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青年と白竜

 学園が長期休暇を終了し、二学期がはじまった。だが、ルーデルは学園に姿を現さなかった。アルセス家に確認をしても、未だに帰っていないという返答が学園に来ている。国も捜索を開始したが、成果は出ていなかった。


 学園内ではある噂が広がっていた。それは……


『ルーデルは死んだ』


 というものだ。現役のドラグーン二名も戻らないので、噂は王宮でも広がりだしている。結局は駄目だった、諦めればよかったなどといった声が増えてきていた。



「もう一回言ってみろ! その空っぽな頭をかち割るぞ!」


 ユニアスが本気で怒鳴り声をあげると、食堂は一斉に静まり返る。胸ぐらを掴んで、片手で相手を持ち上げ顔を近づけている。相手はフリッツだ。誰もが恐れるだろうが、フリッツはユニアスを見ても滑稽にしか見えない。


「ルーデルが死んだって事ですか? 事実でしょう。あ、もしかしたら怖くて逃げだしたかも知れませんね。来週の選考会になれば出て来るかもしれませんよ」


 ドラゴンとの契約を終えたフリッツは、すでに近衛隊長になる事が決まっていた。卒業すれば、王宮で働く事になっている。ルーデルに勝ったと思い込み、普段の態度も大きくなっていた。それは、相手が大貴族でも同じである。


 輪をかけて悪いのが、フリッツの取り巻きたちであろう。フリッツが強い事と、第一王女の覚えがいいという事実が貴族の子弟たちを黙らせるのだ。周りもそれが普通だと思うようになり、ユニアスが怒鳴っても止めようとはしなかった。逆に、ユニアスの取り巻きが止めに入る。


「ユニアス様、相手が悪いです」

「ここは落ち着きましょう、ね?」


 取り巻きにフリッツと離されると、ユニアスは舌打ちをする。フリッツに背を向けて歩き出す前に、注意をする。


「あいつはな、絶対に諦めねぇし、逃げねぇよ」


 歩き去るユニアスの後ろ姿を見て、フリッツは暗い笑みを作る。アイリーンによって完全に舞い上がっている状態だった。自分にはこの国を変える力があると信じ切っていたのだ。ドラゴンに認められた事で、ルーデルに勝った気になり、実力があると勘違いした。


 灰色ドラゴンは、野性のドラゴンよりも従順で、フリッツはある程度の実力があれば契約できる事を知らない。


 学食では、騒ぎを遠巻きに見ていたイズミが窓の外に視線を移す。ドラゴンにでも乗って、何ともなかったかのように帰ってくる事を願っていた。だが、妙な胸騒ぎもしていた。


「早く帰ってこいルーデル、サクヤ……」


 窓越しに呟いたイズミの言葉に、誰も返事を返す事はなかった。



 選考会の当日となるが、ルーデルは学園にとうとう現れなかった。


 イズミは心配になり、選考会への参加をしてルーデルを待つ事にする。選考会へは、ルーデルが絶対に参加する事が決まっていた。逆に言えば、参加しなければ不味い事になる。


 イズミは、多くの騎士たちで埋め尽くされた会場を見回していた。同じ理由で、選考会には参加するが、近衛隊長には興味の無いユニアスやリュークも顔を出している。


 アレイストだけは、近衛隊の事をやたら気にしていた。ルーデルの事も気になってはいるだろうが、近衛隊長になりたそうに周りからは見えている。しかし、本当の理由は近衛隊長と言うのが主人公の役職だからだ。ストーリーと大きくかけ離れたアレイストが、誰が選ばれるのか気になって参加したに過ぎない。


 近衛隊長は、ストーリー的に戦争編で大きな役割を担う。アレイストは確認しておきたかったのだろう。


 会場では、知り合いも多かったが、それ以上に現役の騎士たちも多かった。上級騎士も数名参加し、ドラグーンも周辺を警戒している。上級騎士たちは、王族を守りながらも参加した仲間を複雑そうに見ていた。ドラグーンだけは、ドラゴンを得た騎士たちなので参加資格がそもそもない。


 選ばれるだけでドラグーン、上級騎士に並ぶ新たな特殊部隊の隊長になれるのだ。会場は異様な興奮に包まれていた。しかし、イズミたちは興奮せずに、心配そうに周りを見るだけだ。


『それではこれより、近衛隊長選考会を執り行う! 我こそはと思う騎士は、壇上の上のドラゴンへ近づけ!』


 王族が見守る中で、ドラグーンが誘導した灰色ドラゴンが壇上に舞い降りた。我先にと並んだ騎士たちが、王族に対して礼をすると次々にドラゴンの前に歩み出る。灰色ドラゴンとは言え、ドラゴンには違いない。迫力があり、近づくだけで怯える騎士も多かった。


 だが、人になれているドラゴンは、何事も無く興味を示さないまま見るだけだ。


 参加した騎士たちが多い事もあり、時間はまだまだかかるだろう。イズミはそう判断して、ルーデルを待つ。


(数時間はかかるだろうが、それまでにルーデルが来なければ……王族も参加しているし、今来たとしても遅刻だな。学園では遅刻なんかしなかったのに)


 段々と騎士が少なくなる会場で、イズミは周りがイライラしながら待つ中でソワソワしていた。だが、壇上へ見知った人物が進むと、ドラゴンが興味を示す。


 この選考会自体が、ルーデルを認めさせるための出来レースだと思っていたイズミは、その光景に驚いた。ドラゴンがフリッツを契約者として認めたかのように懐いているのだ。


「イズミ、ルーデルは見つかったか?」


 周りの騎士たちが落ち込んでいる所で、イズミの傍にリュークが来ていた。周りを見渡しているが、ルーデルの姿は確認できない。


「……見ていない。それよりもこれからどうなる? ルーデルが選ばれるはずではなかったのか?」


「私にも分からないな。最初から決まっていた事だが、まさかルーデルが来る前に全てが決まるとは……それよりもイズミ、王族席を見て見ろ。不自然だと思わないか?」


 イズミは、リュークに言われるままに王族が座っていた場所を見る。責任者らしき大臣が、王に詰め寄られていた。何か騒いでいたが、会場の視線はフリッツに注がれている。上級騎士たちが、慌てて視界を遮るようにカーテンを引く所が見えた。


 王の様子から、これは想定外の出来事だと分かる。王妃も、上級騎士から説明を受けていた。しかし、カーテンが閉まる前にアイリーンとフィナだけは静かに見守っていたのだ。ただ、フィナの周りの上級騎士たちは慌てていた。


「アイリーン王女はルーデルを憎んでいたな。そしてドラゴンに選ばれたのはフリッツ……偶然だと思うか?」


 リュークの考えに、イズミは流石にそこまでしないだろう。そう言い返そうとしたが、ルーデルのこれまでを思うと納得できる所があった。


「はめられたのか? それならルーデルは今頃……」


 嫌な予想が浮かぶと、イズミの顔色は悪くなる。ここ最近の胸騒ぎもあり、悪い事ばかり思い浮かぶのだ。


「簡単にはやられないと思うが、ルーデルは元から白騎士として認知されていた。力量を考えて、凄腕の騎士たちを用意すれば、簡単に捕まえる事も殺す事も出来るだろうな。だが、それはいくらなんでも悪手だ。殺した所で国の益にならない。普通はしないはずだが、ルーデルにドラゴンの住処への立ち入り許可を出した事もあるからな」


 イズミとリュークが考える中で、会場は慌ただしいまま次の流れへと移行する。正式にフリッツを近衛隊長に任命する事になったのだ。


「ルーデル……」


 イズミは心配しながら呟き、帰ってくると信じる事にした。



 王族の集まる場所では、フィナが冷めた雰囲気で周りを見ている。出来レースだと思っていたが、どうやらアイリーンが動いたと確信したのだ。ソフィーナを呼んで、現状の確認をする。


「ソフィーナ(あ~あ、やっぱり動いたか。まさかここまでするとは思わなかったわ。私もまだまだね。それはそうとこのままの流れで行くのかしら?)」


「はい、姫様」


 父であるアルバーハを眺めながら、ソフィーナを近づけさせる。王妃はフィナと同じように周りに確認を取っていた。だが、アイリーンとその周りだけは落ち着いていたのだ。アイリーンの護衛数名が、王の下へ出向くと、大臣と共にフリッツを正式に近衛隊長にして様子を見ようと説得していた。


「ししょ、ルーデル様は? (それよりも師匠だよ。近衛隊なんかどうでもいいし、こうなれば計画を変更すればいいから問題なし! 精々利用してやるとして……師匠はどこだぁぁぁ!!)」


「確認が取れていません。会場にも来ていないようです」


「そうですか……(不味いなぁ……師匠がいないんじゃ、私の計画に遅延が生じる。近衛隊は利用すれば問題ないけど、師匠がいないと私のクルトア・モフモフランドの夢がぁぁぁ!!)」


「ドラグーン二名の消息も不明です。こちらで独断で動いても宜しかったのですか?」


「無論です。何を呑気な事を言っているのですか? あなたも提出された報告書は読みましたよね。目星はついているはずですから、父上に説得を試みている大臣と上級騎士数名を調べ上げなさい(詰めが甘いのによくも成功するよね姉上は……護衛をこっちで選んで正解だったわ)」


 思い出すのは、不自然な報告書。捜索したにも関わらず、報告が曖昧で信用出来なかった。まるで、捜索など最初からする気が無いような印象を受けたのだ。


 フィナが報告書を呼んだのが一学期の始まりである。そこからソフィーナの部下を使って独自に動いていたのだ。


 フィナはそのまま混乱する場を眺めていた。その時だ。ソフィーナの部下が駆け込んで来た。額には汗をにじませて、緊急の用件だと叫ぶと、王族のこの場からの退避を申し出る。



 混乱していたのは首脳陣だけではない。会場も混乱していた。


「下がりなさい! 早く下がって!! ここにいたら踏みつぶされるわよ!」

「早く逃げろって言ってるでしょう!!」


 突然会場に舞い降りたのは、リリムとカトレアである。ドラゴンで舞い降りると、会場に残っていた騎士たちや関係者を避難させる。リリムとカトレアのドラゴンは、王族を守るような配置についていた。


 イズミは二人に駆け寄ると、ルーデルの事を聞く。ルーデルが二人が護衛に着くと教えてくれたから、イズミは二人なら何かを知っていると判断したのだ。


「すみません! ルーデルは、ルーデルやサクヤは無事なんですか!」


 避難をさせていた二人の顔が、一瞬だけ曇るのをイズミは見逃さなかった。だが、二人はすぐに空を見上げると大声で叫ぶ。


「あぁ、もう!」

「全員伏せなさい!!」


 二人が見上げたその先を、皆が見上げる。そこには、大きなドラゴンが小さなドラゴンを沢山引き連れた姿が確認できた。だが、その光景を誰もが疑ったのだ。小さなドラゴンたちだが、遠目に見ても幼いという印象は受けない。


 寧ろ、一匹のドラゴンが異常に大きいのだろう。そこまではいい。そこまではいいのだが、大きなドラゴンは空をフラフラと飛んでいたのだ。まるで飛ぶ事になれていないように見える。


 選考会の会場は、参加者が多過ぎた事もあって外で行われていた。王宮で行う事も出来ないので、平原で行われていたのだ。着地ならどこでもいいだろう。周囲はそう思っていた。だが、フラフラと飛んでくるドラゴンは、まるで吸い込まれるように会場を目指している。


 再び慌てて逃げ惑う騎士たちや関係者たち。イズミは、そのドラゴンにルーデルが乗っている事を直感で理解した。


 近づいてくるドラゴンは、普段見る事が出来るどんなドラゴンよりも大きかった。全体的にスリムだが、発達した大きな両腕に、巨体を飛ばすための大きな四枚の翼が特徴と言えるだろうが、それ以上に特徴的なのが、白くて綺麗なドラゴンだったという事だ。


 額には、青い宝石のような輝きが見える。そして、頭部には人が乗っていたのだ。鎧姿である人物だが、イズミは大声で叫んで手を振った。何故だか分からないが、ドラゴンを見てサクヤを思い浮かべる。


「ルーデル、こっちだ!!」


 手を振ったイズミを見つけたドラゴンは、イズミを目指して急降下した。フラフラと飛んでいたのに、急降下する時だけは鋭く綺麗に落ちてくる。そう、落ちてきた。


「馬鹿ァァァ!!」

「何で呼んだりしたのよ!!」


「え、えぇぇ?」


 リリムとカトレアに詰め寄られるイズミは、理解できなかった。折角ルーデルが来たのだから、近い方がと思ったのだろう。しかし、事情を知る二人かたしたら大問題だった。カトレアが周囲に早く逃げろと怒鳴る中で、リリムがイズミに簡単に説明する。


「あの子はまだ飛ぶのが下手なのよ!」


 流石にそれは思いつかなかったイズミは、空を見上げてしまう。すると、白いドラゴンがイズミめがけて落ちてきた。同時に、多くのドラゴンが白いドラゴンから周囲を守るような配置に着く。



「ま、間に合ったか!」


『うん、頑張った……褒めて』


 何匹かのドラゴンが、急降下してそのまま地面へと激突する『サクヤ』の下に潜って支えてくれていた。ルーデルは、周囲を見渡してイズミを探す。ルーデルのドラゴンとなった亜種である白いドラゴン『サクヤ』が、イズミを見つけると急降下したのだ。


 未だにつたない会話しか出来ないサクヤは、記憶や知識と言うものがない。当然、イズミの事も覚えていないはずだった。しかし、見つけると嬉しそうに急降下したのだ。ルーデルが止めるのも聞かずに……最後の手段として、ついてきてくれたドラゴンたちに助けを求めた。


「あぁ、お前は頑張ったな。だが、周りはもっと頑張ったから、お礼を言いなさい」


『うん、ありがとね』


 周りにいる野生のドラゴンに向けて鳴くサクヤ。ルーデルはサクヤから飛び降りると、イズミを発見する。座り込んだイズミは、サクヤを見上げていた。


「イズミ!」


 ルーデルが声をかけると、イズミは立ち上がってルーデルに詰め寄る。しかし、混乱しているのか、感情的になってルーデルに次々に言葉を投げかける。


「遅いじゃないかルーデル! それに何でこんな事になったんだ? もっと安全に着地できなかったのか? 私のせいか? 私が呼んだから!」


「……大丈夫だ。全部俺の責任だからな。それと、責任者はどこにいる?」


 辺りを見回したが、サクヤを見上げる騎士か、周りにいる多くの野生のドラゴンを前にして怯えた騎士しか見えなかった。イズミも見渡すが、緊急な事だったので、どこに行ったか覚えていなかった。代わりに、リュークやユニアスが駆け寄ってくる。


 二人の後ろを、アレイストがサクヤを見上げながら歩いてきていた。ユニアスは、ルーデルに近付くと頭をガシガシと撫でる。ルーデルに対して怒鳴るが、顔は笑顔だった。


「心配かけやがって! 今まで何してたルーデル!」


 リュークも呆れた顔をしているが、サクヤを見上げるとルーデルの夢が叶った事を祝う言葉を贈る。


「夢が叶ったなルーデル。お前もこれでドラグーンだな」


 二人を見て笑顔になるルーデルだが、イズミは素直に喜べなかった。何かを隠している気がしたのだ。アレイストも近付いて来ると、ルーデルを前にして照れくさそうに言うのだ。


「お、おめでとう」


 ルーデルは笑顔で言う。イズミからしたら、笑ってはいるがどこか悲しそうな笑顔だった。


「あぁ、みんなありがとう」



 会場の混乱が治まると、王族を含めた関係者たちがルーデルのドラゴンを見ていた。大きな野生のドラゴンが、子供のように見える巨体と美しい外見。


 王はルーデルを見て微笑むと、黙って手を叩いて拍手をはじめる。王に続けと、フィナも大きな拍手をルーデルに送り、ソフィーナを見て拍手するように圧力をかけた。


 一人、また一人と拍手をする人間が増える。会場でも、ルーデルを称える拍手が巻き起こる。


 会場の光景を、アイリーンは忌々しげに見つめていた。周りの騎士たちも拍手はしていない。


 フリッツは、自分のドラゴンの前で両膝をついて遠巻きに見ている。ルーデルの格好も、子供が夢見る憧れの騎士そのものであり、ドラゴンも美しかった。野生のドラゴンに見守られながら、周りにいる騎士からも拍手を送られるルーデル。


 自分が受けるべき称賛を、全てルーデルに掠め取られた気がしていた。

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