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元女神様 後編

 学園で住処を探し回る元女神が、昼を少し回った時間に女子寮で出会ったのがイズミである。涙を流して助けを求める元女神に対し、イズミは口元を拭いてやり、服を洗濯する事にした。そうして盛大にお腹を鳴らした元女神。


 これは元女神の学園での物語……



 お腹を減らした元女神を、自分の服を着せて女子寮の食堂に案内するイズミ。元女神の手を引く姿は、まるで保護者を想像させる。キョロキョロと視線を動かして、男子寮とは違った食堂に興味を示している。


「何あれ!? あんなケーキとかお菓子とか、向こうには無かったわ。プリンもクリームが乗ってて美味しそう! でも、あのケーキもいいなぁ」


 はしゃぐ元女神に、イズミは微笑みながら昼食とケーキを頼むイズミ。男子寮と違い、見た目も綺麗に盛られているし、量は控えめだ。しかし、この女子寮での人気メニューは意外にも外では食べ難いガッツリ系の定食だったりする。


 空いているテーブルを探して席に座る二人。そうして食べ始める元女神は、案の上口元を汚している。


「向こうは味が濃くて量が多いけど、こっちも中々……このケーキなんか甘くて美味しい。あのアレイストが持ってきたお菓子なんか目じゃないわ。今度からはお菓子の質にも口を出して……あ、もう私の神殿無いんだわ」


 喜んだり悲しんだりを繰り返す元女神を、イズミは時々口元をふき取ってやっている。


「何があったかはルーデルから聞いてる。どうにも理解できなかったが、苦労したんだな……名前を聞いていも?」


「名前? ……無いわね」


 口にケーキを含んでモグモグと食べながら答える元女神。最初から無いため、必要性を感じない事もあるのだろうが、ルーデルも名前を決めようとはしていなかった。その事をイズミに話すと、イズミは溜息を吐いた。


「ルーデルらしいよ。私から話しておくが、もしも名前を思い出したら教えてくれ」


 未だに元女神やルーデルの話を理解できないイズミは、正しいのかも知れない。誰が口元を汚してケーキを頬張る少女を女神と思うだろうか。


「もうこんな時間か、すまないが私は授業があるからこのまま入り口まで送ろう。服は明日にでもルーデルに渡しておくよ。それと、今着ている物は譲ろう」


 元女神と話してルーデルが服をあまり用意していない事を知ると、イズミは自分の服を譲る事にした。元女神はなんて優しい……と、感動しながら女子寮の入り口まで送られると、そのままイズミと別れてしまう。最初の目的を忘れて、満腹になり眠くなる元女神。


「どこか寝れる所は無いかしら」


 女子寮にいるフィナが怖いのか、元女神は女子寮から離れた場所でベンチに座る。昼は過ぎたが、お日様の光でポカポカした陽気に瞼が重くなると……


「おやすみなさい……」


 一人でそのまま寝てしまった。



「あ、あれ? もう夕暮れじゃない! 晩御飯時間よ」


 お腹が鳴って起きる元女神だが、辺りは暗くなり始めていた。最初の目的などもう忘れ、男子寮に戻ろうとするのだが……暗くなった事で辺りの雰囲気が変わり、またもや迷子になってしまう。


「確かこの道を……いや、でもここだったような。うぅぅ」


 またしても泣き出しそうな元女神。しかしそこで、元女神を囲むように亜人が現れた。薄暗い学園で、目が光って見える亜人たちに怯える元女神。何事かと様子を見れば……


「あぁ、この女からご主人様の匂いがする……どうしよう、何だか許せないわ」

「ふんふん、確かにルーデルの匂いだ」

「強いオスの匂い……」


 黒猫族のネースが闇から出てくるように現れると、今度は虎族の女子たちもわらわらと現れた。妖しい顔をしたネースの怖い発言と、二メートルを超える虎族の女子に囲まれた元女神。それに匂いがどうとか怖すぎたのか、元女神は震えながら逃げ道を探した。


 そうすると、今度は白猫族のミィーが元女神を見て言う。


「あ、この人はお昼前に来たルーデル様のペットさんですよ。姫様は、妹弟子だから上下関係は厳しくするとか騒いでいたから覚えがあります」


 この少女のおかげで助かる! そう思った元女神だが、亜人たちの反応は逆だった。


「ペット! 奴隷である私がいるのに、この女がペットとしてルーデル様の御傍に……許せない」

「なるほど、こいつを倒してその場所を貰えばいいのか」

「流石姉御! 頭いいです」


「おかしいでしょ! その発想は絶対に頭良くないわよ。それよりもルーデル様ってなんなのよ! あいつはいったい何をしたらこんな事に……そこの白い猫さん助けなさい!」


「……でも、姫様が厳しくっていうし」


「はっ! ま、まさかあなた、あの無礼な小娘の眷属ね! こんな所まで私を追って来るなんて……このままだと本当にやられるぅぅぅ!!!」


「逃がさないわよ!」

「追え!」

「狩りの時間だぁぁぁ!!!」


 なりふり構わず撤退する元女神。だが、亜人たち、獣人に属する女子の脚力は相当な物で、元女神は半ば火事場の馬鹿力で走っているのに徐々に追いつかれ始める。そうして思い出すのは女神として人々に敬われた日々と、逆恨みされた黒騎士によって人々が神殿に来なくなった時……走馬灯である。


「何なのよアンタたちは! こっち来ないでよぉぉぉ!!!」


 元女神の必死な叫びが天に通じたのか、急に亜人たちの殺気は収まり、追いかけるスピードが遅くなる。元女神が不思議に思って振り向くと、ネースを始めとした虎族の女子たちが服を整え始めていた。まるで自分の見た目を気にする仕草に、元女神は何事かと周りを見る。


 そこには帰ってこない元女神を探しに来たルーデルが、こちらに向かって歩いてきている姿だった。


「ここにいたのか。探したぞ」


「う、うわぁぁぁ!!!」


 泣きながらルーデルに飛びつく元女神。そんな彼女の頭を撫でるルーデル。ルーデルがネースたちに気付くと、ルーデルは勘違いをした。迷子になった元女神を、ネースたちがここまで案内したのだと……


「面倒をかけたようだな。本当にありがとう。この子には手を焼いていたんだが、今日は本当に助かったよ」


 その言葉を聞いて嬉しそうにする亜人たちは、そのままルーデルと少し話すと女子寮に帰って行った。そうしてルーデルが元女神を見ると、安心したのか自分に抱き着いて眠っていた。そのまま抱きかかえると、ルーデルは男子寮へと歩いて行く。



「名前?」


 無事にルーデルの部屋に戻ってこれた元女神。夕食を済ませると、そのままルーデルの部屋でベッドに飛び込んでのんびりとくつろいでいた。そんな時に、ルーデルが思い出したかのように元女神にいう。


「そうだ。いくらなんでもこのままでは呼びにくいからな。イズミにも注意されてしまった……だからお前の名前を決めたいと思う」


 そういって、紙に書いた名前の候補を元女神に見せる。いくつか書かれた名前はを見る元女神だが、自分では中々判断できない。名前というのを長い時間使用してこなかった事もあるが、先ずは字を理解していないのだ。女神だった頃から知識は自分で見たり聞いたりした物であり、教わる事はしてこなかった。


 長い時を生きる女神ならそれでもいいが、この元女神……自惚れていたのか、知識量はルーデルよりも少ない。というか、文字の読み書きができない時点で相当に知識が不足していた。自分の好きな事にのみ、長い間知識を蓄えてきた弊害である。


「……読めないわね。読んでいって、気に入ったのがあればそれにするわ」


「お前は本当にそのままでいいのか? まぁいいよく聞けよ。みんなの意見も取り入れて、一番目はアレイストから『ババア』、二番目はリュークから『駄女神』、三番目のユニアスからは『マリン』、四番目のイズミからは『サクヤ』だな。最後に俺からは『モガミン』だ」


「アレイストのはパス! それから二番目も論外よ! 三番目のマリンは中々いいわね」


「あぁ、なんでもユニアスの行きつけの店ではNo1らしい」


「No1? なにそれ」


「お姉さんたちがお酒を注いだり、お世辞をいう所らしい。人気があると一晩に大金を稼ぐとかいっていたような……」


 ユニアスが通い詰めている飲み屋のお姉さんであるマリン。ここ最近のユニアスのお気に入りである事を、ルーデルは元女神に丁寧に説明する。それこそ枕営業についてまで真剣に説明するルーデルに、元女神は顔を赤くして全力でマリンという名前を拒否した。


「わ、わたしは女神よ! まだ穢れてなんかいないの! マリンは却下よ! 絶対にダメ!」


「そうか? まぁ、本人がいうなら仕方ないが……穢れているとは違うと思うんだがな。次のサクヤはどうだ? イズミがいったから俺はお勧めする」


「確かにいいわね。でも私とはイメージが違うから却下よ。イズミが考えてくれた名前だから迷ったけど、女神はイメージが大事なの」


「では、最後のモガミンで決定だな」


 ルーデルの言葉に、ベッドから飛び起きて抗議する元女神。何故そうなるの? といった顔をしているが、ルーデルもどうした? みたいな顔をして元女神の反応を不思議そうに見ていた。


「なんで強制的にモガミンなのよ!」


「候補から選べといった。前の四つが駄目なら、当然最後の候補が自動的に選ばれる。よかったなモガミン、名前は大事だぞ」


「それなら、もっと考えてから候補を出しなさいよぉぉぉ!!!」


 元女神とルーデルの口論は、この後も続く。そうして最後には、ルーデルが折れる形で元女神の名前の件に関しては保留となった。

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