ハーレムと近衛隊
クルトア王国の第一王女であるアイリーンは、自身が亜人たちに襲われてから極度の亜人嫌いとなる。それは獣人も例外ではなく、自分の周りにいた亜人の騎士たちさえも王宮から追い出した。元から亜人に対して厳しいクルトアでは、それは問題にならない。
だが、そんなアイリーンは、フィナの言う所のモフモフも嫌いである。動物が亜人を想像させるのだ。馬などの必要である動物は耐えても、家族が大事にしていた飼い犬は許せなかった。
「この獣も捨ててきて!」
この一言で、大型犬である毛がフサフサしていた飼い犬が処分された。家族である王も王妃も後からその事を知るが、心に傷を負ったアイリーンを責められなかったのだ。しかし、そんな飼い犬の処分を知らされなかったのがフィナである。
フィナは、大好きな飼い犬を可愛がっていた。無表情なフィナは、当時から周りが扱いに困っていた。そんな中で、飼い犬だけが気持ちを察してくれていたのだ。寂しければ近付いてきてくれた。泣きたい時は傍にいてくれる。そんな犬である。
アイリーンが襲撃されたのは、幼い時の事件である。その当時のフィナはもっと幼い。そんなフィナに、周りは気を使って飼い犬の事は知らせなかった。フィナが無表情である事とまだ喋りがつたない事もあり、周りはフィナが飼い犬の事はすぐに忘れると思ったのだ。
そんなフィナは、飼い犬がいなくなった日から毎日探していた。大きくなり、何を探しているかも分からなくなっても、曖昧な記憶が王宮でフィナに飼い犬を探させた。
そんなフィナは、今でもモフモフとした飼い犬を心のどこかで探している。
◇
「……夢かしら」
(なんかモフモフした最高の犬が傍にいたような?)
自室のベッドで目を覚ますと、隣に眠る白猫族のミィーに目が留まる。寝息を立てて安心して眠るその姿に、フィナは無表情で頭を撫でた。そして夢の中で会った犬の事を思い出す。
「私は寂しいのかしら」
(白猫だけじゃなく、犬族も私の手中におさめろと言う神のお告げね。ふっ……何て強欲なのかしら)
飼い犬も、今のフィナを見たら首を振って違うと意思を示すだろう。そんな事はお構いなしのフィナは、そのままミィーをモフモフしはじめる。
「ひ、姫様! おはようござい……どこを揉んでいるんですか!」
モフモフされて起きてしまったミィーは、フィナが自分を撫でたり揉んだりしている事に気が付いた。
「おはようミィー」
(どこ? 全部に決まっているでしょう子猫ちゃん!!!)
◇
「処分は保留ですか?」
「あぁ、正直言って、この問題は学園の手に余る。まぁ、両家から実技場の修理費くらいは請求するがね」
学園長の下に呼び出されたルーデルとアレイスト。二人は学長室で今後の事を告げられたのだ。王宮からの指示は、学園で勉学に励めという事だけだった。
それは、王宮も今後の判断で意見が分かれたので、すこし期間を設ける事にしたのだ。幸いな事に、二人ともすでに王国の騎士である。多少の不自由さは増えるだろうが、今後も学園で勉学に励む事に問題は無いという判断だった。
「で、でも、僕たちはこれからどうしたらいいんですか?」
「アレイスト君、普通に……いや、問題を起こさなければそれでいい。君たちは優秀な生徒なのだから、このまま学園で卒業まで学びなさい。ただ、今後の進路については王宮の指示に従って貰う事になるだろう」
その言葉を聞くと、ルーデルが反応する。王宮の指示と言う曖昧な言葉に、ドラグーンへの道が遠のくように感じたのだ。
「学園長、王宮の指示とはいつ頃までに聞かされるのでしょうか?」
「少なくても、君たちが五年生の二学期……一年くらいは見とくと言い。そう、一年だよルーデル君」
学園長は、ルーデルの言いたい事を理解すると、王宮から指示が出されるであろう期日を告げた。それをルーデルは理解すると、学園長が一年で何とかしなさい。そう言っていると受け止めた。
「ありがとうございます学園長」
そう言ってお辞儀をすると、ルーデルは学園長室から退室する。それに遅れる形で、アレイストもお辞儀をしてルーデルの後を追いかけた。学園長室では、学園長がそんな二人が出ていったドアを見ながら呟く。
「一年間、それで結果を出しなさい」
ルーデルならやり遂げるのではないか? そんな期待をする学園長だった。
◇
「一年でドラゴンを手に入れる? 正気かルーデル」
たまたま、学園長室からの帰り道で出会ったリュークに、王宮からの指示と学園長の言葉を伝えるルーデル。そのままリュークに今後の目標も伝えた。
「正気だ。この期間中に何とかしなければ、俺は王宮の鎖に繋がれる。それも飛び切り頑丈な鎖に……今しかない」
「幾つか手段はあるだろうが、お前はすぐにでも探しに行くのか?」
探しに行く……そう、灰色ドラゴンと言う国で管理しているドラゴン以外は、ドラゴンの住む深い森に探しに行かなければならない。しかし、人と契約するドラゴンはいるが、人を襲うドラゴンもいるのだ。認められなければ襲い掛かってくる事を覚悟しなければならない。
そして、森は国で厳重に管理されている。クルトアの貴重な戦力であるドラゴンに会うには、厳しい審査がある。灰色ドラゴンを与えられるにしても、国でも精鋭であるドラグーンになるのだから当然だ。
ルーデルは家柄や、王の覚えが良い事もあって審査は問題ないだろう……そうリュークは考えた。だが、ドラゴンは実力があれば認めるという存在でもない。相性があるのだ。ルーデルに実力があっても、ドラゴンがそれを認めずに嫌えばお終いである。
「灰色ドラゴンでは駄目なのか?」
「べ、別に灰色ドラゴンが嫌いという訳ではない! ただ、今は時期的に無理だからな。ドラグーンは人気もあって目指す騎士は多いし、ドラゴンは維持費もかかる。遊ばせているドラゴンはいないから、誰かが引退するのを待たなくてはいけないんだ」
ドラグーンから引退、もしくは戦死すれば空きは出来る。しかし、戦死するという事は、ドラゴンも死んでいる場合が多い。そうなると、基本的に灰色ドラゴンを得るには引退者を待たなくてはならない。
「……審査は時間もかかるのだろう? それなら一応は、そちらも視野に入れろ。野生のドラゴンなど危険すぎるぞ」
そう、副団長が灰色ドラゴンである事が証拠である。基本的にドラゴンは人間を認めない。そんなドラゴンに認められる事は、そうそうないのだ。カトレア、リリムと言った両名は、ドラグーンの中でも異例の存在である。
「そうだな。そちらも考えておこう。それよりも、アレイストは何で黙っているんだ?」
急に話を振られて驚いたアレイスト。そのまま何かを言うか言わないで悩むと、ルーデルとリュークに相談する。
「じ、実は……告白を受けたんだ」
「ユニアの事か? それなら悩んでも仕方ないだろう。好きな人がいるといって断れ……まぁ、向こうの家も、お前の家と繋がりを持ちたそうにはしていたな」
リュークが取り巻きから最近聞いた噂を思い出すと、アレイストはゲームでもその流れだったので驚かない。驚かないが、問題はユニアの事では無かったのだ。
「違うんだ。ユニアの事もそうだけど、今度は違う子が告白してきたんだよ」
「相変わらずモテるなアレイストは」
俯いたアレイストに、ルーデルが笑顔でいう。だが、アレイストは続ける。
「一年生の『セリ』と、『ジュジュ』から告白されたんだ」
その名前を聞いて、驚くリューク。リュークは女子の事については疎い方だが、その二人の事は知っていたのだ。学園でも有名な二人の名前。
「……元貴族のセリと、虎族の姫様だな。剣の腕はユニアスと並ぶとか聞いた事があるセリと、虎族では小柄な族長の娘。お前も苦労するな」
二人は綺麗である。美人とも言える二人を想像して、アレイストを憐れむリューク。理由は簡単だ。綺麗だが個性が強いのだ。気の強い女騎士と、体術最強の一族の姫様だ。自分だったら断る、そう思うリュークだった。
実際にアレイストも、二人のイベントで照れ隠しに殴られる。それがある事を知っているから落ち込むのだ。画面の外では痛みは無いが、画面の中では主人公が悶え苦しんでいた光景。それが今、自分に襲い掛かろうとしていると知ったのだ。
「その二人の名前は聞いた事がある。あまり詳しくは知らないが、ハッキリするのも大事だぞアレイスト」
「断っても殴られる。付き合っても殴られる。僕はどうしたら……でも、ミリアの事は諦めたくない」
落ち込むアレイストの肩を、ルーデルとリュークは叩いて励ました。黒騎士として目覚めたアレイストは、それ以降も女子からの告白に関するイベントが発生する。それは玉の輿を狙った物も含まれるが、純粋にアレイストの事を好きな者もいた。
◇
王宮では黒騎士と白騎士の事に続いて、ルーデルのドラグーンへの申請が問題となっていた。審査では問題ないとされるルーデルだが、それは個人としての話だ。アルセス家の嫡男であり、白騎士であるルーデルをドラグーンにする必要があるのか? これで王宮は揉めたのだ。
「白騎士がドラグーン? そんな話が認められる訳が無い!」
「上級騎士の上位騎士と言う扱いが妥当では?」
「落ちたとは言え三公だぞ。領主として働いて貰えばいい」
「王宮で管理すればいいのだ! ドラグーンなどただの騎士にすぎんのだぞ!」
「下手にドラゴンを手に入れ、逃げられたら事だな」
「手に入れられたらな! 現実はドラゴンに殺されて終わりかもしれん」
長く続く会議は、何日も続いて終わりそうになかった。だが、ここで一つの朗報が届いたのだ。ドラグーンの騎士一人が、年齢と古傷を理由に引退すると申し出てきた。
「灰色ドラゴンに空きが出来るだと?」
王に報告するのは、ドラグーンの副団長である。その報告を聞いた王は、ルーデルに灰色ドラゴンを与える事を提案した。会議に参加した重臣達も、その提案を受け入れる事にした。ただし、少しばかり条件が付く事になる。
ドラゴンは与えても、自由に飛ぶ事は許さない。地位も名誉も与えて、名ばかりの職に押し込もう。……それが大臣たちの決定であった。ドラゴンに乗っても、ドラグーンにはさせない。彼らからしたら、ルーデルやアレイストは象徴になればいいのだ。
「無理やり押し込んでも、反発があるのでは?」
「ドラゴンに認められた騎士だぞ。何の問題がある」
「それでも反対する者も出てくる」
「ならば体面だけでも取り繕えばいい」
会議が進むと、ある事が決定された。それは、一匹の灰色ドラゴンを近衛長選出に使うという内容だった。近衛長にはドラゴンも与える、上級騎士以外からも立候補できる。そういった内容だ。
つまりは、皆の見ている前でルーデルが選ばれるようにする、出来レースであった。近衛隊という新しい組織を、ルーデル一人の為に組織しようというのだ。そして、黒騎士であるアレイストは成り上がりと言われる貴族の出……幾らでも抱え込む事は出来ると、大臣たちは考えていた。
「ドラゴンに夢中である事が問題だったが、それを逆に与える訳か」
「地位も名誉も興味が無くて困っていた所だ。丁度いい」
「五月蝿い子供には、おもちゃを与えればいい訳だ」
白騎士の問題を悩んでいた大臣たちが、一応の決着を迎えて安堵して気が緩んでいた。そんな大臣たちの話を聞いた王宮の使用人たちは、近衛隊の噂で持ちきりとなる。噂が広がるにつれて、尾ひれがつき、誰かの悪戯で嘘が広がるようになると、その噂をアイリーンが聞いてしまったのだ。
◇
アイリーンは、噂の真相を確かめるために一人の大臣を呼び出した。その大臣の汚職という弱みを握る事が出来たアイリーンは、噂を確かめる事に成功する。
「では、本当に近衛隊の設立が決まったのですね」
極秘に密会したアイリーンは、仲の良い上級騎士に守られながら大臣と話をする。
「は、はい! ルーデルをそこに押し込めるためだけに、設立する事が決まりました。任に着けば、そのまま領地経営と並行すると思われ……」
「そんな事はどうでもいいのです!」
アイリーンは、大臣の話を中断するとある事を大臣に提案する。
「それでは大臣、その選考会はいつ頃に開かれるのですか?」
「早くてもルーデル、アレイストの両名の卒業学年である事は決めております」
その言葉を聞いて、アイリーンは大臣に二つの頼み事をする。
「それでは大臣に二つお願いがあります。一つ目は、開催を二学期に執り行う事。もう一つは、その開催にどうしても参加させたい人がいます」
「? それは構いませんが、最低でも騎士の資格を得ていなければ難しいですぞ」
アイリーンは微笑むと、大臣に心配ないという。アイリーンが思い描いた未来はこうである。騎士の資格を得たフリッツが、たまたま参加した選考会で見事ドラゴンに選ばれるという物だ。そして、それを成功させる方法を、アイリーンは知っている。
大臣を下がらせると、アイリーンは憎いルーデルの事を思い出して笑う。
「皆の前で恥をかかせてあげるわ! フリッツ様を辱めたルーデルに、この私が復讐するのよ!!!」
選考会に影響を持つ大臣の汚職。この情報を手に入れたのは、アイリーンにしてみれば幸運であるだろう。しかし、設定からすればそれは幸運でも何でもない。ただのイベントである。