三匹とドラゴン
「近衛隊? その話は断る事にした」
ユニアスは、王宮での動きを噂で聞き、その確認をするためにルーデルの元に来ていた。ルーデルの為に灰色ドラゴンと、近衛隊と言う組織まで作ると聞いたからだ。授業の前に、ルーデルの隣の席に座り、その事を聞いたユニアスは驚いた。これで夢が叶うな、そう言おうとしたのだ。
しかし、ルーデルの答えはあっさりとしている。
「お、お前! ドラゴンが手に入るのに、何で断るんだよ! まさか、天然物がいいとか言うんじゃないだろうな?」
「天然物? 野生のドラゴンも好きだが、灰色ドラゴンだって好きだぞ。言い方が不味かったかな? ……近衛隊長の選抜試験には、参加するように指示が来た。だから俺は、ドラグーンへの審査が通らないと嫌だといったんだ。そしたらすぐに審査は通った。向こうは多分勘違いしているが、俺は参加前にドラゴンを手に入れる!」
ルーデルの考えは、選抜試験前にドラゴンを手に入れて近衛隊長にはならない。という物だ。ユニアスは、ルーデルの事を知らない王宮の馬鹿が、我がままな子供をなだめるために許可だけ与えたのを許せなかった。
「お前の事を、王宮側が理解していないのはよく分かった。それはそうと、すぐにドラゴンを探すのか?」
ルーデルは少し考えて、首を振る。
「いや、流石にトーナメントで自分の不甲斐なさに気付いたばかりだからな。今回は急ぎたいが、準備も必要だから……五年生の一学期か長期休みかな」
ユニアスと話すルーデルは、自分の力をコントロールするまでの期限を考える。二学期の初めには、近衛隊長の選抜試験だ。それを思うと時間は一年を切っていた。
少ないと思うか、それだけあると思うか……ルーデルは後者である。何より、ルーデルはドラグーンの審査に通った事が嬉しかった。やる気は十分にある。
「あ、そう言えば授業後に虎族と約束があるな。ユニアスも来るか?」
何かを思い出したルーデルの言葉に、多少の不安もあったユニアス。だが、悩みよりも面白そうだという感情が優先された。想像が正しければ、それはユニアスにとっても興味のある事だからだ。
「面白そうだな。俺もいく」
◇
「近衛隊の選抜試験……」
(こんな組織作って意味あるのかな? 上級騎士の管轄にもろ被りだし、王族の警護を取られるから不満は爆発よね。まぁ、師匠が白騎士だから引き下がるだろうけど)
フィナは、王宮での決定事項をソフィーナから報告で聞いていた。不満そうに報告するソフィーナではないが、やはり自分たちを信じていないと思われる組織の誕生は嬉しくない。それをフィナは感じ取っていた。
「来年度の二学期には、学園の生徒も含めて選抜試験が行われます。騎士の資格を持てば、参加が出来る事もあって人数はかなり増えているようですよ」
「ソフィーナも参加するのかしら?」
(仕事一筋だから、参加してもいいのよ。寧ろ、参加して結婚を諦めた、とアピールしたら面白そう。私はもっと、モフモフした上級騎士が……おい、おいおいおい!!! これはチャンスだろ! 何を呑気にしていたんだ私! 師匠が近衛隊長で、隊員は全員モフモフ……無理だよなぁ)
夢のモフモフ隊を作ろうと考えたフィナだが、王宮に姉がいる事を思い出して断念する。アイリーンとフィナでは、どちらが大事かと言えばアイリーンの名前が上がる。美しいとはいえ、無表情と言う欠点? 特技? があるフィナは、どうしても見劣りしたのだ。
「……上級騎士は参加しません。これは団長からの指示でもあります」
ソフィーナは、上級騎士全員が不参加である事をフィナに告げる。それは抗議の意味も含まれているが、白騎士や黒騎士の誕生では仕方ないと諦めた所もあった。それだけルーデルとアレイストの存在が、王宮で注目されているという事だ。
「参加は自由です。なら、参加しないのも自由ですか……協力はできないというのですね」
(色々と面倒だよね。まぁ、このままだと表向きは近衛隊が王族を護衛して、裏やそれ以外は今迄通りかな? 父上が上手くやるから関係ないや)
「協力はしますが、私たちにも誇りがあります」
「そう」
(どこに行っても師匠は大変だな……あ!)
「師匠が近衛隊長になるのは、決定事項よねソフィーナ? それなら、今なら近衛隊の副長の椅子は空いていないかしら。近衛隊の運営は、師匠には不慣れよねソフィーナ」
(さぁ、どうする。どう反応する! 師匠と二人っきりでいい感じになりたいか、それを諦めるか……あなたはどうするのかしら?)
フィナの思惑通り、ソフィーナが反応する。少し考えて、そのまま顔を赤くしたのだ。その姿を、内心で笑うフィナは無表情のまま楽しんでいた。
ソフィーナも、白騎士のルーデルを支える副長と言う立場に淡い期待を覚える。
「そ、それはそうですが、上級騎士はふ、不参加で……」
「そう、残念ねソフィーナ」
(お、効いてる効いてる! そんなに悔しいの? 悔しいのねソフィーナ!)
◇
「負けないでくれ兄貴!」
「俺たちの、いや虎族の男の為に勝ってくれ!」
「ちくしょう、ルーデルさんが強過ぎる」
学園の訓練場では、虎族の男女をはじめ、凄い数の観客がその闘いを見ていた。虎族の代表である五年生の男子と、ルーデルによるタイマンである。お互いに素手での殴り合いを希望し、それによって上着を脱いだ両者が激しく殴り合っているのだ。
「ふぬっ!」
虎族の代表が、ルーデルを身長差をいかして有利に戦いを進めると誰もが思った。だが、ルーデルは二メートルを超える虎族の男子の懐に潜ろうと、恐れずに向かっていく。
「スピードもパワーもルーデルが有利だな。魔力の扱いが苦手な獣人に、今のルーデルは相手が悪い」
戦いを見ていたリュークがそう言うと、それに対してユニアスが反論する。
「これだから頭でっかちは……有利だが、殴り合いなら虎族が有利だ。リーチ以外にも、強靭な身体は元から脅威で、ルーデルは体術に関しては負けてるからな。技術の差で虎族が有利なんだよ」
ユニアスは、ルーデルの攻勢を耐えきっている虎族の男子が有利だと説明する。実際に、ルーデルの攻撃はどれも防がれていた。そんな二人を見るのは、怯えながらその闘いを見るアレイストだ。
「いや! あの人は虎族でも抜き出た強さだったよ! 僕なんか勝てなかったもん。それよりもさ……この殴り合いを止めようとか思わないの?」
「何故だ? これは約束なのだろう?」
「分かってねーなアレイスト。これは男同士の約束なんだよ」
リュークもユニアスも、アレイストの言葉に耳を貸さない。アレイストは、最後の希望として二つ隣にいるイズミを見た。だが、視線に気づいたのはオマケの方だった。
「何見てんのよ」
イズミの横にいた元女神が、アレイストを睨みつけた。
「お前じゃない! 脳みそプリンは黙ってろ! ……キサラギさん、このまま戦わせていいのかな? 止めた方が良くない?」
真剣に戦いを見守るイズミは、ルーデルから視線を話す事なく答える。
「大丈夫だ。秘策は授けてある」
「……あ、あれ? おかしいのは僕! 僕がおかしいの!?」
アレイストがいつものように悩んでいると、その隣には虎族の族長の娘がいた。虎族では小柄な百八十センチの身長と、長くも短くも無い髪。気の強そうな瞳と褐色の肌が特徴的であるジュジュ。
「おかしくないよ。アレイストはおかしくない!」
慰めてくれるのは嬉しいアレイストだが、同じように戦いを見ているミリアが気になってしょうがなかった。ミリアはルーデルを見つめており、自分を見ていないのが救いではある。しかし、それが納得できないのも事実だった。
「野蛮ですね。アレイスト様は、ルーデル殿の事をどう思われますか?」
そして、反対側の隣にはセリがいた。金髪の髪を腰まで伸ばし、立ち姿も美しく見える凄腕の剣士。ユニアスは、セリが男なら良かった、それほどの存在だ。そんな彼女は、何故かアレイストに好意を持っている。
「どう? いや、野蛮と言うか、荒々しいと言うか。それよりも、何で虎族の女子がルーデルを応援してるの!? その方が不思議でしょうがないし、他にも獣人の子や女子まで……人気あるんだねルーデル」
「そんな事はありません。アレイスト様の人気の方が高いです!」
「うん、アレイストは格好いいよ」
その反応に、どう答えるべきか悩むアレイスト。嬉しいが、今のアレイストの本命はミリアである。曖昧な表情で逃げ切るアレイスト。そんな時だった。戦いは決着を迎えようとしていた。
「これで!!!」
ルーデルは、殴ってきた虎族の男子の懐に潜り込むと、そのまま腕を取って担ぐような形を取る。背負い投げである。普通なら潜り込ませる事をしない虎族の男子も、ルーデルとの戦いで体力が限界に来ていた。一瞬の隙を突かれたのだ。
宙を舞った虎族の男子が、床に叩きつけられた。
「「「あ、兄貴ぃぃぃ!!!」」」
勝負はルーデルの勝ちに終わる。そのまま泣き崩れる虎族の男子たちを前にして、ルーデルやイズミも不憫になる。そこで、条件付きで教える事にした。
◇
そのドラゴンは、地中深くに潜っていた。元からあった洞窟を、更に掘り進めて誰にも会わない事にしていた。同じ種類のドラゴンよりも大きく、素晴らしい力を持っていたドラゴン。今では骨だけとなり、かつての面影はない。
ガイアドラゴンとして産まれたそのドラゴンは、他とは違う亜種と呼ばれるドラゴンだった。他のどのドラゴンよりも大きく、そして最大の特徴は腕である。二本の腕はが、とても大きかったのだ。同じガイアドラゴンの何倍もある両腕。
それによって飛ぶ事が困難になると、羽が大きくなった。どちらかと言えば、横に大きなガイアドラゴンだが、そのドラゴンは同じ仲間と比べても細く見える。横幅は同じだが、大きいために細く見えたのだ。
そんなドラゴンの亡骸は、何百年という月日を得て三匹により見つけられた。
『……おい、これは不味いのではないか?』
猪が、物陰に隠れるようにドラゴンの亡骸のある洞窟の奥を見る。鳥も、同じように隠れて様子を見ていた。
『邪気だろうか? 恨みや妬みが渦見ているな。お前はどうしてこんな所に来た? 普通は避けるだろうに』
黒い影は、闇にまぎれて声しか聞こえない。
『私だって普通のドラゴンがよかった! しかし、全てのドラゴンに拒否されたら、最後の手段に出るしかあるまい』
『最後?』
『もう終わりだ。諦めろ』
『あそこまで格好をつけて、いまさら我が引き下がれるものか!』
『今『我』といったな! さりげなく我らの連帯責任にするでない!』
『最早、一つになれないのなら、我らは個の存在だ。責任はお前だけの物だ!』
薄情に聞こえるが、猪も鳥もルーデルにドラゴンを与える約束などしていない。元は黒い霧の独断なのだ。しかし、黒い霧はそれを無視して話を続ける。
『あのドラゴンの亡骸を利用して、私がドラゴンになる。そうすれば、約束は守った事になるだろう』
『それはいいが、それでは紛い物ではないのか?』
『そうだな。ドラゴン程に強くも無い。ただの偽物だ』
『やってみなければ分からないでしょう! 私は行くから……』
そう言って亡骸に近付く黒い霧。ドラゴンと言うのは、骨や肉までも高価な素材となる事から、亡骸が残る事は稀である。ドラゴン自体も、死んだドラゴンには敬意を払う事があっても亡骸に興味は示さない。だから、森にはドラゴンの亡骸を回収しに来る物もいる。
そんな状況で、これだけ完全に亡骸が存在しているのは珍しかった。しかし……
『嫌な予感がするな』
『元から負の感情が渦巻いて、その上で集まってきている。危険だな』
二匹は、黒い影が引き返してくるだろうと思っていた。残念な事に、その予想は外れてしまう。洞窟の奥から黒霧の叫び声が聞こえてきた。
『ちょ、これは流石に……無理ぃぃぃ!!!』