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妹と魔法馬鹿

 四年生の長期休暇に、ルーデルは久しぶりに実家に帰る事にした。騎士の任命式で、ルーデルは父と会話する事が出来なかった。リュークやユニアスが、当主である自分たちの父と会話していたのを見て、自分をここまで育ててくれた父に対してお礼を言おうとしたのだ。


 三年生の時は、クルストにかかりきりで帰れなかった事もあり、妹であるレナの事も気にかかっている。馬車から降りて久しぶりの我が家に戻るルーデルだが、屋敷の対応に驚いた。


「何だこれは?」


 第一声がそれである。屋敷の使用人たちが整列し、ルーデルを出迎えていたのだ。門から屋敷の入り口まで並んだ使用人の列に、ルーデルは客人でも来るのか? そう思って裏口に向かうのだが、門にいた兵士に慌てて止められた。


「若様、お屋敷へは正門からお入りください」


「若様? お客人が来るのではないのか?」


「そ、そんな事はありません。これは次期当主を迎えるために相応しいようにと……」


 視線を合わせようとしない門番に、ルーデルは少しだけ考えた。考え終わると、そのまま正門から屋敷に入るために使用人が両脇に整列した道を歩く。屋敷に入ると、執事が出迎えてきた。これまでには無かった対応に、ルーデルは対応に困りつつ執事に言う。


「次からは不要だ。いつも通りでいい」


「しかしそれは! いえ、伝えておきます」


 何かをいおうとして諦める執事は、ルーデルを当主である父の部屋まで案内する。父の部屋と言っても、仕事をするような部屋でも、書斎でもない。妾がいる寝室だ。執事がドアをノックして、当主にルーデルが到着した事を知らせると、部屋から眠そうな声が聞こえてきた。


『……入れ』


 そうして執事は部屋の外で待機すると、ルーデルだけがその部屋に入る。普通は入る事の無い部屋だが、ルーデルはその部屋に入ると目を細める。


「父上、学園から長期休暇でただ今戻りました」


「そうか、勝手にしろ」


 やる気の無さそうに妾の胸に顔をうずめて眠りだした父を見て、ルーデルは思っていた事を言うべきか悩む。場所が悪過ぎる気がした。酒のにおいが充満し、部屋には高価なドレスや宝石の数々が無造作に置かれている。一礼して部屋を出ると、ルーデルはそのまま自分の部屋を目指した。



「最近は屋敷中が変なんだよね。なんて言ったらいいのかな? ……慌ててたと思ったら、急に態度が変わりだした」


 自分の部屋に来ると、ルーデルが帰ってきた事を知った妹のレナがすでに部屋にいた。ルーデルはその事には驚かなかったが、レナの成長には驚いた。身長は十二歳というのに高く、髪は伸びてそれを左側でまとめているレナ。面影はあるものの、何と言うか大きくなり過ぎていた。


 そんなレナに、屋敷の雰囲気が違うので色々と聞いてみるが、レナも急に変わりだしと言うばかりだ。あまり周りを気にしないレナらしい答えだが、ルーデルはこの状況が理解できなかった。今までは、帰ってきても挨拶もしてこない使用人は沢山いた。


 それなのに、今日は全員の態度が違う。不気味だ、とルーデルは感じていた。


「それよりも学園って楽しいの? 去年は帰っても来ないし、兄ちゃんがいなくて私、わたし……あ、お土産は?」


「学園の食堂でクッキーを貰ってきた」


 クッキーを手渡すと、喜んでその場で食べ始めるレナ。背が高くなり大人びてきたが、変わらない内面を見てルーデルは微笑む。


「それにしても落ち着かないな。いったい何があったんだ? クルストが辺境に飛ばされた事と関係はあるだろうが、ここまで露骨な態度を取るのもな」


「エルセリカが言ってたけど、クルストがいなくなって兄ちゃんしかいないから、みんなご機嫌取るんだって。クルストが辺境に行く事が決まったら、エルセリカ泣いてたよ」


 もう一人の妹の名を聞いて、ルーデルはクルストに懐いていた小さい頃のエルセリカを思い出す。そうすると、今度はレナが思い出したように喋りはじめた。


「そうそう! エルセリカも、十五歳になったら学園に行くんだけどさ、私も行く事になったんだよ! 護衛と言うか、虫が来ないように見張れって当主が言ってた。エルセリカには、金持ちと結婚させるから学園では貧乏人を近づけさせないように奥様にも言われたよ……」


 最後の方は元気がなくなるレナだが、それを聞いてルーデルは、この領地が相当追い込まれてきていると確信した。今はまだいいだろうが、可愛がっていたエルセリカを金持ちと言う条件だけで結婚させるのだ。地位や人格は二の次という事だろう。


 自分の母を思い出し、ルーデルはその考えが正しいだろうと思うと悲しくなった。


「それより兄ちゃん! 私と勝負しようぜ。この一年で更に腕を上げたから、兄ちゃんを超えてるかも知れないよ?」


「そうか、なら俺も全力で相手をしないとな」


 ルーデルとレナは、窓から外に飛び出す。子供の頃からの続けていた事なので、違和感も感じないままの行動だ。そのまま庭にある木剣や槍を持ちだして、二人で夕方まで勝負をしていた。



「学園に行ってみたい? お前はまだ十二歳だぞ。三年待てば嫌でも入学するのだろう?」


 長期休暇中であるが、レナは急に学園に興味を持ち始めたせいか、ルーデルに学園の事をしつこく聞いていた。ルーデルも妹の頼みであるから、喜んで学園での生活や出来事を話す。だが、それはルーデルを基準とした学園生活である。


 いうなれば、間違った学園生活だ。


「強力な壁を魔法で破壊したり、同級生と命懸けで試合をする所でしょ? 私は今、行ってみたいの!」


 長期休暇を二週間ほど残しているが、ルーデルは考える。それもいいか、そう判断して執事に確認を取ると、父からの伝言で好きにしろ、そう伝えられた。今までは、こんな事を言うと相手にもされなかったルーデル。


 本当は居心地が悪いので、学園に行きたかったのだ。学園にはイズミや、元女神がいるので退屈はしない。ついでにレナも連れていけば喜ぶだろう。そういう軽い気持ちだった。



「おぉぉぉ!!! ここが学園の学食かぁ」


 実家の屋敷から、学園に戻ってきたルーデル。長期休暇を一週間残して来てみれば、イズミの他にもリュークやユニアスも戻っていた。学園に来て、最初に男子寮に向かったルーデルは、男子寮の食堂でリュークに会う。


「ここは男子寮の食堂だ。校舎の方に学食があるから、後で連れて行ってやる」


「ルーデルか? 随分と早く戻ってきたな。 ……隣にいるのは誰だ?」


 リュークがルーデルの隣にいる人物が気になると、本人であるレナは笑顔で挨拶をする。格好はルーデルのお下がりを着ている事もあり、男装の麗人だった。


「はじめまして! 兄ちゃんの妹でレナっていいます」


「そ、そうか」


 リュークはそんなレナを見て、女版ルーデルと思ってしまう。そのままでは、何を話したらいいのか分からないリュークがルーデルに話を振る。


「妹を連れて来るにしても、まだ早いだろう? 来年まで待てなかったのか」


 レナを見て、背が高い事もあり来年にでも学園に来ると思ったリューク。ルーデルは妹であるレナの事を説明すると、リュークは驚いた。


「十二歳!? それにしては大きいな……いや、すまなかった」


「いいですって、それよりもここに、ユニアスっていう人はいませんか?」


「ユニアスの知り合いか? 用でもあるのか?」


 レナはその場で、背中に背負っていた槍を取り出した。そして嬉しそうに言うのだ。


「強いって兄ちゃんが言うから、戦ってみようかなって!」


「止めておけレナ、お前にはまだ早い」


 ルーデルがレナを大人しくさせると、リュークはレナを見てユニアスのような女だと思った。ユニアスとルーデルを足して二で割ったような少女。それがレナを見たリュークの感想だ。普段からユニアスと争うリュークだが、そんなユニアスに似た所のあるレナを見て思う。


(な、何でこんなにドキドキする!? いやまさか、そんな事は……)


 レナを一目見て、今までにない感情を持ったリューク。その後も上手くレナと話せないまま、二人は女子寮の方へ向かって行った。



 女子寮に向かった理由は、イズミに預けていた元女神を引き取るためである。長期休暇中に、イズミに期間中の食費やその他に使用するであろうお金を渡して、面倒を見て貰っていたのだ。女子寮では、ほとんど顔パスで中に入るルーデル。レナもそれが普通だと思って気にしない。


「イズミさんってどんな人? 兄ちゃんの恋人?」


「……違う。大事な友人だ」


「えぇ、いつも嬉しそうにその人の事を話すよね? 何でそんな嘘吐くのさ」


 レナは屋敷にいる時のルーデルが話す、イズミに興味があったのだ。そんなイズミと会える事もあって、内心では興奮するレナ。それなのに、ルーデルは本心を隠した発言をするので不満に思うのだった。


 会話をしていたら、女子寮の食堂でそのイズミと元女神が食事をしてた。ケーキを大量に食べる元女神を、イズミが苦笑いしながらお茶を飲んで見ている。


「……ホォーホォボ」


「こら、食べながら喋ったら駄目だろう。お帰りルーデル……隣の方は?」


「おぉぉぉ! 生イズミさんだ! 本物のイズミさん発見!」


 生イズミと言われて驚くイズミだが、レナの髪の色を見て東方の出身か? と、一瞬だけ思う。


「妹のレナだ。学園に興味があるというから、連れてきた」


 二度目の紹介を済ませるルーデルだが、本人であるレナは元女神を子供のように抱きかかえて不思議そうに見ていた。大人が子供を高い高い! しているように見える。


「これが元女神? なんかもっと凄いのを想像したのに、がっかりだよ」


「あ、あんた! 何言ってるのよ! 私はこれでも元はついても女神よ。それなのに、何でがっかりされないといけない訳!」


 落胆するレナの顔を見て、元女神は口元をクリームで汚しながら怒る。だが、興味の無くなったレナは、昼時である事を思い出した。そしてここは女子寮の食堂……ルーデルをすがるような目で見るレナ。


「あぁ、好きな物を食べるといい」


「流石兄ちゃん! じゃあ、この定食を大盛りで、それからこっちも単品の大盛りにして、これも食べようかな? 最後はデザートだけど……まぁいいや」


「ちょっと! こんなにおいしいデザートがあるのに、頼まないで全部大盛りの定食とか、あんたそれでも女?」


 デザートを食べ終えた元女神は、デザートに興味を示さないレナを珍獣を見るような目で見た。そんな事をお構いなしに、レナは食堂のおばちゃんから大量の昼食を受け取ると、席について勢いよく食べだした。それはもう豪快な食べっぷりである。


「無視した! ルーデル、この女が私を無視したわ!」


「すまないな、後で言ってきかせよう。それはそうとお前……イズミに迷惑をかけてないだろうな?」


 ルーデルは固まった元女神から、イズミを見る。イズミは少しだけ笑うと、そのまま大丈夫だったと説明する。そんなイズミを、元女神が拝んでいた。



 女子寮からイズミ、元女神を加えて四人で行動するルーデルたち。そこには丁度、虎族から逃げ回るアレイストの姿があった。長期休暇を返上して鍛えられているアレイストは、ルーデルを見つけると飛び掛かってきた。ルーデルの胸ぐらを掴んできたアレイストは、涙ながらにいう。


「ル、ルーデル……お前はなんて事をしてくれたんだぁぁぁ!!!」


「ん? アレイストどうした?」


「どうした、じゃない! あんな怖い顔をした連中に毎日しごかれているんだぞ! もう本当に死ぬかもって、何度も思ったんだからな! あいつらが真剣過ぎて、僕の方がノリについて行けないし……ゲッ!」


 何かに気付いたアレイストが、その場から急いで走り去ると、今度は数人の虎族の男たちがアレイストの後を追うように走り去っていった。ルーデルたちを横切る時には、頭をイズミに対して下げていた。


 苦笑いするイズミを見て、レナはいう。


「イズミさん凄い人なんだね。あんな怖い人たちが頭下げるなんて……実は怖い人?」


「ち、違う! アレは、その……ルーデルが、アレイストのためにどうしても必要だというから許したらこんな事になったんだ。まさかこんな事になるとは、思っていなかったよ」


 イズミがレナに誤解を解こうとするが、実際にイズミは亜人にとって無視できない人物になっていた。貴族や平民も、一目を置いている。理由は、三公の関係者に普通に話せる事と、ルーデルの撫でを管理している事にある。そんな事を知らないイズミは、周りの状況を把握していなかった。



 レナが実家に戻ると、入れ違いでユニアスがルーデルたちに合流した。リュークを見つけたユニアスが、レナの話を聞いてルーデルを探していたのだ。


「何だよ、ルーデル妹は帰った後か」


「お前が遊び回っているのが悪い。まぁ、いい子ではあったな」


 ユニアスはその時、実家に帰った時の話を思い出していた。一度、融資を条件にアルセス家から、エルセリカとユニアスの婚約話が浮上したのだ。ユニアスの父や、周りの貴族が反対しているため話は流れる事が決まっている。


「そう言えばルーデル、お前の妹と俺は婚約の話が出てたぞ」


「何と! それではこれからユニアスをどう呼べばいい? 親戚だから義兄さん? それと義弟か?」


 ユニアスの冗談に、ルーデルが反応する。いつもならそれでもいいが、その話を聞いてリュークは勘違いをした。


「お、お前がルーデルのレナと婚約だと!」


「ん? そうだよ、ルーデルのエルセリカと婚約の話が出てたんだ」


 ルーデルは、この会話を聞いて、どっちの妹だろう? そう考えていた。しかし、リュークはルーデルの妹をレナと勘違いしたのだ。エルセリカの事は知っていたが、ユニアスの突然の発言とさっきまで会っていたレナの印象が頭に残っていた。


「どうしたんだよお前?」


 俯いたリュークに、ユニアスが聞く。頭を上げたリュークは、ユニアスに宣言する。その場にいる全員が、普段のリュークでは言わないような言葉に驚く。


「勝負だ……決闘しろユニアス!」

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