妹とバリア
例年にない盛り上がりを見せる、個人トーナメント当日はまさに祭りだった。
学園では、警備を担当している騎士や兵士たちが緊張して警備に当たり、王族や貴族には近衛隊が警備についている。
手薄な場所には、親衛隊から派遣された騎士たちが警備を固めていた。
闘技場の丸型のリングに、参加する選手が登場すると一気に盛り上がりは最高潮となる。王族が会場に現れた時も大きな声援が響いたが、選手たちの登場はそれ以上の盛り上がりを見せていた。
リングの上に並んだ八名の中には、ルーデルは勿論の事、アレイストにユニアス、そしてイズミとミリアの姿も確認できる。
最後には、三年生でありながら予選を勝ち抜いたフリッツも登場する。
◇
闘技場のリングを一望できる貴賓室には、王族と学園長、そして護衛を担当する近衛隊の騎士たちと共に上級騎士が一人紛れていた。
フィナの護衛であるソフィーナであり、周りには元同僚がチラチラと視線を向けてくる。悪びれる視線もあれば、勝ち誇った視線も見られる。
最初は抵抗していた上級騎士たちも、時勢の流れを読んだ上級騎士たちが近衛隊に流れた事でほとんどの騎士が移籍をしていた。アイリーンが重用する事もあり、条件面でも大分優遇されている。
ソフィーナは、そんな元同僚達を忌々しげに見つめていた。裏の事情を知っているソフィーナにしてみれば、元同僚たちがフィナの手の平の上で踊らされているのが許せなかったのだ。
そう、上級騎士の解体に向けてフィナは動いている。ソフィーナが抵抗したものの、高い忠誠心があれば、きっと近衛隊に流れる事無く上級騎士であり続ける。そうしたら、私は解体を留まると説得されたのだ。
だが結果は、多くの騎士が移籍である。
フィナがアイリーンには気付かれないように、裏で動いていたのだ。一人二人をそそのかして移籍させた。ただそれだけだが、その流れに乗って大量に移籍した時は、流石のフィナも唖然としていた。
(このボンクラ共が! アンタたちのせいで、上級騎士が解体されるじゃない!!)
フィナは横に座るアイリーンに視線だけを向けると、フリッツの登場に興奮して声を出している所だった。アイリーンを挟んで反対側に座っている母である王妃が、口元を扇で隠してアイリーンを睨みつけていた。
「あぁ、なんて素敵なのかしらフリッツ様は……」
父である王も、アイリーンの声を聞いてフリッツに視線を向けるが、その表情は微妙だった。表情には出ないようにしているのだろうが、フィナには些細な顔の動きから落胆しているように見えたのだ。
貴族嫌いで、学園で平民の生徒を扇動した男である。そのくせ、アイリーンが近付けば受け入れた。悪い予感しかしないだろう。
フィナもリングの上に視線を向ける。
(モフモフの戦士は一人だけ……一回戦の師匠と黒髪の試合以外は、ミリアの試合だけしか興味が無い。今回は師匠の勝ち負けとかどうでもいいし、私は何を楽しみにこの時間を過ごしたらいいの! ……はぁ、少しは真面目に考えようかしら)
フィナの目から見て、アイリーンはこのまま行けば確実に暴走する。多分だが、平民に恋した事でそろそろ母である王妃が我慢の限界を迎えると予想したのだ。
本来ならば、白騎士として覚醒したルーデルを王家に迎え入れたいのが素直な感想だろう。クルストの件が無ければ、ルーデルを大公でなく王にしても良かったのだ。ただし、この場合はアイリーンかフィナのどちらかと結婚する必要がある。
王であるアルバーハは、アイリーンにルーデルを迎えさせ、フィナをアレイストに嫁がせる計画も考えていた。今は外交で娘を使うよりも、白騎士と黒騎士を囲う事を優先したかったのだ。
ただ、フィナにしても父の計画には反対の立場だ。計画を知った時には、素早い対応でアイリーンとアレイストの婚約話を王妃に持ちかけた。立場や血統にこだわる王妃だが、黒騎士を見下す事は出来ない。
何故なら、黒騎士はクルトア王国初代の王が名乗っていたからだ。そして、文献を調べればアレイストの使う技に酷似している記述もある。フィナはそこを突いて、王妃にアイリーンとアレイストの婚約話を進めさせていた。
(まぁ、姉上があの調子だと無理かなぁ……はぁ、準備しないといけないのか)
フィナにとって、アイリーンがフリッツを切れないのは危険だった。まるで天にでも愛されているような姉が、本気でフリッツを後押しする姿が目に浮かぶ。下手をすれば、貴族そのものを失くしてしまう恐れもあった。
フィナにしてみれば、貴族がいなくなるなり実権を手放すのは問題ではない。貴族を排する過程で生まれる内乱が恐ろしいのだ。隣の大国が動きを見せる中で、内輪もめまで行えば確実に滅ぶ。最悪、貴族たちに裏切られて処刑台に……
(私は、モフ天を目指すから死ねないんだよね)
フィナが無表情ながら、悲しそうにアイリーンを見つめていた。
◇
大事な初戦を任されたのは、ルーデルとイズミだった。
この個人トーナメントを成功させるために、色々と学園側も頑張ってきた。だが、結局は出場する選手の戦いにかかっている。
学園側は、出来るだけ盛り上がりつつ、無難に終わる事を祈っていた。
互いに向き合うルーデルとイズミは、木剣と木刀を手に審判の合図を待つ。二人は互いに話す事はない。試合前に軽い挨拶をしない程に、集中していた。それが互いに分かるのだ。
会場も初戦が始まろうとすると、緊張が高まる。
審判が準備が完了した事を、観客席に向けて知らせる。
すると、大きな魔法陣が描かれた盾を持つ一団が、最前列で動き出した。最前列と言う最も観戦するのにふさわしい場所を占領する盾騎士たちに、一人の貴族が詰め寄る。
「おい貴様ら、最前列を全部使わないのなら、わしに席を譲れ! こんなに占領する意味があるのか? 何かの魔法だろうが、意味の無い事をするな!」
数人の取り巻きに囲まれた貴族の若い男は、盾騎士の隊長格を一人捕まえて問い詰める。相手側に魔法の知識が多少あるだけに、盾騎士は説明に困る。
「ですから、これは客席を守るために配置しているのであって、状況に合わせて動くので空けている訳で……」
隊長格の男は、ルーデルたちの先輩であるバーガスだ。新設された盾騎士隊の隊長に任命され、若い騎士たちを率いている。
「動き回って魔法陣が効果を発揮するものか! 責任者を出せ!」
「……あ、若旦那」
「若旦那と呼ぶなバーガス! それよりも何事だ? 私の面子を潰す気かお前は」
現れたのは、普段とは違うローブをまとったリュークだった。観客とは違う事を示すために、白い家紋の入ったローブを纏っていたのだ。リュークが張り切る理由は、自分が設立した騎士隊のお披露目であるからだ。
これが成功すれば、騎士団にする予定もある。しかし、それ以上に今回の個人トーナメントに力を入れる理由が今出来た。
「あれ? この人がバーガスさん? 初めまして、レナ・アルセスです!」
リュークの隣にいるのは、リュークの傍にいる事を条件に最前列で観戦できる事になったレナである。折角のルーデル最後の大会を、この目で見ようと当日に来たのだ。
だが、困った事に客席は満員だ。そこにリュークが現れて今の状況である。
「……分かるなバーガス、私は失敗できないんだ」
「え、でもそれって好きな子がいるから……ヒッ! 分かりました配置に戻ります!!」
急いで持ち場に戻るバーガスは、リュークに圧倒されて逃げ出した。レナは、ルーデルと向かい合うイズミに手を振っていた。
リュークは口出ししてきた貴族に向き直ると、相手の家柄や派閥をすぐに見抜く。
「はぁ、これだからディアーデ家の派閥は困る。魔法に関して無知ならまだしも、浅はかな知識で口出しするとはな」
「お、お前は……」
リュークの来ているローブの家紋や、リュークの風貌から相手が次期大公だと見ると、派閥が違っても相手も怯む。取り巻きたちも自分の主に引き返そうと提案していた。
不利になるとそのまま背を向けて歩き出した貴族の男に、リュークは興味を失くしたのか自分の部下たちが配置に就いたので魔法を発動した。
淡い透明に近い青いドームが、観客席を守るように広がる。観客も見た事もない魔法のフィールドに歓声を上げた。
だが、それ以上にリュークは……
「リュークさん、会場に入れて貰ってありがとね!」
笑顔で魔法を無視して会場に入れて貰えた事を喜ぶレナを見て、優しく微笑んでいた。先程のバーガスや貴族との対応とは全然違う。
「それくらい何でもない」
「それよりさ、この青いの何?」
「ふむ、これは特殊なフィールドでな。盾騎士を使って魔法陣を完成させている。衝撃を和らげる簡易なものだが、盾騎士を動かせば直撃も防げる魔法だ」
レナは、難しいのか頭を抱える。すると、リュークは慌てて簡単な説明をする。
「つ、つまりはバリアだ!」
「あぁ、そうか。バリアだったんだ!」
ようやく理解したレナに安堵して、リュークもルーデルとイズミに視線を向ける。試合中、リュークは常に盾騎士の配置に気を配る必要があるのだ。
つまり、これで誰もが全力を出せるという訳である。
◇
「それでは、試合を開始します。……はじめ!」
審判の合図を受けて、二人は構える。ルーデルが片手で剣を前に出して構えるのに対し、イズミは居合の構えを取る。
クルトアでは見なれない構えに、観客席からもザワザワと話す声が聞こえてきた。初手でためらったルーデルに、イズミが先手を取る形になる。
居合で木刀の間合い外にいるルーデルに抜き放つと、ルーデルはとっさに飛び退いた。飛び退いた場所には、斬撃の跡がリングに刻まれた。
抜き放った木刀で、今度は果敢に攻めるイズミをさばきながらルーデルはイズミに語りかける。余裕に見えるが、早く鋭い振りにルーデルは翻弄されていた。
「何だ今のは? 魔力の光は見えなかったぞ」
「居合だよ。本来の私の間合いは精々が数メートルだけどね。ルーデルの魔力刀を見て真似たのさ」
「そうか!」
距離を取れば、見えない斬撃が飛んでくる。ルーデルはイズミに構えさせずに済む間合いを測りだす。構えなければ、斬撃は飛んで来ないと判断したのだ。
しかし、ルーデルたちとは微妙に違う動きを見せる。戦い方もそうだが、文化も国によって様々だ。相手との距離を詰めるために、飛び込むように距離を詰めるルーデルたちの戦いと違い、イズミは踏み込むように距離を詰める。
大した違いはないが、微妙な違いがルーデルにやり難さを感じさせた。
ルーデルたちの魔力を剣にまとわせる戦い方も、イズミには可能である。だが、イズミは必要な時にしか発動させないのだ。最小限の必要な魔力しか使わない。
これによって長く戦える。
ルーデルが距離を測りかねていると、イズミは木刀の振り方を変える。先程の構えから抜き放つ動作に似ているが、今度は鞘に納めた形ではない。
「本来は刀の鞘をも利用するんだ。でも、木刀には鞘が無いだろう? 本来の間合いではないんだよ」
イズミが優しく笑うが、言っている事は構える必要が無いという何とも手に負えない話だった。鞘が無くても斬撃を飛ばせるのなら、違う構えでも出来るのは当然だと言い切る。
「本当に困るな」
ルーデルは左手を前に突き出すと、魔法での攻撃を開始する。風の魔法による見えない攻撃だ。これで互いに条件は同じに見える。
しかし、イズミの斬撃は容易にルーデルの風を斬り裂いて襲い掛かる。
「遊ばないでくれるかルーデル。私は本気だよ」
真剣な表情になるイズミに、ルーデルは服の端が切られた辺りを見る。解れもなく、綺麗に斬り裂かれていた。
「……卑怯だと言わないでくれよ」
「言わないさ」
互いにその言葉だけで通じ合うのだ。周りから見れば、完全に夫婦である。貴賓室ではフィナが内心で腸が煮えくり返る思いだった。
ルーデルは風では勝てないと判断すると、今度は去年のリュークのように土の魔法を使う。リングに左手を着き、イズミを囲むように壁を出現させる。
リュークとの違いは、壁の強度であったり大きさだろう。
壁に囲まれたイズミは、静かに構える。
◇
「おぉ、兄ちゃん凄いな」
「あぁ、あれを簡易的に作り出すのは、相当に難しいからな。強度は兎も角、これでイズミの見えない斬撃も封じられたな。ルーデルの勝ちだ」
ルーデルの勝利を確信したリュークだが、レナは首を振る。同時にサイドポニーが揺れた。見とれていたリュークに顔を向けたレナは、まだイズミも諦めていないと告げる。
「まだだよ。生イズミさんがここで諦めるもんか」
「な、生イズミ?」
戦いの行方よりも、リュークは生イズミという呼称が気になっていた。
直後に、イズミを囲んでいた土の壁は、見えない無数の斬撃によってズタズタに斬り裂かれた。ルーデルの勝利を確信していた会場は、驚きの声に包まれる。
一瞬だった。壁に一斉に亀裂が入ると、木刀を抜き放ったイズミが現れたのだ。ルーデルは、嬉しそうな顔をしている。そしてイズミも、ルーデルを本気にさせたのが嬉しいのか嬉しそうだ。
観客からすれば、『外国の女怖い』と言った感想だろう。
「……ね」
レナの言葉に、リュークは感心した。目の前の出来事を予想したのか確かめたかったが、イズミが想像以上に自分にとって脅威だとリュークは確信する。
すぐに盾騎士の配置を変えると、ルーデルにばかり気を配っていた盾騎士たちも、イズミを警戒するように動き出した。
(いきなり初戦で破壊されれば、私のバリアの信用が無くなるぞ)
リュークは、イズミにバリアが壊されない事を祈った。ただ、どうしても斬り裂かれるイメージが、頭の中で浮かんでしまう。
レナのせいで、高度な魔法は今後も『バリア』と呼称される事になった。