表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/167

青年と二匹

 猪と鳥は、身体を大分小さくしながらも何とか学園に辿り着いた。


 当初は、双方身体も大きく、雄々しい姿であったのに、今では見る影もない。手乗りサイズにまで縮んでいる。そんな二匹は、夜になるのを待ってルーデルに接触する事にした。昼に会うと、自分たちの威厳が薄れる気がしたのだ。


 夜になり、男子寮に忍び込む二匹。見つからないように、ルーデルの部屋まで行くと、そこではサクヤを教育するルーデルの姿があった。


「頭の上の本を落とすな! 姿勢が悪い証拠だぞ。そのまま歩くんだ」


「き、厳しいわ! こんなに厳しくされると、私泣くわよ!」


 頭の上に本を乗せたサクヤが、プルプルと震えながら歩いている。それを見ながら、ルーデルも同じように頭の上に本を乗せて手本を見せていた。


「こんな事で泣いていたら、ドラグーンにはなれないぞ元女神!」


「今はサクヤよ! それもそうね。私が間違っていたわルーデル! さぁ、早く続きをするわよ!」


「その意気だ」


 まるで、コントでも見ているかのような雰囲気になる二匹は、出番を待つ役者のようにドアの前で待機している。


『……忙しそうだな』

『そうか? 楽しそうだぞ』



 ルーデルたちが休憩に入ると、二匹が小さいながらも雰囲気を出して部屋に入り込む。その頑張っている姿に、サクヤは笑いを堪えていた。ルーデルは、二匹の登場がドラゴンに関係していると思うと急いで二匹を机の上に置いて話を聞く事にする。


 若干、その扱いに不満そうな二匹だが、真剣なルーデルの表情に負けてこれまでの経緯を話す。ルーデルの騎乗するドラゴンは見付かりそうにない事と、アンデットドラゴンに黒い霧である仲間が捕えられた事を話した。一応、元は同一存在なので、情けとしてアンデッドドラゴンを封じ込めている設定にしてある。


 そう、嘘を吐いたのだ。いや、もっと正確には言うのなら、二匹が黒い霧がへまをした事をぼかして語り、ルーデルを勘違いさせた。


「成る程な、話をまとめると、黒い霧がアンデッドドラゴンを押さえているのか。そして一年以内には、暴れ出すくらいに危険な状態だと」


『……そうだ』

『大体は合っている』


 二匹の微妙な雰囲気を察したサクヤは、疑う視線を机の上の猪と鳥に向ける。サクヤの疑う視線を、避けるように目を逸らす二匹。


「アンタたち、怪しくない? それよりも、私の女神としての力を返して欲しんだけど?」


『無理だ。貴様の力を吸収したのは黒い霧の方だからな』

『付け加えるなら、黒い霧も力を失いつつある。力は戻らないと思った方がいい』


 鳥の言葉に、サクヤは頭に来て二匹を鷲掴みにする。持ち上げて顔を寄せると、表情は笑いながらも、目が二匹を殺さんばかりに睨んでいた。


「何て言ったの? 今なんて言ったのかしらね、この獣たちは!」


『ヒッ!』

『ゆ、許せ!』


「サクヤ、もう降ろしてやれ。それよりも困ったな。アンデッドの討伐は出来るだろうが、対象がドラゴンでは騎士団でも危うい。ここは国王に手紙で詳細を報告し、万全の体制を整えるべきか……」


 ルーデルは、頭の中でアンデッドドラゴンがクルトア王国で暴れた時の事を考える。甚大な被害が出る事は分かり切っている。が、今回は事前に情報を得ているのだ。それを最大限に利用すれば、討伐は容易いと考えた。


 しかし、二匹の言葉にルーデルは判断を誤る。


『黒い霧が言うには、そのドラゴンの屍を利用して、ルーデルのドラゴンにするらしい』

『まぁ、この際は仕方がないと諦めるだろうがな』


 自分のドラゴンが手に入る。その言葉に、ルーデルは判断を誤った。通常なら、王国が万全の体制を敷いて、対処に臨めば確実であるのに、欲がルーデルを狂わせる。


「……一年程、猶予があったな」


『それよりも大事な話がある』

『ルーデル、我らに魔力を供給するか、お前の剣に戻らせて欲しい。もう、消えそうだ……』


 限界が近い二匹は、小さくなってルーデルの剣に溶けるように入り込む。癒されるとか、眠いとか言って、魔力を得る二匹。



 ルーデルは、急いでバジルに手紙で連絡を取る。猪の牙を購入した鍛冶屋の事を聞くためだ。猪曰く、自分の牙は、最高品質の素材であると言う。それも、自分たちを相手にする時は、確実に役に立つと言うのだ。アンデッドドラゴンが、黒い霧を取り込んだなら効果はあるはずだと……


 猪の言葉を信じ、ルーデルはすぐに行動に出た。猪の牙を譲って貰い、それで鎧を準備する事にしたのだ。剣を作っていた鍛冶屋なら、鎧は他の職人に任せる事を考え、ルーデルは急いで準備を始めた。


 アンデッドドラゴンの事は、国に報告はしない事にした。ただ、調査が必要である事を、実家を通して国に報告する事にしたのだ。そのために、最初はルーデル自らが調査すると言うのが、ルーデルの判断だった。


 時期的にも、丁度良かったのだ。ドラゴンの住処へ向かう許可は得ているし、リリムに連れて行って貰える。ルーデルにはそれが好機に思えて仕方が無かった。


「時期的には、選考会の前くらいだな」


 カレンダーを見ながら、自分の準備が完了する頃と、選考会の日程を確認する。ルーデルは、選考会には乗り気ではないが、国からの命令で参加しなくてはいけない。数週間。それがルーデルに与えられた時間となる。真剣な表情であるルーデルを、サクヤは心配そうに見ていた。


「何で無理するのよ。灰色ドラゴンを貰えばいいじゃない! 無理をして、もしもの事があったら……」


 イズミが悲しむ、その言葉を言う前に、ルーデルはサクヤを見て説得する事にした。


「俺の我がままだからな。誰も巻き込みたくない。それにな、ドラグーンを二名派遣してくれる事が決まったから、もしもの事があっても大丈夫だ。何かあっても、ドラゴンが動き出す前に国が対応してくれる」


 根回しは済んでいたのだ。アンデッドドラゴンの事は、調査が必要だと国には報告していた。そして、その事実を知った王国が、ルーデルに派遣する事にしたのが二名のドラグーンだ。白騎士となったルーデルに、もしもの事があったら大変だという事で護衛としての派遣となる。


 ただ、ルーデルのアンデッドドラゴンに関する報告は、あまり重要視されていない。疑われている節があるのだ。おかげで自分勝手な対応をしたルーデルも、国の対応に気が楽になる。最初から真実を報告しても、信じて貰えなかったと思う事が出来るからだ。


 最悪の場合は、自分の死で国も動いてくれるだろう。ルーデルは、命懸けでドラゴンを手に入れる事を、昔から覚悟していた。ドラゴンに認めらずに、死んでいった騎士は多いと知っていたからだ。


「サクヤ、頼みがある。この事は皆に内緒にしてくれないか」


「え?」


 説得していたルーデルだが、黙っていてくれと言う頼みは、拒否を許さない瞳をしていた。その瞳に、抵抗できないサクヤは、黙って頷いた。その時に理解したのだ。ルーデルは死ぬ事も覚悟していると……



 ドラゴンを手に入れるために、動き出したルーデルは素早かった。四年生の三学期には、バジルから連絡を受けて鍛冶屋を特定し、そこで鎧も作成していると知ると、すぐに鎧の作成を依頼する。リリムにも、五年生の二学期はじめを目途にドラゴンの住処に向かう事を手紙で知らせていた。


 元から危険だと承知しているルーデルは、今更慌てる事は無かった。


 ただ、事実を知っているサクヤは別だった。ルーデルの訓練に付き合いながらも、命懸けでドラゴンを得ようとするルーデルを理解できなかった。妥協すれば、ドラグーンにはなれなくてもドラゴンが手にはいるからだ。


 それに、サクヤはイズミに隠し事をするのが嫌だった。最近では、イズミを避けてしまっているサクヤ。


 ただ、学食でイズミに会うと食事は一緒になる。それが今のサクヤには辛かった。


「卒業式が終わったら、パーティーをする? あぁ、王女様のパーティーか、俺にも招待状が来たな。上級騎士がわざわざ男子寮まで届けに来たぞ」


 同じテーブルに、リュークやユニアスも座って、五人で昼食を取る。話題になるのは、五年生の卒業の話だった。ルーデルも五年生に知り合いが多い。虎族の女子に、黒猫族のネースと個性的な面子が多い。


「そう、何でもフィナ様直々に、知り合いを集めてパーティーを開くらしい。仲が良かった連中を集めて、卒業生を送り出したいんだろ」


 ユニアスが招待状をテーブルに置くと、それをリュークが受け取って中身を確認する。


「……私の所に来た物と同じだな。だが、面子がおかしくないか? ルーデルも参加する面子は知っているだろ。獣人がほとんどで、貴族の子弟は参加が少ない気がするな。私たちを呼び出したのも、ある程度の格が必要と、周りに知らせている気がする」


 深読みをするリュークに、ユニアスが考えすぎだと笑う。実際に、三公の嫡子を呼び出して、呼ばれなかった貴族の子弟を黙らせる事もフィナの考えに含まれている。もう一つは、当然ルーデルの参加だ。


「確かに五年生には知り合いが多いな」


 知り合いの顔を思い出すルーデルは、ほとんどの知り合いが獣人である事に気付く。フィナのおかげで知り合いに偏りは出来たが、ルーデルは嬉しく思う。卒業すれば会う事は無くなる者もいるだろうが、ルーデルは笑って送り出そうと思う。


「私は招待状を受け取っていないから、参加はできないな。三人は楽しんで来たらいい」


「あぁ、美味しい食べ物が並ぶアレよね? でも、あの変な女がいるし、私はどうしたら……」


 イズミは、三人だけが参加する事に違和感を覚えない。王女様の開くパーティーだ。自分では釣り合わないと最初から諦めている。だが、サクヤはその辺の事をあまり理解していない。パーティーに興味はあるが、フィナの主催だと知ると参加するのを悩んでしまう。


「何を言っている? 俺の連れとして参加すればいいだろう」


 ルーデルは、当然のようにイズミも参加する物言いをする。サクヤも、ルーデルに参加したい事を告げると、食べ過ぎない事を条件に許可した。


「いいのか? まぁ、学生の開くパーティーだからな。規模なんて知れているだろうが……」


 二人の参加に少しだけ考えるリュークだが、ユニアスは固く考え過ぎだと呆れる。


「何も普段の規模ではしないだろ? 参加する連中は獣人が多いから、学生服で参加して適当に楽しめばいいんだよ」


 普段から馬鹿をやっている三人だが、リュークとユニアスはパーティーによく参加していた。ルーデルのように、今までパーティーに参加した事が無い方が異例である。なれている二人は、緊張はない。ルーデルも、フィナの開くパーティーと聞いて緊張などしない。


 サクヤは参加できると知ると、いかにしてフィナを回避しながら料理を食べるかを考える。……ただ、イズミだけは様子がおかしい。


「え、あ、そのぉ……私はパーティーには参加しない。迷惑だろうからな」


 落ち着きを失くし、緊張したのか参加を拒否した。ルーデルは、イズミが出ないなら参加しても面白くない。ので……


「招待状を気にしているのか? なら待っていろ。今すぐ持ってくる」


 そのまま席を立つと、女子寮の方へ歩き出す。四人はその背中を見送るが、数十分後には招待状を二通持って帰ってきた。



「お、おのれぇ黒髪ぃぃぃ(あの女、師匠を使って招待状をねだるのは卑怯だろうが!)」


 自室のベッドで、悔しそう……無表情で体育座りをするフィナは、昼過ぎに来たルーデルの事を思い出す。久しぶりに顔を出してくれたかと思えば、その理由がイズミである。


 イズミが参加する事になると不機嫌になる。フィナの護衛であるソフィーナは、無表情で腹を立てるフィナを呆れながら見ていた。


「いいではありませんか。折角、ここまで準備を進めてきたのですから、この際は人数が多くても問題はありませんよ」


 獣人を集めたフィナのためのパーティーだが、ここまで準備するのに大変な根回しをしてきたのだ。アイリーンにこの事が知れるのは不味く、表向きは卒業生を送り出すためのものにしているのだ。


「何を言っているのソフィーナ? 師匠のおかげで、パーティーに参加したいと言う貴族が増えたのよ。軽はずみな発言をしたのだから、あなたが責任を持って準備してね」


 責任を押し付けるように、フィナは上級生である貴族の子弟からの手紙を大量に渡される。ルーデルたちを参加させれば、自重すると思ったフィナだが、それもルーデルの行動で狂ってしまった。平民が参加できるなら、自分たちも参加できるのでは? そう思われたのだ。


「え、いやこんなに手紙を頂いても……」


「上級騎士なのだから、自分の発言には責任を持ちなさいよね(もう、どうでも良くなってきた。このままソフィーナに押し付けよう。はぁ、虎族の女子や、ネースをモフレなくなるのね。寂しい……あれ? 私って王女よね。ここは権力を使う時じゃないかしら?)」


 余計な仕事が増えたソフィーナは、その後に学園側と相談する事になる。暇になったフィナは、何やら裏で動き出し始めた。



 数日後、参加希望者が予想以上に多い事が分かり、今年度の卒業生を対象にパーティーを学園主催で行う事になった。卒業する生徒は、二年課程や三年課程の生徒たちも対象となる。その数は決して馬鹿に出来ない。


「こうなると俺たちはどうなるんだ?」


 男子寮の掲示板に張り出されたパーティーの内容に、ユニアスはいつものメンバーに聞いてみる。ルーデルたちは在校生で、卒業する訳ではないからだ。


「設営を在校生の希望者で行うらしいな」


 リュークは内容を確認すると、最初からすると規模が倍以上に膨らんでいる事に呆れた。学園では卒業後にパーティーを開く事は無かったのに、フィナの勝手な行動で学園側が動く結果になったのだ。王女様の命令に、学園が従った形だろう。


 パーティーの話を知らなかったアレイストは、この出来事をゲームで見た事を思い出す。元々は、フィナが主人公のためにパーティーを開くのだ。学園最後のイベントだと思いだし、それが一年も前倒しになっている事を、今のアレイストは不思議にも思わない。


「パーティーは、在校生も設営や準備、後片付けに参加するなら出られるみたいだね」


 アレイストの言葉に、ルーデルはすぐに参加を希望する。


「そうか、なら俺は参加しよう。参加希望用紙はこれでいいのか?」


 掲示板につるされた紙に、ルーデルは自分の名前を書く。それを見て、サクヤも自分も参加すると言って、名前を書いた。下手な字だったが、自慢げにその場にいた全員に見せる。


 ただ、頭を撫でるルーデル以外の反応は冷たかった。


「『サクヤ』? おいおい、お前の名前は『プリン』だろ、元女神様」


 元女神という所を、強調して言うアレイストを睨むサクヤ。それに対してリュークも口を出す。


「プリン・アラモードではなかったのか?」


 結構、素で聞いてくるリュークに、ユニアスは笑っている。全員の反応に涙目になるサクヤは、その後の食事で全員のデザートを強奪した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ