表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/167

青年と時

 最上級生となったルーデルたちは、色々と問題はあったが無事に新学期をスタートした。男子の監督生には、三公の嫡子が相応しいと半ばごり押しで学園側からルーデルたちが任命される。


 女子の監督生がイズミになった事もあり、学園側は最善と思われる手を打ってくる。異国の女子が監督生という事で、新入生の貴族たちが反発はしたが学園側は譲らなかった。


 女子の監督生はイズミに! これは学園の教師たちや関係者の願いだった。入学して四年、最も問題児が揃ったとされる五年生の中で、イズミの存在感は大きくなっている。ルーデルと言う問題児が、絶対に逆らわない事に加え、虎族の男子たちが頭を下げる人物はそうそういない。


 イズミにしてみれば、何故自分がこんな事に? といった感じだろう。だが、周りはイズミしかいないと判断していた。


 監督生となり忙しくなったイズミだが、自室でサクヤに文字を教えている。女神云々は流石に信じていなかったが、手のかかる妹と思いながら面倒を見ている。だが、最近のサクヤはどうもおかしかった。前は、ドラグーンになると言いだして張り切っていたのだが、今は体調も悪い時があり集中できていなかったのだ。


 病気かと思い、保健室で診て貰ったが異常はない。サクヤ自身も最近の体調不良が気になっていたが、一時の事だろうと割り切っていた。いや、考えないようにしていたのだ。手が震えだした日から、目まいがする事も増えてきていた。


「大丈夫かサクヤ? 今日はここまでにする?」


 勉強が進まず、身体の調子が悪い事もあって苛立ちばかりが募りだしたサクヤに、イズミは優しく声をかける。しかし、サクヤはしがみつくように勉強をする。


「ま、まだやる……」


 焦るように勉強するサクヤの姿は、ルーデルとは違った焦りが見え始めていた。



 新学期という事で、上級生たちは下級生の面倒を見る事が多くなる。寮では基本的なルールから、暗黙のルールまで教え込むのだ。だが、例年通り高い身分の貴族の子弟たちは上級生を馬鹿にした感じで話を聞こうとはしない。説明するために男子寮の食堂を利用しているが、貴族の子弟たちは話をし始める。


 教える側の上級生も、普段なら身分が上の下級生には注意しないのだが、ここ最近はクルストやフリッツの事で不祥事が続いていたので注意する。卒業生たちが考え出した『奥の手』を思い出す上級生の男子。


「いいか、一度しか言わないから覚えとけよ。この学園で最強は四人いるが、その四人が絶対に逆らわない人物がいる。誰か分かるか?」


 寮を案内する五年生に、貴族の一年生は模範解答をする。


「第二王女様でしょ。それよりも最強が四人っておかしくないですか? 馬鹿なんですか先輩」


 一人の生徒の発言に、同じように周りにいた一年生が笑い声をあげた。が、上級生は気にした様子もなく説明を続ける。


「馬鹿にしたければすればいいが、四人と言うのは『アルセス家』『ディアーデ家』『ハルバデス家』『ハーディ家』の嫡男だ。全員貴族で君たちよりも身分が上になるね。前にも調子に乗った一年生が瞬殺されているが、この四人は手を出さなければ何もしないから大丈夫。ただね……この四人が逆らえない人物がいるんだよ。王女様以外でね」


 馬鹿にした笑い声を出していた生徒たちの顔が引きつると、去年の卒業生たちがしていた脅しをする。問題児や女子寮に王女様がいる中で、頑張って役目を終えていった先輩を思い、監督生の一人である五年生の男子は笑顔で告げた。


「五年生の女子に『イズミさん』という女子寮の監督生がいるんだ。その人には何があっても逆らわないように……学園最強が黙ってないよ」


「そ、それがなんだって言うんです? 名前からして異国の女子ですよね? 俺たちを脅したって……」


「あぁ、ごめんごめん。君には理解できないかな? 言い方を変えるとね、三公の嫡子でも逆らわないのに、お前みたいな奴が逆らっていい訳ないだろ、って事なの。それから女子寮に忍び込もうとかすると、本気で斬られるから注意してね。今は王女様もいるから警備も気が立ってるし、上級騎士たちが帯刀して待ち構えているよ」


 淡々と説明する五年生に対し、家から学園に来たばかりの生徒たちは傲慢な態度を崩そうとしない。学園で自分の実力を知ると、大人しくなる連中もいたが、実家の身分を利用して学園でも偉そうな態度を取る生徒は必ずいた。


 だが、寮の食堂で説明をしていた監督生の下に、ルーデルたちが現れる。本来は監督生などしたくなかったルーデル、ユニアス、リュークだが、学園側からの強い要望と、ルーデルがイズミに説得された事で渋々了承したのだ。


 教師から監督生として見本になるようにと、お願いされていたので遅れての登場となる。男子寮の食堂は、一気に静かになった。将来の国の重鎮たちがいると思うと、貴族の子弟は借りてきた猫のように大人しくなる。平民出の生徒たちも、雰囲気にのまれていた。


 食堂に来たルーデルたちは、一年生を前に自己紹介をする。だが、ユニアスは監督生になって遊べる時間が減った事で不機嫌だった。夜な夜な遊び歩いていただけに、五年生で余裕が出た時期で監督生の仕事をするのだから当然? だった。


「お前らに言っておく。俺の邪魔をするな、俺に迷惑をかけるな、俺の言う事は聞け……分かったな?」


 元々体格も大きく、迫力のあるユニアスの言葉に一年生たちは頷いた。幼さが消えて、知らない人間が見たらユニアスは危険人物に見える。次にリュークが説明する。


「ユニアスの事はどうでもいいが、私も同じだ。だが、夜は静かに読書をしたいからな……馬鹿騒ぎをしたら謹慎室に放り込むから覚えておくといい」


 ユニアスとは違った冷たい雰囲気を出すリュークに、生徒たちは段々と暗くなる。だが、ルーデルの発言で少しだけ明るくなる。


「二人とも酷いな。少々の事は目を瞑ってもいいんじゃないか? 俺も迷惑をかけてきたし、少しくらいは大目に見るよ」


 優しい先輩だ。一年生が安堵したが、次の一言でルーデルが一番怖いと思う事になる。


「だけど、女子寮で迷惑をかけると困るから……その時は覚悟しておけ」


 笑顔から一転して無表情なルーデルの顔に、一年生は縮み上がる。最初から一年生を少し脅しておけと教わったルーデルたちは、軽い気持ちで脅しをかけていた。だが、上級生の出す雰囲気とはまた違った凄みに全員が逆らう事を諦めた。


 最上級生になると、ルーデルたちは二十歳だ。身体も成長して大人びた雰囲気が出ている。未だに幼い一年生たちを前に、ルーデルは入学した時の事を思い出す。学園に来た時は、まさか自分が監督生をする事になるとは思いもしなかった。


 ルーデルの脅しに、リュークが溜息を吐く。冷たい感じを受けるリュークだが、入学当初よりは人当たりもよくなっていた。


「ルーデル、それはイズミに迷惑をかけるなという事か?」


 リュークと同じように、ユニアスも少し呆れた顔をする。



 男子寮とは違い、女子寮ではイズミが淡々と説明をしていた。最初こそ、異国の人間として奇異の目で見られていたイズミだったが、説明は順調に進む。


 理由は簡単だ。三公の嫡子を従えるような女に逆らう事の不利を感じたからだ。


 平民出の生徒には、寧ろイズミが監督生になれる事に好感を持っていた。平民でも認められると、期待する事が出来るからだ。逆に、貴族からは不満だった。


 優良物件になり、競争率の激しくないルーデルの女だと思われている。邪魔だが、排除する訳にもいかない厄介な存在と認識されていた。


「浴場や食堂の時間については以上かな……質問があれば受け答えをしよう」


 大人になったイズミは、落ち着いた雰囲気と元からの凛とした立ち姿で一部の女子から憧れの先輩と慕われている。黒く長い髪が、一年生には輝いて見えていた。


 そんな食堂で、一人の生徒が手を上げる。素朴な感じの一年生で、平民の女子たちと固まって座っている事から身分は高くは無い。だが、突拍子もない事を聞いてくる。


「どうしたら先輩みたいになれますか?」


 イズミに憧れたその女子の瞳は、輝いていた。イズミも、何度か同じような質問も受けた事がある。だが、自分みたいに、というのが理解できない。それに、今は時と場所が悪い。


「出来れば説明している内容に関しての質問がいいんだがな」


 イズミの言葉に俯く女子。しかし、イズミはフォローもする。


「……だが、学園に来たんだ。学ぶうちに自分を磨けばいい。私みたいにならなくても、きっと自分の理想を見つけられるはずだよ」


 更に憧れの視線が増える中で、イズミは寮内でのルールの説明を続ける。だが、暗黙のルールの説明になると少しだけ疲れた顔をする。何名かの監督生たちも、この暗黙のルールには困っていた。


「それから、これは公式のルールではないんだが……女子寮である男子を見たら、すぐに部屋に逃げて絶対に中に入れないように」


「男子は女子寮に入れませんよね?」


 一年生が、何故当たり前の事を説明するのか不思議そうにしている。実際に、男子を女子寮に誘わないという内容はすでに話し終えていた。


「いや、その……」


 監督生である上級生たちが、言い難そうにしているのを見て不安になる一年生たち。イズミを含めた監督生たちが小声で話し合うのを黙って見ていた。女の子であるから、実家でも学園では男に注意しろと教わっている。頭の中を嫌な想像が支配する。


 だが、上級生たちの説明を聞くと話は全然違った。


「……ある男子が、ほとんど顔パスで女子寮に入ってこれる。迷惑な事だが、相手には理由もあって地位もあるから追い返す事は出来ない。ただ、襲われる心配はないから安心して欲しいんだが……すまない。見つけたら逃げる事を進める。決して近付いては駄目だ! ……撫でられる」


 意味が分からないといった顔をする一年生たちを見て、イズミはルーデルを心の中で怒りたい気持ちになる。実際にルーデルのアレを見てなければ、誰もが危険性など気付かない。


 イズミが注意するまで、被害者は獣人を中心に広がっていたのだ。アレはヤバイ! それが女子寮での暗黙のルールだった。興味本位で撫でられた生徒が、忘れられない身体にさせられた。


 一年生たちの怪しむ顔を見て、イズミたち監督生はルーデルを恨んだ。



 ルーデルたちが男子寮を出た後に、サクヤはルーデルの剣を取り出した。目的は剣に眠る二匹だ。自分の身体の異常について、何か知っているのではないかという思いから聞く事にした。


 ルーデルの部屋で、鞘に収まった剣をベッドの上に置いて二匹を呼び出す。


「聞こえてる? 少し聞きたい事があるんだけど」


『何だ?』

『……』


「最近、身体の調子が悪いんだけど、診て貰ってもなんともないの。これってアンタたちの仲間が原因じゃない? 早く治して欲しいんだけど」


 最近の不調に、段々と焦りが募りだしたサクヤが弱気な自分を隠して強気の態度で二匹に聞く。


『さぁ?』

『まぁ、いい。剣の柄にでも触れてみろ。何か分かるかも知れないからな』


 鳥の言葉に従って、サクヤは剣の柄を握る。軽い振動を感じると、身体を何かが駆け巡った。驚いて剣の柄を放すサクヤが、二匹に文句を言う。


「な、何してんのよ急に!」


『……これは』

『確かにそうだ』


 怒り出したサクヤを無視して、二匹は話し合いを始めた。サクヤには内容は理解できなかったが、雰囲気的に不味い気がした。段々と口数が減り、サクヤは緊張する。


『よく聞け……お前の肉体は黒い霧が作り出した仮初の器だ。ルーデルとの戦闘のためだけに作り出した、言わば一度きりの使用しか考えられていない使い捨ての身体だ』


 サクヤの背中を嫌な汗が流れる。目は見開かれ、口からは言葉が出なくなる。続けて、鳥が今のサクヤの状態を簡単に説明する。


『今までよく持った方だが、お前の身体は維持できなくなってきている。元は女神の魂が、無理やり人間の身体に封じ込められたからな。限界が来たようだ』


「うそ、嘘よね?」


 身体が震えだしたサクヤは、急に怖くなってきた。女神であった時には経験した事が無い、死と言う恐怖に身体や心は敏感に反応する。


『事実だ。お前の身体は限界を迎えている』


『……我らのした事だが、責任は取れん。すまない』


 二匹のいたわるような声がルーデルの部屋に響く。サクヤは、諦めきれないのか二匹にこのままでいたい事を告げる。


「身体を作ったあの霧なら、なんとか出来るんでしょう! ねぇ、そうなのよね! だったら霧に頼めば……」


『すまん。お前の身体を作り出すために、お前の持っている力が使われた。代用できる物が無い上に……』


 言い難そうにする猪と違い、鳥は事実を告げる。


『無理やり魂を封じ込めたのだ。お前の魂も女神に戻る事は無い。今のお前は人の形をしながら、女神の魂を持つ歪な存在だ。このまま身体が限界を迎えれば、お前は消える』


 事実を突きつけた鳥だが、残された時間をサクヤが悔いの無いように過ごせればと考えて告げた。


「う、うぁ……うわぁぁぁ!!」


 泣き叫ぶようなサクヤの悲鳴は、授業で誰もいないルーデルの部屋に響く。恐怖や悲しみ、それらがサクヤを襲う中で、サクヤは女神でいた時には感じなかった別れを理解する。思い浮かぶのは、神殿で出会ったアレイストやルーデル。そして学園での人との出会いだ。


「どうしてよ。折角、私にも友達が出来たのに……ようやく目標だって出来たのに! 何よ、時間が無いって、どういう事よぉ!!」


 二匹は、黙ってサクヤの発狂した姿を見守る。


「約束したのよ! ルーデルにも、イズミにも! ドラグーンになるって約束したもん!」


 小さな子供のように泣きわめく姿が、痛々しく見える。二匹は、あえて冷たい口調で突き放す。恨んでくれていい、憎んでくれていい……自分たちはなんと愚かな存在か……二匹はそう思いながら、嫌われ役に徹する。


『泣き叫ぶのもいいが、残り少ない命をどうするか考えたらどうだ?』


『理解できないな。元は人間を超えた存在だろうに……』


 ただ、アレイストを盛り立てるために生み出された三匹は、自分たちが世界から嫌われているように感じた。誰かを不幸にする事でしか、目的を達成できない自分たちに嫌悪する。


 だが、猪や鳥も身体を失くしてルーデルの魔力で生きながらえているだけの存在だ。いずれは消える。その事を、二匹は黙っていた。黙って、サクヤがポコポコと剣の鞘を叩くのを我慢する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ