表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/167

女神と黒い霧

『いいですか二人とも、神託というのは一度受けたら拒否などできない神聖な物なのです。ましてや白騎士と黒騎士は、神聖なる領域まで進みし人間が手に入れる事が出来る最上級の職ですよ』


 急遽、神殿内の長椅子を並べ、持ってきた食料と水を置いたテーブルを挟んで女神からの説教を受けるルーデルとアレイスト。神託の内容が気に入らないという前代未聞の反応に、女神は半透明のまま長椅子に座り二人を説得する事になった。


「そういわれても、俺はドラグーンになるから白騎士というのは困るんだ」


 それでも納得しないルーデルは、女神を困らせる。


「……大体、お菓子で出てくる女神に強制されてもなぁ。それよりも僕は、通常なら最高職である『勇者』がいいんだけど」


 勇者にこだわるアレイストは、勇者になる利点を簡単に説明する。


「そんなに勇者になりたいのかアレイスト?」


「絶対に勇者がいい! 勇者は基本的に最強職なんだよ。パーティー全体の能力を向上させるし、固有の魔法や必殺技があるんだ。アップやダウン系の魔法と違って、特殊効果は使える上に魔力すら消費しない常時発動型のスキルだからな」


 自信満々に説明するアレイストを見て、女神はテーブルに並んだアレイストの持ち込んだ食料を食べながらいう。


「? 勇者はすでに存在しますから、もう誰にも神託はされませんよ」


「なんと」

「何でさ!」


 二人の反応に女神は驚きつつも話を続ける。


「勇者はすでに存在します。そして勇者にしても白騎士、黒騎士も世界に一人しか存在できません。強力な存在である三職は、その数を制限されているのです。だから二人とも納得しなさい」


 アレイストは頭を抱えて考える。ゲームでは、勇者になれるのは主人公のみであり、ラスボスと戦うのに必要な職業であった。無理をすれば魔法騎士のままでもクリアは出来たが、この世界に来てからの現状を考えるとアレイストには不安でしょうがない。


 そこでアレイストは白騎士と黒騎士について女神に問いただす。


「白騎士と黒騎士? は、ゲームだと存在しないんだけど、どんな職業なの?」


『白騎士は、徳の高い騎士に与えられる聖なる騎士です。黒騎士は、強力な力に振り回された騎士の末路……二職は互いに争う運命にあり、歴代の白騎士と黒騎士は激しく戦ってきました。因みに、この国も勝利した黒騎士が興した国になります』


 以外にも、クルトアは黒騎士により建国された国であるという事実を知ったルーデルとアレイスト。徳の高い騎士といわれ悪い気はしないルーデルだったが、その話を聞くと女神に質問する。


「それでは俺が白騎士になると国に疎まれるのではないか? 俺はこの国でドラグーンになりたいのだが……やはり白騎士は辞退しよう」


『古い話ですから問題ありません! それに当時の白騎士と黒騎士は兄弟でした。狂う弟が黒騎士になり、兄がそれを救おうとして失敗したのです。同じ家に産まれ、才能が拮抗した兄弟の悲劇……思い出すだけでも、あの当時の事が……』


 女神が俯くと、二人は悲しい思い出でもあるのかと女神に優しい声をかける事にした。


「何かあったのか? 話すと楽になるとイズミがいっていたから、話したらどうだ」

「いや、聞いたら不味い事かも知れないだろう? 女神さん流石に辛いなら話さなくても……」


『美しい二人の兄弟の悲しい対決……女神仲間と毎日どちらが勝つかと騒いでました。それにどちらが受けか攻めかと争ったのもいい思い出です』


 緩みきった女神の笑顔に呆れる二人。人には神託は絶対だといいながら、自分はお菓子に釣られて神託を下している時点で大した存在では無いのではないか? ルーデルも流石に腹が立ってきた。


「女神様の思い出はいいとして、俺はドラグーンになりたいんだ。だから、白騎士の話は聞かなかった事にする。行くぞアレイスト」


「え!? 僕の黒騎士はどうなるの!」


 アレイストの腕を掴んで神殿から出て行こうとする二人に、半透明な女神がルーデルの足を掴んで引き留める。だが、力が無いのかルーデルに引きずられてしまう女神……段々と最初の態度も鳴りを潜め、通常の話し方になってきている。


『待って下さい! それでは困るんです! 私の目的は神託を下した者を導く事。それをこなせない私は女神として軽く見られてしまうんです!』


「お前の事情も分かるが、俺はこれだけは譲れない! 他の事なら譲歩するから、白騎士の神託は取り消して貰おう」


「ルーデル、僕の黒騎士も……それよりも女神さんの口調がおかしい。ゲームでは結構人気だったのにがっかりだよ……」


 神託を下したのに取り消せといわれ、何だか分からないが落胆された女神。ゲームでは何度も職業を変更するためにお世話になる事も多く、その言葉遣いと態度から『ババア』として人気があった女神。半透明だが、黄金色の髪を背中まで伸ばし、その豊かな胸はゲーム内では上位に食い込む実力の持ち主。


 見た目は十代ではあるが、その言葉使いと態度で愛称はババア……それでも密かにゲームでは人気だった。


 しかし、攻略対象ではないのが密かに不満だったアレイストも、女神のこの態度には冷めたのか興味を無くしていた。


『私だって好きでこんな事なんかしてないわよ! 大体、白騎士が死んで、黒騎士が私のせいにするから神殿も寂れるし、黒騎士が死んだ後も人は来ないまま……私も寂しいのよ!!! 敬われたいの! もっといい物も捧げて欲しいの! なのに、なのに……』


 泣きわめきだした女神に心が痛んだルーデルは、歩くのを止めて再び話し合う事に……すでに外は暗くなり、この神殿で夜を過ごす事も考え始めていた。


 話を再開すると、最初の我とか、汝という言葉遣いはしなくなっていた。そこには年相応の言葉使いをする女神がいるだけだ。


「そうすると、神託がされると職の変更はできないのか」


 ルーデルが女神を落ち着かせ、話を再開すると目の前の女神には大した能力が無い事が分かった。能力が無いというか、この女神は決定事項を伝えるだけだという。


「ゲームだとキャンセルするとか出来たのになぁ」


 相変わらず話に加わっても理解できない発言をするアレイストに、ルーデルも女神もスルーする事を覚え始めていた。


『うん。私はもっと大きな存在が決定した事を伝えるのが役目で、職業を変更するとかはできないの。それなのに久しぶりの人間が拒否なんてしようとするから……うぅぅ』


 また泣き始めた女神に、今度はアレイストが質問をする。


「ゲームでは職業を選ばせたり、何が足りないとか説明してたろ。それに数年前に僕が来た時も望み通りに魔法騎士になれた。今回もどうにかしてくれよ」


『……あんた、あの時は魔法騎士以外にもなれる職業があったから変更しただけよ。でも今回は黒騎士一択だから、ご愁傷様ね』


 舌を出してアレイストに冷たく当たる女神。どうも女神の中でアレイストの評価は低いらしい。


「なんだよお菓子大好きのババアの癖に!」

『またいった! ババアって二度もいったわね。この前来た時も私の事をババアっていって馬鹿にして、だからあんたは女に好かれないのよ!』

「ば、馬鹿にするな! これでもここ数ヶ月で何回も告白されてるんだからな! お前とは違うんだからな!」

『本命の子には興味も持たれてないのよね? 神殿前で話しているの聞いたんだから!』


「……はぁ、落ち着け二人とも。それよりも白騎士と黒騎士の件だ。俺はこれだけは譲れない。ドラグーンになる事は夢だからな」


「僕も勇者にならないと未来で死んでしまう。帝国の皇子に負けてしまう」


 アレイストがいう帝国の皇子とは、アスクウェルの事である。非道なる王国を滅ぼそうとする皇子……それがゲームのラスボスであり、アレイストの知るアスクウェルの正体だった。


『あのねぇ、二人ともすでに神託を授かったからもうあんたは白騎士で、お前は黒騎士の見習いなの! 変更するもしないも無いの! 後は二人が運命に従って争えば問題ないのよ。だから潔く認めて決闘しなさい』


「争う理由が無いな。それに押し付けられようが、俺はドラグーンを目指す」


 言い争いが続く神殿内は、不毛な争いが続くだけで解決しないままだ。だが、薄暗い神殿内に不穏な空気が充満する。ルーデルやアレイストの足元には黒い霧が発生し、ロウソクの火は黒い霧によって消えてしまう。そうすると、半透明な女神が発する光だけが神殿内では頼りなのだが……


『何よこの霧。こんなの私は知らない!』


 黒霧を振り払おうとするも、黒い霧は意志を持って女神にまとわりつく。そして女の声が神殿内に響いた。


『駄目な女神だが、利用価値は十分だな。大した力も無いのに、女神であるという事実だけが取り柄のお前には私の操り人形になって貰う』


『ふざけないでよ。私はこれでも女神……』

『名も無き女神だがな。お前の役目は、人間に決定事項を伝えるだけ鳩にも劣る伝言役だ。しかしどうだ……伝えた人間はお前の指示に従わないぞ。最低限の役目も果たせない朽ちていく神殿の女神は、それでも必要だと思えるのか?』


 黒い霧のいう言葉に、女神は黙ってしまう。そう、ゲーム内では女神の名前は存在しない。設定すらない、職業を変更する時のみに出現する都合のいい女神だから……


『で、でも私は……』


 女神の半透明な瞳が揺れる。心が揺れているのか、黒い霧のいう事を考えてしまう女神。自分が存在する意味についてこれまでも考えた事がある。職業を伝える事が仕事ではあるが、人間たちは自分たちで道を選んでその職業に就く。


 ルーデルのように夢を追う者、夢を諦めてなれる物になる者、考えないままに職業に就く者。様々だが、自分を通さずとも人間は職業に就けるのだ。


 寂れた神殿で、朽ちるのを待つだけの存在である自分は、本当に女神なのだろうか? 名前も無く、敬われる事すらない自分は……居なくてもいい存在ではないか?


「不味くないか」


 アレイストが黒い霧と女神のやり取りを聞くだけしか出来ないでいると、ルーデルは黙ってそのやり取りを聞いていた。アレイストと違う所は、慌てる事無くやり取りを聞いているという事だ。


 ルーデルは考える。自分を狙う黒い霧は、いったい何者なのか……世界という言葉を使う黒い霧に、何か大きな存在が絡んでいるのではないか? そう考えながら女神を見守るルーデル。


 今のままでは自分たちの声は届かない。ルーデルは、バジルからプレゼントされた剣の柄を握る。


『我、私、自分も定まらんお前が女神? おかしいと思わないのか? 怪しいと思った事もあっただろう? お前はそんな高尚な存在では無い。ただの半透明なシステムの一部に過ぎない』


『し、システム? わた、私は、我は、汝は……は、アハハハァァァ!!!』


 黒い霧が女神を目指して集まると、神殿内は軽い嵐が吹き荒れる状態となった。長椅子は破壊されて飛び回り、数少ない祭壇の置物は破壊された。


 しばらくすると、その場には十代ではなく、二十代の黒髪をした女神が青い瞳を白くしてニヤニヤと笑ってルーデルとアレイストを見ている。


「俺を狙うのはいいが、関係ない者を巻き込むのは止めろ」


『関係ない? 馬鹿か貴様は……お前のせいで全てが狂ったのに、そこにいる者が手に入れる物を掠め取った分際で!』


 半透明から実態を得た女神は、黒い霧の声をその口から発していた。だがそこで、ルーデルの前にアレイストが歩み出た。


「いつまでも誰かの背中に隠れている訳にはいかないんだ!」


 剣を抜いたアレイストは、その剣に魔力を流し込む。炎が剣にまとわりつくと、アレイストは黒い霧に取り込まれた女神に向かって踏み込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ