告白と剣馬鹿
「好きなんだミリア!」
「あんた、まだそんな事を!!」
ミリアの背中に光で出来た羽が現れると、ミリアはリング上を跳び回り矢を放つ。魔力の籠った矢は、アレイストが避けると石で出来たリングの床に突き刺さる。
本来なら危険だが、アレイストは簡単に避ける上に、木剣で弾いてしまうのだ。実力が違い過ぎるのだ。しかも、アレイストは黒騎士の特性である『闇』すら使っていない。
だが、この試合はルーデルとイズミの時とは違った盛り上がりを見せている。
アレイストは、ひたすら誤解だと説明していた。しかし、途中から……
「大好きなんだよ! この気持ちに嘘はない!」
「止めろって言ってるでしょ!!」
断られても、嫌がられても告白を止めないアレイストの試合を見て、観客は違った反応を見せながら盛り上がっている。
アレイストを知る男の多くは……
「死ねよハーレム野郎!」
「ミリアさんまで毒牙に……」
「爆死しろ!!」
多くの女子が……
「キャー凄い!」
「試合で告白何て!!」
「羨ましい!」
アレイストの友人たちは、アレイストの告白が上手くいく事を願い、アレイストのハーレムメンバーは、周りが引くくらいのどす黒いオーラを放っていた。
学園の部外者たちも、アレイストの告白を笑いながら見ている。
だが、笑えない人々もいるのだ。
◇
「イライラするわ」
「奇遇ね、私もよ。誰の妹ですかね、先輩?」
「本当に嫌な子……」
フィナの後ろに立つ、ソフィーナ、カトレア、リリムは、フィナの後ろでミリアに嫉妬の視線を向けている。
ソフィーナは、告白されていること自体が許せない。相手は黒騎士で出世は間違いなく、実家も伯爵家だ。顔もよく、全てが揃った男である。先ず、お見合いでは現れない男である。
カトレアにしてみれば、騎士から告白されるなど彼女の乙女心が憧れて仕方がない。外見や普段の言動から想像できないが、彼女はこの中で一番の乙女である。白馬に乗った王子様に、未だに憧れている。
最後のリリムだが、彼女は自分の目が原因で婚約者に捨てられた。以後も男性との付き合いは無かったのだが、妹は明らかに優秀な男に告白を受けている。しかし、だ。それを断る、常に断り続ける態度が、リリムには余裕の表れに見えて仕方がない。
そんな三人を振り返り、フィナは内心で……
(おぉ怖い怖い。なんて黒いのかしら。まぁ、見ている分には面白いからいいけどね。それにしても、アレイストがエルフを……モフモフの志としては歓迎できるけど、流石にタイミングが微妙よね)
フィナが顔を家族に向けると、父であるアルバーハはどす黒いオーラを放つ自分の後ろの騎士たちから顔を背け、王妃である母はイライラしているのか扇を音が鳴る程に握りしめている。
姉であるアイリーンも面白くはなさそうだ。
(父上は女の嫉妬が怖いみたいね。流石、母上が怖くて妾を作れなかったチキンね! 母上は、婚約の話が出ているのに目の前で告白するアレイストに腹が立っている感じかしら? 姉上は……相手がエルフだから面白くないのかな。私は凄く面白いけどね!)
フィナは、ルーデル同様に間が悪いと思いながら、アレイストをアイリーンに押し付ける計画に修正を加える事を検討する。
このままでは、アイリーンがアレイストとの婚約を認めても、妾のモフモフたちを排除する事を条件に出すかもしれないからだ。
(母上はどうにかなるとして、問題は姉上よね。計画を修正しても、婚約は認めないわよね……はぁ、フリッツが負けて、姉上の熱が冷めないかな)
やる事全てが上手くいく姉を見て、流石にフリッツが負けて熱が冷めると言う幸運は起きないと判断する。負けて恋が冷めるなら、ルーデルとの対決ですでに冷めているだろう。
(でも、アレイストか……意外に良いかも知れないわ)
これが女としての発言でなく、自分の野望のために利用する事を考えての思考なのが、フィナの凄い所であろう。
(師匠程にはモフモフにモテないけど、予備として親衛隊に……あぁ、モフモフの夢が膨らむわ!!)
……ここまで考えても、彼女は無表情である。
◇
「愛してるんだよ!!」
「まだ言うか!!」
矢が尽きた事で、アレイストへ格闘戦を仕掛けるミリアだが、格闘戦はアレイストの得意分野である。ミリアの回し蹴りを身体を最低限の動きで避けた。
頭に血が上ったミリアの、大ぶりな回し蹴りでスカートが大きく揺れた。
スパッツのような、スカートがめくれても良いような物を履いてはいた。いたのだが……アレイストの顔が真っ赤になると更にミリアが激怒する。
自分が下着が見えないように、スパッツを履いている事を興奮して忘れていたのだ。
「覗いたわね変態!」
「ち、違う! 見えただけだよ。それに下着じゃ……」
「死ね!」
弓を振り回してアレイストを襲うミリアに、闘技場は大盛り上がりを見せていた。アレイストが紙一重で避けるために、ミリアとアレイストの痴話喧嘩に見えてしまう。
怒るミリアを、アレイストがなだめているように見えていた。
息を切らせたミリアは、大きく背中の羽を動かす。勝負を決めようと、突撃をかけた。
本来なら、ミリアはイズミとの再戦を希望して個人トーナメントに参加している。過去にクラス対抗戦で負けた事が、彼女を大会に参加させた。
そのために魔法を磨き、エルフ特有の移動術にも磨きをかけてきた。しかし、アレイストが告白を繰り返すと言う高度な嫌がらせで、彼女は頭に血が上って普段の実力を出せなかったのである。
アレイストの作戦勝ち……ミリアは、そう思い始めていた。
だが、突撃したミリアを、アレイストは避けようともしない。寧ろ、アレイストはミリアを受け止めた。そして大声で宣言する。
「ぜ、絶対に幸せにするから、結婚してくらひゃい!」
最後に噛んでしまうのが、アレイストらしかった。王族が来ている大会で、アレイストは後に学園の伝説となる行動を起こしたのだ。
「ば、馬鹿ぁぁぁ!!」
直後にミリアの悲鳴が闘技場に響いた。泣き出したミリアを見て、頃合いを見ていた審判が、アレイストの勝利を宣言する。だが、力のこもった声ではなく、どこか遠慮気味の声である。
「勝者、アレイスト・ハーディ……試合に勝って勝負に負けたね」
審判の笑顔に、拳を打ち込むのを我慢するアレイストだった。
◇
「あれ? 黒騎士さんは結局、告白は成功したの?」
「ふむ、アレをどう見るべきか……照れ隠しで馬鹿と言ったのか、それとも本気で馬鹿だと思ったのか……泣いていたし、意外にも高評価か?」
アレイストとミリアの試合内容よりも、二人の恋路について話すリュークとレナ。バリアの制御が容易だった試合が続き、バーガスものんびり試合を観戦できた。
「でも、これって……本当に良いのか? 後でアレイストは問題になるだろ」
闘技場は盛り上がったが、アレイストは今後の進退に影響がありそうに感じた。バーガスはレナと話すのに夢中な上司が、自分の話を聞いていない事に溜息を吐く。
リングを見れば、突き刺さった矢を抜いて修復が進んでいる。
バーガスは、次の試合を思うと気が重くなった。ルーデルとユニアスの試合など、個人トーナメントでは初の対戦だ。
闘技場も、余興としてアレイストとミリアの試合を見ていた事もあり、次の試合には期待をしている。決勝戦は誰もがルーデルとアレイストの白騎士対黒騎士を想像しているが、バーガスからしたらユニアスも、目の前の年下の女の子に恋する上司も化け物だ。
どちらが勝とうと、おかしくないのである。
リュークに配置の確認を急ぐように声をかけようとした。だが、リュークはすでに表情を真剣な物に替えている。
「何をしているバーガス! 次はルーデルと筋肉馬鹿の試合だぞ! すぐに配置に着け」
「俺が悪いのは分かるけど、納得出来ねー……」
自分の配置場所に向かうバーガスは、リングで向かい合う二人を見ていた。
◇
ユニアスは長剣を模した木剣を肩にかけ、ルーデルは手に持った木剣を下げて向かい合っている。会場が盛り上がると、ユニアスは口を開いた。
「全く、ここまで待たせやがって」
「確かに待たせたが、試合はトーナメントだ。参加しても当たる確率は高くないと思うが?」
ルーデルの答えに苦笑いになるユニアスだが、表情は徐々に真剣になる。ルーデルもそれを受けて、木剣を構えた。
「本当は決勝戦が良かったけどよ。まぁ、全力のお前と戦えるのは、最初だけだからな」
ユニアスの考えに、ルーデルは反論する。
「それは違う。最初だろうが、最後だろうが、俺は全力で戦うぞ」
「……そう言う意味じゃねーよ」
基礎課程の二年生の時の試合は、ルーデルがボロボロだった。だが、ユニアスの目の前のルーデルは、服を少々斬られているが怪我をしていない。
互いに全力を出せる状態なのだ。
ユニアスも木剣を構えると、審判が声を張り上げて試合開始を告げた。
審判の声は確かに二人に聞こえたが、意外にも二人は動かなかった。構えたまま互いに向き合っているだけだ。開始を告げられても動かない。
観客たちは、二人が激しくぶつかり合う試合を期待していただけに、興ざめと言った感じだ。
◇
「二人とも動かないね」
レナは、顔は兄であるルーデルに向けたまま、リュークに声をかける。先程までは、自分の質問に真剣に答えていたリュークだが、今は二人の試合に集中しており、返事は曖昧なものが多い。
「あぁ、そうだな」
レナから見ても、ユニアスの実力は非常に高い。ルーデルが自分にはまだ早いと言っていたが、間違いではない事を確信していた。
しかし、心の中では戦いたいと願う。
(今のユニアスさんなら5年あれば追いつけるんだけどなぁ……その頃には、兄ちゃんたちはもっと上にいるし。もう少し早く生まれたかったよ)
ルーデルを見て、レナは早く学園で学びたいと思うようになる。
そうすれば、自分にも好敵手が出来て競える。レナの中では、二年後の学園入学が待ち遠しかった。
◇
先に動いたのはルーデルだ。
動きを見せなかった二人だが、ルーデルが動くと一気に木剣での激しいぶつかり合いが開始される。ルーデルが激しく攻めるのを、ユニアスがさばいている。
イズミがついて行けなかったルーデルの動きに、ユニアスは予想して木剣で全ての攻撃を受け止めている。元から力が違うので、ユニアスはルーデルの攻撃を受け止めても弾き返せたのだ。
動きに緩急をつけているルーデルが、ユニアスの木剣を塞ぐと蹴りを足に叩き込む。それを予想して飛び退いたユニアスは、笑顔だった。ただ、その顔は笑顔と言うには獰猛すぎる。
「危ねぇな。今の蹴りを貰ったら、動きが鈍ってたぜ」
「……折るつもりで蹴ったんだがな」
ルーデルの本気の発言に、ユニアスは心の底から狂喜する。自分に対して手加減など一切考えていないルーデルに、感謝すらしていた。
動きが前に戦った時よりも良くなっている。剣術の鍛錬も怠っていない事が分かる。ユニアスは攻勢に転じると、木剣から眩い光が出現する。
魔法剣を模し、そして昇華されたユニアスだけの魔法剣である。しなるような魔法剣の動きに、ルーデルは距離を取って魔法による中距離戦へと移行する。
左手から放たれる数々の魔法……火も水も、そして風も土も、全てがユニアスに届く前に斬り伏せられる。ユニアスが一振りするだけで、まるで魔法剣に意志があるかのように複雑な動きをした。
軌道が読み難く、リーチが問題だ。ルーデルの動きを予想するユニアスには、無傷で近付く事など不可能だった。
だから、ルーデルは白騎士の盾を出現させた。人の大きさはあるだろう、大きな盾を複数作りだし、自分の周りに浮かび上がらせる。
その光を放つ盾を、迷う事無くユニアスへ向けてぶつけていく。強力な防御力を誇る盾が、自分目がけて襲い掛かるユニアスは、上空へ飛んで全ての盾を避けた。
そして、木剣を距離を取ったルーデルに向けて振り下ろす。
魔法剣の光は、なんとリングの端にいたルーデルへと届くのだった。ルーデルも魔法剣を用意すると、木剣には光が剣の形を模った。
とっさに防いだが、ユニアスの魔法剣はしなるのだ。リングへと叩きつけられた伸びた魔法剣は、ルーデルへ床を破壊して飛んだ石をぶつける。
一瞬だけ、気を取られたルーデルの懐に、ユニアスは潜り込んできた。風の魔法で高速移動を行い、すぐに反対側のリングの端へと退避したルーデルの左肩には血が滲む。
「浅かったか? 次はもっと深く斬り裂いてやるよ」
木剣を構えるユニアスの笑みに、ルーデルも笑みを返す。ユニアスは確かにバトルマニアだが、ルーデルも同じである。強い相手と戦う事で、自分は先に進めると考えているバトルマニアだ。
「遠慮する。今度は俺が深く抉る番だ」
試合が動き出して騒いでいた観客たちも、レベルの高さに息をのんでいた。