少年と侍ガール
学園の長期休暇、それに合わせてルーデルは実家に戻ってきていた。三ヵ月とは言え、初めてばかりの出来事で、少しだけ自分なりに成長を感じていた。
しかし、実家であるアルセス家の対応に変化はない。それどころか……ルーデルの成績表を見た父は、自分よりも出来のいい事が分かったルーデルに対して妬んでしまう。出来のいい方でないルーデルの父親は、馬鹿だと思っていたルーデルが自分よりも優秀だと知ると、あからさまに態度が変わる。
「そんな紙切れの評価がなんだ! お前のような価値のない人間が、いくら努力しても意味などない!」
そんなルーデルの父は、クルストに期待していた。出来も良く、聞き分けのいいクルスト……自分の思う範囲で優秀なクルストを超えて優秀なルーデル。
「顔を見るのも煩わしい!」
ルーデルは、自分が優秀だと分かれば周りの態度も変わるのでは? と淡い期待をしていただけに落胆する。実家での暮らしは、学園での出会いを経験したルーデルに辛くのしかかった。
◇
「兄ちゃん? 折角帰ってきたのに元気ないね」
腹違いの妹であるレナが、帰ってきたルーデルと共に朝食をとっていた時に気になって質問した。普段は不味い朝食も残さず食べる兄が、食事にあまり手を出していないからだ。
「ああ、そうだな……なぁ、俺はどうして嫌われているんだろうな?」
「? 何言ってんだよ兄ちゃん。私は、兄ちゃんの事が大好きだぞ」
そんな妹の無垢な笑顔を見せられたルーデル。気持ちは少し軽くなる。
「そうか……そうだな。ありがとうレナ」
ルーデルは考えた。昔は周りの態度が普通だと思った事もある。でも今は、周りに嫌われるという事に不安を感じるようになっている……きっと俺が弱いからだ、と思い込む。
それと同時にルーデルは、自分に好意を持ってくれる人を大事にしようと思った。きっとこれからも大事な出会いがきっとある。
「それに! そんなんじゃドラグーンになれないぞ。あたしの兄ちゃんは、絶対に諦めないんだから」
その言葉にルーデルは笑い出す。レナはその反応に分からないっといった顔をするのだ。
「そうだ! そうだよな。何時までも落ち込むなんて俺らしくない。すぐに食べて外で訓練でもするか?」
「おお! 私がこの三ヵ月で強くなった所を、兄ちゃんに見せてやるよ」
◇
そんな感じで長期休暇を終えて学園に戻ったルーデル。数日早く学園に到着したが、顔を出せば知り合いはイズミくらいしかいなかった。と言うか……イズミが実家に帰ったのかも聞いていない。
領内のお菓子をお土産として用意していたルーデルが、そんなイズミを誘って学園の食堂でお茶に誘った。持ってきたのは一般的な焼き菓子。それを見たイズミが、申し訳なさそうに頂いていた。
「すまないな。私にはお土産が用意できていない……」
その言葉にルーデルは、何も考えずに質問する。
「帰らなかったのか? 何で?」
少し戸惑うイズミは、ルーデルの性格を三ヵ月である程度理解していた。ルーデルは周りの空気をあまり読んで行動しない。自分の興味のない事は、覚えようともしない。逆に、興味を持つととことん調べるのがルーデルだと……
諦めたイズミが、ルーデルに説明する。
「実家が遠いのと、あまり家庭が裕福でなくてな。それに私は女だろう? それなのに異国の学園に通うと言うのが気に入らない親戚も多いんだ。文化の違いで分かりにくいかも知れないけどね」
その話を真剣に聞くルーデル。彼にとって女だとか男だとかは大きな問題でない。ドラグーンにも女性騎士は存在する。それは女性でも優秀だという事が証明されているからだ。
それにイズミの東方の剣術には興味があった。細く、そりのある『刀』を使った引いて斬る剣術を見た時には感動もした。
だが、それで文化を否定する事もルーデルはしない。
「文化については、俺は知らない事が多いから何も言えない。でも、女だからとイズミが卑下する事はないと思う。イズミは強いし、それに美人だ」
「ちょ、あ! る、ルーデル? 頭でも打ったのか?」
顔を赤くして反応するイズミ。それと同時にルーデルの性格を思い出す。イズミから見たルーデルは、一言でいえば変人だ。時々突拍子もない行動に出るし、そのせいで周りを巻き込む事も多い。だが、努力家で根は真面目なのだ……そんなルーデルは、基本的にお世辞を言わない。
思った事を口に出すルーデルに困る事も多いが、そんなルーデルから美人と言われれば嬉しくもあると言う物だ。
「何だ? また俺は何か不味い事を言ったのか? ならば謝るが……」
「はぁ、そうじゃないんだ。ただ、面と向かって美人と言われた事が無くてね。……それにしても、ルーデルは実家で楽しんできたのかい?」
話を逸らそうとするイズミ。だが、
「ああ、実家は楽しかったかな? それよりもどの辺りが不味かったのか知りたいんだが?」
話を逸らせなかったイズミは、この後、顔を赤くしてルーデルに説明を繰り返した。もう少しだけ遠回しに言うとか、面と向かって真剣に言われると勘違いするとか……数少ない学生たちが、そんなルーデルとイズミを温かい目で見守っていたのが、学園が始まる二日前の出来事だ。
◇
二学期、学園でも最もイベントの多い時期になる。それは基礎課程である一、二年生も同様で、日々の学業と同時にそれを行うのだ。だが、基本的に学園は騎士や魔法使いと言った国家の戦力や文官を排出する場所……イベントもそれに合った物となってくる。
「来月に魔物討伐を目的とした訓練が行われます。これは基礎学年一、二年生全員参加ですから欠席したら単位が貰えませんよ」
担任の説明に、貴族の多いクラスではブーイングが起こる。学園近くにある森を使用しての訓練。もっとも、近いと言っても数十キロも離れた場所なのだが……そこで行われる魔物討伐の訓練は、比較的誰でも倒せる魔物を集団で討伐する事を学ぶ事を目的としたものだ。
集団行動を身を持って教え込むと言う実戦形式の訓練。勿論、魔物の討伐の専門家が同行する。クラス対抗で他のクラスと競争もある。そして二学年で一位のクラスには名誉と言う報酬が……まぁ、何もないのだ。
「実戦か……俺は初めてだ」
ルーデルは、皆が嫌々参加するこの訓練に燃えていた。誰でも相手にできる魔物を相手にするが、そんな魔物は総じて数が多い。学園も安全を確保しつつ、魔物の数を減らす事の出来るこの訓練は、色々とお得だった。
「それでは授業を始めます。教科書は……」
◇
学園近くにある森では、異変が起きていた。木々が倒れて多くの弱い魔物の死骸がそこら中に転がっていたのだ。低いうなり声と共に、毛皮で覆われた巨体が動く。
「グルゥゥゥ!!!」
一匹の強大な猪が、真っ赤な瞳を光らせて魔物を食い散らかす。明らかに異常な光景と共に、その場に不釣り合いなその魔物は、森の奥へと消えていった。
黒い毛皮と、そこに白いラインを体中に巡らせた見た事もない魔物の姿。『存在しない筈』の魔物の登場は、いったい何を意味するのか……