を受けていた。


 試合が残っているルーデルは、次の試合に備えなければならない。王の前で、試合を棄権する訳にも行かないのだ。


 ただ、リングの修復に時間がかかる事もあり、ルーデルには貴重な時間が稼げている。観客席でリングの修復を見ていたイズミたちは、ルーデルの事を心配する。


 ミリアが、流石に決勝戦の不利を感じて不安を口にした。


「このままだと本当に不味いわね。ルーデルは魔力切れに近い状態で、アレイストは下手をしたら無傷で勝ち上がるわよ」


 バジルは大きくなった自分のお腹をさすりながら、内心でこう思う。


(いや、貴方がもう少し頑張ってくれたら良かったんだけどね。無傷で勝ち上がらせたのは、貴方もでしょう?)


 元雇い主であるルーデルを応援するバジルは、魔法で急いで修復されるリングを眺める。このままでは、一時間もしない内に試合が再開されてしまう。


 すでに休憩を挟んだ事もあり、周りでは学食を利用した観客たちが戻り始めていた。流石に全員を収容できない学食が、観客を分けて受け入れを行ったのだ。昼食を最初に済ませた三人は、観客席で時間を潰していた。


「た、確かに不利だが、ルーデルは常に不利な状況を覆してきた。だから次も大丈夫さ」


 イズミが信じるようにミリアに答えるが、ユニアスと接戦を繰り広げたルーデルが不利なのは承知していた。


 バジルはイズミの気持ちも分かるのだが、流石に今回は分が悪い。優勝は黒騎士で間違いないと思うので、どれだけルーデルがアレイストに対抗できるかを考える。


 黒騎士であるアレイストの事は、多少まともになったと認識していた。王の前で一瞬で勝負を決める事はないだろうと予想し、互いに善戦すると……


 だが、このバジルの希望は、見事に裏切られる。



 アレイストとフリッツが修復されたリングに上がると、歓声とは別の冷やかすような声が闘技場に響き渡る。


 アレイストとミリアの試合によって、アレイストはからかわれているのだ。何とか試合に集中しようと、目の前の対戦相手に意識を向ける。


 しかし、試合開始を告げる前に、フリッツは口を開く。


「全く、これだからお気楽な貴族は駄目なんだ。折角の王族が観戦する試合で、あんな茶番を見せ付けるなんて……」


「あ?」


 流石にアレイストも、目の前のフリッツには言われたくないと思ったのか、口調が荒くなる。お前だって、数年前に茶番を演じたじゃないか! という言葉を、何とか飲み込んだ。


「アンタみたいな騎士でも、黒騎士だと言うんだからお笑いだね。女神のお告げとか聞いてたけど、その女神の目も節穴だ」


「……」


「選手は口を慎みなさい! それでは、準決勝はじめ!」


 審判が試合の開始を宣言すると、フリッツは木剣を構える。ルーデルに敗れてからという物、アイリーンから剣術や体術の家庭教師を付けて貰っていた。


 個人トーナメントも、実力で這い上がってきた事もあり、今の自分に自信が持てていたのである。


 だが、試合開始と共にフリッツの意識は飛んでしまった。彼が見たのは、アレイストの靴の裏である。


 試合開始と同時に、アレイストがフリッツの顔面にドロップキックをお見舞いしたのだ。無駄にハイスペックなアレイストの蹴りは、すぐにフリッツを場外まで吹き飛ばした。


「もういっぺん言ってみろ! またボコボコにするぞ!!」


 場外に吹き飛んだフリッツは、すでに意識が無い。本当に秒殺で試合を終わらせたアレイストは、次の試合がルーデルとだと思い出す。


 そして、この試合は出来るだけ引き延ばそうと考えていた事も……周りの観客もそうだが、貴賓室の王族もアレイストの行動には驚かされていた。


「しょ、勝者、アレイスト・ハーディ!」


 勝利宣言を受けると、アレイストはフリッツの下に駆け寄って両手で襟元を掴んで揺すり始める。ついつい、サクヤの事を馬鹿にされて、本気で蹴りを入れてしまった。アレイストは、必死にフリッツを起こそうとする。


「お、起きろフリッツ! このままだと時間が稼げないだろうがぁ!!」


「止めなさい! 敗者への攻撃は認められない」


 激しくフリッツを揺するアレイストを、審判や係員が必死に取り押さえるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ