エルフの姉妹とプリン
寂しい、憎い、欲しい……複雑な感情が入り乱れるガイアドラゴンの洞窟で、黒い霧はその力を吸われて取り込まれている。自我は保持しているが、ドラゴンの屍に抵抗できるだけの力が無い。それでもこのドラゴンについて調べると、色々と見えてくる物があった。
このドラゴンは、亜種である事を理由に他のドラゴンから遠ざけられていた。同じドラゴン同士でありながら、森では孤立していたのだ。そして長い間を土の奥深くで過ごし、屍となったドラゴン。
そんなドラゴンには役割があった。アンデットドラゴンとして、主人公たちと戦うという役割だ。主人公たちは、卒業後に国が新たに新設した組織『近衛隊』に配属となり、主人公はそこの隊長となる。隊員は、勿論ハーレムのメンバーである。
そんな彼らがこなす任務に、アンデッドドラゴンの討伐というクエストがあるのだ。戦争編前の経験値稼ぎでしかないクエストの一つ。そのために用意されたのが、亜種のドラゴンである。
凶悪そうな屍の姿は、強敵である事を印象付けるための演出だ。
『討伐される運命のドラゴンだったのね。数年後に外に出て暴れ回る筈だけど、こんな所に隠れていたなんて……』
黒い霧が己が持っている知識で、色々と考える。その時だ。自分の過ちに気付いて近くにいた猪と鳥を呼び出す。
『わ、我集合!!!』
『何だ?』
『これ以上は近づけないぞ』
遠く離れた洞窟の入り口から、覗き込むように黒い霧を取り込んだドラゴンの屍を見る二匹。そんな二匹に、黒い霧は事情を説明する。
『こやつは討伐される運命のドラゴンだ! 今はまだいいが、このままだと一年もしない内に外に出てしまう。元は数年の猶予があったのだが、私を取り込んだせいで予定よりも早くここから動き出しそうなのだ!』
『……』
『……お前のせいだな』
『そう、『我ら』の責任だ!』
個ではなく、三匹の責任だと言い張る黒い霧の言葉に、呆れる猪と鳥。しかし、それが本当なら放置できない事情があった。三匹は、元々イレギュラーである存在を元に戻すために生み出された存在だ。ルーデルの邪魔をして、野外訓練の順位を下げさせたり、ルーデルよりもアレイストを英雄に仕立て上げた。
そうした理由が、物語を正常の位置に戻そうとしたからだ。ルーデルが、イベント通りに訓練を棄権しない可能性で生み出された猪。
アレイストの人気が、通常よりも低過ぎたために生み出された鳥。そのため、アレイストのみダウン系と呼ばれる魔法は効果を現さなかった。
最後は、周りを巻き込んで周囲を変えていくルーデルその物を修正するために生み出された黒い霧。カトレア、リリムとルーデルに関係ある者に乗り移っては、ルーデルの心を折ろうとした。結果は、途中からルーデルを容認した設定の判断によって暴走した。
己が存在理由に賭けて、ルーデルを殺そうとした黒い霧。今では残念な結果になってはいるが、三匹は物語の調整役である。
『仕方がない……ルーデルに知らせる』
猪がそう判断すると、鳥も頷いてそのまま洞窟から抜け出していく。そんな二匹を見送りつつ、黒い霧はいうのだ。
『で、出来れば私のミスは話さない方向で!』
◇
「おいフリッツ聞いたか? 例の噂は本当らしいぞ」
学園の食堂で、基礎課程二年生たちが話している内容は、近衛隊の新設に関する話題だった。新設される近衛隊には、隊長にドラゴンを与えると言うし、その任務や権限も上級騎士やドラグーンを差し置いて破格ともいえる内容だったので、嘘だと思われていたのだ。
そんな話を振る同級生に、フリッツは数週間前の手紙を思い出す。
「そうなのか? 近衛隊長の選考会は、騎士資格があれば誰でも参加できると聞いていたけど、それも本当なのかな?」
知らない振りをするフリッツだが、彼は全てを知っていたのだ。前に貰った手紙の差出人は、第一王女のアイリーンであり、手紙の内容も近衛隊に関する事だった。ただし、フリッツが近衛隊長に選ばれる事は書かれていない。あくまでも、参加できると書かれていただけだった。
「精鋭を集めた新設の近衛隊だぜ! 俺たちも選考会に参加しないか?」
自分が選ばれるかもしれない。そう思って興奮するその同級生を前に、フリッツは内心穏やかでなかった。去年の事で、ルーデルたちを意識せずにはいられないからだ。
「上級生も出るし、現役の騎士も出るんだろう? かなり厳しいんじゃないかな」
圧倒的な敗北を経験したフリッツは、何が足りなかったのかを理解できていなかった。自分が狭い世界でしか生きていなかった事を理解出来ないフリッツだが、それでも彼は力を求めて強くなっている。
「俺は駄目でもフリッツなら問題ないよ! 今ならルーデルにだって勝てる筈だぜ? 学年最強のフリッツなら、近衛隊長は相応しいと思うけどな」
心底信じている同級生の言葉に、フリッツは苛立つ。見よう見真似で会得した疑似魔法剣や、肉体を強化する術を駆使しても負けたフリッツ。それを理解していない同級生に腹が立つのだ。ましてや、フリッツはアレイストにも負けている。
「まぁ、面白そうだから出てはみたいかな」
(アイリーンの頼みでもあるしね)
そう答えると、フリッツは食事を再開した。フリッツが選ばれる事は決定事項である。それを知らずに、挑戦する事を決めたフリッツ。彼は、チャンスをくれたアイリーンに感謝すらしていた。
◇
「み、ミリアさん!」
花束を持ったアレイストは、壁に向かって告白の練習をしていた。周りには、基礎課程の頃からの友人たちがニヤニヤしながら見守っている。誰も来ないように見張っている彼らは、呼び出したミリアが来るまでアレイストの告白の練習を眺めているのだ。
「アレイスト、力が入り過ぎだろ……もっと自然に『好き』だと言えばいいんだよ。お前は顔は良いんだし、断られないって」
「いや、それだとアレイストが顔だけって聞こえねぇ? 実際は、地位も名誉も持った完璧人間だろ?」
眺めていた友人たちは、時間が迫っている事を確認するとそのまま退散する事にした。結果は知らせろよ、そう言って離れていく友人たちを見て、心細くなるアレイスト。
「だ、大丈夫だ! きっと上手く行く……行かなくても諦めない! 何度でも……」
自分にいい聞かせるように呟くアレイストは、誰かが近付く足音を聞いて心臓が高鳴った。人が少ない場所に呼び出した事もあり、近づいてきたのがミリアだと判断するアレイスト。すぐに告白を行う。
「す、好きです! 付き合って下さい!!!」
目を瞑って花束を渡すアレイスト。しかし、ここでもやらかしてしまう。
「え、え!? ぼ、僕でよければ……」
「え!?」
声がミリアと違うので、目を見開いて確認するアレイスト。そこには、赤い髪をした少女がそこに立っていた。褐色の肌と赤い髪が特徴で、年齢よりも幼く見える彼女はミリアではない。恋愛対象のキャラクターである『ルクス』である。
小柄な彼女だが、大きなハンマーを扱う産まれながらの戦士である。基礎学年一年生の彼女の登場に、混乱するアレイスト。運悪く、その場にミリアが登場する。
「あら? 呼び出されて来たのだけど、アレイストが呼んだ訳ではなさそうね……アレイスト、セリとジュジュの事も考えてあげなさいよ」
落ち着いた感じでアレイストとルクスを見たミリアは、アレイストが告白しているのだと気付いた。実際は間違ったのだが、状況はその通りである。アレイストの友人に呼び出されたミリアだが、呼び出した相手が誰なのか知らなかった事が問題になった。
知っていれば、間違いだと気付いたかもしれない。
アレイストに注意して歩き去るミリア。学園に来て四年の彼女も、今では成長して少女から女性という感じになっていた。やはり姉妹なのか、姉であるリリムに似てきたミリア。そのまま去っていくミリアの後ろ姿を見送るアレイスト。
「何でだよぉぉぉ!!!」
◇
その頃、ルーデルはミリアの姉であるリリムと話していた。リリムにしたら、気になる存在であるルーデルの所に顔を出しているのだが、ルーデル自身は二年前の事で気にかけて貰っている、そう思っていた。ルーデルがリリムを助けるために行動した事で、リリムが負い目を感じていないか心配だったのだ。
「ドラゴンの住処に出向くのですか!?」
「はい。許可は得たので、後は実行するだけです」
そんな二人が、学園で世間話をしていると話題は当然の如く新設される近衛隊の話になる。リリムも、ルーデルが白騎士になった事は知っており、近衛隊の事もそれとなく気付いていた。それだけにルーデルの行動に驚いたのだ。
「人間であるあなたが、無理をする理由が分かりませんね。亜人であれば野生のドラゴンを得なければ認められませんが、あなたは灰色ドラゴンを得る機会がある。それを棒に振るのですか?」
心配してきつい事を言うリリムに、ルーデルは苦笑いをして答える。
「色々と理由はあります。だけど、一番の理由は自分でドラゴンを選びたい。そんな俺の我がままですかね。別に灰色ドラゴンが嫌い、という訳じゃありませんよ!」
ルーデルの最後の必死な言い訳に、クスリと笑うリリム。分かっています、そう言ってルーデルの事を誤解していないと分からせる。
ルーデルにしてみれば、三匹との約束もある。それ自体にこだわる気はないのだが、自分がドラゴンに選ばれないと言う言葉が心のどこかで引っかかっている。そんなルーデルに、リリムはある提案をする。
「もしも気持ちが変わらないのでしたら、私がドラゴンの住処にお連れしましょうか? 私のドラゴンの故郷でもありますし、送り届けてはいけない法もありませんからね」
「本当ですか! 是非ともお願いします!」
ドラゴンに乗れる事を喜ぶルーデルを見て、微笑むリリム。だが、彼女はルーデルに諦めて欲しいとも思っていた。灰色ドラゴンは国で管理しているため、人を襲う事が無いのだ。選ばれなくても命は取られない。しかし、野性のドラゴンは灰色ドラゴンよりもプライドが高い。
嫌った人間を殺す事も普通なのだ。能力は高いだろうが、命を落とす危険がある。
「それでは、挑む気持ちが変わらないのなら連絡をください」
そう言って別れるルーデルとリリム。リリムは、折角学園に来たので、妹のミリアとも合っておこうと考えていた。ルーデルのオマケ扱いである。
◇
元女神改め『サクヤ』は、ルーデルやイズミに寄生しながら生きていた。だが、ルーデルもイズミも学園にいられる期間は残り一年という事もあり、今後の事を考える時期に来ていた。
ルーデルの部屋で、ベッドに横になりながらお菓子を食べるサクヤ。名前が無いと、リュークやアレイストに酷い呼び名で呼ばれるから、妥協してサクヤと言う名を選んだ。アレイストに脳みそプリンとか、プリン・プリンと呼ばれて泣きながらルーデルに言い付けたこともある。
そんなルーデルの解決案は、プリンが二つ並んでもアレなので……『プリン・アラモード』はどうだろう? という物だった。最後にはいつも通りにイズミに泣き着いた元女神は、名前をサクヤにした。元から自分でいい名前も思い浮かばす、プリンと呼ばれるよりはいいと言う判断だ。
イズミからしたら結構いい名前だと思っているのに、元女神が気に入らない理由が分からなかった。そんなサクヤだが、ルーデルから告げられた事に驚く。
「勉強をしろ? 何を言っているのルーデル。私は女神よ!」
「元、な……いい加減に自立する事を考えろ。俺が養ってもいいが、今のままではお前は駄目なままだぞ」
一日中遊び回り、イズミやルーデルに助けられるサクヤは、いい返せなかった。
「ヌヌヌゥ、分かったわよ。女神の頭脳を甘く見た事を後悔させてあげるんだから! 人間の使っている文字くらい、私にかかれば……何これ?」
やる気を見せたサクヤに、ルーデルは数冊の本を渡す。その本は、ルーデルが持ってきたドラグーンに関する絵本だった。ドラグーンを紹介するその絵本を、薄い本だったら喜んで見るのに……そう思いながらページを開くサクヤ。
だが、どのページも擦り切れるくらいに何度も読んだであろう痕跡が見て取れる。
「そんなにドラグーンが好きなの? ドラゴンに乗った騎士じゃない。白騎士の方が上だと思うわよ」
「……もしも、俺が白騎士とドラグーンを天秤にかけたとしよう。俺は迷わずドラグーンを選ぶ事だけは、間違いない」
言い切るルーデルに、サクヤは興味無さそうに絵本を見る。文字は分からないから、絵を見ながら想像して自分なりに物語を読んでみた。
雄のドラゴンと男騎士の種族を超えた……そんな事を口に出して読むサクヤの頭を、ルーデルは割と本気で叩く。涙目になるサクヤは、頭をさすりながらルーデルを睨むが、結構本気で怒っていたので謝った。
「勝ってに改訳するな! しかたがないから、毎晩俺が読んで聞かせてやる」
「そう言いながら嬉しそうよね。男ってドラゴンとか強そうな生き物が好きよねぇ……」
興味無さそうにするサクヤに、ルーデルは毎晩ドラグーンの本を読んで聞かせた。そしてその結果、数日後にイズミの部屋に駆け込んで来たサクヤは、手に絵本を大事そうに持って宣言する。
「イズミ、私はドラグーンになる!」
「そ、そうか……え、えぇぇぇ!!!」
目を輝かせて絵本を大事そうに掲げるサクヤに、イズミは何と言っていいか分からなかった。