プリンの恩返し
一学期に入った当初、サクヤは抜け殻のように元気をなくしていた。心配したルーデルたちが、何かと面倒を見るのだが、しばらくすると元気な姿を見せる。
しかし、それは周りからしたら痛々しいくらいに空元気だった。ドラグーンになるための訓練にも励んではいたが、サクヤはどうしようもなく不安だった。死ぬ事の不安と共に、自分が忘れ去られる事が悲しかった。悲しむ内に、自分の気持ちに気付く……
◇
『手助けをしろ?』
ルーデルの剣を引っ張りだし、サクヤは再び二匹と会話を始める。今回は二匹の力を借りたいと言う申し出だった。猪の理解できないと言った声に、明るく返答する。
「そう! このままだと私消えるでしょ? だから、その前にみんなに恩返ししようと思うの」
少しやつれたサクヤの頼みに、一度は突き放した二匹は申し出を受ける事にした。鳥は、サクヤの気が済めばいいと思って簡単に聞いてみた。
『それで、我らに何をしろと言うのだ?』
「先ずは……」
◇
学園の食堂では、天気がいい時は食堂から見える中庭で昼食を取る事が出来る。昼時に、サクヤは貴族の子弟に囲まれるリュークに話しかけた。普段はルーデルもいるので、あまり問題にはならないが、サクヤ一人が気安く話しかける事に取り巻きたちは気に入らないといった態度を取る。
貴族の子弟たちを気にしながらも、サクヤはリュークに用件を伝えた。伝えた上で、リュークは昼食を終えて飲み物を飲みながら表情一つ変えないで言い放つ。
「何かして欲しい事は無いかだと? 無いな」
「そ、そこを何とか!」
奇妙な頼み事に、リュークは頭が痛くなる。元気がないと思えば、突然こんな事を言ってくる。ルーデルの影響だと思いながらお祈りをするような姿勢で答えを待つサクヤを見る。
「出直して来い。私は特に頼み事は無い。いや待て、ルーデルのレポートを借りていた所だ。これを返してくれればそれでいい」
手渡されたのは、ルーデルの魔法関係のレポートと、リュークのレポートに関する感想が書かれていた紙だった。期待していた頼みごとでない事に、不満な顔になる。
リュークは不満そうな顔を見て、厳しい意見を言う。
「もっとマシな頼み事をされたいなら、相手に信用して貰う事だ」
普段の行いを思い出し、肩を落とすサクヤはレポートを持って行こうとする。しかし、リュークは呼び止めるとサクヤに昼食のデザートを渡す。陶器の小さなカップにはクリームの乗ったケーキが入っている。
「これは?」
「手間賃だ。仕事の報酬としては悪くあるまい」
二人のやり取りを見て、取り巻きたちがリュークの行動に今までにない優しさを感じていた。普段はルーデルたちと共にいるので、たまにしか昼食を共にしない取り巻きたちが驚いたのだ。
「……ありがとう、ございます」
言いなれない言葉使いに、自分で恥ずかしくなってその場から逃げ出すサクヤ。
◇
レポートをルーデルに渡すと、今度は訓練場で汗を流しているユニアスの下に向かった。汗を流している学生たちが、清々しいと言うよりも暑苦しい。訓練場にいるのがほとんど男だからだろう。
「頼み事だぁ? ねーよ」
木剣に重りをつけて素振りをするユニアスは、二学期のルーデルとの対決に向けて鍛えていた。サクヤの顔を見る事も無く、剣の素振りに集中する。
「そこを何とか!」
大声でお願いしてくるサクヤに、ユニアスも呆れて休憩を取る事にした。ベンチに座りながら、取り巻きたちが用意したタオルや飲み物で休憩に入る。
「無いんだよなぁ……あ、一つだけあったな!」
「何々!!」
ユニアスの閃きに、サクヤは目を輝かせて食い付いた。食い付いたが……ユニアスの頼みと言うのが何とも言えない物だった。
「行きつけの店に狙っている女がいるんだが、そいつの好みが知りたいんだよ。普段なら調べるんだが、無口な女でさぁ……丁度困っていたから調べてくれ」
店の場所や、女の特徴を楽しそうに話すユニアスに、サクヤは若干呆れた。
「え、えぇ……分かったわ」
鳥にでもお願いして、調べて貰おうと思って歩き去るサクヤに、ユニアスは取り巻きが持っていた焼き菓子の入った袋を投げて寄越す。
「食い過ぎんなよ」
笑いながら見送るユニアスが素振りを再開しようとすると、サクヤは焼き菓子の入った袋を握りしめて頭を下げた。
「ありがとうございました!」
ユニアスは、サクヤのお礼を嫌味かと思い聞き流した。
◇
鳥に調べて貰っている間に、サクヤは猪と作戦会議をしていた。小さな身体で具現化した鳥が、ユニアスの狙っている女の事を調べこいと言われ、文句を言いながら飛び立った後……思っていた頼みと全然違う事に、サクヤは悩んでいた。
「これってお使いよね? 贅沢は言いたくないけど、もっといい頼み事とか無いのかしら……」
『贅沢な奴だな。まぁ、急に言われては誰でも困るだろうがな』
「どうしたらいいのよ! このままお使いをして終わりなんて、嫌よ私!」
『普段の行いのせいだろうな』
冷たい猪を睨みつけるが、すぐにベッドで横になり次を考えるサクヤ。
「次は……あいつかなぁ……でも、あいつはなぁ……」
サクヤが嫌がる相手は、天敵になりつつあるアレイストだった。サクヤの事をプリンと呼んだり、馬鹿にしたりするアレイストには腹が立っていた。しかし、寂しい時に現れて来てくれたのもアレイストだ。まだ、女神として神殿で寂しく人々を待ち続けていた時の事を思い出す。
思い出すと、嫌いだが会いに行かなくてはいけないと思い、ベッドから出てアレイストを探す。
◇
「はぁ? お前に頼み事なんかある訳ないだろ。僕の悩みは、お前なんかに解決できる物じゃないんだよ」
夕方になり、ベンチに座って疲れた顔をするアレイストを前に、サクヤは拳を握って睨みつける。こんな奴だが、寂しい時に来てくれた思い出があるのだ。
「じゃ、じゃあ聞くだけでもよくない。話すと楽になるっていうし」
「えぇ、僕にとっては大事な事なんだけど……まぁ、いいや。実はミリアにパーティー以来嫌われててさ。近付いても避けられて誤解を解けないんだ」
内心では呆れるサクヤだが、ようやく頼み事らしいものを聞けてやる気になる。ただ、アレイストは実際に五人もの下級生に言い寄られているのも事実。はた目から見たらハーレムだ。誤解ではないような気がすると、サクヤは思う。
「まかせて! ミリアに謝るチャンスを作ればいいのね!」
喜んで駆け出すサクヤは、ユニアスの頼み事を調べ終えた鳥とも合流して、猪も連れ出してミリアを探す事にした。
学園内が暗くなり始めているので、急いで探す。すると、鳥が図書館から出てくるミリアを発見し、急いで確保に動く。ミリアを猪が背に乗せると、急いでアレイストの下へ送り届ける。
「な、何なのよぉぉ!! 身体は動かないし、変な猪は出て来るし!」
鳥の魔眼で身体を麻痺させると、猪が現れていきなり運ばれたのだ。ミリアは普段の落ち着いた雰囲気を大事にしていたが、急な展開に慌てる事しか出来ない。
ミリアを連れてきた猪を見ると、アレイストも状況が理解できなかった。しかし、駆けつけたサクヤが叫ぶのだ。
「今よアレイスト、誤解を解きなさい!」
アレイストの後ろから走ってきたサクヤは、そのままの勢いでアレイストの背中を押した。早くしろよこのヘタレ! そう思いながら突き飛ばす……が、鳥の魔眼から解放され、猪の背から降りたミリアに向かってアレイストは突き飛ばされたのだ。
結果は、アレイストがミリアを押し倒す形になる。好きな相手を押し倒したアレイストは、緊張と興奮で頭の中が真っ白になる。すると、最初の誤解を解く話を忘れ、大声で告白をした。
「み、ミリアさん! 好きです、大好きです! 付き合って下さい!!」
「何言ってるのよアレイスト! 周りをよく見なさい!!」
押し倒されたミリアは、魔眼から解放されたばかりで身体の動きが鈍い。アレイストから逃げ出す事も出来ないのだが、周りを見て状況を理解する。学園で夕方と言うのは人通りが多い。ミリアが図書館から出たように、寮へと戻る生徒が多いからだ。
そして、人通りの多い時間に目立つ事をすればどうなるか……
野次馬が大量に集まり、二人を見ている。
「え、えぇぇぇ!! ちょっとこれは……おい、プリン頭!」
サクヤはどうしていいか分からず、鳥や猪は退散した後だった。立ち尽くすサクヤは、泣き出してしまう。こんなはずではなかったと思い、泣きながら謝る。
「ごめんなさい……」
「ごめんじゃなくて! お前はこの状況をどうして、ヒッ!!」
混乱するアレイストとミリアの前に、サクヤを庇うようにイズミが登場する。寮へと帰る途中で、騒いでいるのを確認したのだ。様子を見れば、サクヤが泣きながら謝っている。ついでにミリアをアレイストが押し倒している……判断に困る状況だが、泣いて謝るサクヤを放置は出来ないと前に出たのだ。
ただ、夕暮れで女を押し倒しながら他の女を泣かせているアレイストには、少々言いたい事もあった。自然と目つきは鋭くなり、見下ろされるアレイストは夕暮れで自分を見下ろすイズミが怖く見えた。
「状況は理解できないが、先ずは立とうか二人とも?」
野次馬の中には一年生たちもおり、学園でも上位の実力を持つアレイストがイズミを怖がっているのを見る。
◇
イズミの部屋に招かれたサクヤは、暖かい飲み物を飲みながらこれまでの事を話した。リュークにはじまり、アレイストまでの事を話すと、イズミは苦笑いとなる。
「誰かの役に立つのは大事だよ。でもね、そんなに急がなくてもいいんじゃないかな?」
イズミの諭すような言葉が、サクヤの心に深く突き刺さる。サクヤは、自分の事情を話す事はしない。心配をかけたくなかったのだ。
「で、でも、私だって役に立ちたいし、恩返しだってしたい……」
絞り出すようなサクヤの声に、イズミは困ってしまう。最近は元気が無かったし、元気になれば役に立ちたいと言うサクヤが酷くもろく見える。イズミはサクヤに付き合う事にした。
「じゃあ、私の願いを聞いてくれないか?」
「うん!」
喜んだサクヤを見て、イズミも嬉しくなる。だが、イズミにもサクヤに頼むような願いは無かった。話を聞く限りでは、お使い程度の事ではサクヤが納得しないと思い、元気になったばかりで無理はさせられないと考える。
そして、はじめて会った時のルーデルの説明を思い出したのだ。元女神で、職業を決める者だと……イズミも信じたわけでは無いが、本人も真顔で女神だと言うのだ。
「私の願いは上級騎士になる事だ。サクヤのおまじないをかけて貰えると助かるよ」
おまじない、と言われてもサクヤも困るが、イズミの頼みだ。もう女神の力は残っていないが、頑張って願う事を叶える事にした。
イズミの前に立つと、サクヤは普段の言葉使いではなく、女神の時の言葉を使う。
「我は導く者、道を指し示す者。汝の願いは聞き届けられた。汝、騎士の上に立ち、国を守る守護者なり……」
まるで本物の女神のようだと思いながら、イズミはサクヤに対して礼を言う。
「ありがとうサクヤ、これで私も安心できるよ。何と言ってもサクヤのお墨付きだからね」
「……ううん、私こそありがとう。」
嬉しそうで、泣きそうなサクヤは、イズミに抱き着いた。泣きそうな顔を、イズミに見せたくなかったのだ。
◇
一学期も半ばに入ると、サクヤは学園の知り合いのほとんどの願いを聞く事が出来た。ほとんどがお使いか、逆にお菓子を貰う事が多かったのだが、それでもやり遂げた。
フィナの時だけは困ったが、最終的には妹弟子と認められて仲良くなれたのが嬉しかった。
だが、問題が残っている。ルーデルだ。一番の恩人に、願いを聞いても無いと即答される。実際、サクヤはルーデルのお世話になっており、頼み事など聞いて貰うよりも聞く立場だった。自分の事は自分でやるのがルーデルで、役に立つ事が出来ない。
ただ、サクヤはどうしてもルーデルに恩返しがしたかった。
当のルーデルは、王宮からの手紙を見ていた。長期休暇時にドラゴンの住処に向かう許可と共に、ドラグーン二名の同行を命じた書類も入っている。
「誰から?」
気になったサクヤが、ルーデルに聞く。ルーデルは書類を大事そうに机にしまうと、サクヤに事情を説明した。
「ドラゴンの住処へ行く許可のような物が降りた。本来は必要ないんだが、ドラグーンも二名ほど同行して貰う事が決まったな。普通は同行しないんだが、俺の立場では一人では行かせられないらしい。まぁ、二人とも知り合いだから問題は無いけどな」
サクヤは、ルーデルの説明を聞くと色々と思いだす。アンデッドドラゴンの事と、ルーデルの特殊な事情……サクヤは、ルーデルには絶対にドラグーンになって欲しかった。力を失くした今の自分では役にも立たないが、どうしても役に立ちたかったのだ。
ふと、サクヤは自分が出来る事を思いつく。絶対に周りは反対するだろうが、今の自分が出来る、いや、自分しか出来ない事を……
「ドラグーンが来るの! ルーデル、私もドラゴンの住処に行きたいわ! いえ、絶対に行くからね!!」
「長期休暇中だぞ? 俺は一回実家に戻るんだがな」
「連れって行ってよ! お願い……」
すがりつくサクヤに根負けして、ルーデルは許可する事にした。ドラゴンの住処は危険なので、実家で待って貰おうと考えたのだ。妹のレナもおり、遊び相手にはなるだろうと甘い事を考えていた。
逆に、サクヤは決意を固めていた。