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番外編 マーティを超えろ 6

「お、奥義までもが通じないだと……」


『ヌルヌルして気持ち悪いよぉ』


 サクヤがドラゴンの住処へと戻る前に、ルーデルは念願だったドラゴンの撫で方をサクヤに実践してみた。しかし、撫でてもくすぐったい、奥義は気持ち悪いという結果に終わるのだった。


 ルーデルは、自分の両手を見ていた。技術は磨いてきた。レナによって愛も取り戻した。しかし、サクヤには全く効かなかったのだ。ルーデルの目の前には、ローションを気持ち悪いと言いながら遊んでいるサクヤの姿が見える。


 サクヤは、ドラゴンとして産まれたての未熟。マーティのドラゴンより、しばらく面倒を見ると言われ住処へと一時帰郷するのが決まっていた。


「お、俺は……どうしたらいいんだ」



「もうやる気が起きないわ(なんだよ師匠……喜んで辺境に行くとか馬鹿じゃないの)」


 ルーデルが落ち込むと同時に、フィナも自室のベッドで体育座りをして壁を見ていた。いつものように、ミィーやソフィーナが部屋で待機している。見なれた光景に、ご機嫌取りもする気が起きない二人だった。


「予算だって確保したのよ。正式な許可は得ていないけれど、すでに動き出してるのよ……なのに、隊長が不在とか有り得ないじゃない!」


 無駄に有能さを発揮して、近衛隊に対抗する組織を作り上げていたフィナだったのだが、ここで誤算が出てきた。ルーデルが将来は辺境に行く事を考えているため、フィナの隊長就任要請をあっさりと拒否したのだ。


「私はこの国の王女よね? 何でこんなに簡単に拒否されるの? 私が黒髪よりも劣ると言うの!」


 黒いオーラを出しそうなフィナを見て、流石にミィーが慰める。


「そ、そんな事はありませんよ姫様! 姫様は美しいし、優しくて……イズミさんに劣るという事はありませんよ」


「胸かしら? 私が黒髪に負けてるとしたら、胸よね! きっと師匠は大きな胸が大好きなのよ! だから儚い私の胸に興味を示さないのよ!」


「いや、きっと内面ですよ」


 呆れたようすのソフィーナが、フィナに聞こえない程度で呟いた。実際は聞こえていたのだが、フィナにしてみれば些細な事なので放置した。寧ろ、最優先するべきはルーデルだったのだ。こうなれば黒髪を人質にでもして、ルーデルを攻略しようと考えた。


「黒髪は上級騎士を目指していたわよね……一族も期待していたなら、これは利用できるわ。ソフィーナ、すぐに黒髪を呼びなさい。この場で交渉して、今後は舐めた真似を出来ないようにしてやるわ!」


「無理です」


「……え?」


 ソフィーナは淡々とフィナに説明する。


「黒髪、イズミ・シラサギは上級騎士に内定しています。近衛隊の結成で、すでに人手不足が深刻化しているんですよ。すでに手続きも進んでおり、イズミ・シラサギは卒業と共に上級騎士になります。まぁ、実力も十分ですが、交友関係も判断しての決定ですね」


 ここに来て、イズミは近衛隊という組織のおかげで上級騎士となる事が決定していた。上級騎士からも、アイリーンに従う騎士たちが離反していたのだ。同時に、上級騎士たちの間でも亀裂が生まれていた。上級騎士は近衛隊の結成に不満を持っていたからだ。


 しかし、結果的に少なくない人数が近衛隊に入隊してしまう。この結果を受けて、上級騎士は人数不足と近衛隊に転属した者たちと溝が深くなる。


 人手不足と言う事もあり、上級騎士を確保しようと動くのは当然である。能力的に問題ないと判断されたイズミを始め、今年は新人を多く確保しに動いていた。


「く、黒髪ぃぃぃ!! (ちくしょう! 内定していたら下手に動けないじゃない! ここで無理をして黒髪を脅しても、内定を取り消したら師匠でも不審に思う。わ、私が師匠から嫌われたら、モフモフの理想郷……モフ天が遠のいてしまう。賭けに出るか? 黒髪を脅して……でも、リスクが大きすぎるわ。ここは慎重に……そう、取引を申し出ればいいのよ! 少しだけ私に有利な取引で、黒髪を脅してやるわ! 表向きは取引だから、問題なし!)」


 イズミの上級騎士内定には、ルーデル以外にも大きな理由がある。交友関係である。三公の嫡子と友人である事が、上級騎士たちに評価されたのだ。突拍子もないルーデルに、対抗できる人物としても評価も高い。


 力を落とした上級騎士たちにとって、ライバルであるドラグーンの若きエースを押さえる事ができるのは大きかった。


「……隠れて脅しても駄目ですよ」


 ソフィーナがフィナを見ながら釘を刺す。考えが読まれたと焦るフィナだが、顔は無表情だ。


「お、脅すなんて人聞きが悪いですよソフィーナ」


「そうですか? さっきまで脅す気満々でしたよね。まぁ、焦るのも無理はありませんが……ただ、ルーデル殿の事ならどうにかなるかも知れません」


「ふぁ!」


 ベッドで体育座りから正座に移行すると、フィナは奇声を上げてソフィーナを見る。早く話せと無表情で圧力をかけるので、ソフィーナは一歩下がってしまった。


「あ、慌て過ぎですよ。考えても見て下さい。三公の嫡子で、見た事も無い巨大なドラゴンの契約者である白騎士。これだけの肩書や存在価値を持つ者を、王宮が辺境に飛ばす事はありませんよ」


「確かにそうね。寧ろ白騎士とかドラゴンとか忘れていたわ。皆が気付いていないようね。師匠の本当の価値は、そんな肩書でない事を……ふっ、いつの時代も正当な評価をされない偉人がいるという事か……」


 呆れたソフィーナが、はいはいと適当に返事をしてその場を乗り切った。



『自分が未熟だと気付きました。旅に出ます。探さないで下さい』


 手紙をイズミから渡されたユニアスは、手紙を持った手が震えていた。恐怖ではなく、怒りで震えているのだ。


「あ、あの馬鹿野郎!! この大事な時期に旅に出るとか有り得ねーだろうが!!」


 手紙を破り捨てると、怒りが収まらないのか雄たけびをあげる。周りでは、ユニアスが怒り狂っている姿に恐怖する生徒が出始めていた。


 場所は学園の食堂であり、テーブルにはユニアスの他に手紙を持ってきたイズミ、本を読んでいるリュークの三人が座っていた。昼食時に、ルーデルから預かった手紙をイズミがユニアスに見せたのだ。


 ユニアスが怒る理由は、個人トーナメントが近いからである。最後の大舞台で、自分が倒すと誓った相手が、もしかしたら出場すらしないかも知れないのだ。ユニアスには我慢できない事だった。


「確かに馬鹿だが、ルーデルが参加するしないも自由だぞ」


 本を読みながら興味無さそうにするリュークは、個人トーナメントには参加しない。いや、参加できない理由があるのだ。


「ふざけるな! 俺はこの時のためにどれだけ……おい、何で落ち着いてるんだよモヤシ野郎」


「私も参加しないからな。まぁ、今年は理由があって参加できない訳だが」


「も、ってなんだよ! ルーデルは参加させるんだよ! 勝ち逃げなんか、絶対に許さねーぞ」


 興味のないリュークだが、参加できない理由は個人トーナメントに深く関わっているからだ。寧ろ、リュークはルーデルたちのせいで参加できない。が、そんな事はユニアスには関係ない事だった。ルーデルの失踪で、個人トーナメントがつまらなくなると考えている。


 イズミは二人を見ながら溜息を吐く。散らばった手紙をかき集めると、制服のポケットにしまう。


「ルーデルも参加しないとは書いてないから、きっとすぐに戻ってくるさ」


 イズミは自分で言いながら、選考会に遅刻したルーデルを思い出していた。ルーデルにとって、個人トーナメントよりも価値がある事なら参加しないのではないか? 寧ろ、何を持って未熟と判断したのかが気になっていた。


 ふと、そこでルーデルがつぶやいた事を思い出す。


『奥義が通じなかった』


「……あぁ、不味いかも知れないな」


「何がだ?」


 イズミは、肩を落としたルーデルを思い出し、今までの行動と照らし合わせる。まさか、ドラゴンの撫で方が上手く行かないから失踪するとは考えてもいなかったのだ。


 しかし、ルーデルならあり得るのではないか? 今までの出来事を二人に話すと、リュークは本を置き、ユニアスはまたしても怒りで震えだす。


「そうだな。結論から言うと十分にあり得るだろうな。私からすれば、ルーデルの撫でが効かないドラゴンというのが驚きだ。聞いた話では、妹のレナはレッドドラゴンを手なずけたらしいぞ」


「あ、あいつ……ここに来てなんで撫でにこだわるんだよ! 今はそこじゃねーだろ! 今気にするのは個人トーナメントの事だろうが!」


「私もそう思うよ」



 三人が心配していたルーデルだが、学園を正式な手続きをへて旅に出ていた。動物相手に撫でまわしてみたり、ドラゴンの撫で方を読み直してみたりと方向性の定まらない修行を行っていた。歩きながら自分に何が足りないのかを考える。


「俺にはいったい何が足りない。技術はある。サクヤへの愛もある。なら、俺にはいったい何が足りないんだ……」


 真剣に撫で方に悩めるルーデルは、周りから見れば微笑ましい存在だろう。しかし、本人はいたって真面目だった。本気で悩んでいる。


 歩いていたルーデルの前に、三人の人物が立ちふさがり声をかけてきた。普段とは違う格好をした、フィナとソフィーナにミィーの三人である。ただ、他の護衛も表には出てこないだけでしっかりと控えていた。


「お困りのようですね師匠」


「師匠ではないと言ったはずだぞ。今の俺は未熟もいい所だ。弟子など取る余裕が無い」


「ふぅ、いつまでもそんな理由で逃げられるとお思いですか? すでに師匠は免許皆伝を言い渡されました。私から、いえ、誰の目から見ても師匠が弟子を持っても不思議ではないはずです」


 食い下がるフィナに、ルーデルは一理あると判断した。弟子に取るつもりはないが、免許皆伝したのも事実。ならばフィナに、弟子は取らないと理解して貰わなければならないと考えたのだ。


「確かにな。しかし、俺は今の自分に納得していない。もっと高みへと昇るために、俺は弟子を取る事は出来ない。理解してくれないか?」


 ルーデルの言葉を聞いて、フィナは無表情だが勝利を確信した。


「師匠、それでは高みへ至れません」


「何?」


「百年もの間、失われた技術を取り戻した師匠は立派です。しかし、考えてみてください。このままでは、また失われてしまうのです。今後も志す者たちが現れたとして、師匠の高みに至る事が出来るかどうか……」


「だから何だと言うのだ」


「ハッキリと言いましょう。師匠、あなたは間違っている! もしも技術が受け継がれ磨かれていたのなら、師匠はもっと高みへいたれたのです。受け継がれるべき技術を、師匠は自らの手で腐らせようとしています。今の師匠を見たら、マーティ様もさぞや嘆くでしょう。やっと技術を受け継ぐ後継者が現れたと言うのに、後継者が弟子を取らないなどと……恥を知りなさい」


 何故怒られているのか理解できないルーデルだったが、フィナの言葉に感銘を受けた。本にしてまで残したマーティの気持ちを考える。考えて勘違いする。きっと受け継いで欲しかったのだと……


 事実はもっと単純である。マーティは自分のドラゴンへの愛を本にして残したかっただけである。悪乗りして技術的な事も書いたが、ドラゴンへの言葉や、最初と最後に愛が大事だと書いた。後世の事など少しも考えていない。


 考えていたのなら、きっと高度な技術を国に報告していただろう。フィナはそれに気づいていたが、ルーデルを騙すために嘘を吐いた。


「そ、そうか、確かにそうだ。ここで潰えさせる訳にはいかない。マーティ様の期待に応えなければ!」


「そうですよ師匠! (やった、簡単に騙せた。ちょろいな師匠も)」


 内心で勝利に酔いしれていたフィナだが、ルーデルの言葉に唖然とする。


「ならばこれからは、弟子となるお前の事は公の場以外ではフィナと呼ぼう。それから、俺はこの旅で修行する予定だ。お前もついて来い」


「え? あ、あの師匠、私は師匠を連れ戻しに……」


「口答えは許さん! 返事は、はいのみだ。黙ってついて来い!」


「……はい」


 ルーデルの後を着いて歩くフィナだが、後ろ姿を見ていた二人は唖然としていた。元々、ルーデルを連れ戻すための外出だったのだ。旅の用意などしてはいない。


「これってどうなるんですか?」


 ミィーの不安そうな眼差しに、ソフィーナも泣きたくなる。私だって知らないわよ! などと叫べるわけもなく、ソフィーナはルーデルと交渉する事に……結果、四人で旅をする事が決まった。

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