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青年とパーティー

『それでは、卒業生の今後を祝って、乾杯ぃぃぃ!!』


 フィナが考えた卒業生の門出を祝うパーティーは、予想を超えた規模になっていた。会場では、在校生の司会者が乾杯の音頭を取っている。


 規模が大きくなり過ぎて、最終的には学園主催という形に落ち着いた。卒業生は全員参加、在校生である三,四年生が設営や準備を行い、当日は一年生や二年生たちが会場で働いていた。


 全員が制服姿で参加しており、飲み物や料理を配る基礎課程の生徒たちだけが上着を脱いでいる形だ。男子と女子の寮の食堂、学園の学食と総出で用意した料理を前に、ルーデルたちも参加している。


「随分な規模だな。学生時にこれだけの物を経験するとは思わなかった」


 卒業生や三年生たちに挨拶を済ませたリュークが、ルーデルとイズミに合流する。設営に参加すれば、在校生も参加できる物になり、ルーデルは喜んで設営に参加した。ルーデルに連れられる形で、リューク、ユニアスも参加した設営会場は貴族社会で生きる生徒たちには驚きである。


 貴族の生徒も手を抜かないで、順調に準備が進んで今に至るのだ。


「リュークは挨拶は終わったのか?」


 ルーデルは、サクヤの面倒をイズミと見ながら会場を見ていた。遠巻きに貴族の生徒が見ているくらいで、挨拶に来たのは基礎課程時代のクラスメイトたちに、五年生の獣人たちだけだった。知人たちにも挨拶を済ませ、残るはフィナに挨拶するだけだが、フィナは話しかける生徒が多くて順番待ちの状態だった。


「あぁ、すでに話はついているからな。有望そうな人材にも声はかけてある。今年は六人も盾騎士を手に入れたからな、私の計画通りに進んでいるよ」


 サクヤはリュークが何を言ってるのか理解できなかったが、目の前の料理が美味しい事だけは理解できている。リュークの発言を無視して料理に手を伸ばしていた。


 イズミは、リュークの計画を思い出す。盾騎士に新しい価値をつけると言いだして、去年バーガスを無理やりハルバデス家に引き抜いた。ユニアスと揉めた事も思い出し、何もなければいいのに……そう思っていたら、ユニアスが不機嫌な顔で近付いてくる。


「おい! 去年に続いて今年もやってくれたなモヤシ野郎! 去年はバーガスを引き抜いた癖に、今年もめぼしい連中を引き抜くとはどういう事だ!」


 怒鳴るようなユニアスに対し、リュークはレナの事でからかわれている借りを返すかのように余裕の表情で言い返す。気分がいいのか、ユニアスとは対照的に笑顔だ。


「ふぅ、ユニアス、彼らが活躍できる場を、私が提供したに過ぎない。変な言いがかりは止めて貰おう。それにだ、お前は去年も同じ事を言ってるぞ。少しは学習したらどうだ?」


 物々しい雰囲気の中、ルーデルはバーガスの事を懐かしみ、サクヤは料理に夢中。イズミだけが二人を仲裁する。周りは遠巻きに仲裁するイズミを見ているだけだった。


「二人とも、今日は祝いの席だろう。もう少し仲良く出来ないのか?」


 困った顔のイズミに対し、ユニアスは不機嫌に、リュークは笑顔で断言する。


「無理だ!」

「それは出来ない」


 断言する二人を見て、ルーデルも口を出す。


「二人は結構仲がいいよね」


 ルーデルの言葉にむきになって反論するリュークとユニアスを見て、イズミも仲が良い事は理解した。必死な形相で、ルーデルにいかに自分たちが不仲なのかを説明する二人を暖かく見守るイズミだった。丁度その頃、微笑ましいルーデルたちとは別の場所で、騒ぎが起きる。


「キャァァァ!!」

「ご、ごめんなさいぃ!!」


 会場にアレイストと女子生徒の悲鳴が響き渡る。



「い、いったい何をするんだ!」


 転んだアレイストの上に覆いかぶさる女子は、青い髪を肩まで伸ばした生徒だった。肌は白く、上着を脱いで会場で飲み物を運んでいた所でアレイストとぶつかったのだ。因みに、キャァァァと叫んだのはアレイストである。


 何故か、それはぶつかった上に滑って転んだ女子が、アレイストの股間に顔をうずめているからだ。代わりに、女子の下半身はアレイストの目の前……顔の赤くなるアレイストを、友人数名が助けに来る。


「何してんだよアレイスト! 計画はどうなった!」

「セリやジュジュに、ユニアとルクスを折角遠ざけたんだぞ!」

「今がチャンスだったのに……」


「本当にごめんない! ごめんなさい!」


 文句を言う友人たちに謝りながら、転んだ女子がアレイストに謝罪する。ただ、格好が不味かった。引き離されるように友人たちに助けられたアレイストに、女子がすがりついている格好だったのだ。運悪く、その現場だけをミリアが目撃する。


 表情を引きつらせ、アレイストを見るミリア。見つめ合う二人だが、女子がアレイストのズボンを引っ張り過ぎてずり落ちている。パーティーを利用しての告白を計画していたアレイストたちは、計画の失敗を確信した。


「最低ね」


「ち、違うんだ! これは違うんだよミリアァァァ!!」


「呼び捨てにしないで!」


 混乱する場から去るミリアに、アレイストは手を伸ばしたまま固まってしまう。青い髪の女子は『ネイト』という恋愛対象キャラだった。



 遠巻きにアレイストの喜劇を見るフィナは、内心で大笑いしていた。ピクピクと誰にも分からない程度に腹筋も動いている。アレイストが、去年に虎族と毎日モフモフしていたという情報を聞いてから、殺意に近い嫉妬を覚えていたのだ。


「あら、大変ですねアレイスト殿も……(ふぁっ! やりやがったなあの野郎! いい気味だ)」


 今のフィナは、貴族の子弟とはあらかた話を終えている。気ままに獣人たちと話をしていた。特に、虎族を中心に話をしている。自分もアレイストのように毎日モフモフと鍛えて欲しいと内心で思いながら、まじめな会話をしていたのだ。


 亜人との交流も大事だと表向きの理由を使い、フィナは獣人たちとモフモフしている。ネースがルーデルの所に行きたそうにしている姿や、虎族の女子がモジモジしながらルーデルを見ている姿に軽い興奮を覚えている。


 虎族の男子たちも、普段とは違ういじらしい同族の女子を見て確信していた。気が強く、男を尻に敷きたがる虎族の女たちを何とかできると……


「兄貴、やっぱりルーデルさんは偉大すっね!」

「見て下さいよ、みんな可愛げを取戻してますよ!」

「あぁ、いいかお前ら、絶対にアレを極めるぞ!」


 やけに盛り上がる虎族の男子たちに声をかけたフィナだが、別に虎族だけに声をかけている訳ではない。クルトアでは差別されている亜人たち。彼らは立場が弱く、学園を卒業するとすぐに辺境や小競り合いの続く危険地帯へと送られるのだ。


 そこに目を付けたフィナは、将来のために準備をする事にしたのだ……。消耗品程度にしか考えていないクルトアの上層部の目を欺き、フィナの計画は着々と侵攻していた。


 無駄に有能なフィナの背中を、護衛である上級騎士のソフィーナは呆れて見ている。計画を聞かされて手伝わされているソフィーナだが、その手腕を国の為に使わない事に不満があった。ただ、己が欲望の為に爆進するフィナは誰にも止められない。


「卒業生しても、皆さんの事は絶体に忘れません(卒業しても、私のモフモフたちは、絶対に逃がさないから、覚悟してねぇぇぇ!!)」



 パーティーが終わると、卒業生は寮から出る準備をする。卒業生が出ていった部屋は、今度入学する生徒たちが入る事になる。


 ルーデルたちにとっては、最終学年である。ルーデルにしてみれば、ドラグーンになれるかなれないかの瀬戸際であり、イズミにしても上級騎士になれるチャンスがあるのはこの一年だった。上級騎士にはいくつかの入団パターンが存在する。騎士として実績がある者、学園で成績優秀だった者……イズミが狙うのは、学園での成績優秀と判断される事だ。


 異国で産まれたイズミにとって、卒業してしまうとチャンスは一気に遠のいてしまう。


 リュークやユニアスは、実家に戻って家督を継ぐ準備に入る。形式上は国に忠誠を誓うが、二人は広い領地を所有する大公の家系だ。卒業後に自由など無い。


 だが、ここで一人だけ進路に悩む者がいた。アレイストである……


 本来なら伯爵家の嫡男であるため、実家に戻って領地経営が仕事になるはずだった。しかし、今のアレイストは黒騎士と言うなんとも手の出し難い立ち位置にいた。


 アレイスト自身が進路を決められないのではなく、周りがアレイストの進路を決められなかったのだ。ルーデルと違い、成り上がりのハーディ家には、軽々しく口を出せない状態である。


 頑張ろうと思ったのに、未だに周りに流されるアレイストは、朝早くにルーデルに会う事にした。仲の良い友人たちに相談しても、答えは出なかった。心配はしてくれるが、国の命令には逆らえないという事を再認識して終わってしまう。


 男子寮の中庭で、朝から暑苦しい男子たちが朝練をしている風景を眺めながら二人は話をする。アレイストは中庭にある岩に座り、ルーデルは素振りをしながら相談に乗る事にした。


「それで、どうすればいいか分からないという事か?」


「あ、あぁ……僕には自分の道を選べそうにないんだ。けど、お前なら、ルーデルならどうするかと思ってさ」


 悩んでいたアレイストにとって、超えるべき目標だったルーデルに相談するのも変な気分だった。だが、ルーデルは相談を受けるには不向きな人間だ。


「俺がお前の立場でも、俺はドラグーンを目指すぞ」


「いや、僕はドラグーンになりたいとかじゃなくて!」


「分かってる。アレイストはドラグーンになる気はないと知っているよ。だけどな、俺はどんな立場でもドラグーンを目指す。自分のやりたい事をやる」


 素振りを止めて汗を拭くルーデルは、空を見上げた。自分に言い聞かせるように、空に向かって呟く。


「これしかない。俺にはこれしか……だから命だってかけられる」


 決意の籠った声を聞いて、アレイストは何と言っていいか分からなくなる。前からすれば真剣なアレイストだったが、狂気にも近いルーデルの本気を見たような気がした。


「すまないな、俺には相談に乗る事は出来そうもない。ただ言えるのは、流石に五人と付き合うのはどうかと思うぞ」


 下を向いたルーデルが、アレイストに困った顔をして声をかけたらまた素振りを再開した。アレイストは、最後のルーデルの言葉に叫ぶように反論する。


「だから! それは違うんだって! 僕が本当に好きなのは、その五人じゃないんだよぉ!」


「……アレイスト、まだ増やすのか? 流石に普段から優しいイズミでも、お前の行動には腹を立てていたぞ。男の甲斐性も大事かもしれないが、もっと五人を大事にしたらどうだ? まぁ、他人の俺にどうこう言う権利も無いけどな」


「いや、お前も物凄く関係してるからね! てか、僕的には恋のライバルでもあるんだよ!」


「お、お前……まさかイズミの事が! なら、なおの事許さん! 付き合うならせめて五人との関係をどうにかしろ! もしも悲しませる行動に出たら、ドラゴンの餌にしてやる!」


 いきなり怒気を発するルーデルに、いつの間にか中庭にいた男子たちが退散していた。アレイストは、誤解だと言って泣きながら説明する。だが、ルーデルは何事も無かったかのように平然としていた。


「ふむ、冗談のつもりだったんだが……俺は冗談が下手なのか?」


「いや、本当に笑えないんだけど」


 元々、ルーデルはアレイストが好きな人物を知っている。以前に話をした事もあり、アレイストがルーデルの怒気に驚いて狼狽したのだ。


「どの道、これからを考えるなら五人の、いや、六人の事も視野に入れておけよ」


 六人と言いなおすルーデルに、アレイストは溜息を吐く。六人目に当たるであろうミリアは、現在パーティーの事が切っ掛けで嫌われているのだ。押し倒されたのはアレイストなのに……少々理不尽を感じるアレイストである。



 新学期になると、ルーデルの元に頼んでおいた物が届いた。東方の鍛冶屋に頼んでいた鎧が届いたのだ。実戦を想定し、飾りがほとんどない鎧だ。


 アンデッドドラゴンと戦う事を想定した準備だが、今のルーデルは白騎士である。瞬殺される事はないだろうが、勝てるかと言われると答えはいいえ、である。


 ドラゴンと人間の戦力差は大きい。戦った事の無いルーデルには、未知の領域だ。本で調べてもいるが、ドラゴンに一人の人間が勝てるなら、その者は英雄と言っていい。


 猪の牙を使った鎧は、不思議な輝きを見せている。


 寮の自室で、鎧を見ていたルーデルに語りかける存在がいた。剣に入り込んだ猪と鳥だ。


『中々の鎧が出来たようだな』

『確かに……だが、本当に一人で挑むのか?』


 ルーデルは、少しだけ間をおいて答える。


「あぁ、この時の為に生きてきたからな」


 部屋の扉の外では、ルーデルと二匹の会話をサクヤが聞いていた。黙って聞くしかないサクヤだが、左手に違和感を覚える。自分の左手を見ると、震えていた。

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