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誓いと弟

 慌ただしく会場で今後の打ち合わせを済ませると、仮設のテントでルーデルはイズミたちを呼び出した。リューク、ユニアス、アレイストといった面子が揃うと、これまでの事を順番に話す。黒い猪や、禍々しい鳥に、黒い霧……そしてサクヤの事をゆくっりと感情が籠らないようない話した。


 淡々と話すルーデルは、酷く冷たい印象を受ける。


 サクヤがレナに渡していた遺書も、その場で全員に見せる。


 命が尽きようとしていたサクヤが、自分のために命を投げ出した事も話す。すると、アレイストがルーデルに殴りかかった。感情的になり、ルーデルに罵声を浴びせる。


「何なんだよそれ! お前がしっかりしていれば、何にも問題なかったんだろうが! 何でそんなに涼しい顔してられるんだよ! お前のために死んだんだろうが!!」


 ユニアスとリュークに押さえつけられたアレイストは、そのまま二人によって仮設のテントから引きずられて出ていく。最後に、リュークとユニアスがイズミにその場を任せる事にした。


「後は頼むぞ」

「こいつは落ち着かせるから、心配するな」

「ちょ! 待てよ! 僕はまだ言いたい事が……」


 仮設テントから出て行くのを確認すると、ルーデルは立ち上がって苦笑いをする。


「はは、参ったな。アレイストに殴られるとは」


 立ち上がりはしたが、ルーデルはイズミから視線を逸らしていた。長旅で疲れたのか、サクヤはすやすやとテントの中で眠っている。イズミがサクヤの額に手を当てると、ルーデルへ言葉をかける。ルーデルは、イズミからも罵声が浴びせられると思っていた。


 自分はそれだけの事をしたんだと思い、全てを受け入れるつもりだったのだ。しかし、イズミの言葉はルーデルの想像と違っていた。


「ルーデルは泣いたのか?」


「? あぁ、泣いたかな……目が覚めてから泣いたと思う。もうほとんど覚えてないが、泣いてそのまま洞窟の外に出たんだ。沢山のドラゴンが空を飛んでいたよ。サクヤの誕生を祝ってくれたらしいな」


 話を逸らそうとするルーデルだが、イズミは全く気にもしない。


「そうか……それからは泣いたかい?」


「いや、泣いてないな。忙しかったからな。サクヤが飛ぶための訓練をしたり、色々と話を聞いて回っていた。時間の感覚が無くなってきて、王女の使いが来るまで気付かなかったよ。そこからは急いで屋敷に戻って準備して、ギリギリ間に合った。いや、遅刻だな」


 新しい技も手にいれたと、ルーデルは笑いながら話す。イズミは、ルーデルが忙しかったのは、考えないようにしていたからではないかと考えた。


 冗談交じりに話すルーデルに、イズミは抱き着くとそのまま包み込むようにルーデルを抱きしめた。ルーデルがイズミの胸に顔をうずめている。そのままルーデルが力を抜いて膝を突くと、イズミもそれに合わせて座り込んだ。


「ごめんね。一人だけ辛い思いをさせて……もういいよ。泣いていいんだよルーデル」


 イズミがルーデルの頭を優しく撫でる。ルーデルは涙を流しながら、自分の気持ちを吐き出した。誰にも頼れなかったルーデルだが、実は頼るのが下手だったのだ。幼い時から頼る事の少なかったルーデルにとって、今回の出来事は理解が出来なかった。


 本人がサクヤの行動を理解した時には、全てが終わった後だったのだ。


「俺が、俺がもっとしっかりしていればよかったんだ! アレイストの言う通りだ。もっとサクヤの事を見ていれば、こんな事にはならなかった! ……だけど、俺は心のどこかでドラゴンを得た事を喜んでいる。最低だ。最低の屑野郎だ! なのに、なのにサクヤの奴が!」


 遺書として残した手紙には、ルーデルへの向けての物が多い。イズミは、サクヤはルーデルが好きだと薄々気づいていたのだ。気付いていただけに、切なかった。


「俺に最強であれって、守れって言うんだ! やるしかないだろうが! こんな俺でも、サクヤとの命懸けの約束だから……俺は……サクヤの理想の騎士であり続ける。最強であり続けなくちゃ、あいつに顔向けできないから!」


 張りつめていた糸が切れたように、ルーデルは自分の気持ちを吐き出した。堪えていたものが外に出ると、同時に涙も溢れてきたのだ。


「我慢してたんだねルーデル。もう泣いていいよ」


 大声で泣くルーデルを、イズミはずっと抱きしめていた。イズミも涙を流していた。


 テントの裏側では、二人の会話を盗み聞きしていた三人がいる。リュークとユニアスとアレイストである。アレイストだけは落ち込んで、ルーデルを殴った事を後悔していた。サクヤの面倒を見ていたのはルーデルであり、自分は特に何もしていないのを思い出したから。


 ユニアスもリュークも、思い出せば不自然だった事が多かったな、そう思いながら空を見る。


「ぼ、僕はどうしていつも……」


「いや、お前もルーデルもいつも空気を読んでいないからな。今に始まった事では無い」


 落ち込んでいるアレイストをばっさりと切り捨てると、リュークはサクヤの手紙の内容を思い出す。自分たちの事も書かれており、楽しかったと書いていたのだ。死ぬと分かっていて、気持ちを隠していたサクヤを見直していた。


 ユニアスも、リュークと同じようにサクヤを見直す。見直して、空に向かって言葉を投げかける。もう、届く事はないと思っても言わずにはいられなかった。


「全く、いい女だよ。声をかけとくんだったぜ」


 夕暮れに染まる空は、どこかせつなかった。



 サクヤの手紙


 つたない大きな文字で、サクヤは手紙を書き遺した。遺書ではあるが、本人が遺書だと思って書いてはいない。ただ、気持ちを書いたのだ。


『学園に来てよかった。私は幸せだったよ』

『時間が無かったけれど、私も夢を持つ事ができたよ』

『夢は叶わなかったけど、自分はドラゴンの一部になるから』

『ルーデルとドラグーンになるから、夢は叶ったのかな?』

『みなさんありがとう』


 お世話になった人の名前が沢山書かれている。ルーデルに始まり、学食のおばちゃんの名前まで書かれていた。アレイストやフィナの事だけは、微妙な表記になっている。馬鹿アレイストと、変なフィナ。二人にもありがとうと書かれていた。


 沢山のありがとうが書かれている。後半になると、今までの思い出や、ルーデルに対しての気持ちが書かれていた。後半になるにつれ、文字が滲んでいる個所が多い。泣きながら書いた事が分かる。絵本を読んで貰った事が嬉しかったと書かれていた。


 沢山お菓子を食べられて、嬉しかったと書かれてもいる。友達が沢山出来た……最後の方は滲み過ぎて文字が読みにくい。何度も書き直した事が分かる。イズミには甘えるような言葉も残されている。


『誰か私を覚えていてくれるかな? イズミは泣いてくれるかな?』

『これを読んでいたら、私はもういないよね?』

『私は役に立ったかな? ルーデルの役に立てたかな?』

『私は生きている意味を見つけたよ。ありがとうルーデル』

『長く生きてきたけど、一番楽しかったのはこの数年だったよ』

『別れるのは寂しいけど、今までありがとう』

『ばいばい』


 つたない文字の手紙はここで終わる。



 泣き終わると、ルーデルは立ち上がって涙をふく。眠るサクヤを見て、顔は清々しかった。もう泣かないと決めたルーデルは、サクヤの額に手を触れる。イズミも立ち上がると、同じようにサクヤに手を触れる。


 額の青い宝石が、二人を鏡のように映しだしている。


「ありがとうサクヤ、俺はお前のおかげでドラグーンになれたよ。絶対に忘れないからな」


「サクヤ、君はルーデルを救ったんだよ。役に立ったんだよ。……絶対に忘れないよサクヤ」


 ルーデルとイズミが手を繋ぐ。サクヤの額の巨大な宝石が軽く光ると、まるでサクヤが返事をしたように感じられた。


 二人が微笑むと、ルーデルは自分に対し誓うのだ。


「もう、俺は一人じゃない。俺の夢は、みんなが叶えてくれた夢だから……今度は俺がみんなの願いを叶える番だ。皆が望む騎士であろう。最強である騎士であろう。俺が最強のドラグーンになろう!」


 ルーデルは一呼吸置くと、最後に呟いた。


「もう俺の夢を、ただの我がままじゃ終わらせない」


 最後のサクヤの言葉の返事をするように、ルーデルは自分のすやすやと眠るドラゴンに誓った。


 テントの裏側でも、アレイストが泣きながらサクヤの事を忘れないと呟いていた。リュークは目を閉じて、サクヤが安らかに眠る事を祈る。


 ユニアスは空を見て、忘れないと誓うのだ。



 数か月後、クルトア王国では国中にルーデルの事が報じられていた。白騎士であり、ドラグーンとなったルーデルを称える記事である。紙に書かれた記事を読むのは、辺境に飛ばされたクルストである。


 一年間を辺境で過ごしたクルストは、自分の机の上で兄であるルーデルの記事を微笑みながら読んでいた。自分を鍛えてくれた兄が、ドラグーンになれたのだ。弟しては誇りだった。


「おい隊長、何か面白い事でも書いてあるのか?」


 クルストを隊長と呼んで近付くのは、髭面の大男だ。辺境の平民出の騎士であり、クルストの副官を務めている。貴族の騎士が役に立たない辺境の砦で、クルストを最初は馬鹿にしていた男である。


 だが、一年の間にクルストはこの男に認められていた。


「あぁ、兄さんがドラグーンになってね。喜んでいた所だよ」


 記事を見せると、髭面の大男も目を見開いて記事を見た。


「こいつは凄いな。隊長の兄貴はエリート様か! まぁ、まだ実戦を経験していない若造だし、隊長の方が強いかもな」


 ガハハと、大声で笑う大男。クルストはルーデルを思い出すと、前よりも強くなっているから勝てないだろうと思う。厳しかった兄を思い出すと、苦笑いになる。


「それよりも何かあったのか?」


「おっと、そうだった。この辺りで不審な魔物の死骸や、村が襲われる事が続いただろ? どうやらこの辺では落ち着いたんだが、他の砦でまた発生してるってよ。一応はここも周辺の警戒を怠らないよう、って命令がきてるんだが……はぁ」


 大男が溜息を吐くと、クルストも溜息を吐く。砦の上司を始め、貴族出身の騎士たちは朝から眠っており、昼にならないと起きてこない。起きても酒を飲み、近くの街へ出かける事が多かった。砦の資金にまで手を出していたのだ。


 クルストが資金を管理するようになると、流石にアルセス家の名前には逆らう事は無かった。だが、態度は全く変わらないのだ。


「分かった、こちらで報告書は何とかするよ。後で小隊の編成も見直そう」


「頼むぜ隊長。俺たちは腕っぷしには自信はあるが、報告書はいけねぇ。駄目過ぎて涙が出て来るぜ。他の連中にも隊長に任せるって言えば納得するしな」


 厳しい環境で、クルストも成長していた。兄の記事を机にしまうと、クルストは報告書や編成の事を考えながら保管してある書類を集める事にした。棚にはここ最近の書類が集められている。


 そこから必要な書類を抜き取った。


 ここ最近増えだした、黒いオーガについての書類である。噂程度ではあるが、黒いオーガがクルトアで暴れていると言うのだ。今までに聞いた事も無い黒いオーガの出現に、クルストも危機感を感じていた。


 ある村では人間だけを襲い、ある村では家畜だけを襲っていた。村人の証言では、人の話し声も聞こえたと言うのだ。


 だが、クルストのいる砦では、村人の見間違えで処理を済ませている。オーガが人と行動を共にする事は考えられない。それに、家畜だけを襲ったのは腹が一杯になったからだと結論付けた。


 書類を集めるクルストは、黒いオーガについて調べを進める事にした。

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