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剣馬鹿と魔法馬鹿

 二学期の最大のイベントと言えば、基礎学年は野外訓練。上級生は個人トーナメントである。個人トーナメントは、基礎学年の生徒がいない時に行われる物である。そんな今回の個人トーナメントは、例年にない盛り上がりを見せる事になっていた。


 前回の優勝者であるユニアスに、準優勝者のアレイスト。そして、今回が初参戦であるリュークと、学園始まって以来の問題児であるルーデルの参加は、学園を盛り上げていた。


 因縁めいた試合を期待する生徒たちと違い、教師は三公の嫡子が怪我をしない事だけを祈っていた。前回も、その前も、ボロボロになるルーデルたちを見て胃を痛めている教師たち。だが、そんな教師たちをよそに、ルーデルたちも気合が入っている。


「見事にバラバラだな。これなら当たっても準決勝か?」


 ルーデルが、貼り出された個人戦のトーナメント表を見て呟く。それを横で聞いていたリュークも、準決勝でユニアスと当たる事を確認する。


「早い方がいいが、準決勝とは丁度いい。ルーデルもアレイストと因縁対決だな、決勝で当たるかも知れないぞ」


 自分が勝つ事を考えているリュークに、アレイストが声をかけてきた。トーナメント表をユニアスと共に見に来たのだ。


「僕も勝つつもりで……」

「決勝の心配は、お前には必要ないな」


 アレイストの発言を途中で止めたユニアスは、リュークを挑発する。その雰囲気に、周りで同じようにトーナメント表を確認していた生徒たちが離れていく。ピリピリとした緊張感がその場を支配するのだが、ルーデルはレナの言葉で三人よりも集中力を欠いていた。


「挑発とは中々面白い。勝てないからと、奇策を仕掛ける気か? 負け犬の遠吠えにしか聞こえんな」


 冷静さを装うリュークだが、レナやユニアスへの感情が複雑な物に変わってきていた。勝ちたいから、憎いへ……そしてそれこそが、当然の感情だと思うようになってきたのだ。


「笑わせるなよ。お前に奇策なんて使う必要も、本気を出す気も無い。ルーデルが決勝に出てくるから、体力温存に丁度いいと思ったくらいだ」


 ニヤニヤと笑いながら、リュークに挑発を繰り返すユニアス。その言葉に、アレイストは少なからず腹を立てた。自分だって鍛えてきた。厳しい訓練を経て、自信を持ったアレイストはルーデルを見る。ルーデルに勝てばみんなが認めてくれる……そう考えていた。


 そんなルーデルは、三人の事よりもイズミへの気持ちで悩んでいる。考えすぎて、今では不自然なくらいイズミを避けていた。


「……もう、トーナメントの時期か」


 ドラグーンを目指す事に迷いはないが、イズミの事を持ち出されて心が揺れるのだ。ルーデルだけ、気持ちが違う方を向いている。



「個人トーナメント……それは興味深いですね」

(どうでもいい、モフモフの無い王宮くらいどうでもいいわ)


 フィナは、ソフィーナから手渡されたトーナメント表を見ている。ソフィーナにしてみれば、学生がどこまで強くなっているか興味があるのだ。それも、参加している四人は間違いなく強いのだから。


「私は、前回は参加していないルーデル殿が優勝するかと思います。姫様の予想はどうですか?」


 トーナメントの表を、ソフィーナに手渡しながらフィナはいう。


「私もそう思うけど、ユニアス殿は経験があるから有利かもね」

(師匠一択とか、どんだけナデナデに飢えてんだよこの女)


 二学期になりしばらくした事で、フィナは王宮での暮らしから自分好みのモフモフを堪能する日々へと、充実な時間を過ごしていた。ルーデルを攻略する事は悩んでも、それ以上の事はどうでもよかったのだ。だが、ここで一つ思いついたのだ。


「まぁ、誰が勝っても称えられるべきですよソフィーナ」

(これってチャンスだろ! 師匠がここで負けても、学園を去るとかいう事は無い。ならいっその事、師匠が負けた時にこの儚い胸で包み込んでやれば……師匠の攻略は出来なくとも、切っ掛けがつかめる!)


「そ、そうですね姫様」

(アレ? 姫様がまた無表情で変な事を考えてる……気にしない事にしよう)


「待ち遠しいわね」

(黒髪に裏切り者の妹弟子も覚悟なさい! すぐに師匠をナデナデ解禁にしてあげるから)


 計画を練るフィナは、今日も欲望に忠実である。



 女子寮では、元女神とイズミがトーナメント表を見ていた。最近はルーデルが不自然にイズミを避けるため、元女神はイズミの下に入り浸っている。ルーデルもその事を知っており、今では元女神にお金を持たせて自分で食費を出させていた。


「ルーデルとアレイストは準決勝で当たるな」


「あぁ、あの見習いの事? 見習いのままでいたら笑ってあげたのに。でも、ルーデルに負けても笑ってあげるけど!」


 元女神に微笑んだ後、イズミは窓の外を見て溜息を吐く。不自然にルーデルが避けている事は知っている。しかし、イズミもその事をルーデルに問い詰めたりはしない。理由はお互いに理解しているのだ。理解はしているが、周りがそれを放って置かない。


「……ルーデルも負けたら笑ってやるわよイズミ」


「あぁ、そうだな」


 気の無い返事をするイズミを見て、ルーデルと同じだと感じる元女神。地位や名誉と言った物に関心が無かった元女神は、最近まで貴族階級も曖昧だった。王がいて貴族がいて平民……これが彼女の中の順番だ。


 ルーデルに文句をいえば無視されて、イズミは何を言っても苦笑いをされるだけ。


「イズミ、気持ちはちゃんと言わないと伝わらないわよ。だってルーデルよ。あの空気を読めないルーデルが、イズミの気持ちなんか理解出来る訳ないわ」


「それは……でも、お互いに立場があるんだ。ルーデルと私では、友達以上にはなれないよ」


「面倒臭いわね人間って! 地位や名誉なんかなくても、生きていけるわよ」


 それを元女神が言っても説得力の欠片もない。実際に元女神は、ルーデルの貴族としての地位に守られて学園で生活が出来るているのだ。


「ルーデルは、生きているだけだと駄目なんだ。ルーデルは目指していないと、生きていても死んでしまうから……そのために色々と我慢しているんだから」


 自分にいい聞かせるように言うイズミに、元女神は理解できないといった顔をする。生きているのに死んでしまう。それは、ドラグーンになる事を諦めたら、ルーデルがルーデルでなくなるという事だ。


「イズミ……言っている意味が分からないわ?」



 トーナメント当日、ルーデルたちは闘技場を埋め尽くす観客を控室の窓から見ていた。開会式を終えると、そのまま控室へ向かって待機である。ある者は身体を動かし、ある者は心を落ち着けている。そんな控室でも、四人に視線が集まっていた。


 ルーデルを見るアレイストは、いつもと違う様子のルーデルを見ている。最初はルーデルも緊張していると思ったが、そんな奴ではないと思い出す。


 そうしていると、試合を見ていたユニアスが声をかけてきた。


「おぉ、どいつもこいつも気合が入ってるな。アレイスト、お前の番が近いぜ」


「え、あぁ、うん」


「何だよ、お前は気合が足りてないな。まぁ、魔法しか出来ない奴よりはマシだけどな」


「……」


 控室では、選手の誰もが胃が痛くなる思いだった。普段は空気を読まないルーデルが仲裁に入るのに、今は動こうともしない。期待していたルーデルが役に立たないと思うと、全員が自分の試合を待ち望んだ。


 そうしていると、試合はどんどんと進む。そのままルーデルたちも試合をこなし、いよいよ準決勝が開始されようとしていた。



「これは整備しないと不味いな」


 闘技場の管理者が、先程のユニアスと五年生の試合で壊れたリングを見てそう判断した。試合内容は文句は無かったが、リングはボロボロになったのだ。これでは試合が出来ない。


「一時間は最低でもかかりますよ」


 それを審判役の教師に伝えると、教師は役員と集まって会議をする。明日へ持ち越すか、それともこのまま一時間待って続行するかだ。


「それでは修理を頼む。次の試合でもリングが壊れそうだから、それを終えたら今日は終了だ。明日へ持ち越す事になる」


「そりゃやりがいのある事で……」


 管理者は、数名の作業員と共に魔法でリングを修復し始めた。増員してもよいのだが、特殊な魔法では無いのに経験者以外が下手に手を出すとリングが崩れてしまうのだ。職人技と言っていい。


 しかし、このまま闘技場のみで試合を行うと、夜になる恐れがある。そう考えた教師たちは、準決勝を分けて行う事にした。魔法の実技場でなら、強度もあって問題ないだろうと判断をした。ユニアスとリュークの試合を闘技場で行い、ルーデルとアレイストの試合は魔法実技場で行う事が決まる。


 選手や審判、そして会場設営を行う生徒が先に向かうと、観客もどの試合を見るかで盛り上がった。どちらの勝負も見ごたえがある上に、因縁関係があるのだ。これはどっちも見たい試合であるだけに、生徒たちも白熱した。


「イズミはどうするの?」


 そんな中で、元女神はイズミがどうするのか聞いてみる。イズミは、少しだけ考えると、そのまま闘技場の席を立って魔法実技場を目指す事にした。


「ルーデルとアレイストの試合を見に行くよ。向こうで知り合いがいないのも寂しいだろう」


 いい訳をすると、イズミは元女神の手を引いて歩き出す。



 闘技場では一時間の休憩をはさんで、ユニアスとリュークが睨みあっていた。互いに産まれた時から意識する存在である。同じクルトアの貴族として、対立する両家は子供の頃から相手を意識する。


「本当にここまでするかよ普通」


「……そのにやけた顔に、魔法を今すぐ魔法を撃ち込んでやるぞユニアス」


 呆れた顔をしたユニアスは、その言葉を聞いて猛禽類のような恐ろしい笑顔となる。リュークもいつも以上に冷たい印象が増していた。互いに睨みあうと、試合開始の合図が闘技場に響く。


「これより準決勝を開始する! 始めっ!」


 審判の声を聞いて、二人とも動き出した。ユニアスは、リュークが距離を取る事を考えて距離を詰めようとする。だが、リュークは想定外の行動に出る。リュークも飛び出して、剣術で勝負に出たのだ。これには驚くユニアスだが、そこは天才と言うべきだろう。


「驚いたがそれだけだ。お前は甘ぇ!」


 リュークの突き出した木剣を、払いのけようとした時だ。ユニアスは危険を感じて後ろに跳んだ。案の定、ユニアスがいた場所に下級魔法が幾つも飛んできた。


「勘のいい奴だ。だが、これで終わりだと思うなよ」


 リュークが剣を構えるが、今度はユニアスとリュークの立ち位置に距離が生まれていた。舌打ちをするユニアスは、全力で回避行動をとると、そのまま近付く機会をうかがった。


 降り注ぐ魔法の攻撃を、魔力を流し込んだ木剣で切り裂き、そして避ける。それを繰り返すユニアスは、リュークの魔力切れを誘う事も考えた。考えたが……それを自分が許せなかったのだ。


「調子に乗るのもここまでだぁぁぁ!!!」


 数発の魔法を受けながら、ユニアスは疑似的な魔法剣に魔力を流し込んで鞭のようにしならせる。それによって、リーチを伸ばしたユニアスの斬撃がリュークを襲う。しかし、リュークは慌てる事無くそれを自分の持っている木剣で受け止めた。いや、ユニアスの斬撃をかき消した。


「お前も芸が無いな。疑似とはいえ魔法剣には変わりない。ならば、それに合った対処をすれば問題ない訳だ」


「おいおい、何やってくれたんだよお前は……楽しくなって来たのに、説教なんかしてんじゃねーぞ!」


 ユニアスは消えた魔法剣の事は気にしないまま、そのままリュークに飛び込んだ。間合いを詰めるユニアスに、リュークは至近距離で魔法を放つ。ルーデルとの試合で使った自爆技だが、今はそれを利用して距離を取れるようになっていた。


「貴様みたいな戦闘狂には、これで十分だ!」


 リュークが連続で中級魔法を放つと、流石のユニアスも距離を取った。取ったが、それを計算したリュークは先読みをして魔法を放つ。ユニアスに襲い掛かる魔法は、威力が高く範囲が広い。それを全て避けるのは不可能である。


「面白れぇぇぇ!!!」


 だが、避けられないなら避けなければいいと、ユニアスは魔法に突っ込んだ。魔法剣で切り裂き、それでも避けられない物は耐えるユニアス。


「お前は人間か!?」


 リュークは、距離を取りながら切り札を準備する。ユニアスの木剣が限界にきているのを感じて、そこで決める事にしたのだ。そして、ユニアスも自分の木剣が限界に来た事を感じ、攻勢に出る。


「ここまでだユニアス!」

「舐めんなモヤシ野郎!」


 リュークが何かを準備したのを感じ、ユニアスは最大限の魔力で魔法剣をリュークに振り下ろす。リュークはそれに対し、勝利を確信した。ユニアスはルーデルよりも剣術に優れるが、戦えば負ける。その理由をリュークは知っていた。手札が圧倒的に足りないのだ。剣術での力押しに拘り過ぎている。


 そう思ったリュークは、実際に魔法剣をかき消しても同じ行動に出るユニアスに勝利を確信したのだ。


「テメェ!」


 ユニアスの魔法剣はリュークには届かなかった。いや、届く前に木剣を振り下ろせなかったのだ。ユニアスはリュークの魔法で出来た壁に囲まれ、その壁は徐々に範囲を狭めていく。魔法剣では崩す事も出来ない強固な壁を前に、ユニアスの木剣は砕けた。


「四方を囲まれ、上に逃げれば狙い撃ちだ。剣も無いお前では何もできないぞユニアス」


 動き回っていた時から準備していた魔法は、強固である。時間稼ぎと、同時に複数の魔法を行使する技術を必要とはするが、それをやりきったリューク。誰もが勝利を確信したのだが、強固な壁は破壊され土煙を上げた。石の崩れる音が闘技場に響くと、観客は息をのむ。


「こんな土壁で、俺を止められると思うなよ」


 ボロボロになりながら、ユニアスは楽しそうに獰猛な笑顔でリュークへと歩く。そんなユニアスに、リュークは魔法を放とうとするが、一瞬で距離を詰められて拳を腹に打ち込まれる。想像以上の衝撃に、リュークは吹き飛んだ後も何があったのか理解できなかった。


「やっぱりよ、拳っていうのはやりにくいな。でも……これは使えるな!」


 立ち上がろうとしたリュークに追い打ちをかけるユニアス。リュークも今度は両腕でガードするが、ガードした両腕は衝撃に耐えられなかった。骨が折れる音を身体で感じたリュークが悲鳴を上げる。魔法を纏った拳を、力任せに振っているだけ。それがユニアスの切り札だ。


「がぁぁぁ!」


「はぁはぁ、まだまだ、こんなもんじゃねーぞ!」


 しかし、折れた腕で魔法行使するリュークは、殴りかかるユニアスへ自爆技をかました。二人の中央で爆発が起きると、互いに吹き飛ばされる。ユニアスが爆発の煙が収まるのを待とうとすると、煙の中から現れたリュークに驚いた。驚くが、未だに諦めていないリュークの顔を見て叫ぶ。


「いい度胸だ、だけどな……」


 何かをいおうとするユニアスに、リュークも答えるかのように言い放つ。それは偶然重なりあった二人の本音である。


「お前にだけは負けられねぇ!」

「貴様だけには負けたくない!」


 ユニアスは向かってくるリュークを殴るが、魔法は消えていた。ユニアスの魔力が限界に来ていたのだ。そして、殴られたリュークは、そんなユニアスに頭突きをする。それは丁度ユニアスの顎を捕えていた。


 お互いにフラフラとなり、目の焦点が定まらない。そのまま動かなくなると、二人はピクリともしない。審判役が二人の意識を確認し、二人とも意識が無い事を確認して宣言する。


「この試合は……引き分けとします!」


 全員が、その審判の答えにブーイングを行おうとした時、魔法実技場の方から闘技場まで振動が来る爆発音が響いた。

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