少年とお姉さん
何時もと違った学園の雰囲気。そこにはグラウンドに集まった基礎課程の学年が動きやすい服装で、各々が武器を所持していた。武器は自前や学園から貸し出された物で、装備に統一性は感じられない。
「これから諸君には近くの森まで行軍して貰い……」
説明する責任者の教師が、注意事項や危険である事を生徒達に説明する。しかし、所詮は弱い魔物しかいないと、生徒達は気を抜いていた。
そうして行軍が開始される。毎年の恒例行事であるため、教師たちにも緊張感が抜けていたのかも知れない。……かなりの数が行軍すると、見た目は子供でも所持している武器から軍隊にも見える。そう、張りぼての軍隊のように……
◇
アレイストのクラスは、アレイストを先頭に出会う物全てを殲滅するスタイルで突き進んでいた。アレイストにとってこのイベントは経験値稼ぎであり、それ以上でも以下でもないイベントだった。
「あ、アレイスト、不味いって! 魔法で森が破壊されている」
中級魔法での広範囲の攻撃を繰り返し、森は木々をなぎ倒され土は抉れ……まるで嵐が通り過ぎた後のような……
同じクラスメイト達は、そんなアレイストを怖い物を見るような目で見ていた。しかし、当の本人は気付かない。彼にとってはこれはその程度のイベントなのだから……
「問題ないって、これくらい……それにこのまま行けば俺達が一番だ」
◇
そんな力押しの彼らとは別に、ルーデルは苦労しながら進んでいた。森の中でクラスメイトを率いての行軍は、誰かが指揮をとらないといけない。魔物討伐の専門家たちは、そんな学生達を後方から見て、危険なら指示を出す事を目的としていた。
そうなると、指揮を執るのは成績優秀なルーデルが選ばれる。勿論、ルーデルの家の格に誰もが逆らえないと言うのも理由の一つだ。貴族の子弟を黙らせる一つの方法でもあった。
だからだろう……大貴族の間では、これは勝負ごとになっている。ルーデルは気にもしていないようだが……
そんな事には関係ない専門家たちも、ルーデルのつたない指揮や戦闘をニヤニヤしながら見ていた。動こうにも仲間が邪魔したり、戦闘している間にその仲間がはぐれたり……苦労しているのが見ていてわかるからだ。
「くっ! 全然進めない」
「落ち着けルーデル。魔物よりも森を進むだけでみんな限界だ」
イズミがルーデルに説明する。周りを見れば、慣れない森を歩くだけで疲れたクラスメイトと魔物以上に森の木々で怪我をしている。
そんな事を繰り返している内に、日は傾いて森は暗くなっている。野営も訓練の一環となっているこの状況で、貴族ばかりが集められたクラスは不利過ぎる。勿論、そんなクラスには優秀な専門家たちが後方で控えているのだが。
「おい! 何でこの俺がテントなんか張らないといけないんだ!」
「早くしてよ! 疲れているんだから休みたいの!」
「貧乏貴族のお前がやれよ!」
後方では、毎年恒例の出来事を笑いながら見ている専門家たち。ルーデルも上手く行かない事が歯がゆいのか、地図を見ながら目的地に到着する事も出来ない自分に落胆した。
「魔物よりも森の方が脅威なんて……笑えないな」
目的地にいち早く到着する事を目的としている今回の行事。このままでは最下位もあり得る。平民出の多いクラスは、出発時からかなり前に進んでいた。今では大分離されているだろう。これが現実と言う物なのだろうか……そう考えて落ち込むルーデル。
「今日はもう休もう。明日は早くから出発すればいい」
そんなイズミの慰めも、ルーデルにはあまり意味がなかった。ルーデルにとって、この行事も成績に影響が出るなら重要だ。ドラグーンになるためには学園での成績も判断基準となる。そう思うと、ルーデルは焦らずにはいられなかった。
「明日は絶対に今日の遅れを取り戻す!」
そう決意するルーデル。しかし現実は甘くない。
◇
魔物討伐の専門家、色々と言い方はある物で、要は強者たちだ。傭兵や冒険者と言ったはぐれ者から、護衛専門の凄腕たち……色々と集められた。
そんな中で、このイベントを通じて出会いを求める連中もいる。決して色恋ではない。貴族の子弟に自分を売り込もうとする護衛たち……彼らは、有力な貴族の情報が事前に手に入れてある。違法だが、それくらいしなければ他を出しぬけない。
そんな連中の一人である『バジル』は、褐色の肌と薄い金髪が特徴の女性だった。杖に刃物を取り付けた槍とも杖とも判断できない装備と、踊り子のような肌の露出が多い服装をしている。場所を考えれば不適切であるが、それだけ彼女が優れている証拠でもある。
……森に長時間いて、彼女には傷一つない。
「まぁ、坊やたちにしては合格かしら?」
そんな彼女が、ルーデル達の野営を見て判断する。無論、貴族出身で今回が初めて、と付け加えての判断だが……通常の判断なら論外であろう。
バジルと同じように護衛している一人が
「見張りが居眠り、焚火は消えかけ……こりゃあ野営周辺の連中は寝られないな」
肩をすくめてそう判断した。夜は魔物が活性化する。そんな時が一番危険なのだ。
「このクラスの護衛で良かったわ。何と言ってもアルセス家をはじめ、金持ち貴族の多い事……無能であればあるほどに売り込む機会が増えるわ」
バジルにとって、その日暮らしの冒険者や護衛と言った立場から抜け出せるならガキだろうと問題ない。身体すら差し出してもいいと考えていた。
「けどよ……あのルーデルは意外とまともだぞ。情報屋の馬鹿野郎共のせいでこっちは予定狂ったしな」
指揮を執るルーデルが役に立たないと思っていた護衛たち。だが、以外にもルーデルが粘るから出番が無くなっているのだ。もっと早くに恩を売ろうとしていたのに……
「間違った情報の借りは返すとして……確かに変よね。見た感じならそこそこ優秀だもの」
剣術、魔法技術、そして戦い方……護衛たちの目から見れば、ルーデルはまともだ。指揮を執りながらと言う難しい立場であるから、ミスも目立つが……それでも合格と言っていい。それこそ自分達とパーティを組むと言われたら、実力的には問題ないほどに優秀だと判断していた。
「焦っているけど、周りの反応からそこまで嫌われていない。これは優良物件ね」
バジルを含めた護衛たちの評価は意外にも高かった。……そして彼らにはもう一つの目的がある。彼らは今回の行事の評価者でもあるのだ。
◇
そんな高評価を受けたルーデルだが、本人は上手く行かない状況に焦っていた。三日目には、予定の半分も進めないと言う現実に直面し、クラスは完全に疲弊している。魔物にではない……森と言う慣れない環境に手も足も出ないのだ。
「なんで進めないんだ!」
苛立ったルーデルに、周りは恐怖する。三公の嫡男であるルーデルを怒らせることは、親からも絶対に避けろと言われている彼ら。自然と場の空気は悪くなっていく……
「ルーデル……慣れない環境でもみんな必死に頑張っている。それに目標地点までもう少し、あと半分だ」
「まだ半分もある。このままだと最下位もあり得るじゃないか……」
ルーデルに見栄といった物はない。要は成績が気になるのだ。それに気付いたイズミは、ルーデルが真剣にドラグーンを目指しているのを知っているからそれ以上いう事が出来ない。
そんな二人は、俯いて今後の事を考えていた。その時だ。
「な、何あれ!」
俯いていたルーデルとイズミが顔を上げる。一人のクラスメイトが指をさした方向に、黒く大きな魔物の影が見えた。赤い瞳がルーデルたちクラスを獲物として見つめている……